【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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04 モブ、砲兵の憧憬を負うⅢ

「おい、聞こえてんのか数字つき!」

 

 ボロボロの、傷だらけの男が怒鳴っていた。

 

 顔には布がくくりつけられていて、恐らくはその下の目は失われてしまっているのだろう。

 

 正に戦地での傷病人といった姿のその男は、アレクセイエフにつめよっていた。

 

「てめえのせいでオレたちの砲兵陣地はボロボロだ! おまえ、測距してる時に妖精さまにこっちの陣地教えてんだろ、そうだろ!」

 

 どうやら、そばの陣地が妖精におそわれたらしく、その砲兵がなぜかアレクセイエフに文句を言いにきたらしい。

 

 実におかしな話だ。測距手はただ砲兵の照準を調整するだけ、オレも目にしていたが、妖精に情報をもらすことなどできるはずがない。

 

 だが、とオレは顔をしかめる。

 

 なぜアレクセイエフが責められているかは、実に嫌な話だがわかってしまった。これまで耳にした数字つきという言葉を考えれば、よくわかる。

 

「やめろって、ジェンキンス……」

 

「黙ってろ、おまえも数字つきが測距大隊にいるなんて笑えねえって言ってたじゃねえか!」

 

 ジェンキンスという報兵が拳をふりあげたので、オレはその男を殴り飛ばした。吹っ飛んでいくその男が、頬をおさえてオレをにらみつける。

 

「っ、どこの誰だ……よ…………」

 

 だんだんと言葉尻がしぼんでいった。

 

「そのコート、腰のロングソード、もしかしてあの英雄ミッカネン……」

 

 ため息をつく。

 

 英雄だなんだと言われるのは実に嫌だが、こうした時は気に食わないその名でことを鎮められるのだから困った話だ。

 

「なにがあったのかは知らないが、オレは軍務でこちらの測距兵の護衛をしているところだ。暴力はつつしんでもらえるかな」

 

「っ、でもそこのそいつは数字つきで!」

 

「お、おい! やめろ、あの英雄さまを怒らせたら殺されるのはこっちだ!」

 

 ジェンキンスがそばの砲兵にひきずられていく。オレは、そんな怒り狂った砲兵に静かに言葉をなげかけた。

 

「それと、オレはその数字つきという言葉が心から大嫌いでね。あまり口にしてくれるな、また殴りたくなってしまう」

 

 ジェンキンスが、一瞬ゾッとするほどの激情を顔にうかべた。だが、そのままひきずられて木々の闇にまぎれてしまう。

 

 今日は厄日だった。

 

 気球にゆられて生まれて初めて酔ったり、かと思えば久しぶりに嫌な言葉を耳にしたり。とにかくもううんざりだった。

 

「アレクセイエフ、あまり気にすることはない。ああいうのはまったく根拠のない言葉だ、君に責はないし、むしろあちらがおかしい」

 

「いえ、わたしに罪があるのはそうですから」

 

 オレの言葉にアレクセイエフがぎこちなく笑う。

 

 そのアレクセイエフの苦しい笑顔に、オレの心は痛んだ。アレクセイエフに悪いところなどひとつもないというのに。

 

 あの言葉はほかの誰でもない人類が生みだしてしまった罪の証なのだから。

 

 ふと気づくと、オレの肩を遠慮がちにラディムがたたいていた。目をふせがちに、耳もとでそっとささやかれる。

 

「そ、その……。数字つきってどういうことなのでしょう」

 

 オレはイングラシウスと顔をあわせた。

 

 この話はとうのアレクセイエフの目と鼻の先でしていいようなものではない。ラディムにもかかわってくるし、人目のないところでするべきだ。

 

「その話はまた後にしよう。あまり大っぴらに話すことではない」

 

「ですから、いいんです。悪いのはわたしなんですから」

 

 ぎこちない笑顔で、アレクセイエフが袖をまくった。オレたちが言葉をはさむ隙もなく、その素肌があらわになる。

 

 ラディムが思わず言葉をもらした。

 

「あ、それって……」

 

 白い肌に焼けた跡。痛々しい三つの数字。

 

 それはかつて、賢人の妖精に飼われていた証であった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 数字つき。

 

 それは、かつて賢人の妖精に囚われていた人々を馬鹿にする言葉である。その数がとくに大きい王国の西のほうでは盛んに口にされていた。

 

 オレにとって、実に苦い話でもある。

 

 オレがかつて賢人の妖精を殺した時、人類はいまだ領土のほとんどをとりもどせていなかった。食料も土地もかつかつで、人類はギリギリのところにいたのである。

 

 そこに、賢人の妖精に囚われていた人々がどさっと現れた。

 

 そのほとんどは言語すら知らず、さらに人として生きるための常識すら欠いているありさまである。悲しいことに、憎悪が巻き起こるのに時はかからなかった。

 

 数字つきは実は妖精の手下である。

 

 数字つきはただ飯食らいでこっちに迷惑をかけるだけだ。

 

 そんな言説が猛威をふるい、西ではリンチまがいのこともあったと聞く。人類の領土が大きくなって数字つきという言葉は衰えていき、今ではほとんど聞かない。

 

 ただ、いまだしぶとくその憎しみは死に絶えてはいない。

 

 激戦に敗北したり、あるいは天災が起こったり、そうした時に数字つきにその責をすべてかぶせようとする者が後を絶たないのだ。

 

「その、ラディムさんも賢人の妖精に……」

 

「はい、でもボクはそんな言葉を知らなくて。すみませんでした」

 

 深々と頭を下げるラディムを、アレクセイエフが慌ててとめる。

 

 それを目にしながら、オレは苦々しい思いでいっぱいだった。

 

 あの時、オレはただ賢人の妖精を殺せば囚われた人々を救えるものだとばかり思っていた。その後もただがむしゃらに戦地で妖精と戦ってばかりだった。

 

 数字つきという言葉を知ったのはそれからだいぶ後のことである。

 

 アグラシュタインに言わせれば、オレの心身の健康のために黙っていたとか。思わずその時は手がでかけてしまった。

 

 ラディムが知らずにいられたのは、育ての親がとても優しかったのだろう。

 

『恐ラク、王国ノ北デ暮ラシテイタノガ大キイカト。アソコハ栄エテイタコトモアッテ激シクアリマセンデシタカラ』

 

 イングラシウスが静かにつけくわえる。アレクセイエフはタハハと笑い飛ばすように言った。

 

「その、ほんとうに気にかけてもらわなくていいんです。よく言われてますし、そもそもわたしは大罪人なので」

 

「そんなことはない、むしろ賢人の妖精に目をつけられた君にいわれのない怒りをぶつけることのほうが罪だ」

 

「いえいえ」

 

 どれほどアレクセイエフをはげまそうと、オレの言葉は伝わらないようだった。

 

 密かに歯を食いしばる。たぶん、なにか思いつきもしないほど恐ろしい目にあって、アレクセイエフは己を責めるようになってしまったのだろう。

 

 オレが怖いのは、それが賢人の妖精によるものなのか、人の手によるものなのかわからないことだ。

 

「……それに、わたしが数字つきだというのは正しいですから」

 

「えっと、その、それは」

 

 ラディムが言葉につまっている。

 

 そんなラディムを目にして、なにを思ったのかアレクセイエフは静かに首をふった。

 

「違いますよ、ラディムさんとわたしとは。ラディムさんは狩人になって、妖精をどんどん殺しているすばらしい人です」

 

『ソレハ、測距手ノアナタモ違ワナイノデハ……』

 

 恐る恐るといった風にイングラシウスがスケッチブックをのぞかせる。アレクセイエフはその言葉に暗く笑った。

 

「駄目なんです、違うんです。わたしは妖精に魂を売った罪人なんです」

 

「それは、どういうことだ」

 

 静かに問いかけると、アレクセイエフはうつむいた。

 

「……殺したんです」

 

 アレクセイエフは唇を震わせながら、ラディムにしがみついた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

 

 アレクセイエフが泣きながらに告白する。その胸から首を締めつけられたように紡がれた言葉は、悲痛にゆがんでいた。

 

「わたし、あの賢人の妖精の作った地獄で、妖精に力を貸してたんです! わたしはあそこで逃げる人を、妖精に従って殺してたんです!」

 

 アレクセイエフの言葉は、オレたちの誰もを黙らせた。

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