【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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21 モブ、賢人の愚鈍を笑うⅤ

 賢人の妖精たちが、ニパッと笑って手をかざす。その手たちはボコボコと膨れて、醜い顔をした竜となった。

 

「んじゃあ、ウチいっちゃうよー!」

 

 軽い言葉とともに、竜の頭がどす黒い炎を吹く。

 

 黒い炎につつまれたドラム缶は、燃えるというよりも腐り落ちて、そのままブヨブヨとした謎の汁となって滴った。

 

 ただの炎ではない。

 

 指先にかすめただけでその魔術はオレを食らいつくそうと肩まで伝染してくる。オレは腕を斬り落とし、そして炎をよけて竜の頭にロングソードをつきたてた。

 

「まっだまっだー!」

 

 賢人の妖精が笑うと、大気が震える。聞いていて耳が痛くなるその音は、やがてこの地下の工場すべてをゆらすようになった。

 

「一緒に生き埋めになろーよー!」

 

「みんなで死んじゃえば、怖くないもんねー!」

 

 アルハンゼン先生が、手をかかげた。あちこちからつきだしたスピーカーが、工場を壊さんとする音をつぶしていく。

 

「うーん、困ったなあ。ぜんぜんウチと一緒になってくれないなー」

 

 首を傾げる賢人の妖精。

 

 だが、問い正したいことがあるのはこちらだった。あきらかに、賢人の妖精のもつ魔術の数がおかしいのだ。

 

 賢人の妖精は敵を乗っとり、そして敵の魔術を手に入れる。

 

 その恐るべき力でかつては千を越える魔術を学んだ賢人の妖精だが、今は生まれてからそれほど経っていないはず。

 

 だというのに、今の賢人の妖精は、魔術を湯水のごとく放っていた。

 

 まるで、魔術のストックが無限にあるかのように、まったく手のうちをこちらに知られることを気にしていない。

 

 それに、あまりにも楽に殺されすぎだ。

 

 もともと地下にいた人で賢人の妖精が伝染した者はほとんどが殺され、残るは数人といったありさま。あの賢人の妖精が、こうも易々と勝たせてくれるのか。

 

 また一人、賢人の妖精がアルハンゼン先生の兵器に射られる。

 

 だというのに、賢人の妖精は焦りもしない。

 

「お、気づかれた?」

 

「ウチ、種あかししちゃおっかなー、どうしよっかなー」

 

 なにやら、残ったふたりの賢人の妖精が呟いている。

 

 なにか、奥の手でも隠しているのか。もしも、自爆などこちらを巻きこむ魔術ならばマズい。手をだしたくともだせない、もどかしい思いに囚われる。

 

「まあ、そろそろいいんじゃない? 英雄チャンがめっちゃ気にしてるみたいだし」

 

「うっわー、メッチャ嬉しいんデスケド! あの瞳、熱くてこっちまで火照ってきちゃうー!」

 

「じゃあイッセーノーで」

 

 賢人の妖精が、ちらりとオレに目をやって笑った。

 

「「じゃじゃーん! プレゼント、フォア、ユー!」」

 

賢人の妖精の胸もとから、人の顔があふれだした。

 

 

 

 

 

 地下に、悲鳴と絶叫が響き渡る。

 

 賢人の妖精の身のうちにいるらしい人々は、苦悶の顔をしてただひたすらに泣き叫んでいた。肌は怖気がするほどに白く、瞳すらひらいていない者もいる。

 

 その頭のひとつをつかみ、賢人の妖精は食らいついた。

 

 ぐっちゃぐっちゃと肉を食む音が聞こえてくる。賢人の妖精のその身に囚われた人々は、逃げように逃げられず、ただひたすらに脅えるばかりだった。

 

「これが大魔術だよ」

 

「もうひとつの人生と一緒に、あの人からもらったんだ!」

 

「ねーねー、すごいでしょウチら」

 

「いくら殺されても死なないよ。この人たちを飼ってるから、いくらでも伝染できる。魔術もこの人たちからもらえばいいんだ」

 

 キャッキャッと、まるで大輪の花のように笑う賢人の妖精。

 

 その肌からはいくつもの人の顔が生えていて、言語すらも学んでいないのかひたすらにアウアウと叫んでいる。

 

 そのあまりにも冒涜の光景に、オレは言葉を失った。

 

「今、ウチらのなかに生きてるのは数千万人いるよ! 夢はウチのなかに生きてる人の数がそうじゃない人の数に勝つこと!」

 

「英雄チャンも、ウチと一緒になったらこのなかで暮らせるんだよ、とっても楽しくなると思うワケ」

 

 ああ、そうだ。これが、これこそが賢人の妖精だ。

 

 聖女の妖精は人を知ったがゆえに人を嘲った、皇帝の妖精は人を知ったがゆえに人を恐れた、だが賢人の妖精はなにもかもが違う。

 

 そもそも、賢人の妖精は人の心がほんとうにわからないのだ。

 

 かつて人を飼って牧畜をしたことも、それを己のうちに閉じこめてしていることも、賢人の妖精が人を嫌っているからとか、そういう話ではない。

 

 ただ単に、人の苦しみに思いをはせることのできない、それだけなのだ。

 

 ラディムにかけた言葉も、恐らくは賢人の妖精にしてみれば軽いじゃれあいのつもりなのだろう。群として生きるがゆえに、怒りも悲しみも苦しみも知らない。

 

 群を組織する単なるひとつの端末に、そんなものはいらないからだ。

 

 もがき苦しむ人々の苦痛から、オレは目をそらすことができない。オレは、この人たちを救う術を知らない、そもそも救えるかも疑ってしまっている。

 

 ただひたすらに心を育む肉として、魔術を生む肉として育てられた。

 

 もはや、人と言えるかも疑わしい。

 

そして、そのことこそが、あまりにもオレの胸を締めつける。ああ、人の心もわからない妖精に、不幸にもその無邪気な試みのなれの果てとなった者たち。

 

「あれー、ちっとも驚いてないね。もっとウチのことをうらやましがるって思ってたのに」

 

「せっかく大魔術を手に入れたのに、これじゃつまんないね」

 

 賢人の妖精が、さえずっている。

 

 数千万の命のストックに、そのうちから手に入れた数えきれないほどの魔術。それは、妖精として実に正しい魔術であった。

 

「さあ、また生んでこーよ」

 

「そうだね、さびしいのは嫌だもんね」

 

 賢人の妖精の背から、ボトボトと人が産み落とされていく。それらの手が地につくよりも先に、伝染しきったその者たちは賢人の妖精になり果てていった。

 

 あっというまに、先ほどまでに殺したはずの賢人の妖精など埋めあわされてしまう。また地下を埋めつくした賢人の妖精は笑った。

 

「じゃじゃーん、それじゃ、第二ラウンドいこっか!」

 

 

 

 

 

 敗北に追いつめられていく。

 

 賢人の妖精は今もそのうちで人の養殖にはげみ、よりたくさんの魔術を、伝染先を作りだしている。時がたてばたつほど敵に優勢となる。

 

 かといって、今のうちに殺せるかというと疑わしい。

 

 今の時点で数千万の命のストックがあるのだ、いくら殺してもきりがないしここにいるので賢人の妖精が終わりだとは考えられない。

 

 どうせ、妖精の森や、考えたくもないが人類の領土の奥深くに伝染した人をスペアとして残しているのだろう。群を生かすためにそれぐらいの知恵は働かせてくる。

 

「ほらほら、一緒になろうよ」

 

「昔は断られちゃったけど、こうやっていたぶれば頷いてくれるかもしれないね。人っていうのはそうすると大人しくなるって知ってるんだ」

 

 ロングソードをふるい続け、飛びかかる賢人の妖精たちを殺していく。

 

 だが、いたちごっこにもほどがある。

 

 オレが傷を治しているうちに重傷を負った賢人の妖精は己の命を絶っていく。そうして伝染した人をまき散らしたほうが傷を治すよりもはやいからだ。

 

「もうどうしようもないでしょ。昔のことから学んで、今のウチらはもっと魔術を手に入れてきた、命のストックも貯めてきた!」

 

「だから、もうネットワークに力ずくで勝つなんてできないよー! 一緒になったとたん、英雄チャンを塗りつぶしてあげるんだ!」

 

 すでに賢人の妖精は地下を埋めつくし、ひたすらにけたたましく笑っている。

 

「はやく、はやく、はやく、屈して、お願い!」

 

「ウチは知りたい、己というものを、アルゴリズムの望みじゃなくて己だけの願望をもつってこと、すっごくイイと思うんだ!」

 

 すでに、こちらの敗北を信じているように賢人の妖精は笑った。

 

 

 

 

 

「よく時を稼いでくれた、できたのである」

 

「っ、いけるか」

 

「もちろん。あの妖精に学習は拙のほうが優れていることを教えてやらなければならないと考える」

 

 もちろん、そんなことはない。

 

 よりにもよって、こんな賢人の妖精などという人の心もわからない馬鹿に負けてやる道理などない。

 

 そもそも魔王が続々と蘇っているという危機のなかで、のうのうと暮らすほどオレたちは馬鹿じゃない。

 

 アルハンゼン先生が放りなげた試験管を握りしめる。

 

 それは、皇帝の妖精と戦った日からこのかたずっとアルハンゼン先生が密かに作っていた奥の手。こちらから攻めたてるための狼煙である。

 

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