【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
01 モブ、「親友」を思う
「おーい、ミッカネン」
懐かしい香りだ。
馬の、汗や飼い葉やフンや尿やらが混じりあってできる、どこか心穏やかになる故郷の香り。
オレは村で飼っている馬の世話をしていた。
そんなオレに、クルクッタが歩いてくる。その手に握られているのは恐らくは畑からとってきたばかりのニンジン。
オレが首をなでる馬は、とっくにそっちに瞳が釘づけになっていた。
オレのすぐそばまでやってきたクルクッタが勝気な笑みでニンジンを食わせている。実にのどかな、田舎の暮らしの一幕だ。
ゴキ、ゴキと音をたててニンジンが歯に噛まれていく。
「軍に入ってから、きちんと飯を食べてるか」
「ああ」
「へんな傷とかつけられてないよな」
「時々だけ」
「休みたくなったら、いつでも帰ってきていいんだぞ」
「ありがとう」
クルクッタが手にもつニンジンの、その根っこのところまで馬は食っていた。その鋭い歯がオレンジの根をすりおろしていく。
ゴキ、ゴキ。
クルクッタが、ふいにオレの腕をつかんだ。
「親友が戦争にいっちまったんだ、残されたオレの思いも考えてくれ。おまえのことを新聞で目にするたび、気が気でなかったんだ」
「……それはすまなかった」
「ああ、なにしろこの村には墓石しか残ってないからな」
馬が、ゴキリとクルクッタの手を食った。
目が血走り、だらだらとヨダレを垂らしている。鮮血に鼻先を濡らして、馬はクルクッタの腕を食っていく。
オレの腕をつかむクルクッタに、力がこもる。
「怖かった、こんなへんぴな故郷のオレなんてもう忘れられちまったんじゃな飼って」
馬の影がゆらぎ、ゆがみ、かすれていく。どこからか、ちいさな女の子のクスクスと笑うのが聞こえてくる。
クルクッタが顔をうつむかせ、ギリギリと歯を鳴らす。
「そんなことはない、オレは……!」
横に目をむけたとたん、オレは言葉を失った。
あの夜だ、妖精からオレを救ってクルクッタが死んだ、あの夜。
暗い夜で、星の輝きがやけに目についた。先ほどまで馬だった影はいつしか人を嘲笑う妖精の姿となり、クルクッタをむさぼっている。
どろりと、頭の上を欠いたクルクッタが問いかけた。
「じゃあ、なんでオレのかわりに英雄なんて言われてるんだ?」
◆◆◆◆◆
ぱっと目をひらける。
瞳に飛びこんできたのは、ぎちぎちとオレの腕を握りしめているイスファーナの姿だった。なんなら力が入りすぎて肌が白くなっているほどである。
実に嫌な夢だった。
妖精から助けようと、オレのかわりに殺されたクルクッタ。
原作シナリオにおいて、オレのかわりに英雄となるはずだったクルクッタ。
オレがラディムがやってくるその日まで戦わなければならなかった理由のクルクッタが妖精になってしまっている、そんな夢。
悲しむべきは、それが現実であることか。
未だ昨日のことのように頭にうかぶあの日。
クルクッタにかわってオレが殺したはずの四人の魔王。その魔王たちがなぜか蘇り、オレをみつめていたあの光景。
その一番後ろで、静かに笑っていたクルクッタ。
傷を治してすぐ、モルグレイドとアグラシュタインには伝えた。
モルグレイドはなにも言わず静かにオレをみつめていて、アグラシュタインは鼻を鳴らして手もとに新たな力のある妖精についてメモするだけだった。
ほかのメンバーには、まだ話せてはいない。
とにかく、今はこの夢の遠因にちょっとした嫌がらせをしてやろう。
イスファーナの顔に水をたらして、怒鳴られた後のことである。
オレは談話室で王都からの雑誌を読んでいた。まわりの狩人たちも暇そうにあくびをこぼしながらトランプで遊んでいる。
このごろはオレたち狩人に軍務が下ることがかなりなくなった。アグラシュタインから言い渡されるのはどうしても狩人がいる時に限られている。
それどころか、いっさいの鍛錬を禁じられ、休養をさせられているほどだ。
これまでずっと妖精と戦いづめでろくに休みなんぞとってこなかった狩人たちは、ゆえにこうして降ってわいた休日をもてあましているというわけである。
「おい、愚鈍。チェスをするぞ」
脇でひたすらに数独をしていたイスファーナが、しびれをきらしたようにチェス盤を手にした。断る理由もないので、雑誌片手に駒を運ぶ。
ふと、イスファーナの手がシャツの袖をつまんでいることに気づく。
言っても怒られるだけなので口を閉ざしておくことにした。ここ数日イスファーナはかつてのようにべっとりとしてきている。
どこからともなく現れたイングラシウスが、手を組んだ。
ソファでオレの隣に座りながら、言葉にならない言葉を祈っている。静かに、目を閉じて、ひたすら心をこめて。
瞳のはしでどこからつれてきたのか猫と遊んでいるモルグレイドを目にして、ふとアルハンゼン先生のほかのメンバーがそろっていることに気がついた。
アルハンゼン先生はこのごろ忙しくしている。
オグダネル城跡の地下に築かれた兵器の生産ラインがいよいよバリバリと働き始めたので、いろいろとみてまわっているのだ。
とはいえ、そんなアルハンゼン先生も時をみはからって顔をのぞかせている。恐らくは地下から飛んできたのだろう、顔は煤で黒くくすんでいる。
このごろ、メンバーがオレのそばにいるようになった。
詳しく言うならば、星天の妖精との戦いの後から、メンバーたちの目がずっとオレにそそがれているのである。
あまり心地のよいわけではないが、なんとなく理由はわかった。
星天の妖精にオレが一人でずっと戦ったのがまずかったのだろう。たしかに、戦友がボロボロになって情けなくあがいているのを目にするのは辛いというのはわかる。
だからといって、あの時にそんなことを考える暇などなかったのだが。
「おい、チェックメイトだ」
むすっとした顔のイスファーナがオレのキングの駒を転がした。王都のことをこまごまとつづった雑誌からオレは顔を上げる。
「むっ、負けたか」
「ろくに考えていなかっただろう。もういちどだ」
ガチャガチャと音をたててまた駒をならべていくイスファーナ。これはもう逃すつもりはないな、オレは深々とソファに沈んだ。
◆◆◆◆◆
夜、崩れた城壁の上にて。
閃光弾に煌々と照らされた戦地。その奥にひろがる夜の闇にまぎれて、汽車が音もなく駅にすべりこんでくるのをオレはじっとみつめていた。
つい先日つながったばかりの鉄道で運ばれてくるのは、黒々とした鋼鉄の兵器たち、そしてこれまでとくらべものにならない兵の群れである。
アグラシュタインの指揮の下、国のあちこちから軍の戦力がかき集められている。
それらが運びこまれるのはきまって夜、誰にも目にされないよう、気づかれないようやってくる。
「いよいよである。拙のこれまでの努力がようやく実ると考える」
いつのまにかそばにいたアルハンゼン先生がぼそりと呟いた。
「オグダネル城跡を起点とし、あちこちに数えきれないほどの工廠を散りばめた。効率がよいとともに乱されないサプライチェーンを築いたのである」
「アグラシュタインの指揮か」
「そうである。よく上に戦略を説いてこれほどまでの資源をかき集めたと考える」
狩人たちが今休まされているのも、アグラシュタインの考えの上なのだろう。長いつきあいだから、だいたい企んでいることもわかる。
ふと、背後から階段を上がる音が聞こえた。
「あ、ミッカネンさん……」
ふりむくと、ラディムが目をひらいて、オレをじっとみつめている。その瞳はゆらゆらとかすかに震えていた。
「ふむ、拙はこれで失礼するのである」
アルハンゼン先生はなぜか去っていってしまった。城壁の上に残されたのは、オレとラディムだけとなる。
しばらくもじもじとしていたラディムは、息をすうとキッと顔を上げた。
「先日は、ありがとうございました。こんなボクを信じてくれて。かつての己から逃げない、そんなゲッシュを果たせたのはミッカネンさんのおかげです」
オレが顔を知らないだけで、ラディムは賢人の妖精の家畜の一人だったと聞いている。そして、これまで昔の己を殺して生きてきたことも。
ラディムが顔をうつむかせる。
「ほんとうのことを言うと、まだボクはボクのことが嫌いで逃げたくてしかたがなくて、まだ昔の己を隠しています。でも、ミッカネンさんがああ言ってくれたから」
ラディムはまっすぐな瞳でオレをじっとみつめた。
「わたしは、いつかミッカネンさんに己を誇れる狩人になりたいです」
ことがシナリオのように運ぶならば、そんな願いはすぐに叶えられるだろう。ただ、そのためにオレにはまだやらなければならないことが残っている。
静かに息をはく。
クルクッタ、どうしておまえが妖精になってしまったのかはわからない。オレがこの世に生まれなければ、そもそもこんなことにはならなかったのかもしれない。
だからこそ、オレがクルクッタを殺さなければならない。