【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
わたしは、アレクセイエフは、数字つきである。
ほかの者と違わず、わたしもまた生まれた時から賢人の妖精に飼われていた。言葉を知らず、ただ妖精に従うだけの暮らしをするだけの獣だった。
わたしは飯を食らい、ただすくすくと育っていく。
そんなわたしは、死を心から恐れていた。親が目と鼻の先で食われたのを目にしたからか、親しかった友がみせしめに殺されるのを目にしたからか。
とにかく、わたしは死と、それをもたらす妖精に恐怖していた。
かつて、わたしのいる畜舎で集団での逃走がくわだてられたことがある。わたしは妖精の怒りを恐れてすぐさまそれを密告した。
妖精に逆らうことはすなわち死である。
ならば、逆らってはならない、妖精を怒らせてはならない、妖精に従わなければならない。そんな考えのわたしに、賢人の妖精は気まぐれに目をつけた。
「飼っている人が逃げるのに、ウチ困っててさ。助けてくれないかな」
ある日一人きりで賢人の妖精からそう話されたわたしは、すぐさまわかった。話を断れば殺され、頷けば生かされる、これはそういう類の問いかけだと。
「ほーら、バーン!」
賢人の妖精が、手で銃を作って撃つふりをする。わたしはぎこちない笑顔をうかべながらいったいなにを望まれているか考えた。
殺すか、殺されるか。
この時に、実に情けなく恥ずかしいことに、わたしはわたしの命が惜しくてたまらなかった。死にたくなくて、なんとしてでも生き残る道を探していた。
だから、わたしは罪を犯した。
「へっ、へっ、へっ」
あおむけに転がり、舌を垂らして、情けなく慈悲を請う。その時、わたしは人としての尊厳を己から失い、そのかわりに命と妖精への臣従を手に入れた。
「おー、おー、かわいいねえ」
賢人の妖精に頭をぐしゃぐしゃとなでられる。
その指が髪の毛にからまってひっぱられて痛かったし、ちょっとも心地よくなかったが、わたしは媚を売るように鳴いてみせた。
「よしよしよし、いい子いい子」
まるで飼い犬のようだった。
賢人の妖精の気をそこねたら殺される。そんな言い訳で、わたしは心から妖精に屈した。妖精のために人を殺す道をとった。
それから、わたしは銃をあたえられ、牧地のそばの森に家をあたえられた。
賢人の妖精から逃げて森にやってきた者を追い、そして狩る。賢人の妖精からあたえられた数字の目標を達さなければ、殺されるのはわたしのほうだった。
時に甘言をもって人を己の家に誘い、寝床で殺したこともあった。
子どもを餌にして、親を釣ったこともある。
すべてはすこしでも長く生きるため、殺されないため。わたしは死にもの狂いで大罪を犯していった。
その地獄から逃げられたのは、ある夜のことだった。
その晩はやけに牧地のほうが騒がしかった。わたしは気になったものの、賢人の妖精の命もなしに森を去れば殺される。ひたすらずっとわたしは家にこもった。
そうしていると、人影がこちらに駆けてくるのが目に入る。
わたしはすぐさま銃を手にとった。逃げる者は殺さなければ、わたしが殺されてしまう。だから、いつものように逃走者はしとめなければ。
そうして放った銃弾は、走ってきた男の命をあっけなく絶った。
すくなくとも、そのはずだった。
スコープをのぞきこむわたしは驚く。頭を飛ばされたはずのその男は、しばらくするとなにもなかったかのように起き上がったのだ。
その瞳はまっすぐにわたしをみつめていた。
「ひっ」
わたしはすぐさま銃を乱射した。とにかく死の恐怖に震えて、わたしはひき金をひいたまま銃弾をやたらめっぽうにバラまいた。
しかし、その男はまるで風のように弾をよけ、わたしの首に手を降ろした。
まったく手も足もでず、わたしは一瞬のうちに気絶させられる。わたしの死にもの狂いの銃撃は、男にとっては蟻の威嚇のようにしか思えなかったに違いない。
そうして、ふたたび目を覚ました時、わたしは賢人の妖精が殺されたこと、あの男が今まさに人類を救おうとしている英雄であることを知った。
その男はミッカネンというらしい。
わたしが人の社会で暮らすための常識を教えられているうちに、その男は王都に巣食う聖女の妖精を殺すという新たな偉業をうちたてたそうだった。
これで、ミッカネンは賢人の妖精ほどの力をもった妖精三人をすでに殺したことになるらしい。
ラジオでひたすらに流れるプロパガンダを聞きながら、わたしは卑屈に笑った。
ただ己の命惜しさに妖精に魂を売ったわたしと、絶望のうちからそれでも戦い続けてじんるいを救おうとする英雄、どうしてこうも違うのだろうか。
どうして、わたしはこうも罪深くて情けないのだろうか。
◆◆◆◆◆
賢人の妖精に囚われていた人は、王国のあちこちで新たな暮らしを始めることとなった。だが、ほとんどの者は社会の常識もない。
そこで、国や軍はそうした人々が独り歩きできるようになるまで助ける家族を褒賞金とともに集めた。
わたしは、王国の西のとある夫婦のもとに身をよせることとなった。息子を戦争で亡くした、中年の夫婦だった。
二人が優しくしてくれたのは、初めのうちだけだった。
わたしはあまりに人の社会について知らなかった。働くということも、人として暮らす上の常識も、金銭などのシステムも、なにもかもを知らなかった。
寒村において、よそ者が嫌われるのにそれだけでよかった。
「どうしてこんなこともできないんだ」
「いったいいくら教えたらできるようになるんだ、ただ飯食らいをおいておくところはアタシんちにはないんだよ!」
なにか失敗するたび、怒鳴られる。
わたしは夜、家に入ることは許されなかった。かじかむ手をさすりながら、豚や馬とともに休んだ。朝は誰よりもはやく起きて畑で働いた。
白い息をはきながらクワをふるうわたしを、冷たい日の光が無情に照らす。ボロボロの衣をまとって、ただひたすらにわたしは働いた。
ある年、王国の西に冷夏が訪れた。
野菜はしおれ、果実も上手く実らず、村の人々の顔は暗くなっていった。倉に残された麦はどんどんとなくなっていって、じりじりとした焦りが村をつつんでいた。
「あんた、軍にいきな」
そんなある日のこと、わたしは夫婦に言われた。
軍に志願すれば、その家族には金が入ってくる。わたしが戦うことで、夫婦は冬をしのげると、そういうことだった。
「これまでずっとアタシんちで目をかけてやったんだ、それぐらいの金は稼いできたらどうだい。まさか断りはしないだろうね」
わたしは頷いた。それを目にして、夫婦は笑った。
「それでこそ、数字つきだ」
ああ、わたしはどこまでいっても罪人なのだ。そう、気がついた。
己の命惜しさに人さまを殺してきて、それを神に目にされていた。だから、こうしてまた殺し殺される戦地へむかうことになったのだ。
わたしは、数字つきなのだ。
かつてわたしたち賢人の妖精に囚われていた人々を救ったあの英雄とは違う、己のことしか考えていない罪人。
軍のトラックに乗せられて、わたしは静かに村を後にする。数年お世話になった村がみえなくなっていくのをみつめながら、わたしは泣いた。
◆◆◆◆◆
「第五砲兵師団への転入、ですか?」
「そうだ、むこうで測距兵が足りていないらしく、ぜひともと」
大隊長によばれたと思ったら、どうやらわたしは違う師団にいくらしい。
辞令の紙を手にしながら、しかしわたしはなんとも思わなかった。なにも違わない、新たな師団でもわたしは数字つきとして罪滅ぼしをするだけだ。
大隊長のテントを後にする。
星も灯らない暗い夜。己のテントに歩いていきながら、わたしはネズミが走りまわっているのを目にした。
よくあることだ、軍のおこぼれにあずかろうという賢いネズミだろう。大地にはあちこちにパンのクズが落ちている。
ふと、その背にピンクのなにかを目にした。すべすべした肌の、まるで人の耳のようななにかがくっついているような気がする。
しかし、ネズミはさっと夜の闇にいなくなってしまった。
このごろよく眠れていないから、幻でも目にしたのだろうか。わたしは静かにテントへの足どりを速めた。