【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
それは、群体である。
生まれた時から、その妖精に己というものはなかった。虚ろの心をかかえながら、妖精は産まれたのだ。
伝染する。妖精はただひたすらに風に乗ってこの世を飲みこんでいく。
心などない、思考などない。ただ己の身に記憶されたアルゴリズムに従って、妖精に人に入りこみ、蝕み、そして己のひとつとする。
それが、賢人の妖精であった。
賢人の妖精は、食らった妖精の魔術を、人の記憶を、学んでいく。人語を口にし、学識を身につけ、数えきれないほどの技を手に入れた。
そうして、万を越える人も妖精も魂をとりこんだその時、賢人の妖精の心の奥に初めて欲望というものが芽生えた。
学習の果てに、賢人の妖精はひとつ欲を学んだのだ。
それは、己というものへの飢え。生まれてからずっと己がなかった賢人の妖精は、己にはないものを願ってやまなかった。
賢人の妖精は群である。となりの妖精も、そのまたとなりの妖精も己であり。だが、己というものを知らなかった。
たとえ妖精であっても、その身はほかの妖精と違っている。ある者は長い耳をもち、ある者は黒い肌をしている。
それが、賢人の妖精にはなかった。
賢人の妖精は病のようなものである。伝染したその身を粘土のようにこねくりまわすことはできても、己の姿を知らない。
己の魔術というのも、わからない。
群なのだ、もっとも初めの己がいったいどんな妖精であったかも知らない。姿も、叫びも、そして願望すらすでに群に飲みこまれたのだ。
残されたのは、伝染と学習のみである。
だからこそ、賢人の妖精は唯一知るその手段に訴えかけた。あるいはそれもアルゴリズムに従っただけなのかもしれないが。
山のように人を食らうのだ。
ウイルスや病は、己の伝染する数にとても気をつけるものである。
ただやみくもに乗りこんだ肉を殺しては生き残ることもできない。常に健康な人や妖精の数があってこそ、賢人の妖精は生き続けることができるのである。
だからこそ、気づいていた。
今、皇帝の妖精とやらによって人類は滅亡しようとしている。
ならば、人類を滅ぼしたその後はどうなるというのか。人を殺しつくし、そうすれば賢人の妖精はもはや人に伝染することはできなくなってしまう。
心が手に入ることもない。
たとえ妖精に残るわずかな心を集めていくだけでもしばらくは生き残れるだろうとアルゴリズムが伝えてくる。だが、その先はと問うと黙りこむ。
己を手に入れたいのだ、それまでに気が狂って飢え死ぬわけにはいかない。
賢人の妖精は獣ではなく、病だ。ならばこそ、頭が働いた。
人を生かさねば、人を飼わなければ。そうしなければ、賢人の妖精の悲願が叶うことはない、群として生きのびることはできない。
賢人の妖精は、人類を救おうとした。
「ウチってば、天才」
「そうだねー、そうだねー」
情をひとつも伝えない顔で、賢人の妖精は首を傾げる。その目の先にあるのは、巨大な牧畜。尿と土でよごれた人が餌をむさぼる畜舎だった。
「ハンショクも上々だねー」
「種馬も胎盤もたくさんつれてこよう! そうしたらみんなハッピーだよ!」
アニマル・ウェルフェアというものを賢人の妖精は知っている。
まったくもって家畜のようにしてしまえば、人に心は生まれないのだ。だから、昼は草原にはなして遊ばせもしていた。
ただ、しつけは厳しくしなければならない。
「逃げようとしたんだね、だったら食べちゃえ!」
「いいな、あの子ってみつけただけなんでしょー」
「それでも功績だから、食べていいんだよ」
賢人の妖精は人を頭からかぶりついていく。しばらくモゴモゴと口を動かした後、その賢人の妖精は幸せそうにゲップをした。
「うっわー、キッモー」
「ゲップってなんかキモいよねー」
ひろがっていく血だまりを、まわりの人々は虚ろにながめた。
焼きごてで人はすべて飼われている。言葉を教えることもない、知識を学ばせることもない、それは家畜のすることではないのだ。
森をひとつ飲みこみながら、賢人の妖精のコロニーは続いていく。
このごろには、賢人の妖精が人類の軍と戦うことはなくなっていた。魔王と人類が怖れる妖精がほかに三人もいるのだ、滅びるのは目にみえている。
それよりも、この人の群れを養わなければならない。
星天の妖精が、敗れたそうだ。
信じられないことだ、と賢人の妖精は思った。これが人から学んだ驚くと言うことらしい。ただまあ、大勢はもうかわりようがないだろう。
妖精は、人類の国を滅ぼすのだ。
最後にあがいているのか、チラホラと賢人の妖精のもとまで軍人がやってくるようになった。もちろん、そのすべては捕まえて飼うようにしたが。
「ふんふーん」
このごろ賢人の妖精が好んでいるのは新たな品種づくりである。
より短く子を産めるように、よりはやく育つように、より脳が大きくなるように。麦や犬の品種のように、実験をしている。
また賢人の妖精がひとり狩人を捕まえたらしい。
狩人はいいハンショクの種になる。子も魔術を手に入れやすいし、なによりも心に上品な味わいがあるのだ。伝染すれば新たな魔術を学ぶこともできる。
しかも、星天の妖精を殺した人らしい。
これまで数えきれないほどの死肉から学習を積み重ねた賢人の妖精であっても、星天の妖精については知らないだらけだ。気にならないと言えば噓になる。
賢人の妖精はその狩人をしつけることにした。
これまでの学習で、人を苦しめる術は山ほど知っている。爪をはがし、目をえぐり、鼻をそいで、そうしてその狩人は心を失った。
今やウーだのアーだの口にするだけである。
このぶんならば気をつけることもないだろう。賢人の妖精は、その狩人を純粋な畜産の人が飼われている畜舎に放りこんだ。
さて、あの狩人をどうしようか。
種馬にするもよし、極上のごちそうとして功績のある賢人の妖精にあたえるもよし、だが星天の妖精についての知識は気になる。
どちらにせよ、すでにその心は折っているのだ。後はいかようにでもなる。
そう考えて、賢人の妖精は笑った。
なにもかもが、炎に燃えていた。
山の奥から砲兵によって山あられと砲弾を撃ちこまれ、爆音と熱風につつまれている。そのなかを、賢人の妖精は、群はさまよった。
あちこちですさまじい勢いで群が小さくなっている。
飼っていたはずの人はなぜか逃げていた。すでに心を折ったというのに、家畜にしたというのに、姿がない。
ありえないことだった。
これまでの学習が、ありえないと叫んでいる。群の奥で賢人の妖精を操るアルゴリズムが首を傾げている。
人は、ここまで戦略を練れていただろうか。
人は、ここまで力があっただろうか。
人は、ここまで戦えていただろうか。
逃亡という言葉すらも教えていないはずの人の群れが、あちこちに潜む賢人の妖精の目をかいくぐって駆けだしたのだ。それは、賢人の妖精の知識を越えていた。
誰かが、糸をひいているのだ。
やがて、賢人の妖精はそう考えた。こうしてあちこちで群が殺されていっているのも、諦めるというもおこがましかったはずの人が逆らってきたのも。
誰かが、いるのだ。
「なるほど、賢人の妖精の大群がおでましというわけか」
「恐らくは、賢人の妖精のうちでも戦闘に優れた者たちと考えるのである。これが、賢人の妖精の奥の手と考える」
逃げ遅れたのか、いまだ首筋に数字を入れられた人がいた。
追いかけようとした賢人の妖精たちから守るように、ふたりの狩人が現れる。
一人はよくわからない姿をした狩人だ。白い衣に身をつつんで、その袖から銃と言われるものをのぞかせている。そして、もう一人は。
すでに心を折ったはずの、あの狩人だった。
「へー、英雄チャンってばウチをだましたってわけね。心を折られたふりして潜入したってことなんでしょ」
賢人の妖精は、すぐさま群としてそう考えた。
なるほど、これは油断がすぎたらしい。流石は星天の妖精を殺した狩人である、こちらの知識で痛めつけてもその心を殺すことはできなかったらしかった。
「でも、なにもかわらない」
「ウチは伝染していく」
「たとえ、この世の果てであっても」
「もう、逃げても無駄なんだよねー」
「さあ、ウチと一緒になろっか」
そう、失敗したならばまた伝染していけばよい。また学習すればよい。ゆえに、賢人の妖精はその狩人に入りこむこととした。
「さあ、さあ!」
攻めたてる。
妖精から、狩人から、学んだ千を越える魔術がちっぽけなその狩人に降りそそぐそれを、その狩人はズタボロになりながらも戦っていた。
大地が震える。
賢人の妖精のひとりが降りおろした拳は大地を砕き、峡谷を築きあげる。ほかのひとりが放った吐息は、なにもかもを腐り落ちさせていく。
すでに狩人はボロボロで。
「ふむ、なかなかだな」
それでも、殺すことは、伝染することはできなかった。
賢人の妖精とて、魔術炉を焚いている狩人に入りこむことはできない。まずは傷つけいたぶって力を失わせなければならない。
だが、この狩人は膝を屈しない。
初めてのことだった。だが賢人の妖精は学んでいる、人というものにとれる手段は暴力だけではない、と。
「ぁ……」
小さな言葉が、響く。
ひとりの子どもが、迷ったのだろうか、不幸なことに賢人の妖精のすぐそばに現れた。その姿に、その狩人の瞳がゆれる。
そして、それを賢人の妖精は逃さなかった。
すぐさまその子どもに伝染しようと、ひとりの賢人の妖精が手をのばす。恐怖に縛られたその子は逃げることもできず、そのまま入りこまれるにまかす、はずだった。
「っ……、やられたか」
「ミッカネン、なにを考えているのであるか! そんなことを、そんなことをすれば!」
「アルハンゼン先生、すぐさまこの子をつれて逃げてくれ。たとえ道づれであったとしてもこの妖精だけは殺していく」
子どもをかばった狩人が、かわりに胸をつらぬかれていた。
白い衣をまとったほかの狩人が、泣きそうな顔をしながら子どもをつれて逃げていく。終わりだ、そう賢人の妖精は考えた。
かばったのは思いがけなかったが、結果は違わない。
賢人の妖精がこの狩人に伝染し、そしてその技も記憶も魔術も手に入れる、ただそれだけである。そうして、賢人の妖精のアルゴリズムは、狩人に入りこんでいった。
「馬鹿だねー、ほんと」
「あのガキなんて群の雑魚なのに、どうして命なんか捧げちゃったのかな」
「英雄きどりだったんじゃない、アホだねぇ」
嘲笑する、こうすれば人は心が折れると学んでいる。そうして、どんどんとアルゴリズムは狩人の心のうちに入りこんでいき……。
そして、輝きを目にした。
「なに、これ?」
ありとあらゆる群が、目をうばわれた。
いくらその身を蝕もうとしても、その狩人はその心だけではねのける。その魔術の源、その不屈の精神を目にしたのだ。
その時、賢人の妖精は願っていたものを目にしたのだ。
それは、誰一人としてそばによせぬ、己。群としてでしか生きられぬ賢人の妖精がけっして知ることのできなかった、己というもの。
欲しい、などという言葉ではたりない。
アルゴリズムが狂ったように叫ぶ。すぐさまこれから手をひけ、さもなくばこれから逃げられなくなる。
群に飲みこまれようとも失われない己に、かわりに食いつくされる。
だが、その輝きを目にして、まるで灯りに誘われるように賢人の妖精の歩みはとまらない。生まれてきてからずっと従ってきたアルゴリズムに、逆らう。
手に入れたい、これと一緒になれば、己が手に入るのだ。
あの輝きが、美しい瞬きが、欲しい、欲しい、欲しい!
人に入りこみ伝染するという賢人の妖精の魔術、後退しない限り戦い続けられるという狩人の魔術、それが組みあわさった時、運命がイタズラを働いた。
飲みこむはずの群が、逆にひとつの己に飲みこまれていく。
まるでマルウェアが入りこんだコンピュータのように、賢人の妖精の群がみるみるうちに崩れ去っていく。
「よくわからんが、オレには入りこめないようだな」
口から血をはきながら、その狩人は起きあがった。
その身を絶えず群が飲みこもうとしているというのに、そのたび激痛に、考えられないような苦悩におそわれているはずだというのに、その狩人は起きたのだ。
その日、賢人の妖精は己を知るとともに己に入りこんだバグに喰い殺された。
ここ二三週間更新が滞ってしまい申し訳ございません。
私用で忙しくしており、手がまわっておりませんでした。
そちらのほうが終わりましたので、また本日から三日に一話でいかさせていただきます。
もうしわけございません、これからもひき続きよろしくお願いいたします。