【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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23 勇者が英雄に瞳を焼かれた日

 わたしは、考えることを知らない家畜でした。

 

 生まれたのは、賢人の妖精が営む人の畜舎。母も父の名も顔も知らず、ただ顔が違わない数えきれないほどの賢人に飼育されてきました。

 

 エサは雑穀に骨や肉を砕いたもので、地にまかれたそれを口で食べます。

 

 いつも暗い畜舎にギュウギュウ詰めにされていて、四肢をびくともできません。それでは筋肉が衰えてしまうので、時に草原にだしてくれることもありました。

 

 かつて肥えたせいで息がつまって死んでしまう人がたくさんいたためだそうです。

 

 初めて畜舎をでた時は陽の光など知らなかったものですから、とても恐れおののきました。賢人の妖精の怒りにふれたのだと、震えてうずくまったものです。

 

 そんなわたしを、賢人の妖精は笑っていました。

 

 純粋な牧畜産のわたしたちは言葉も文字も知りませんでした。

 

時に人の国から捕らえられてきた軍人さんが畜舎にきたりするのですが、いつも言葉を教えようとしてきます。でも、すぐにいなくなってしまいます。

 

 賢人の妖精に、しつけられるのです。

 

 かつてのわたしにとって、もっとも恐ろしいのがそれでした。賢人の妖精の怒りだけは避けなければならないと心に焼きついているのです。

 

 しつけは、みせしめのためかわたしたちの目と鼻の先でおこなわれました。

 

 賢人の妖精は、人を壊す術をよく知っています。濡れた布を顔にかけ、上から水をそそいだり。生きたまま火にくべて、ただれた肌に塩をぬりこんだり。

 

 そうしてさんざん苦しめられた終わりには、頭から食われてしまうのです。

 

 それが怖くて怖くてしかたがなくて、わたしは賢人の妖精に逆らうようなことはしませんでした。逆らわなければ、ご飯も水もくれますから。

 

 思えば、畜舎に飼われるほとんどの人はそんな風に人の尊厳を失ってしまっていたように思えます。ただ食べて、寝て、そして最後に賢人の妖精に食われる。

 

 それが、家畜の一生でした。

 

 

 

 

 

「まったく、あれが賢人の妖精というわけか。しくじったな、群れで生きる妖精とh聞いていたがあれほど数がいたとは思わなかった」

 

 また、ひとりの軍人さんが捕まりました。

 

 今までの軍人さんとくらべても、その人はとてもひどい姿でした。賢人の妖精の激しいしつけをうけて、息があるほうがびっくりするぐらいボロボロなのです。

 

 ですが、その瞳はいまだ光を秘めていました。

 

 さんざん痛めつけられて、それでも心を失わなかったその軍人さんは心をやられたふりをしてこの畜舎に転がりこんできたのだそうです。

 

「オレはミッカネンという。君はなんというのだ」

 

「ろく、さん、よん」

 

「そうではなくて、君に名はないのか」

 

「……」

 

 この肌に焼きつけられた数字を聞かれているのだと思って、わたしはそう口にしました。

 

 きまった文章のやりとりは賢人の妖精に教えられています。そちらのほうが楽に管理できるから、とのことです。もちろん、言葉の意味は知りません。

 

 ですから、「名」というのがなんなのかわかりませんでした。

 

 でも、そんなことは家畜のわたしが知らなくて良いことです。レンガ造りのこの牧畜の先のことを、家畜は知らなくてよいのです。

 

 知ってしまえば、正しい家畜ではありません。おかしな肉として、賢人の妖精に食われてしまうのです。

 

 胸のうちでは今すぐにでも逃げたい一心でした。

 

 誰が好き好んで賢人の妖精に嘘をつくような人と話をしていたいと思うのか。

 

 どうせすぐにその嘘はバレてしまいます。その時に賢人の妖精の怒りがこちらにまで降りかかってくるのは、嫌でした。

 

 わたしは心から、家畜でした。

 

 グチャグチャの泥に身を沈めて、ただ息をするだけの生きる肉のかたまりでした。

 

 ここから逃げようとしたり、賢人の妖精を殺そうとしたりする軍人さんたちを嘲ってさえいた、馬鹿な家畜だったのです。

 

 

 

 

 

「この先、ずっと歩いていったその先に人の国はある」

 

「……」

 

「秋だ。今ごろは麦畑が黄金に輝いて、まるで海のようにうねっているだろうな」

 

「……」

 

 ミッカネンさんは、いつもわたしの知らないことを話しています。

 

 わたしが知るのは、赤いレンガと賢人の妖精に管理された草原だけ。そのほかのことはなにも知りません。

 

 人の国も、妖精の森も、なにも知りません。

 

 海、という言葉を聞きました。塩水がどこまでも続いているそうです。

 

 猫、という言葉を聞きました。ゴロゴロという音を奏でるそうです。

 

 わたしはミッカネンさんを嘲っていました。もう手に入らないのだから、そんなもの諦めてしまえばよいのに、未だかつての記憶にすがっているのです。

 

 でもまあ、聞いていてつまらなくはないのでわたしはずっとそばにいました。

 

「今は戦争がかなり負けているからな、街の灯りも静まっている。でも、ずっと昔にはそれはもう地上の星というほどに輝いていたものだ」

 

「もう、むり、ばか」

 

「それはわからんぞ。いつか人類が王都を手に入れ、妖精を森まで追いやって、かつての幸せを知る時がくるかもしれない」

 

「……」

 

 ミッカネンさんは、いつも瞳がキレイでした。

 

 この闇がいつかは終わることを信じて疑っていない、そんな顔をいつもしているのです。それがわたしは嫌いで嫌いで、しかたがありませんでした。

 

 

 

 

 

 屠殺の日が、わたしにきました。

 

 明後日、わたしは肌をはがれ、肉をばらされるそうです。心のつまった脳のある頭は賢人の妖精に食われ、残りの肉はほかの人のご飯に混ぜられるそうです。

 

 べつに、わかりきっていたことです。

 

 家畜なのですから、いつかは殺されます。なにも知らない家畜は怒りも恐怖も知らないままに白いカーテンのむこうで命を終えます。

 

 暴れないようにと、気を失ったまま殺されるそうなので、ほんとうに眠るように死ねるそうです。

 

 わかりきっていたことです。

 

 だというのに、胸が痛くて痛くてしかたがないのはどうしてでしょう。なぜか、すぐ後ろで肩をたたく死にこの身が震えているのはなぜなのでしょう。

 

 知ってしまったからだ。

 

 この賢人の妖精の営む牧畜、そのほかに人が暮らす国があって。そこの国の人たちは言葉とか文字というものを知っていて。

 

 泥まみれの雑穀ではなく、白いパンというものを食べていて。命じられるままではなく己の思うがままに生きることができて。

 

 それは、わたしの知らない、そして手のとどかないところにあって。

 

 知ってしまったからこそ、考えられるようになったからこそ、なおのこと胸が痛くて。

 

「しね、しね、しね」

 

 わたしはミッカネンさんを呪いました。

 

 ミッカネンさんはそんなわたしをじっとみつめて、黙りこくっていました。

 

 

 

 

 

 炎が、燃え盛っていました。

 

 これまでの一生を暮らしてきた畜舎が焼け落ちていきます。背後ではおなじく家畜であったはずの人たちが逃げていました。

 

 生きようと、あがいてもがいて、走っていました。

 

 今までに聞いたことのない爆音が、耳をつんざきます。大きな旗をかかげた軍人さんたちが、これまでにみたことのない数でこっちに駆けてきます。

 

 いつのまにか、ミッカネンさんの姿はなくなっていました。

 

「恐れるな、こちらには英雄がついている! あの星天の妖精を殺した、あの男がいるのだ!」

 

 やけに小さな背の軍人さんが檄を飛ばしています。

 

「これまでの恥辱を晴らせ! できる限りおおくの人を救え!」

 

 わたしはそんな助けにきた人たちに背をむけ、ただひたすらに奥に逃げていきました。あの人たちに捕まってしまったら、しつけられてしまいます。

 

 そうして逃げました。

 

 あちこちで戦っています、妖精と軍人さんが。これまでずっと負ける姿など思いもしなかった賢人の妖精の亡骸があちこちに転がっています。

 

 そうして、わたしは賢人の妖精とミッカネンさんのところまでたどりつきました。

 

「っ!」

 

 ミッカネンさんの瞳が、かすかに震えました。

 

 びっくりします。どうしてミッカネンさんが賢人の妖精のそばにいるのか。

 

 わたしはただ、賢人の妖精のしつけが怖くてここまできました。でも、勇気のあるミッカネンさんは、とっくの昔に逃げだしたものだと思っていました。

 

 賢人の妖精が、わたしに目をつけます。

 

 その白い手がのばされて、わたしの胸にやってきます。

 

 そういえば、今日はわたしの屠殺の日でした。

 

 家畜らしく、殺されることになりそうです。でも、ただ食われるのでなく伝染されるのですから、ちょっぴり上等な終わりかたかもしれません。

 

 でも、いつまでたっても痛みはこなくて。

 

 顔をあげると、目と鼻の先にミッカネンさんの大きな背があって。

 

「ぇ……?」

 

 そこから、賢人の妖精の手が飛びだしていました。

 

「っ……、やられたか」

 

「ミッカネン、なにを考えているのであるか! そんなことを、そんなことをすれば!」

 

「アルハンゼン先生、すぐさまこの子をつれて逃げてくれ。たとえ道づれであったとしてもこの妖精だけは殺していく」

 

 会話が、遠のいていきます。

 

 白衣をきた軍人さんに抱えられました。どんどんとミッカネンさんの背が遠くなっていきます。

 

 その時始めて、わたしはミッカネンさんに救われたのだと気づきました。

 

 

 

 

 

 人の国に初めて足を踏み入れたわたしは、里親にひきとられました。そして、たくさんの幸せを知りました。

 

 始めて食べるシチューはとても優しい味がしました。

 

 初めて目にした人の街はにぎやかで、とても心が暖かくなりました。

 

 なにもかもが知らないことばかりで、たしかにミッカネンさんが教えてくれたとおり美しいものばかりでした。

 

 かつてのわたしは、ただの家畜でした。

 

 そのわたしを人にしてくれたのは、ミッカネンさんです。

 

 だから、どうしようもないほどに憧れました。

 

 もう昔のわたしは殺しました。ボクは人です。己で考え、そしてあの恐るべき妖精と戦うことのできる人です。

 

 なにもかもを昔に残していきましょう。ビビりで、口だけは達者で、ただ脅えて賢人の妖精に媚びを売る女の子はもう殺したのですから。

 

 長かった髪をミッカネンさんみたいに短くして、ミッカネンさんみたいに剣を武器にして、ミッカネンさんみたいに狩人になって。

 

 ボクはもう違うのです。かつての己を殺してきたのです。

 

 そうして、ボクはこれからの上官となるアグラシュタインさんの扉をたたきました。

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