【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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32 モブの輝きに瞳を焼かれて病んじゃった妖精たち

 気がつけば、オレは星天の下にいた。

 

「ここは……」

 

 働かない脳にムチをうつ。

 

 オレはたしか星天の妖精と二人きりでずっと戦っていたはずだ。やつの口にする遊びとやらにつきあっていたはずだ。

 

 星天の妖精の魔術のうちでは、時というものがない。魔術のなかでは星天の妖精の思うがままに時が流れる。

 

 そして、やつが遊びが終わって欲しくないと願っていることもあわせて考えれば、今のオレがどうなっているかは想像に難くない。

 

 すでに、記憶すらあやふやになっている。

 

 岩に苔が生すほどの長きに渡る苦痛と、一瞬たりとも気を許すことのない遊びで、オレはほとんどなにも考えられなくなっていた。

 

 だが、それでも一つだけ知っていることがある。

 

「また、つぎの遊びか。こんどはなにをするつもりだ」

 

 今もなお、オレは星天の妖精の手のひらの上だ。

 

 まだ遊びは終わっていない、まだ星天の妖精は殺していない。

 

 ゆえに、オレはまだ戦わなければならない。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 青草が風にゆられて月光を照らし、銀に輝く。

 

 いい月の夜、オレはちょうど森と街の境にいる。オレの背には暖かな光を灯す街、オレの目の先には暗く重苦しい森。

 

 いったいなんの遊びなのか。

 

 しかし、まてども星天の妖精は姿を現さない。いつもならすぐにでも遊びたいとばかりにルールをまくしたてるはずなのに、それがない。

 

 ただ、沈黙だけである。

 

「……まさか、ほんとうに遊びがつきたのか?」

 

 ———ううん、違うよ。ちょっと会ってほしい人がいて、それだけ。

 

 オレのかすかな希望は、しかしどこからともなく聞こえてきた言葉に砕かれる。

 

 ちいさな女の子の影が、いつのまにか月光にゆらめく草の海に、現れていた。オレの目の先、ちょうど森のすぐそばだ。

 

 その隣に黒いフードをかぶった誰かをつれている。

 

「ふむ、誰と合わせてくれると言うのかな。できれば新聞小説の作家に会わせて欲しいものだな、実はファンなのだ」

 

 ———ごめんね、違うの。でも、会ってくれたら今日のところは帰ってあげます。

 

 星天の妖精の言葉に、一瞬思考が凍る。

 

 いったいなぜ、どちらかといえば星天の妖精が優勢だというのに。

 そもそもそうしてまでオレと会わせたいというのは誰なのか。

 そうすることで、いったいなにを果たそうとしているのか。

 

 疑問ばかりがうかんでくる。だが、オレはそれを考えているどころではなかった。

 

「ふ、ざけるな。オレは今日ここで、おまえを殺すと……」

 

 ここでオレは星天の妖精を殺すのだ。

 

 そうしなければ、原作のシナリオにできない。

 ラディムに、プレイヤーキャラに後を託すことはできない。

 

「ああ、それでこそわたしの愛しいお人。ほんとうに、美しい」

 

 その時、聞こえてきた言葉に息がとまった。

 

 ありえない、まるで脳を犯してくるようなこの言葉は、鼻が熟して腐り落ちてしまいそうなこの香りは。オレはたまらずふりむく。

 

 そこには、たしかにオレがふたたびも殺したはずの妖精が、人の救世をかかげて人を嘲る妖精が、いた。

 

 聖女の妖精が、妖しくほほ笑む。

 

「こんばんは、今日は月がきれいですね」

 

「……なぜ、生きている」

 

 聖女の妖精は、その人を狂わす美しい姿で黙ったままニコニコと笑うばかりである。だが、それでもオレはこれからなにが起きるのかをさとった。

 

 ラッパの音が鳴り響く。

 

 騎兵たちが先導し、数えきれないほどの美しく飾られた妖精たちの一団が歩いてくる。その最後尾には、巨大な玉座が運ばれていた。

 

「おおおお……、会いたかったぞ、わが婿よ」

 

 黄金と宝石で溺れそうなほどに己を飾りたてた皇帝の妖精が、オレの顔をのぞきこんだ。

 

 ざわざわと森が騒めく。

 

「英雄チャンだー」「おひさー?」「数か月ぶりって短いね」

 

 まったく顔も姿も違わない、影法師のような妖精たちの群れが木々の陰からオレをみつめていた。

 

 みな、無邪気で暖かな笑顔で、オレから目をはなさない。

 

 いまだ、星天の妖精のそばの誰かは沈黙を守ったまま。星天の妖精はぱっと手をひろげて誇らしげに宣言する。

 

 ———わたしたち、パーティを組むことにしたんです!

 

 星天の妖精がカラコロとかわいらしく笑う。

 

 ———お兄ちゃんみたいに、力もちの妖精さんたちを集めて! 聖女さんとか、皇帝さんとか、賢人さんとか、とってもいい妖精さんたちが力を貸してくれました!

 

 フードをかぶった誰かが歩いてくる。

 

 ———でも、わたしたちには英雄がたりてなかったんです。

 

 オレの目と鼻の先までやってきたその誰かは、ゆっくりとフードをとった。

 

「……嘘、だろ……う…………?」

 

「やあ、久しぶり。おまえを守って妖精に食われたのが最後だったな」

 

 露わになった顔は、オレのよく知っているもので。

 

「なんで、どうして……」

 

「よっ、オレだ、クルクッタだよ」

 

 シナリオでオレのかわりに英雄になるはずだった人。あかるく、誰にも優しく、そんな理想だった親友。

 

 少女のうちに、オレを妖精からかばって命を落とした、クルクッタが。

 

 昔となにも違わない、屈託のない笑顔でオレの肩をたたいた。

 

 ———ほら、お兄ちゃんもこれなら文句ないでしょう。クルクッタさんが、わたしたちのパーティの英雄になってくれます!

 

 星天の妖精の言葉が遠い。

 

 どんどんとクルクッタの顔が歪んでいく。

 

 罪におしつぶされそうになって、オレは思わず後ずさった。そんなオレを追いつめるように、クルクッタは一歩踏みだしてくる。

 

「オレに、怒ってるのか……?」

 

「んー、今のオレは妖精だからな。そういうのはよくわかんねえんだ」

 

 これは、なんなのだ。

 

 胃がこみあげてくる。歯がガチガチと鳴ってうまく噛みあわない。手が震えて、なにも考えられない。

 

 オレはそのまま、地に手をついた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 ———みんなの心はひとつ。

 

胃のうちをもどしているオレに、星天の妖精が語りかける。

 

 ———みんな、お兄ちゃんが欲しいのです!

 

四つんばいになって、地に手を付けているオレに、わざわざ膝を折ってまで星天の妖精は目をあわせてきた。

 

 気がつけば、オレは囲まれている。

 

「あなたを惑わし、骨ぬきにして、溺れさせる。ああ、なんと甘美なのでしょう。考えるだけで、わたしは喜びで胸がいっぱいになります」

 

「ですから、あなたを手に入れるのはわたしなのです」

 

 聖女の妖精の笑顔には、ドロドロとした欲情と歓喜が。

 

「わが婿が膝をつき、許しをこう姿を夢にみる。嫌がるのもかまわずに首に鎖をかけ、つれまわして屈辱を味あわせる、その時だけが望みだ」

 

「手ずから婿を従えて初めて、我は皇帝となる」

 

 皇帝の妖精の言葉にはギラギラとした欲望と激情が。

 

「欲しいなー」「やっぱ英雄チャンは輝いてるねー」「ウチも欲しいなー、己ってやつがないとメッチャ胸がスース―するんだよね」「カッコイイな、英雄チャンは」

 

「欲しいな」「その心も」「魂も」「思いすらも」「英雄チャンのものは」「なんでも」

 

 賢人の妖精の会話にはキラキラとした憧憬と残虐が。

 

 ———わたし、お兄ちゃんのことが大好きなんです。ずっと一人で、孤独でいたわたしと遊んでくれた、一緒にいてくれた。とっても楽しくて、嬉しくて……。

 

 星天の妖精が魔術を閉じていく。とても無邪気でかわいらしい笑みが、最後にオレにささやいた。

 

 ———だから、お兄ちゃんが欲しいです。

 

 

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