【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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25 モブ、星天の深淵に落ちるⅡ

 星がキラキラと瞬いている。

 

 美しい星の海が、どこまでも続いていた。

 

 そのなかにあっては、これまで無数の妖精の魔術にたえてきたオグダネル城跡もちっぽけな石ころのようにしか思えない。

 

 星天の妖精は、すでにここを訪れているはずだ。

 

 だというのに、音ひとつしない。ただ永遠に続くかと思えるほどの沈黙が、戦地をつつみこんでいた。

 

 

 

 

 

 星天の妖精について、人類が知ることはほとんどない。

 

 その魔術も、その姿も、そもそもひとりの妖精なのかもわからない。

 

 かつて戦ったオレですら、星天の妖精とはなんなのかと問われて言葉につまってしまう。なぜなら、戦いの記憶すらもあやふやになっているからだ。

 

 ゆえに、ほとんど戦略をたてることができない。

 

 オグダネル城跡の上。

 

 妖精たちが魔術で壊した城壁に潜みながら、オレは戦地をうかがった。

 

 狩人たちは、この戦地にバラバラになって隠れている。それは、一撃で壊滅することをさけるためでもあり、そもそもどう戦えばよいのかもわからないからであった。

 

 だが、ここにラディムもいることは違いない。

 

 思えば、賢人の妖精との戦いからラディムとはろくに話もできなかった。その後に、すぐさま軍務の山がおしつけられたからだ。

 

 後になって思うと、それはアグラシュタインによるものなのだろう。

 

 オレに、いつかくるだろう星天の妖精との戦いに放りこむため、たとえただの新米狩人であってもひきはなしておく。

 

 困ったものだ、ほんとうに人類を救うのはオレじゃなくてあっちだというのに。

 

 ラディムはどうしているだろうか。

 

 あの時に気づいたその生まれを考えれば、果たしてラディムはきちんと戦えるところまで心を鎮められているか疑わしかった。

 

 もどかしく思う。

 

 原作とかはどうでもよく、かつての上官としてあんなかたちでラディムを放っておいてしまったことに心が痛い。

 

 願わくば、新たな上官がよい狩人であることを祈っておこう。

 

 ともかく、これは原作になかった戦いだ。ここでラディムを殺させるわけにもいかないし、なによりこれをひき起こしたオレが始末をつけなければならない。

 

 ロングソードを握りしめて、オレは戦地をうかがう。

 

 できるだけ、狩人を死なせずに。嘘の英雄だとしても、それでも星天の妖精だけはなんとかして殺さなければならない。

 

 

 

 

 

 ―――くす、くす……。

 

 そんな、小さな笑いが戦地に響いた。

 

 ぞっと、背筋に悪寒が走る。

 

 オレの首に、小さな腕が巻きついていた。子どもらしく暖かなその肌は、続々とした鳥肌をたたせる。

 

 ―――お兄ちゃんと遊べるの、すっごく楽しみにしてた。ジャンケンで負けちゃったから、みんなが遊んでるのじっとがまんしてたんだ

 

 頭のうちに、子どもの言葉が響く。

 

 ふりむくことができない。まるで金縛りにかかったかのように、四肢が言うことを聞いてくれない。

 

「ミッカネン!」

 

 モルグレイドが、めずらしく慌てた顔をしてオレの肩をつかんでいる。

 

 ―――それじゃあ、始めよっか!

 

 そんな無邪気な言葉とともに、星が美しく瞬く。始まりは、一瞬だった。

 

 

 

 

 

 ひとりの狩人は、ふと気がつくと夕暮れの街にいた。

 

「は……?」

 

 先ほどまでその狩人が隠れていた林とは違って、どこか心が暖かくなるような、そんな街だった。

 

 道を、家路につく親子が歩いている。

 

 店じまいをしているベーカリーに、カアカアと巣に帰るカラスが鳴いている。なにもかもが現実に思えて、しかしその思考でこれは妖精の魔術だと言い聞かせる。

 

 あたりを駆けまわるも、街は永遠に続いている。

 

 どこにいっても、幸せそうな顔をした人々が歩いていて、狩人は訳がわからなくなった。

 

「なんだよ、これ」

 

 ずっと、この街は夕暮れのままだ。ずっと、人々は家路についたままだ。

 

 だんだんと、わけがわからなくなる。

 

 砲弾が飛びかう戦地が現実なのか、それとも今ここにある街が現実なのか。なんなのかわからなくなる。

 

「っ、頭がおかしくなる」

 

 頭痛がやまない。

 

「どうしたんだい、病気かね」

 

 気をつかって話しかけてきた街の人の手をふりはらった。困惑したその顔はどうみても嘘には思えなくて、また頭痛が激しくなる。

 

「放っておいてくれ、わたしに話しかけるな!」

 

「しかし、君はだいじょうぶなのか。帰る家はあるんだろうね」

 

「うるさい、黙っ……」

 

 顔をあげて、その狩人は街の人の瞳を目にしてしまった。その瞳の奥をのぞきこんでしまった。

 

 なにかが潜んでいる。

 

 暗くて、キラキラしていて、それでいて美しくて。

 

「とりあえず警官さんをつれてくるよ。それでいいかい?」

 

 瞳のうちで、一等星が瞬いていた。

 

 

 

 

 

 ひとりの狩人は、戦地に人影を目にした。

 

 黒いシルクハットをかぶった、老人のような姿の影だ。

 

 一目で、これは戦地にいるはずがないとわかる。ということはこれは妖精の魔術に違いない。

 

「おい、おまえら! あいつに気を……つけ……ろ…………?」

 

 その狩人は、いつのまにかひとりになっていた。

 

 狩人のパーティーのメンバーたちは、まるで神隠しにでもあったかのように姿がない。この戦地において、狩人は黒い人影とふたりきりだった。

 

「っふざけるな、あたしの戦友をどこにやったぁ!」

 

 狩人が手をかざすと、目にみえない刃があたりを粉々にした。

 

 極小のサイコロに斬られた土が、石が、ざあざあと崩れ落ちていく。オグダネル城跡の狩人のうちでもベテランであるその狩人の魔術は、絶大であった。

 

 生まれたクレーターのうちで、狩人は目を走らせる。

 

 いったいなにが起きた。狩人の戦友たちはどこにつれられていったというのだ。

 

 易々と殺されたはずがない、手塩にかけて育ててきた優れた狩人たちだ。たとえ殺されたとしてもなにかしら残してからいったはずだ。

 

 そうして気をとがらせる狩人のその目と鼻の先。

 

 シルクハットの人影は狩人をのぞきこんでいた。

 

「は?」

 

 恐怖に震える。

 

 いったいどのような術をもって先ほどの魔術を逃れたというのか。というかそもそもどうしてここまで歩いてくるのに己は気がつかなかったのか。

 

 思考よりも先に拳がくりだされる。

 

 その人影の足をはらい、腰から拳銃をぬくとともに魔術を放つ。その銃口をズタボロになった人影につきつけたと思ったその時。

 

 時が巻かれたかのように、また先ほどに帰っていた。

 

 また、シルクハットの人影にのぞきこまれている。冷や汗でべっとりと髪が額にはりついた。

 

「な、な……」

 

 慌てる。

 

 つぎはその腕をつかみ、大地に投げつけた。

 

 また、時が巻かれる。

 

 その目に指をつっこみ、その頭のうちで魔術を働かせる。

 

 時は、あたりまえかのように巻かれた。

 

 終いに胸に埋めこんだ爆弾を起爆させ、あい討ちにもっていこうとした。

 

 時が巻かれた。

 

 狩人は、今や困惑の嵐のなかにあった。いったいなにが起きているのか、まったくわからない。

 

 星天の妖精の魔術は謎につつまれていると語られていた。かつて戦い下したはずのあの大英雄すらついぞ知ることはできなかったとされている。

 

 てっきり、それは魔術がわかりづらいといった類の話だと思った。

 

 どのような働きをしているのかわからず、不可思議な結果をもたらす。とにかく戦ってみて魔術をつかむほかないと思っていた。

 

 だが、そんなどころの話ではなかった。

 

 なんなんだ、これは。

 

 そもそも魔術かも疑わしい。妖精のなせる業なのかも疑わしい。

 

 これまでずっと戦ってきて、これほどの絶望に苦しめられたことはない。なにをすれば勝てるのか、思いつきもしない。

 

「あ……」

 

 そうして、狩人はシルクハットの人影の瞳に目をやってしまった。

 

 その奥をのぞきこんでしまった。

 

 なにか、ひどくおぞましく怖気のするようななにかが隠れている。まるで命を嘲笑するような、そんな人類なら誰しもが恐怖するなにかが、隠れている。

 

 一番星が、チカチカと瞬いた。

 

 

 

 

 

「ミッカネン! むやみに姿をさらすのは馬鹿な戦術と考える!」

 

 アルハンゼン先生の言葉を背に、オレは城壁から飛び降りた。

 

 戦地に、人影はない。

 

「生き残っている狩人がいたのならば、音をたてろ」

 

 隣に降りたったイスファーナが魔術を働かせる。

 

 沈黙ならばそれは狩人の壊滅が、なにかが聞こえたのならばそれは戦闘が続いていることが、わかるはずだった。

 

 聞こえてきたのは、そのどちらでもなかった。

 

「おいで」

 

「おいで」

 

「おいで」

 

 狩人たちのものなのかもわからない言葉が、耳に入りこんでくる。イングラシウスが困惑したように眉を震わせた。

 

 ああ、これだ。

 

 オレは唇を噛む。

 

 かつて戦うたびに、その魔術は違っていた。

 

 まるでこの世すべての魔術を知っているように時には思え、またなんの魔術も知らないように時には思えた。

 

 これが星天の妖精。

 

 千年の長きに渡って人類がもっとも恐れていた、始まりの魔王なのだ。

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