【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「ひっ、助けてください!」
妖精の群れを、一人の兵が駆けぬけてくる。
ボロボロになって傷だらけのその姿は、今にも崩れてしまいそうだ。そんな哀れな兵が、命がけで助けを求めていた。
「助け、助け……」
しかし、イングラシウスは拳をかまえる。
「タスケテェ」
ぼこりと兵の頭が膨れ上がった。
まるで胞子をばら撒くように血肉をまき散らして、兵の頭が爆ぜる。そのまま残された肉塊が妖精へと姿をかえようとしたところを。
音もなくイングラシウスの拳がつらぬいた。
心臓をつぶされた妖精が息絶える。オレはそんなイングラシウスから目をはなして、足もとでもがく妖精の心臓に刃をつきたてた。
グゲエ、と賢人の妖精が潰れたカエルの断末魔を上げる。
背後から飛びかかってきた賢人の妖精の首をはねつつ、オレは遠くで一人賢人の妖精の群れと戦うラディムに目をやった。
「ありゃありゃ、ペットくん! ペットは逆らっちゃ……」
「黙ってください」
その手に握られた閃光が、妖精たちをつらぬいていく。
まわりの妖精たちに風穴をあけながら、ラディムは冷静だった。かつてのように因縁の賢人の妖精の姿にとり乱すこともない。
しばらくして、賢人の妖精たちの攻撃はなぜかピタリとやんだ。
オレたちはいつのまにか陣地のまんなかにきている。アレクセイエフの言葉を信じるならば、生存者がいるはずだ。
とはいえ、である。
「そもそも初めのアレクセイエフも賢人の妖精だったこともありえる」
オレの言葉に、イングラシウスは静かに、ラディムはちょっとだけ辛そうに頷く。
そもそも敵は賢人の妖精だ、魔力のある狩人ならいざ知らず、ただの兵ならばいくらでも伝染してその身を乗っとれるだろう。
オレたちはグチャグチャに荒らされた陣地を手わけして人の姿を探す。
だが、つぶれた天幕の下にもあたりに転がっている木箱にも、人は隠れていなかった。このぶんでは生存者はいないかもしれない、オレは顔をしかめる。
ジリリリリ……。
そんな黙りこんでいる陣地に、けたたましいベルの音が鳴り響いた。
音のでどころはひとつの電信機。オレがそっと手にとると、アレクセイエフの言葉が聞こえてくる。
「ど、どうでしたか」
「生きている者は今のところいない。アレクセイエフは気球の上か? 護衛の狩人たちはどうした」
「は、はいそうです。狩人のみなさまと気球に乗っています。」
オレは眉をひそめた。
なぜ護衛の狩人がいたとしてこの惨劇に手をこまねいていた? 護衛ならば測距手だけでなく大隊そのものを守るべきだったはずだ、なのになぜ気球に残っている?
どうも話がおかしい、今のアレクセイエフは信頼できない。
オレは静かに手で二人に指令した。
「そうか、わかった。もうすこし探してみることにする」
イングラシウスとラディムはすぐさま陣地から遠ざかるように駆けていく。オレもそれに続こうとした。
「……ごめんなさい。そしてお願いです、気づいてください……っ!」
「それはいったい、どういう……」
なにに気づけというのか、オレが首を傾げたその時だった。
頭上からヒュルヒュルと風の音が聞こえてくる。轟音を上げながら、人類の作り上げたそれは降ってきた。
ああ、なるほど。オレは気づいて唇を噛んだ。
オレの魔術、その弱点を賢人の妖精は知ったのだ。その知能に、今ばかりは舌を巻きたかった。
一瞬の後、あたりは砲弾の群れによる轟炎につつまれた。
◆◆◆◆◆
「あー、あんな顔しちゃったらダメだよ!」
賢人の妖精が、ケタケタと笑う。
「アレクセイエフちゃんは、もっともっと測距して、もっともっと英雄チャンを苦しめて! 上手くいったらご褒美も考えちゃうよ!」
「へ、へへ……」
賢人の妖精の言葉に、アレクセイエフは媚びるように笑う。
「あ、あの、B3とC8には砲撃してはいけないんでしたよね……?」
「もー、どれだけいえば気がすむのさ。そこにはウチが伝染した人が集待ってるから撃ったらダメ、これでいい?」
「すいません、誤射が怖くてしかたがないもので……」
アレクセイエフは卑屈にうずくまった。そんなアレクセイエフの頭を蹴りながら、賢人の妖精はニヤニヤと笑う。
陣地のまわりの森にはまだまだ己の手駒を隠してある。
もしもほかの狩人や、あるいはミッカネンのパーティのメンバーがやってきたとしても遠ざけることが可能だ。
そのうちにミッカネンを殺してしまえばよい。
気球にて震えているアレクセイエフの肩に腕をまわしながら、狩人の姿をとった妖精は問いかけた。
「アレクセイエフちゃんは、ミッカネンの魔術を知ってるよね?
だったらとってもズルい魔術だと思わない?」
アレクセイエフは、こびへつらうような笑顔で、首を傾げた。
その髪を手でぐしゃぐしゃにしながら、賢人の妖精は語りかける。
その力は、ミッカネンが戦い続けるかぎりその傷を治し命すらも蘇らせるというもの。聞いただけでは無敵のように思える。
魔術のたびに狂いそうなほどの激痛が走り、逃げることはけっして許されないことを考えても、その力はけた違いだろう。
「でも、考えてみてよ」
賢人の妖精が、頬を染めて恍惚と天をあおいだ。
「戦い続けるって、なにを戦いと数えるかはとても難しいと思わないかい?」
たとえば、だ。
顔をつきあわせて妖精と殺しあう、その時に魔術で傷つけられた。その傷はミッカネンは治すことはできるだろう。
では、それが遠くの妖精の、まったくミッカネンに気づかずに放った魔術が、たまたまミッカネンを殺したのだとしたら?
それは戦いといえるのだろうか、それとも不幸というのだろうか。
「たとえばただ病気になった。そんなのは戦いとカウントされないよねえ?」
戦地にて、食あたりを起こすことも伝染病にかかることもあった。もちろんこれらは戦っている時のことではないため、治ることはない。
これまで、ミッカネンはそうした時に妖精に戦いを挑むことで己を治すことができた。常に戦地にいるからこそできる馬鹿げた荒療治をしてきた。
では、そんなミッカネンを殺すにはどうすればよいだろう。
賢人の妖精は、ひとつシンプルな実験をしてみることにした。
周りに妖精がいないなかで、不幸にも友軍からの誤射というかたちで亡くなったとしたならば。それは、戦いにカウントされるだろうか?
雲の上の気球からは地上ははっきりとはみえない。
だが、ネズミやカラスにすら伝染している賢人の妖精にとってはミッカネンのことなど手にとるようにわかった。
血みどろになって、ミッカネンがたちつくしている。
その傷が治る様子はない。
「やった、やった、あたりだ! あたりだよ!」
まるで子どものようにはしゃぐ賢人の妖精。
地上の賢人の妖精たちは、ミッカネンのパーティメンバーを遠ざけ、そしてそのうちに友軍の誤射というかたちでミッカネンの魔術を封じて痛めつける。
これだ、賢人の妖精は己の深謀に酔いしれた。
「もっともっと弱ってるところをみせてよ、もっともっと血みどろに、傷だらけになって、そして……」
賢人の妖精は頬を染めて身もだえた。
「ウチとひとつになろ――!」
◆◆◆◆◆
まいったな。
賢人の妖精に弱点をつかれたオレは血を流しながら歯を食いしばった。
オレのくそったれな魔術さまは、これを誤射と考えて戦いとは数えないらしい。それはつまり、傷が治らないということだ。
まわりには妖精などいないので、戦いにもちこむこともできない。
つまり、オレは降りそそぐ砲弾の雨のなかを逃げまどい、生き残らなければならないのだが、そう上手く話がいくわけもなかった。
まず、いくら砲弾をよけても飛び散る石や鉄片すべてをさけることはできない。
だから、じわじわとこうして傷だらけになっていく。腕がもがれたり、首がちょんぎれたりはしないが、失血が続けば人は死んでしまう。
じり貧だ。
オレは頭を働かせる。どうすればここからぬけだせる。
気球を落とすか……? いや、遠くを飛びすぎている、岩をなげても乗っている賢人の妖精に防がれるかもしれない。
いっそ砲兵陣地のどれかに走っていくか……? 駄目だ、下手をすればほかの陣地からの砲火に巻きこんでしまうだろう。
ラディムとイングラシウスと集まる……。賢人の妖精の群れがおそいかかってオレから遠ざけていることが考えられる、そう楽に集まれるはずがない。
オレは静かに息を整える。
なにか、なにかないか。
アレクセイエフの気づけという言葉、どうしてもオレはそれがひっかかってしかたがなかった。