【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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26 モブ、星天の深淵に落ちるⅢ

 やけに静かな戦地に、星が瞬く。

 

 初めに狙われたのはイングラシウスだった。

 

「!」

 

 一瞬でイングラシウスの四肢が大地に縫いつけられる。まるで目にみえない手におさえつけられているように、イングラシウスが崩れ落ちた。

 

「イングラシウス、どうした!」

 

 駆けよるも、どうしようもできない。

 

「この地にある魔術に命じる、すぐさま終われ」

 

 恐らくは星天の妖精の魔術なのだろうそれはただイングラシウスだけを狙っていて、イスファーナの命すらもとどきはしない。

 

「っ――――!」

 

 音にならない叫びをあげて、イングラシウスが手をついた。

 

 魔術炉に魔力をものすごい勢いでくべているのか、その背から蒸気があふれだしていた。歯を食いしばり、まるで天を背にしているかのようにゆっくりと起きあがる。

 

 一瞬、イングラシウスは魔術をうち破ったように思えた。

 

 一瞬だけであった。

 

 星が瞬く。

 

 莫大な魔力の流れが吹き荒れ、先ほどまでイングラシウスがいたところにぽっかりとした黒い穴ができた。

 

 その下をみることはできない。

 

 まるでプレス機におしつぶされたように、大地が沈んでいっているのだ。

 

「星天の妖精よ、姿を現せ! 魔術を失え! イングラシウスを放て!」

 

 イスファーナがやたらめったらに魔術を撃ち続ける。まるでやけになったように魔術を働かせるその手が、独りでにもちあがった。

 

 その足が、独りでに歩いていく。

 

「なるほど、操られているのはわたしのほうということか。……ふざけるな、わたしを従えていいのはミッカネンだけだ!」

 

 イスファーナが己の身をめぐって星天の妖精と力くらべをする。

 

 骨はきしみ、筋肉の弾ける嫌な音があたりに響いた。

 

「ミッカネン、今すぐに星天の妖精を探すべきと考える。このままでは一人ずつ討ちとられるだけであると考える」

 

 アルハンゼン先生が針のかたちをした兵器をあちこちに飛ばしながら静かに言い放つ。その目と鼻の先に、ちいさな箱が落ちた。

 

 ひとりでに開いたその箱のうちには、飛ばしたはずの針の兵器。

 

 それがひもでくくられて帰ってきていた。

 

「どうやら、拙の兵器はすべてやられたようである」

 

 アルハンゼン先生の頭上に、黒い影がさす。

 

 その上にあるのは、鮮やかなプレゼントの箱の数々。恐らくはアルハンゼン先生の兵器が納められているのだろう箱たちである。

 

 あとちょっとでおし潰されるところだったアルハンゼン先生を、淡いピンクの花びらが逃す。

 

 モルグレイドは、続けてイスファーナの四肢を縛りつけ、ここから遠ざからないようにおさえつけていた。

 

「っ……」

 

 ここに残り、モルグレイドたちとともに戦うべきか。

 

 だが、それではいつまでたっても星天の妖精に勝つことはできない。ただじりじりと敗北に追いやられるだけだ。

 

 オレは命を失っても、魔術でなんとかできる。

 

 オレが炭鉱のカナリアになるしかない。

 

「モルグレイド! ここでアルハンゼン先生とイスファーナを守ってくれ!」

 

 とにかく速く星天の妖精を殺す、オレのパーティーメンバーが、そして狩人たちが殺されるより先に。それしか道はない。

 

 オレは人ひとりいない戦地を駆けた。

 

 

 

 

 

 狩人の影はひとつもない。

 

 ただ、星が瞬いているだけだ。

 

 ―――くす、くす

 

 ―――かっこいい……

 

 ―――やっぱり、お兄ちゃんはかっこいいね

 

 ―――好き、大好き!

 

 ——―かくれんぼだね、いいとも!

 

 頭に、どこの誰とも知れない言葉が響く。

 

 いったいどこから話しかけてきているのか。そもそも星天の妖精に我はあるのか。

 

 なにもわからない。なにもかもが未知。

 

 それが、星天の妖精だ。

 

 ずぶりと、足がとられる。泥からのびてきた手に、つかまれているのだ。

 

 その手首を斬り落とし、オレはただ走っていく。

 

 あてがないわけではない。星天の妖精が魔術を操るその一瞬、ほんのわずかに漏れだすおぞましい魔力が伝わってくる。

 

 それだけを頼りにするのだ。

 

 そのためには、己の魔力がノイズになってしまう。だから、オレは魔術炉を静めた。

 

 とたん、傷の治りが遅くなる。

 

 星天の妖精のよくわからない魔術が飛んでくるなか、オレは走っていく。魔力を調整し、命が失われないギリギリを攻めていく。

 

 独りでに指が曲がってはいけないほうへ曲がっていく。

 

 ロングソードを握るのに小指はいらない。いくつかの指を治してそのほかは放っておく。

 

 肌という肌がいきなりはがれた。

 

 運がいい、痛むだけで今戦うのにはさしつかえない。魔力をセーブして走っていく。

 

 もともとこうなるとは思っていた。

 

 星天の妖精の魔術は未知がすぎる。ゆえに、アグラシュタインは狩人を戦地に散らばらせ、生き残った者たちによって速攻で討ちとる作戦をとった。

 

 狩人のほとんどはデコイである。

 

 オレたちが生き残ったのは単に運がよかっただけだ。

 

 だからこそ、はやく星天の妖精を探さなければならない。ここでオレたちが壊滅してはそもそもの作戦がなりたたない。

 

 ——―きゃー!

 

 ——―おもしろい、おもしろいよ。お兄ちゃんといると退屈しないよ!

 

 ——―そろそろラストスパートだね! はやくクリアしてもっと遊ぼーよ!

 

 頭にあの謎の言葉が響く。

 

 星天の妖精と思しき魔力の源まで、あとちょっとだ。

 

 魔術炉に火をくべる。もう魔力をおさえなくともよい、後はつっこんで敵を斬り殺すだけ、それだけだ。

 

 ———やったね、クリアだよ!

 

 ―――思ってたよりも速いなぁ、さすがお兄ちゃん。

 

 ———じゃあ、ネクストステージだね。

 

 子どものクスクス笑うのが、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 気がつけば、オレは古びたシアターにいた。

 

 黄ばんだカーペットに、ずらりと座席がならんでいる。背後では映写機がカタカタとテープを巻いていた。

 

 つんとした香りが鼻を刺す。

 

 どうやらオレは、座席の一番後ろにいるらしかった。

 

「モ、ルグレイド?」

 

 ふと、気づく。

 

 座席に座っているのは、みな狩人だ。

 

 知っている顔をいくつも目にする。かつてともに戦った狩人、かつて軍学校からやってきたのを一から育てあげた狩人……。

 

 ラディムもいる。

 

 そして、シアターに散らばるようにしてオレのパーティもいた。

 

 イスファーナ、イングラシウス、アルハンゼン先生……。みな、スクリーンをみつめて、静かに黙りこんでいる。

 

 なによりも、オレはすぐ目と鼻の先にモルグレイドのあの美しい銀髪をみた。オレが思わずその肩に手をのばそうとした時。

 

 ——―あー、お兄ちゃん! こういうの観る時は座んなきゃいけないんだよ!

 

 隣りからのびてきた手に、座席に座らされた。

 

 隣りにいたのは、子どもの姿をした黒い影だった。女の子の、可愛らしい言葉でオレに語りかけてくる。

 

 ———久しぶり! 大好きなお兄ちゃんとようやく会えて、とっても嬉しいな!

 

「星天の妖精、か」

 

 女の子の影は、ぶんぶんと頷く。

 

 星天の妖精の姿は、誰も知らない。かつてオレが戦った時は山のような巨漢だったこともあったし、鳥や虫の姿をしていたこともあった。

 

 この女の子の姿も、初めてである。

 

 ——―ね、ね、続きはなにして遊ぼうか。おままごとしてみたいなって思うけど、どうかな?

 

「なにが言いたい」

 

 ———だからね、おままごと。

 

 気がつけば、スクリーンにふたりの影が映されていた。

 

 オレと、それと小さな女の子。白い布の上に、みるみるうちに城が建ち、森が育ち、やがてまるでおとぎ話のような光景が生まれる。

 

 ———お兄ちゃんは、王子様なの。お姫さまのわたしをつれて、旅をしてるんだ。

 

「そんな遊びにつきあうつもりはない、今すぐここに閉じこめられている狩人を放せ。さもなくば……」

 

 腰からロングソードをひきぬこうとして、オレの手は無駄に終わる。

 

 ———駄目だよ、ここで暴れたら。静かにしないと。

 

 女の子の影が唇に指をあてて、しぃーっと言ってくる。そうしているうちにも、スクリーンに映される旅は続いていた。

 

 オレと、そして星天の妖精が橋を渡っている。その吊り橋はグラグラとゆれていて、今にも壊れてしまいそうだ。

 

 ———お兄ちゃんはね、お姫さまを守らなくちゃいけないの。

 

 スクリーンで、縄がちぎれた。

 

 星天の妖精が谷に落ちていく。

 

「ふざけるな、どうしてオレが妖精を」

 

 ———そうしないと、みんな死んじゃうよ?

 

 星天の妖精が岩に頭をうちつけたその時、ひとりの狩人の首がごきりと折れた。

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