【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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31 モブ、星天の深淵に落ちるⅥ

 どこかの教会、誰もいない礼拝堂。

 

 そのベンチに、オレはいつのまにか座っていた。

 

 ———もしかして、わたしと遊ぶのをやめちゃうの?

 

 隣りに座っている人は、その顔がよくわからない。その姿のない言葉がオレの耳にささやいた。

 

 ———そんなことしたら、わたし怒っちゃうかも。

 

「そんなことをオレがいつ言った。オレはただ、二人ほど狩人を逃がしただけだ」

 

 隣りに座るその人は、男のようにも、女のようにも、子どものようにも、老人のようにも、はたまた誰もないように思えた。

 

 星天の妖精に、姿はない。

 

 ———またまた、そんな嘘にだまされると思った?

 

「だが、現にオレはここにいる。こうやって遊びとやらにつきあってやっている。なにか違っているか」

 

 星天の妖精が首を傾げる。それに従って、日が陰った。

 

 ———それはそうだけど。今いち信じられないよ。だって、その子たちを逃がしてどうするっていうの?

 

「オレはおまえと遊び続けるだけだ」

 

 ―――ふぅん?

 

 星天の妖精が、オレの顔をのぞきこんでくる。

 

 その星をキラキラと散りばめたような瞳は、オレをじっとみつめた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 星天が、永遠に続いていた。

 

 まるでこの世がなにもかも沈黙に落ちたかのように、音ひとつしない。

 

 いつもなら命のやりとりで騒がしい戦地も静まりきっていて、まるで生気がしなかった。

 

 そんな大地に、狩人の姿が二人。

 

「これが、星天の妖精……」

 

「やれやれ、やはりあれは魔王のなかでもけた違いだね」

 

 星の瞬く夜の下に、モルグレイドとラディムは静かにたたずんでいた。

 

「さて、困ったことに僕はミッカネンが君になにをさせたいのか知らない。恐らくは、君の魔術がかかわっていると思うんだけどね」

 

「……っ」

 

 ラディムが己をふるいたたせるようにぎゅっと拳を握りしめた。

 

 たしかに恐怖に震えながらも、静かに口にする。

 

「……実は、ボクは己のゲッシュを果たせてはいません」

 

 ラディムのゲッシュ、それはラディムにとってもっとも忌むべきこと。

 

「ボクは、かつて賢人の妖精に飼われていました。その時の馬鹿で力のない己、その姿から目を背けないことです」

 

 魔術のゲッシュをごまかす術はある。

 

 それこそ、かつてイスファーナが無理やり己にミッカネンを上官だと言い聞かせたように魔術を働かせることもできる。

 

 だが、それではほんとうの力は手に入らない。

 

「へえ、だったら話はすぐだね。君がそのゲッシュを果たせばいい」

 

「……できないんです。難しいんです」

 

 モルグレイドの言葉に、ラディムは沈む。

 

 ラディムにとって、かつての己というのは殺さなければならないものだ。ミッカネンに救われるばかりの己、ただ助けを求めるばかりの己は、嫌うべきものだから。

 

 そんな己に目をむけること、それはラディムにとって不可能だった。

 

 せっかくミッカネンが信じて己を救ってくれたのに。

 

「ボクは、ボクはミッカネンさんみたいになれない。あんな風に、みんなのためにあんなに傷ついてまで戦うなんて……そんな勇気が、ないんですっ!」

 

 ラディムはモルグレイドの顔を目にすることができなかった。せっかくミッカネンのかわりに助けられたのに、なにもできない己が、恥ずかしかった。

 

「誰だってそうだとも。僕はそのことを責めないよ」

 

「え?」

 

 失望されるとばかり思っていたラディムは、顔をあげた。

 

 モルグレイドはため息をつく。

 

「まさか、君はミッカネンが苦しむことのないロボットとでも思っていたのかい」

 

 モルグレイドは知っているという。

 

 なぜなら、初めからずっと目にしてきたから。パーティの誰よりも、ずっと昔からミッカネンの戦いを目にしてきたから。

 

「ミッカネンはね、とても怖がりだよ。痛いのは大嫌いだし、苦しめられれば傷つくし、心だって折れかけたこともある」

 

「な、なにを……」

 

「ミッカネンはいつだってギリギリだよ」

 

 モルグレイドは語る。

 

 初めて腕が飛んだ時、ミッカネンはまるで赤子のように泣き叫んだと。胸に大穴をあけられた時、激痛で顔がぐちゃぐちゃになったと。

 

「ミッカネンは、逃げだしたくて、嫌で嫌でしかたがなくて、それでも戦ってしまう、そういう人だ。おとぎ話の英雄なんかじゃないよ」

 

「で、でも、それでも戦えてるじゃないですか。逃げたボクと違って……」

 

「なら、どうしてそもそも君はこの戦地にきたんだい」

 

 モルグレイドの瞳に、みつめられる。

 

「ミッカネンに救われて、そのまま銃後でぬくぬくと暮らせたはずだ。なのになぜか狩人になってここで戦っている。それはどうしてだい?」

 

「……ミッカネンさんみたいに、なりたかったから」

 

 ラディムは、かつて己を救ってくれた英雄に憧れていた。

 

 かつて逃げてしまった己が、諦めてしまった己が嫌いで、絶望から救ってくれたミッカネンみたいな人になりたかった。

 

「なら、そうすればいい。ミッカネンのように、恐怖に震えながらも歩き続ければいい。そうじゃないかい?」

 

「……でも、また失敗するかも」

 

 それでも、ラディムは勇気がない。そんなラディムに、モルグレイドはくすりと笑った。

 

「ミッカネンが言っていたじゃないか」

 

 ラディムの瞳に、光が灯る。

 

「ミッカネンが信じる君を、信じろと」

 

 己の恐怖も、卑屈も、そして、かつて家畜でしかなかった己も。なにもかもを抱えたまま、歩く。

 

「……ありがとうございます。もう、迷いません」

 

 ラディムはこの時、ほんとうのゲッシュを果たした。

 

「屈しても、折れても、戦う。それが、憧れたミッカネンさん、わたしの目標」

 

 ラディムの魔術炉が輝く。

 

 あふれる魔力に、夜に囚われているにもかかわらず、大地はまるで昼のようにあかるく照らされた。

 

 くびきのはずれたラディムが、その手をかかげた。

 

 黄金の刃が、握られる。

 

「わたしの魔術がなにもかもをつらぬく、ならば……」

 

 今ここにいるのは。

 

「星天の妖精の魔術をまるごと、つらぬいてみせる……!」

 

 人類を救う勇者、ラディム・ライオンハーツだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 シアターに、どんどんと扉をたたく音が響く。

 

 映写機がブツブツと断続になり、そしてやがて沈黙した。

 

 ———さっきの二人、わたしのなかに入ってこれるんだね。

 

「そうだな、なにしろ一人はこれから人類を救う勇者さまだからな」

 

 まわりの狩人たちが星天の妖精の魔術からとかれつつある。

 

 まるで長い長い上映の後かのように、背をのばしたりする者がいた。きょろきょろとまわりに目をやる者もいる。

 

 ———嘘つき。やっぱり、わたしを残してくんだ。

 

「まだわからないぞ」

 

 ———ふーん。

 

 星天の妖精の口調が、落ちこむ。

 

 扉をたたく音はもはや耳鳴りがするほどに大きく、そして黄金の光が漏れていた。

 

 そして、一瞬の後。

 

 シアターの扉はひらかれた。

 

 とたん、まるで激流のように囚われていた狩人たちが扉に歩いていく。どんどんと人の減っていったシアターはやがて、ひとつの人影もみられなくなった。

 

 ———みんな、いなくなっちゃった……。

 

「無理やりつれてきたんだ、逃げられるものならとっくの昔に逃げていただろうな」

 

 残ったのは、オレと星天の妖精だけだ。

 

 黄金の閃光は、しばらく星天の妖精の魔術と争っていた。扉がギシギシと閉じようとするのを、その光はさせまいとしている。

 

 だが、いくらプレイヤーキャラといっても今は力はそこまでだ。

 

 すべてをつらぬく魔術というのは後にあらゆる妖精を殺す人類の奥の手となるが、今の魔力では星天の妖精には敵わない。

 

 じわじわと光は細くなり、やがてシアターの扉はすっかり閉じてしまった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 ———逃げなくて、いいんだ。

 

「嘘をついたつもりはないとも」

 

 ここで星天の妖精を逃がすわけにはいかない。

 

 かつてなぜ星天の妖精を殺すことができたか、それは星天の妖精の言葉そのものによれば、遊びをもう思いつかなくなったからだ。

 

「さてと。どうやらみな逃げだせたようだな」

 

 そして、今も昔も星天の妖精との戦いは違わない。やつの吹っかけてくるふざけた遊びに、その規則につきあい続けること。

 

 さらにいうならば、星天の妖精を殺す道もひとつだけだ。

 

「もう賭ける命もなにもない。ただひたすらに君とオレの二人だけ」

 

 オレがいなければ存在しなかったはずのもの。

 

 原作のシナリオにはそもそもいるはずのなかったもの。

 

 四人の魔王のうちもっとも恐れられた妖精。

 

 星天の妖精だけは、プレイヤーキャラたるラディムに残していくわけにはいかない。ここでオレとともに死んでもらう。

 

「さあ、心ゆくまで遊んでやろう」

 

 暗い影が、女の子の姿が。

 

 ―――あはっ、それでほんとにいいの?

 

 どこか、嬉しそうに、幸せそうに笑った。

 

「ああ、終わりまでつきあってやる」

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