【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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22 モブ、賢人の愚鈍を笑うⅥ

 手にとった試験管を、もちろん賢人の妖精は狙ってきた。

 

 だが、それでも壊さないようにロングソードで守りきる。せまる手を、口を、うねうねとしたなんとも言い難い器官を、すべて斬り落としていく。

 

 そして、手のうちの奥の手を握りしめながら、オレは駆けだした。

 

 狙うは目と鼻の先にいる、攻撃を終えたばかりの賢人の妖精。そいつにこの試験管をたたきつけることさえできたなら。

 

 が、オレの手がその妖精にとどくことはなかった。

 

「へっへー! 油断したね、英雄チャン!」

 

 脇から飛んできた、まるでカメレオンのような長い舌に腕をちぎりとられる。そのまま腕ごと試験管をうばった賢人の妖精は、それを床にたたきつけた。

 

 試験官が砕け、そのうちから水がこぼれだす。

 

「ん? これ、ただの水じゃん」

 

 それを目にして賢人の妖精が首を傾げた。そんな賢人の妖精に、オレは笑ってやる。

 

「ブラフだ、敵にわかるように奥の手を手渡すほどアルハンゼン先生は馬鹿じゃない」

 

 賢人の妖精の背後、そこから忍びよったアルハンゼン先生は針をその首筋につきたてた。

 

 

 

 

 

「アルハンゼン先生!」

 

 勢いよく吹き飛ばされたアルハンゼン先生を、オレはなんとかうけとめる。その奥ではブルブルと震える賢人の妖精がぎゅっと瞳を閉じていた。

 

 そうして、沈黙が訪れる。

 

「ん? なにも起きないじゃん」

 

 しばらくして瞳をひらいた賢人の妖精はなにも起きていないことに気づいてアルハンゼン先生に笑いかけた。

 

「もしかして、作るのミスっちゃった?」

 

「あはははー、マジウケる! あんなにマジになって攻めてくるから、ヤバいやつかと思っちゃったじゃん!」

 

 ケタケタと笑い声が響く。その時だった。

 

「へ?」

 

 ブチッと音がして、賢人の妖精のひとりが転がった。

 

 その瞳はドロンとしていて、光がない。生きてはいるが、しかし四肢を震わすことすらできないでいる。

 

 考えることができなくなっているのだ。

 

「うひぃ」

 

「ぐっ」

 

「あ」

 

 バタバタと賢人の妖精が気を失っていく。一人の賢人の妖精が、アルハンゼン先生に問いかけた。

 

「ウチら、どうなっちゃうの」

 

「敵にこちらの兵器の原理を教える道理はないと考えるのである」

 

 アルハンゼン先生は、いつものように冷たい口調でそう語った。

 

 アルハンゼン先生を妖精学の権威とした兵器、No.1。今、賢人の妖精が食らっているのはチューニングされたそれだ。

 

兵器No.1は、心をなくすことで妖精を飢えさせる肉だ。

 

妖精たちのあいだを旅しながら飢えさせていき、そうして数えきれないほどの妖精を殺していく。

 

 しかし、この万能にも思える兵器には欠点もある。

 

 そもそも死んだ妖精が巻き散らした肉に潜んで伝播していくため、たとえば兵器No.1の知識をもち、己を律することができる妖精は殺せないこと。

 

 たとえば、皇帝の妖精が兵器の原理に気づいてからは雑魚の妖精でもこの兵器によって殺すことはかなり難しくなった。

 

 魔王の一人たる賢人の妖精も、違わない。

 

 たとえ一人が飢えたところで、賢人の妖精は群である。その飢えは数の暴力によってなきものとされてしまう。

 

 だからこそ、アルハンゼン先生はその逆をいった。

 

 殺さずに生かしたまま気を失わせ、そのまま群に入りこむための入口とする。そのために、アルハンゼン先生は妖精に飢えの逆を味あわせたのである。

 

 脳から常に心を食らったと伝えられればどうなるか。

 

 妖精にとって生きる糧、ほとんどない貴重な欲望のひとつが食欲である。心に飢え、その飢えをごまかすためだけに人を食らって生き長らえる。

 

 では、その欲望がこの上ないほどにみたされればどうなるか。

 

 すなわち、情報のオーバーフローによって妖精は機能することを辞めてしまう。ただひたすらに心を食らったという快楽にふけるのである。

 

 よりたくさんの賢人の妖精が犯されるたび、心を食らう快楽を群に流しこむポンプは大きくなっていく。

 

 潜んでいるうちに群にひろがったアルハンゼン先生の兵器は、すでにとりかえしのつかないところまで深く食いこんでいた。

 

「兵器No.1-1、賢人の妖精をそのまま食らいつくすべきと考える」

 

賢人の妖精はどんどんとその数を失っていっていく、が。

 

「これしきで、ウチが負けると思ったか!」

 

 賢人の妖精がギリギリと歯を食いしばりながらも、狂気の笑みをうかべる。

 

「ウチには数千万のペットちゃんがいる! そっちのウイルスだか細菌だか知らないけど、いくらなんでも殺しきれるもんか!」

 

「もっと伝染して、もっと数を山のようにして、それでそっちを飲みこんでやる!」

 

賢人の妖精がまた己のうちから伝染した人を産み落とそうとする。

 

だが、その数は先ほどとくらべればケタ違いに小さかった。

 

 

 

 

 

「は? どうしたのさ、みんな」

 

賢人の妖精が、心から訳がわからないといわんばかりの言葉をもらした。

 

 目をグルグルとさせながら、困惑しきっているという風に首を傾げて、己のうちに訴えかける。

 

「ペットのみんな、どうして暴れるのさ! ウチが死ねばキミたちも死んじゃうんだよ、だったらここは力を貸してよ!」

 

「キミたちが暴れると、ちょっとだけだけど伝染が遅くなっちゃうんだって!」

 

 その時、オレはかけらでも賢人の妖精のうちで生きる者が人であるか疑ったことを恥じた。

 

 今、賢人の妖精のうちで、その者たちは戦っているのだ。

 

 これまでずっと食われ、乗っとられ、そして飼われてきた人類が、たちあがって戦っているのだ。

 

 ならば、オレはオレにできることをしなければならない。

 

 ロングソードを握りしめ、動きの鈍っている賢人の妖精たちにせまる。慌てた顔つきで逃げまとう賢人の妖精たちを殺していく。

 

 そとからはアルハンゼン先生の細菌とオレの刃が、うちからはこれまで虐げてきた人の反逆が。そのふたつに追いつめられて、賢人の妖精は右往左往していた。

 

「あ、そこ、なんで首をくくって命を絶っちゃうの! キミの命はキミだけのものじゃないんだぞ!」

 

「そ、そうだ! 一日に殺す数を一万から千にしたげよー! それでいいでしょ、ね、ね?」

 

 ああ、実に馬鹿だ。そんな言葉で人が頷くと思っているのなら、ほんとうに人の心がわかっていない。

 

 そうして、賢人の妖精はオレたちが手を下すまでもなく、もう残り一人だけになってしまった。

 

「し、死にたくないよ! 怖いよ!」

 

 最後の賢人の妖精が、オレの足にすがりついてくる。

 

「ウチ、もう一日に百人しか食べないし、英雄チャンとその友達には手をださない。だから許してぇ……」

 

 兵器No.1-1によって、その口調がだんだんとほどけていくのを聞きながら、オレは笑った。

 

「心にもないことを。君は死への恐怖など知りもしないだろう」

 

 

 

 

 

「拙は、賢人の妖精のサンプルを集めてからいくのである。ミッカネンはすぐさまアグラシュタインにことを伝えるべきと考える」

 

 賢人の妖精の亡骸に跪き、ナイフをとりだしながらアルハンゼン先生は呟いた。

 

 その背はいつもよりもずっと小さくみえた。

 

「その、だいじょうぶか」

 

 賢人の妖精がどこかで攻めてくるだろうことはわかっていた。だが、まさかオグダネル城跡に入りこんでいるとは考えもしなかった。

 

戦場から帰った兵はそうした妖精のものをつれて帰ってしまっていないか調査されるはずだ。ということは、賢人の妖精はそれをすりぬけてきたのだろう。

 

 妖精との戦いで、油断は命とりだ。

 

 オレたちが気を休めていたせいで、こうしてまた新たに死人がでてしまった。

 

 とくにアルハンゼン先生はこれまでずっとともに働いてきた顔を知っている技術者たちや職人たちを失った。それが、すこし気がかりだった。

 

「もちろん、思うところがないわけがないと考える」

 

 アルハンゼン先生はゆっくりとふりかえり、軽くほほ笑む。

 

「だが、拙は常に探求を続けることで人の死を悼むべきと考える。激情に身をまかせてはこの恐ろしい戦争を終えることはできないのである」

 

 その瞳が、奥で転がったままのラディムにむけられた。そのくりくりとした黒い瞳はどこか憂いのこもった光をおびている。

 

「怒りに、罪の重さに滅ぼされてはならないのである。常に、ただ探求と思考によってのみ、亡き者たちの悲痛を晴らすことができると考える」

 

「……そうだな」

 

 オレが気をかけるまでもなかったかもしれない。アルハンゼン先生はオレの思うよりもずっとしっかりしていた。

 

 ラディムをおぶる。

 

 オレはこの工場で賢人の妖精によって殺された兵や技術者たちへの祈りを終えてから、地上へとつながる石段を登っていった。

 

「ごめんなさい」

 

 蚊の鳴くような悔恨が、背後から聞こえてくる。

 

「ごめんなさい。ミッカネンさんを傷つけて、あまつさえついさっきは怒りにまかせて足手まといになってしまって、ごめんなさい」

 

 オレは胸が痛くなった。

 

 そもそも、そんな悩みをラディムの歳の若者が抱えることそのものがおかしいのだ。

 

「謝ることはない。熟練の狩人でさえかつて己の人生をめちゃくちゃにした妖精と会えば胸のうちは穏やかでいられないものだからだ」

 

「でも、ミッカネンさんは違うじゃないですか。なのに、ボクときたら……」

 

「オレにも、一人だけ心あたりはあるぞ」

 

 そう、誰にだって恐怖してしまったり、怒りで我を失ってしまうような敵というのはいる。それこそ、オレにだって。

 

「え……」

 

「かつていた、ある妖精だ。もうとっくの昔に殺したがな」

 

 忘れはしないとも、星天の妖精のことだけは。

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