【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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05 モブ、砲兵の憧憬を負うⅣ

 朝、寝ずの番をしていると測距大隊の兵たちが続々と起きてくる。この大隊には調理を務める兵もいるようで、香ばしい朝食の香りも漂ってきた。

 

 深いため息をつく。

 

 昨晩はあまりよく眠れなかった。今日の気球は地獄の熱湯よりもはるかに恐ろしい乗り心地となるだろう。

 

 アレクセイエフの告白。

 

 それは、かつて賢人の妖精に飼われていただけでなく、己の手で逃げる人を殺すことで妖精たちに手を貸していたという罪。

 

 アレクセイエフは、己が数字つきと馬鹿にされるのは正しいのだと語った。

 

「罪滅ぼしなのです」

 

 そう口にするアレクセイエフのほの暗い顔が頭をよぎる。妖精と戦うはずの銃を手にして、己の尊厳のために逃げる人を撃ち殺していく、その罪のためなのだと。

 

「ミッカネンさん、朝食です」

 

「ああ、ありがとう」

 

 大隊の調理兵から、ほかほかのスープとパンをもらう。

 

 いつものように水というべきシャバシャバしたスープだが、勝手に頭がへんなことを考えてしまう今はありがたかった。

 

 いつものごとく鉄かと思うほどのパンを噛みちぎっていると、調理兵がいつまでもオレのそばを去らないことに気がつく。

 

 顔を上げると、その調理兵はびくりと肩を震わせた。

 

 それからしばらくして、そっと口を潜める。

 

「ミッカネンさん。お話、よろしいでしょうか」

 

 起きてきたイングラシウスに大隊の守りをまかせ、オレはその調理兵と二人森の陰までやってきた。

 

 どこか気がはりつめた様子のその兵は、静かに口をひらく。

 

「アレクセイエフさんの話をいいでしょうか。もしも耳にした話に違わぬ英雄のミッカネンさんなら、あの人を救うことができるんじゃないかって」

 

 実に、渡りに船の話だった。

 

「アレクセイエフさんの話は知っています。なにしろその人の口から妖精に手を貸して人を殺していたことを聞かされましたから。師団で知らない人はいないでしょう」

 

 アレクセイエフはこの師団に入ったその初めから己が賢人の妖精に手を貸していたことを語ったのだという。

 

この兵は、アレクセイエフは正気ではないと思ったそうだ。

 

「ここの師団は王都の西で作られたこともあって、賢人の妖精に囚われていた人への憎しみが深い兵ばかりなんです。そんな師団であんな話をしてしまったら……」

 

 それは己にかけたガソリンに火をつけるようなものだと、調理兵は言った。

 

 もちろん、数字つきという罵りは日を追うごとに大きくなっていく。初めは兵を諫めていた士官たちも今となっては罵るほうになってしまったという。

 

「このままだと殺されちゃったっておかしくないです、お願いですから……」

 

「わかった」

 

 唇に指をあてる。

 

 軍のうちで殺しあうなど、冗談にもほどがある。調理兵の話を聞くに、もうみてみぬふりをできる地点はとうの昔に越えているようだった。

 

「後はオレにまかせてくれ」

 

 オレはその男にそう言い聞かせた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 測距大隊の護衛のもちまわりは、その日から二日後に終わった。砲兵陣地がいくつかやられたが、測距大隊は無傷だった。

 

 今ごろはオレたちのかわりに新たな狩人たちがむかっているだろう。

 

 オレたちはまた退屈な休息の日々に帰ることとなる。というか、オレはもうあの大隊にはいけないだろう、気球乗れないし。

 

 ただ、ラディムはあの軍務からずっとふさぎこんでいた。

 

 下をむいたまま、ずっとなにかを考えるように額にしわを作っている。手にもっている小説もろくにページがめくられていないようだった。

 

「アレクセイエフのことか」

 

 そう問いかけると、ラディムは静かに頷く。

 

「どうすればよいのでしょう。あんな風に大隊で嫌われていて、それでもとうのアレクセイエフさんはそれが罪滅ぼしだなんて」

 

 オレは初めからずっと賢人の妖精に飼われていた訳ではない。だから、ラディムやアレクセイエフのような人の心は思うことしかできない。

 

「ラディムはどう思う」

 

 ラディムはきっと唇を結んだ。

 

「ボクは、ただ飼われていただけでした。でも、アレクセイエフさんは違います、たぶん命のかわりに、妖精に従って人を殺した」

 

 オレは手もとの紙に筆を走らせながら、そういえばあの時のラディムは言葉すらままならなかったなと気がつく。

 

 賢人の妖精のあの牧地は、人としての尊厳を踏みにじるどころではなかったのだ。

 

「たぶん、アレクセイエフさんの経験した苦しみは、罪の思いはボクよりももっとずっと深くて重いものだと思います。だって、手を下してしまったから」

 

 オレにはあそこでの極限まで追いつめられた人の苦痛がわからない。

 

 妖精に食われるか、妖精に従って人を殺すか、それとも逃げて殺されるか。

 

 生まれてからずっと妖精に育てられて、力の違いを思い知らされてきたら、果たしてオレはどうしただろうか。妖精と戦うなどできるはずがない。

 

 そこを、ラディムもアレクセイエフも生き残った。

 

 日々脅えながら、ひたすら妖精に従って、一日でも長く生きようとして。そうして屈辱と罪の上に命をつないでしまった。

 

「アレクセイエフさんを助けたいと思うのか」

 

「助けたい、です。でも、あの人は罪滅ぼしのために数字つきの罵りを己から求めにいくでしょう。それがおかしいと思っても、それでもとめることができない……」

 

 しかし、とオレは悲しくなった。ため息をつく。

 

 このパーティでオレはいろいろなことを教えてきたつもりだ。その教えが、あんまりラディムには伝わっていなかったのかと思うと辛いものがある。

 

「たしかに、アレクセイエフは助けを断るかもしれないな。人々の憎悪にさらされるのが己にとっての罰だと言って」

 

「そうです、そうなるとボクたちにできることはなにも……」

 

 いろいろな書類を書き終えると、オレは先日とどいた手紙を手にとった。

 

 軍務から帰ってきてすぐにこの知人に電報したのだが、それから数日もしないうちに手紙がやってきた。実に話がはやくて助かる。

 

「さて、いくぞ」

 

「え、どこですか? 軍務も、鍛錬も駄目なんじゃなかったでしたっけ」

 

「これだ、ちょっとアグラシュタインに話をしてくる」

 

 首を傾げるラディムに、オレは手にもつ書類の束を渡す。それを読んだラディムの顔がばっと上がった。

 

「アレクセイエフさんの第五砲兵師団への転入申し入れって……!」

 

「助けたいんだろう」

 

 ラディムが首をふる。

 

「でも、アグラシュタインさまが頷くとは思えません。それに、違う師団に入ってもしばらくしたらアレクセイエフさんはまた……」

 

「アグラシュタインにはこれを認めなければ軍から脱走するとでも脅すさ、日ごろ散々プロパガンダで働かせたお礼に、これぐらいは願ってもいいだろう」

 

 それに、とオレは懐から手紙をのぞかせた。

 

 第五砲兵師団は、かつて賢人の妖精に囚われていた砲兵たちが集まって組まれた師団だ。アレクセイエフのような身の上の者ももちろんいる。

 

「師団長はオレも知る人格者だから、アレクセイエフもなんとかしてくれるだろう」

 

「ほ、ほんとですか!」

 

 ぱあっとラディムの顔があかるくなる。オレはそんなラディムにひらひらと書類をふってみせた。

 

「狩人たる者、悔いを残さないようにと教えたろう。助けずに後悔するよりやらかしてから後悔したほうがずっとマシ、アレクセイエフの罪滅ぼしなど知ったことか」

 

 もしかしたらアレクセイエフはオレのことをおせっかい焼きと恨むのかもしれない。だが、そんなことはオレにとってはどうでもいい。

 

 目を輝かせたラディムと談話室を後にしようとしたその時だった。

 

『( ¯ ꒳¯) …!』

 

 ドサッとオレの書類の上に新たに嘆願書が重ねられる。そこには、遠まわしにアレクセイエフの転入を認めなければ一人の狩人が辞めると書かれていた。

 

 ふりかえると、まるで誇るような笑顔をしたイングラシウスがいた。

 

『(`-ω-´)一人ヨリモ二人ノホウガ、耳ヲ傾ケル気ニナルト思イマスヨ?』

 

「イングラシウスさん……!」

 

 まあ、かつてはオグダネル城跡の聖人と讃えられていたあのイングラシウスがあれを黙ってみている訳がなかったか。

 

 オレは静かに嬉しく思った。

 

「ミッカネンさんのものを盗んでばかりいらしたので、ほんとうのことを言うとヤバい人だと思ってました。でも勘違いだったんですね、ごめんなさい!」

 

 あとラディム、君のその考えは正しいのでこの件だけでだまされちゃ駄目だよ。

 

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