【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
砲弾が飛んでくる。
飛び散る岩や爆炎などで、オレはボロボロだった。ただれた肌や血をダラダラ垂れ流す傷跡が、痛みを脳に伝えてくる。
こういう時はイングラシウスの魔術がうらやましくなる。
ただ傷が治るからといってオレは鋼鉄のような肉体を手に入れられるわけではない。そういうところは悲しくなるほどに常人だった。
「っ! 腕がいいのを喜ぶべきか悲しむべきか、わからなくなるな」
オレの鼻先をかすめていった砲弾に肝を冷やしながら、考える。
逃げれば砲撃が追ってくる、ほかの二人は賢人の妖精に足どめされていて、その賢人の妖精の手によってそばに戦える妖精や獣はいない。かなり困ったことになった。
「む……」
飛んできた石つぶてがオレの右目をつぶした、その時だった。
ふと、気づく。
数えきれないほど飛んでくる砲弾、その雨のうちにまるで誘うように一筋の道がひらいている。かすかに、ほんのわずかに、気づけるかギリギリの。
そこだけは、砲弾が撃ちこまれていない。
それは指令にきちんと照準をあわせてくる砲兵の腕もさることながら、とんでもなく腕のよい測距手なくしてはなしえない業であった。
「まさか……アレクセイエフ?」
信じるか、信じまいか。
アレクセイエフは恐らく賢人の妖精の手のうちにあることは違わないだろう。なにしろオレ目がけて砲弾の雨を降らせているのだから。
だが、もしかすると。
考える、アレクセイエフは気づいてくれと言った。そして、このままではオレはじりじりと追いつめられるだけだ。
「いいだろう、虎穴に入らずんば虎子をえず、か!」
もはやオレに手は残されていなかった。
砲弾の道を駆けていく。一歩踏みこむたびに、鉄の暴風雨は歓喜するように激しくなり、オレの肌をえぐっていく。
だが、それでもアレクセイエフを信じて走りぬける。
砲弾が森の木々をなぎはらい、岩を砕き、まるでオレを狙っているかのようにみせかけながら、オレの道をひらいていく。
そして、オレの瞳はたしかにとらえた。
「え、なんで英雄チャンがここに……!?」
心の奥から驚いたような顔をしている、賢人の妖精の姿を。
戦いに入ったとオレのクソったれの魔術もようやく諦めたらしい、音を奏でて魔術炉に火が入る。みるみるうちに傷が治っていく。
アレクセイエフを信じてよかった。
「ミッカネンさん、よかった」
賢人の妖精の首をロングソードでつらぬきながら、オレはようやくほっとした顔をしたラディムの姿を目にとらえた。
「ミッカネンさんに従って逃げたら、いきなり賢人の妖精たちがおそいかかってきて、どんどんと遠ざけられて……」
「なかなか、妖精のくせに知恵の働くやつだ」
ラディムの言葉に、やはり賢人の妖精の手のひらで踊らされていたことを知る。まわりの妖精を殺してまわりながら、オレは舌うちをした。
「でも、いきなり砲撃されたんですが、そのなかに道があってそれに従ったらミッカネンさんに会えたんです」
「アレクセイエフのおかげだ」
「はい!」
賢人の妖精をまとめてたたき斬る。
「ねえねえ、いったいどうなってるのさ!」
「英雄チャンは砲撃で殺すって、そうすれば魔術が働かないって、そういう話だったジャン! なんでここに……」
いきなりのことに賢人の妖精たちも大いに混乱しているようだった。そういえば、とオレはもう一人の戦友の名をたずねる。
「イングラシウスのことは知らないか」
「イングラシウスさんなら、ボクよりもずっとたくさんの妖精をひきつけて北のほうに……」
ラディムの言葉のあいまに、轟音が響いた。
木々がなぎ倒され、奥から賢人の妖精の亡骸の山が吹き飛んでくる。その奥から血みどろになった一人の聖職者が姿を現した。
どれほどの妖精を殺したのだろうか。その手には肉や脳がこべりついている。
「まあ、生きていたか」
イングラシウスはスケッチブックに妖精たちの血で文字を書きこんだ。
『気球ヲミツケマシタ』
◆◆◆◆◆
「こっちの窮地を救ってもらったんだ、アレクセイエフは助けなければ」
オレは雲のはしにチラチラとみえる影をにらみつけた。イングラシウスが森を駆けまわってみつけた気球は、こちらの気も知らずにのんきに空を飛んでいる。
「でも、どうやって」
ラディムが悔しそうに唇を噛む。
恐らくアレクセイエフはあそこに、賢人の妖精といる。だから、すぐにでもいかなければならない。人はもちろん空など飛べないが、それでもだ。
「オレにラディムの魔術をぶつけろ、それで飛ぶ」
オレはそばの息のある妖精をひっつかんだ。こいつには気球までの旅につきあってもらう。
ここにいるオレやイングラシウスの魔術では気球まで飛ぶことはできない。だから、ケタ違いの長さを誇るラディムの魔術を頼るほかない。
オレがつらぬかれないよう傷を治しつつラディムの魔術をうけつづけることで、天をかっ飛ぶ。我ながら馬鹿馬鹿しいが、このほかに考えはなかった。
「そんなの無茶くちゃです、一歩違えばいくらミッカネンさんでも……」
「もちろんオレだって嫌だが、困ったことにほかにいい考えがない。やってくれ、死んだとしても恨み言は言わんさ」
アレクセイエフは命を賭けてオレの命を救った。なら、オレだって命を賭けなければどうにもならない。
「ですが……」
「後生だ、頼む」
ラディムは困ったような顔をして頷いた。
◆◆◆◆◆
ずっと、罪に苦しんできた。
かつて己の命惜しさに妖精に魂を売った己が恥ずかしくてしかたがなくて、また賢人の妖精に囚われればおなじ罪を重ねてしまうのではないかと怖くて。
ジンジンと痛む頭をかかえて、アレクセイエフはそれでも嬉しかった。
もう、違ったのだ。
かつての臆病な己はもういない。震えるばかりではなく、己は戦うことができると、そうわかったのだと。
「……はぁーあ、これはガン萎えしたわー」
賢人の妖精が、深いため息をついた。
「ねえ、ペットちゃん。どうしてミッカネンはウチの隠れていたところを知ってるわけ? 困ったなあ、ほんとうに困ったなあ」
「ひっ」
かつて人類にとっての最大の脅威、魔王が一人。
賢人の妖精の、むきだしの激情がたった一人の砲兵にそそぎこまれた。
「ねえ、ペットちゃんが手をひいたんでしょ? そういえばやけにウチが隠れてたところ聞いてきたよね。砲弾を撃ちこまないよう気をつけるからって」
「……はい」
かつて散々痛めつけられしつけられたアレクセイエフは、賢人の妖精に嘘をつくことはできない。そうして、恐怖で気が狂いそうな沈黙が続いた。
「はあーあ」
賢人の妖精はアレクセイエフの頭をつかんで、床にいくどもたたきつけた。
ガン、ガン、ガンと。
まるで思ったとおりにいかない遊びにかんしゃくを起こす子どものように、賢人の妖精はアレクセイエフを痛めつけた。
頭がわれるように痛い。
肌がぱっかりとさけて、ダラダラと血が流れていく。激痛のあまり叫びをもらしてしまいそうになるのを、アレクセイエフはこらえた。
「これでようやく上手くいくと思ったのになー。ミッカネンを殺すことができたと思ったのになー」
ミッカネン。
アレクセイエフは小さく笑った。
あの日、賢人の妖精の手下であった己の目と鼻の先を、まるで流星のように駆けていったあの英雄。ずっと憧れていた、ほんとうに正しい人。
今日ならば、アレクセイエフはそんな英雄に胸をはって誇れるような気がした。
「君さー、ペットはね、甘噛みぐらいまでが許されるんだよ」
賢人の妖精がアレクセイエフの髪をつかんで吊る。
「ほんとうに牙をたてて嚙んじゃうような頭のよくない子はね、もうおしおきじゃすまない。ペットじゃいられないんだ」
アレクセイエフは恐怖で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
瞳は光り、脂汗と混ざってその頬を伝わっている。ガタガタと歯は鳴り続け、膝は生まれたての小鹿のように笑っている。
それでも、アレクセイエフは勇気をふりしぼった。
「……ば、ばーか」
「あっそ。馬鹿なのは君だよ」
頭をつかまれた手とは違うもう一つの手で、ぐしゃりと臓器がつぶされる。まるでゴミのようになげられたアレクセイエフの瞳はどんどんと暗くなっていく。
そのなかで、ほんの一瞬だけ星が輝いたように思えた。
◆◆◆◆◆
気球に飛んだその時、なにもかもが遅かったことを知った。
横になったアレクセイエフはもう助からない傷だ。気球に残るのは、子どもの姿をした一人の妖精だけ。
賢人の妖精だけだ。
「っ!」
あいにくラディムの魔術をうけ続けていた左腕は炭になりかかっている。片腕だけでふるった刃は、賢人の妖精に易くうけとめられた。
「はははっ、その手があったか! ウチは考えもしなかったや! あいかわらずトンデモナイことしてくるね、英雄チャンは!」
賢人の妖精が楽し気に笑う。
「でもさ、これでウチに勝ったなんて考えちゃノンノンだからね、いくらだってウチは地獄から帰ってくる」
右腕が生えたオレは、そのままかえす刀でその減らず口をたたく顔を斬った。あいかわらずニコニコとした笑顔を崩すことなく、賢人の妖精はしゃべくっている。
「ゴポッ、きっと、ゴゲホッ、英雄チャンはウチのものに、してあげ……」
手足を斬り落とし、胴をさく。
うちからこぼれ落ちた臓器にまぎれていた妖精の心臓、それをつらぬいてオレは賢人の妖精にとどめをさした。
気にさわる笑顔のまま、賢人の妖精は息絶える。
もちろん、こいつは群のうちのただの一人にすぎない。伝染する賢人の妖精は、かならずどこかで息をひそめている。
それが、心から気に食わない。
「……ミッカネン、さん?」
かすれた言葉が、響いた。
瞳からはとっくに光の失われたアレクセイエフが、静かな笑みをうかべていた。
「アレクセイエフ、言葉を口にするな。傷がさらにひどく……」
「もう遅いですよ、こんなにグチャグチャにされた人が助からないのは賢人の妖精のもとでよく目にしてきましたから」
「それでもだ、諦めてしまえば希望はなくなってしまう」
火を落としていく。
気球の操作手順など知らないから、これで正しいのかもわからない。だが、火は小さくなっている。
とにかく速く降りなければならない。
「ミッカネンさん、賢人の妖精をきっと、きっと殺してください。あんなひどい妖精を生かしておいたら、どうなるか……」
「ああ、オレの名にかけて誓う。だから今は黙っておけ」
「あーあ、ミッカネンさんに狙われちゃったですよ、賢人の妖精。ざまあみろっていうんです、きっとミッカネンさんなら殺して……」
アレクセイエフの言葉はどんどんとグチャグチャになっていく。なにを口にしているのか、そばにいるオレですら聞きとれなくなっていく。
アレクセイエフはなぜか、穏やかに笑っていた。
もはや墜落しているのかと思うほどの勢いで気球が降りていく。とにかく速く、できるだけ速く。
「ミッカネンさん」
目がみえないのか、アレクセイエフはまるでオレを探るように腕をのばした。思わず、その手をすぐにつかむ。
「あなたみたいな英雄に、なりたかったんです」
「アレクセイエフ?」
もう、その唇からこぼれる言葉はうわ言のようにフワフワとしていた。
「ずっと憧れてた、わたしみたいに臆病じゃなくて、戦うことができて、この戦争の残酷にあらがうことができて、そんなミッカネンさんに憧れてた」
「アレクセイエフ、気をたしかに」
「なれたでしょうか、なれたでしょうか。わたしは、罪をつぐなって、一瞬でも英雄になれたでしょうか」
腕から肩、首へと。
旅をしたアレクセイエフの手のひらは、やがてオレの頬にいきついた。その瞳が、キラキラと輝く。
「とても、きれい……」
「アレクセイエフ!」
そう名を口にした時には、すでにアレクセイエフはなくなっていた。
オレはただ、その瞳をそっと閉じるほかなかった。