【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「っ!」
勢いよく起き上がる。
オレがいたのは白い病室だった。
「あれからひと月ぐらいかな、横になっていたのは」
脇でリンゴをむいていたモルグレイドがちらりと目をやると、ぼそりと呟く。
「これでいくつめだろうね、君が勝手に無茶をして、こうして病室に運びこまれるのは。そのたび、もう目にしたくないって願ってたんだけれど、ままならないものだ」
「……ほかの囚われていた狩人たちはみな助かったのか?」
「もちろん」
モルグレイドがオレの枕もとを指さした。
「星天の妖精の魔術のうちでなにがあったかは、みんな目にしていたみたいだ」
贈りものがこんもりと山のようになっている。
「星天の妖精の遊びで命を落とした狩人のほかはぴんぴんしてる。いつもみたいにどこかの誰かさんが馬鹿みたいに一人で傷ついたからね」
なにやら、モルグレイドの言葉に棘がある。
もしかして、勝手に星天の妖精との遊びを続けたことを怒っているのだろうか。
しかし、あの妖精はオレにしか殺せないのだ。ほかの狩人ならば遊びがつきるより先に息絶えてしまう。
だから、あの時オレ一人が残ったのは正しいことで……。
「うん、そうだね。君は正しい。僕が怒っていると考えていることも、それでもあの時一人で戦い続けるべきだと考えたのも、どちらも」
どうやら知らぬうちにモルグレイドはもうひとつ心を読む魔術を手に入れたようだった。それとも、そんなにオレの顔がわかりやすかったのだろうか。
白い病室に、ため息が響いた。
モルグレイドがオレの口に、リンゴを放りこむ。
「言っただろう、君は僕にとって唯一の生きる理由だ。僕にとってかけがえのない君がたった一人で死地に飛びこむ。僕は怒っているよ」
口に甘みが伝わる。
もごもごと口のうちのリンゴを飲みこむのに苦労して、モルグレイドの言葉に言いかえすことができない。
しばらくつーんという顔をしていたモルグレイドが、やがて悲し気にほほ笑んだ。
「でもね、なによりも嫌いなのは、君にその道しか選ばせなかった、君に頼りにしてもらえなかった僕だ」
モルグレイドの手がオレの頬をなでる。
「いつも君はひとりで傷ついて、僕は後に残される。ほんとうに嫌な話だよ」
その白い指はすーっとすべってオレの手をとった。
まるで赤子が親の温もりを求めるかのように、にぎにぎと握りしめられる。くすぐったくて手をひっこめようとすると、逃がさないとばかりに力がこめられた。
「あの時、一緒に逃げようと誘った」
その口調はかすかに震えている。
「それが正しいという考えは今でも違わないよ。君は意気地なしだから、一人だといつまでたっても人類から逃げられない」
「それでも、そう気がついてくれるその日までは。僕は、僕のできるかぎりの力をもって君を守るつもりだ」
モルグレイドが、ただ神に祈るかのように胸で手を組む。
「だから、できれば君も僕を頼って欲しい。道具みたいに思って、ボロきれのように壊してくれてかまわないから、もう残されるのだけは嫌だ」
なにも言えないオレを、モルグレイドはいつまでもみつめるのであった。
◆◆◆◆◆
「ミッカネンが起きたか」
「はっ、軍医によれば治療にはまたひと月ほどかかるとの話でした」
オグダネル城跡の地下深く。
巨大な鉄の扉の奥で、アグラシュタインはミッカネンの診断書をクシャクシャとまるめた。そのままゴミ箱に投げ入れる。
「どうせまた病室から逃げて妖精と戦って傷を治して終わりだ。ミッカネンは命を落とさないかぎりはいつまでも戦い続ける、そういう男だからな」
「は、はあ……」
報告に訪れた副官の一人は目を瞬かせる。
いつもながら、アグラシュタインはミッカネンのことをやけに詳しくお知りだ、と副官は思った。人類の英雄とその長年の上官とには言葉はいらないのだろう、とも。
そして、もうひとつ気づくことがあった。
やけに、書類の山が小さい。
いつもアグラシュタインは執務机の上にその背たけほどもありそうな書類の山を十ほど築きあげていたのだが、それがいつのまにかなくなっている。
「今日は書類があまりないですね、いつもこれぐらい楽だとよいのですが」
なんとなしに、副官は冗談めいた言葉をなげかけた。
「ふむ、それは違うな。なにしろこれからが人類史に残るであろうもっとも巨大な戦闘の始まりであるからな」
「はっ?」
しかし、続いたアグラシュタインの言葉はよくわからないものであった。
副官が首をかしげるのを目にして、アグラシュタインは口を吊り上げる。それは、めったにみられない己の上官の笑顔であった。
「し、失礼いたしました……」
ついにして己の上官は気が狂ってしまったかと思いつつ、副官は去っていく。その扉が音をたてて閉じるまで、アグラシュタインは黙って笑っていた。
一人残されたアグラシュタインは、未だニコニコと笑ったままだ。
「これまで人類はこの戦争において終始守勢に終わっていた。妖精と土地をとってとられて、それでは永遠に戦争に勝つことはできない」
小さく呟く。
「森に狩人をいかせ情報をかき集めた、技術者を招集して生産の起点をオグダネル城跡までもってきた、銃後では組織だって狩人の養育に努めた」
アグラシュタインの頬が紅潮し、狂気の光が瞳に宿った。
「これまで、ただ妖精をここで足踏みさせるためだけに数えきれないほどの若者を殺してきた。だが、それもすべて人類が勝つためである」
そっと手もとのピストルを指でなでる。
今、アグラシュタインの人生をかけた愛しい我が子とも言うべき作戦が産まれようとしていた。
「第八〇五六八号軍元帥府指令作戦、バタリング・ラム」
バタリング・ラムとは、古の攻城戦で、城門を壊すための巨大な槌のことである。
それを、妖精の根源地たる森を目と鼻の先とするオグダネル城跡の指揮官が作戦名として口にした。
ならば、指し示すものはただひとつ。
「妖精の森をうちやぶる、人類の命運をかけた一大攻勢である」