【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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18 モブ、賢人の愚鈍を笑うⅢ

 工場をひととおり目にした後、オレたちはオグダネル城跡へと続く石段にいた。

 

「ありがとう、アルハンゼン先生。ラディムもこれで気がまぎれただろう」

 

 遠くで未だ新品の生産ラインに魅入っているラディムを目にしながら、オレはそっとアルハンゼン先生に礼を告げる。

 

 一人でずっと悩んでいるというのは、時に劇薬になる。

 

 人にはそうやって己の無力をじっとみつめる力はないし、一つのことばかり考えていては気が滅入ってもう帰れなくなってしまう。

 

 時にはまったく違うことで気を紛らわすというのはとてもいいことで、そしてなによりも今のラディムに求められることだった。

 

 いつも常人には思いもつかない探求ばかりしているアルハンゼン先生ならば、と思ったオレの考えは違っていなかったようだ。

 

 アルハンゼン先生が静かに笑う。

 

「ミッカネンであれば、いつでも話ができると考える。まだまだ話たりないことが山のようにあるのである」

 

 休憩もそろそろ終わりを告げようとしているらしく、アルハンゼン先生の背後では職人や技術者がふたたび働きだしていた。

 

 流石にこの先はアルハンゼン先生やほかの人の軍務の邪魔になってしまうだろう。

 

「ラディム、つぎはモルグレイドに顔あわせにいこうか」

 

 とにかく今はラディムをつれまわしてその悩みを吹っ飛ばしてやらないと。

 

 談話室にはトランプやらの遊戯がボロッちいながらもある。モルグレイドも巻きこんで、ラディムが笑みをこぼすまで今日はつきあうつもりだった。

 

 その時だった。

 

「あああああ」

 

 音が聞こえてきた。

 

 悲鳴とも、怒鳴り声ともつかない、よくわからない絶叫だ。だが、聞かなかったことにできるほどの小ささではなかった。

 

 アルハンゼン先生と目をあわせて、そっと生産ラインのある下をのぞく。

 

「あああああ」

 

 壊れたサイレンのように、一人の機械工がびくびくと震えながら口をひらいている。それは誰がどう目にしても、おかしかった。

 

「お、おい。休憩」

 

 その光景に、オレはとてつもなく嫌な気がした。

 

 アルハンゼン先生がラディムを背に隠し、懐から無数の兵器を垂れ流していく。頭上の鋼鉄の扉は、その指図で独りでに閉じていった。

 

 まるで、誰ひとりこの地下から逃しはしないというように。

 

 機械工のもとへ飛び降りようと、フェンスに足をかける。だが、その機械工の命を救うのにも、すべての破滅を防ぐのにも、なにもかもが遅かった。

 

 ごぽぉ。

 

 喉から、手が飛びだした。

 

 人が口から腕を生やして、白目をむいている。それは実にシュールで、そこはかとない怖気を走らせる光景だった。

 

 機械工は今や陸にあげられた魚のようにバタバタと暴れている。

 

 その胸のうちから産まれようとするものによって、その顎は砕かれ、首はパンパンにふくらんで今にもはちきれそうになっていた。

 

 手に続いて頭が。

 

 頭に続いて腰が。

 

 そうして、オグダネル城跡の地下深くに、ひとりの妖精が降りたった。

 

「ハロハロー! 久しぶり英雄チャン、息災してたー?」

 

 にっこりとした健やかな笑顔。

 

 キラキラとした、あかるい口調で人類にとって最恐たる魔王のひとりはオレに話しかけてくる。

 

 オレはその首をすぐさまロングソードにてはねた。

 

 血を吹きだしながら、爽やかな顔つきの生首は宙を飛んでいく。これから死ぬというのに、その笑みは絶えることはなかった。

 

 その訳を、オレは嫌と言うほどよく知っている。

 

 まわりから、ボコボコと音がした。

 

 兵に技術者、職人まで。この地下の兵器工場にいた人はすべて、口から手を生やしている。胸をさかれ、背を折られ、そして骨盤を砕かれ。

 

 そうして、誰もが生みだしていく。

 

 かつての昔にオレたち狩人が血みどろになりながら根絶したはずの妖精。病のように気づかぬうちに伝染していく、死の風。

 

「いやーん、熱い愛情が伝わってきてチョー嬉しー! ウチもとっても楽しみにしてたよ!」

 

 賢人の妖精が、そこにいた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 たった一瞬のことだった。

 

 その一瞬で、賢人の妖精は美しく磨きあげられた機械群を、血みどろの赤い池となしてしまった。

 

 ここで働いていたのは兵ではない、技術者だ。戦う術をもたない、銃もなにももたぬ者を、この賢人の妖精は殺しつくした。

 

 だからなんなんだと言われればそれまでの話である。

 

 妖精と人類とは千年もの長きに渡って殺しあいをしているのだ、戦えぬ者から殺して敵を困らせるのは、ひとつの戦術であろうと。

 

 それもそうだ。

 

 だが、それではいそうですかと頷けるほどオレは頭が賢くなかった。

 

 そばにいた賢人の妖精の首を斬り落とす。胸もとにロングソードをつきさし、背後からバールを握って殴りかかってきた賢人の妖精を蹴り飛ばした。

 

 はやく、はやく殺しつくさねば。根絶せねば。

 

 賢人の妖精の魔術は、初めのうちはそれほど恐ろしくはない。その力はたかだか災厄に毛が生えたほど、易く殺すことができる。

 

 だが、その後が恐ろしいのだ。

 

 賢人の妖精は学ぶことができる。伝染した人から記憶を、技を、力を、魔術でさえも学んでわがものとする。それはつまり、ひとたびふくれあがれば終わりだ。

 

 かつて数えきれないほどの狩人を、この賢人の妖精は学んだ。

 

 そうして手に入れた魔術の数は千をくだらなかった。

 

 いったいどのような魔術をつかってくるかもわからない、後いくつ生き残っているのかもわからない。それは、人類にとって終わりのない恐怖だった。

 

 はっきり言って、オレがかつて殺すことができたのはマグレのようなものだ。

 

 だから、育つより先にその息の根をとめなければならない。ほかの人に伝染して、また地を埋めつくされるよりも先に。

 

「がーんばれ、がーんばれ、がーんばれ!」

 

 日のように暖かな笑みで、賢人の妖精が飛びかかってくる。そのすべてをオレは斬りつけていく。

 

 このままいけば、もしかすると。

 

 なぜか馬鹿みたいに魔術もなにもつかわずに飛びかかってくる賢人の妖精に、オレは胸のうちでかすかに願う。このまま賢人の妖精を根絶できるように、と。

 

 だが、そんなオレの祈りは叶うことはなかった。

 

「ミッカネンさん!」

 

 ラディムが、オレを追い越して飛びだしてきた。

 

 どうして、よりにもよって今にやってくるのだ。

 

 オレは己の不運を呪いたいような思いだった。ラディムはいまだ戦えるような精神ではない、だというのによりにもよってその目と鼻の先で……。

 

 だが、オレの考えはすこし違っていた。

 

 賢人の妖精を目にしたラディムの顔は、オレの思っていたどの情とも違う。恐怖でも、脅えでも、あるいは義務とか、罪の思いとか、それよりもよほど激しいもの。

 

「おまえっ! どうしてここに、あの時に死んだはずだろう!」

 

 ラディムの瞳がギラギラと輝く。

 

 ギリギリと食いしばられたその口もとからは血が垂れ、いつもは優しげで穏やかな目が血走っていた。

 

 それは、激怒だった。

 

「えーっとぉ、キミとウチってなんかあったっけ? ゴメンネー、いや長生きすると記憶もグチャグチャになっちゃってさー」

 

 にっこりと笑って、賢人の妖精が語りかけてくる。その言葉に、ラディムは己がうちの魔術炉にほぼすべての魔力をそそいだ。

 

 オレは目をみひらく。

 

「なにをしている、そんなことをすれば後がないだろう!」

 

 魔力のすべてをそそぎこんだとして、後から新手の妖精がやってきたらどうするのだ。とくに賢人の妖精はどこに伝染しているかもわからないというのに。

 

 もはや正気とも思えないラディムに、オレは慌てて賢人の妖精とのあいだに入る。だが、それを目にしたラディムは、唇をガタガタと震わせた。

 

「ち、違う。違うんだ。ボクは狩人になった、魔術も手に入れた、だから、あの時とは違うんだ」

 

 まるでなにかを思いだしてしまったかのように、後ずさっていく。

 

「ラディム……?」

 

「ミッカネンさんが、違う、違う、もうミッカネンさんに頼らなくても、ミッカネンさんに憧れて、ミッカネンさんに許されなくても」

 

 気が狂ったように、訳のわからないことを口にしている。

 

 オレは、いったいラディムがなにを考えているのかわからなかった。賢人の妖精と、ラディムになにか接点があっただろうか。オレは知らない。

 

 どうしてそれほどまでに怒っていたのか。

 

 どうしてオレの名をしきりに口にしているのか。

 

 気に食わないことに、先に気づいたのはどうやら敵のようだった。

 

「あー、思いだした!」

 

 賢人の妖精が、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「キミ、あの時のナンバー634クンじゃん! おっひさー、また英雄チャンの背に隠れて、罪から逃げようとしてたんだー!」

 

「黙れぇっ!」

 

 まるで胸の奥からしぼりだしたような、悲痛にも激情にも聞こえる叫び。我を失ったように怒り狂うラディムが、がむしゃらに賢人の妖精に飛びかかっていく。

 

 それは、オレの初めて知るラディムの姿だった。

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