【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
その日の朝を告げたのは、耳をつんざくような砲弾の悲鳴であった。
これまでとはくらべものにならないほどの砲撃で、日の光すらも硝煙がつつみ隠してしまいそうだった。あまりもの数の鉄のかたまりが、大地をえぐっていく。
それは、もはや兵器による暴虐であった。
戦地に人類の兵の数はとぼしい。鉄の嵐が吹き荒れる戦地をくぐりぬけてくる妖精などほとんどいないのだから、今のうちに休ませたほうがよいとの考えだった。
オグダネル城跡の後背にある森。そのあちこちに秘密のうちに築かれた陣地から、まるで雨後のタケノコのように砲身がみえ隠れしている。
そんな地獄の光景を、アグラシュタイン率いる将校たちは静かにながめていた。
「すばらしい……」
「これまで鉄道網を整え、工廠を築きと血のにじむ努力を重ねたかいがありましたな。この砲撃をささえる銃後の兵站は芸術といってもよいでしょう!」
興奮したように口々に語りあう将校と違って、アグラシュタインはひたすらに黙りこんでいる。
この砲撃の狙いは、妖精を殺すことではない。アグラシュタインの瞳が、そしてこの大砲群の照準がむけられているのはただひとつ。
戦地の奥に黒々と鎮座する、妖精の森である。
みあげるような巨木が火薬に焼かれ、鉄のかけらにズタズタにされる。巻きこまれた妖精が倒木につぶされ、命を落としていった。
森は焼かれ、吹き飛ばされ、そして滅ぼされようとしている。
根こそぎ命を絶とうと、黒く焦げた大地があらわとなったところにも砲弾は撃ちこまれていく。まるで、新芽のひとつたりとも許さないといわんばかりに。
これこそがアグラシュタインの悲願、人類による妖精の森への攻勢、その第一歩。
これまで軍で考えられてきた妖精の森への作戦はどれもただ一点をもって不可能とされてきた。妖精の森、そのものが人類を厳しく退けてきた。
森そのものが銃や大砲といった人類の現代兵器の苦手とするものであり、それにくわえ易々と伐ることのできない巨木にぬかるみのように足をとるコケの海。
軍を攻めこますは己の首を絞めるようなものと言われるほどであった。
しかし、そのような理屈でとまるならば、その者はアグラシュタインではない。遠いどこかでガンギマリショタと恐れられる軍人は、至ってシンプルな戦法を考えた。
「妖精どもが森を根城とするというのならば、その森まるごと焼き殺すのみである」
鉱山から工廠、工廠から陣地まで。
兵器や弾薬を作り運ぶ血管をアグラシュタインはオグダネル城跡の奥に築いた。まるでライン生産のように滞りなく山のような砲弾が秒ごとに撃ちこまれていく。
人類の歴史において、もっとも巨大な大攻勢が産みだされようとしていた。
◆◆◆◆◆
オレは遠くに響く砲撃音に顔をしかめた。
オグダネル城跡の背後に築かれた臨時の鉄道駅。弾薬や大砲が絶えず運びこまれてくるここは戦地からかなり遠いはずである。
にもかかわらず、音は絶えない。
まるで耳もとでオーケストラが命がけの不協和音をうち鳴らしているようだ。硝煙と舞い上がった土ぼこりの香りまでする。
あまりもの爆音に戦地では精神をやられた兵までいるらしい。
すでに森の入口は畑のごとく耕されている。それぞれの砲兵陣地はさらに照準を奥へ奥へと競うようにさだめていた。
だからか、臨時の駅は砲弾をあちこちへと運んでいく砲兵たちが怒鳴り散らしている。そんな喧騒から、オレたちはぽつんと残されていた。
「こここここ、こここ、こんにちは!」
舌を噛みまくりの言葉が聞こえてくる。
ぶかぶかで今にも頭から転げ落ちそうな軍帽に、指先まですっぽりと隠れてしまっている軍服。ひとりの女砲兵がプルプルと震える手で敬礼をしていた。
では、どうしてオレたちがここにいるのかというと、それはもちろん軍務である。
いくら戦力を温存しようといっても、狩人なしで戦争は戦えない。戦略の上でも防衛が求められるところは山ほどある。
ゆえに、狩人たちは順繰りに軍務にあたっているというわけなのだが。
「み、みなさんに護衛をしていただく第五砲兵師団観測大隊のアレクセイエフともうします! にゃ、なにとぞよろしくお願いいたします!」
アレクセイエフというらしいその観測兵は、かわいそうに思えてくるほど気をはりつめさせていた。カクカクとした足どりでオレたちに歩みよってくる。
こういうことが今までなかったわけではない。
オレは軍に英雄としてあることないことを武勇伝と宣伝されている。いわゆるプロパガンダというやつだ。
なので、こんなオレをなぜか伝説の大英雄だと思いこんでこうなってしまう兵というのがすくなからずいるのである。
もちろん、どんどんと虚飾ははがれていくし、そのたびにオレは恥ずかしい思いをする羽目になる。
どうやら、アレクセイエフもそういった兵の一人であるようだった。
「あー、その、あまり気にしないでくれ。英雄といっても戦地ではただの兵でしかない。君となにもかわらないよ」
「ひゃい! かしこまりました!」
……ああ、これは重症だ。オレは天をあおいだ。
「あははは……。なんだかボクも人ごとじゃない気がしてきました」
ブリキのおもちゃのようにぎこちなく足を運ぶアレクセイエフについていく。その後ろで、とても気まずそうな顔をしたラディムがぼそりと言葉を口にした。
後もう一人にもこの思いは伝わっているだろうか。
オレは静かにイングラシウスのほうに目をやった。イングラシウスはなにかが入っていると思しきブレスレットを慌てて隠している。
どうやらもう一人は駄目なようだ。
これから護衛をしなければならない大隊において、アレクセイエフはオレたち三人の補佐を務める。それはつまり、ずっと軍務をともにするということで。
せめてハリボテの英雄としてアレクセイエフをがっかりさせることだけは避けようと、オレは心に誓うのだった。
◆◆◆◆◆
夕暮れのなか、汽車からネズミが一匹転げ落ちた。
よくあることだ。
軍の運ぶ荷には乾パンやらジャーキーやらネズミにとってのご馳走が山のように入っている。
もちろん衛生の点から軍も頭を悩ませているが、やはりこうしたものは根絶できないものだ。ゆえに、せいぜいが薬をまくぐらいしか手がとれない。
汽車の運転手もネズミに気づいたが、舌うちするだけだった。
まだまだ運転手にはやらなければならないことが山のようにある。だから、たかがネズミ一匹にかまっている暇はなかった。
なにしろ夜は妖精に気づかれないように荷を運べる好機である。汽車のすみずみまで調べて、故障がないようにしなければならない。
運転手が汽車の下をのぞきこむ。
いつものように黒々とした冷たい歯車たちが運転手に顔をむけた。運転手にとっての頼もしい戦友だ。
ひととおり目にした運転手は嬉しそうに頷く。このぶんならば、今晩も汽車は馬車馬のごとく働いてくれるだろう。
そうして、顔を上げた運転手はネズミと目があった。
あの、汽車から転げ落ちたネズミだ。そのネズミがまるで話でもあるかのように運転手の目と鼻の先にたたずんでいる。
「っ、なめやがって! とっととどっかいっちまえ!」
運転手は怒鳴ってネズミを追いはらおうとした。
いつも運転手の運ぶ荷をかすめとっていく盗人である、なんならそばにある箒でたたき殺してもいい。ネズミと人とで、負けるはずがないのだから。
だが、ネズミは逃げようともしなかった。
まるで興味深いといわんばかりにしげしげと、運転手の顔をのぞきこんでいる。
ネズミだって人に敵わないことは知っているはずで、いつもは尻尾を巻いて隠れるはずなのだ。だというのに、こうして怖がりもしないネズミは初めてのことだった。
「な、なんだよおまえ……」
運転手はちょっとばかりの恐怖をいだいた。
ふと気がつくと、まわりには誰もいない。ほかの運転手たちはみな夜にそなえて休憩をとっているらしかった。
「なんだかへんなネズミだな、おまえ」
怖くなった運転手は駅に帰ることにした。
ほかの運転手たちになんと言い訳しようか、頭を悩ませる。なにしろネズミが怖くて逃げてきただなんて口にできるはずがない、笑われてしまうだろう。
「ん?」
その時、その運転手はふと気づくことがあった。
そのネズミの背に、なにかがひっついているのだ。かすかに赤みがかった、淡い黄のなにかが。
ハムかなにかを食って、その食いかすが背についたのだろうか。運転手はネズミの背に目をこらした。
「ひっ」
それは、人の耳だった。
まるでキノコが木の幹から生えているように、人の耳がネズミの背から生えていたのだ。運転手はこの時になってようやくさとった。
「よ、ようせ……っ!」
ばくんと音がして、その運転手の頭は食いちぎられた。後に残されたのは、いびつに巨大な口をもごもごとさせる一匹のネズミである。
「おいしくないなあ。皇帝チャンのお手伝いしたのに、こんなのじゃウチの心はみたされないよ」
ボコボコとネズミの姿がゆがんでいく。
やがて、輝くような笑顔の女の子の姿となった賢人の妖精は、いたずらげにクスクスと笑った。
「……だから、ぬけ駆け、しちゃおうかな?」