【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
夕暮れに、イングラシウスが一人跪く。
けっして音を奏でることのないその口はそれでも命を失った兵たちのための祈りを紡いでいた。ズタ袋にしまわれた測距大隊の亡骸の海が、ずっと続いている。
あとしばらくすれば、従軍牧師などが大挙して、この死人たちは運ばれるだろう。
オグダネル城跡でなくなった兵のほとんどは故郷に帰ることはない。伝染する類の妖精の魔術が潜んでいることを恐れて、ここで燃やされるのだ。
戦地の背後の街で葬儀がなされるが、遺族すら許されないこともほとんどだ。
王都などあちこちに点在するサリウス教の大聖堂でとりおこなわれる戦没者の鎮魂ミサ、遺族はそこで遠い戦地に死んだ愛しき人のことを思うらしい。
静かに目を閉じる。
サリウス教など大嫌いだが、それでもこういう時ばかりはその神とやらにすがってしまう。ここで失われた命が天上で安らかに休めますようにと。
もはやゲームなどではない。
ここで死んだ兵たちにも家族がいて、愛する人がいて、そしてその命は失われれば故郷に帰ることはない。
「ミッカネンさんは、すごいですね」
赤くなった瞳で、ラディムがボソリと呟いた。
どれほどかたく握りしめたのだろうか、その手のひらからは血がしたたっている。それを目にして、オレは気づいた。
そういえば、ラディムは目と鼻先で知っている者の命を失ったことはなかった。
「ボク、頭がぐちゃぐちゃです」
「そうだな」
ただ知人の死を知ることと、それが己の瞳のうちで起こることとはまったく違う。なぜなら、後者は助けられたのではないかという思いに囚われるからだ。
一人でに、オレは口にしていた。
「思うに、軍人にはふたつの種類がある。一人は戦友の死を深く考えないことにして、もう一人は戦友の死に理屈をつけてしまう」
死について考えなければ、心が壊れることはない。積み上がっていく亡骸から目を背けて酒とバカ話を楽しむ、それもひとつの道だ。
あまり苦しまないかわりに、その心は静かに枯れていく。
心が枯れきってしまえば終わりだ。手足を失ってもバカ笑いしていた狩人が、軍を退いてから数年の後に首をくくったと知らされることはよくある話である。
ただ、こちらはまだ救いがある。
なぜなら、生き続ける者がほとんどだからだ。人の生存欲求に従い、ほとんどの者はちょっと心が鈍くなるだけですむ。
「ほんとうに辛いのは、理屈をつけてしまったものだ」
なぜ戦友は死ななければならなかったのか。目と鼻の先で友人を失った時、その訳を考えた果てに理屈をつけてしまった軍人は、悲惨だ。
腕がよいほど、己のミスに気づいてしまう。
あの時、もっと後ろに退いていれば妖精の群れに囲まれることはなかっただろうだとか。あの時、魔術をもうすこし右にずらしていれば助けられただろうだとか。
そうして胸のうちで罪を裁いてしまうと、地獄をみる。
「知人の狩人で、鳥を操る魔術で群のために諜報をしている者がいた。ある日、そいつは戦いのうちに軍からはぐれた戦友を探すために鳥を飛ばしてあたりを調べた」
鳥はほとんどの妖精におそわれることはない。だから、かなり重宝されていた魔術で、やり手の狩人であったことを知っている。
その日も、その狩人は鳥を戦地のあちこちに飛ばした。
しかし、三日三晩探してもその姿はみつからず、ようやくその亡骸がみつけられたのは四日目のことだった。
「そのはぐれた戦友は初日に狩人が調べたはずの地帯で息絶えていた。あと一日救助が先ならば、出血で命を失うことはなかったという」
つまり、狩人はミスをしたのだ。
そばの妖精の血肉にまぎれてしまったその戦友の姿を、狩人は逃してしまった。それさえなければ、その戦友の命は助かっていた。
「……その人は、どうなったんです」
「心の病にかかって、ひどく細かいことに脅えるようになった。ひとつの地帯を一生鳥に調べさせるようになって、ろくに軍務にならなくなってしまったらしい」
オグダネル城跡そばの軍病院で、今もその精神を病んでしまった狩人は病室から鳥を飛ばしているという。
ひどい話だ。
とにかく、今のラディムにオレは口にしなければならないことがあった。アレクセイエフの死を負うには、ラディムにはあまりにも戦地での経験に欠けている。
「どちらが正しいというわけでもない。ただ、もしもラディムがアレクセイエフの死に理屈をつけるならば、これだけは言える」
ラディムの目をしっかりとみつめて、告げる。
「ラディムになんら失敗はなかった。すべて、オレの責だ」
これだけは正しくしておかなければならない。このパーティのリーダーはオレで会って、その軍務での失敗はすべてオレに帰する。
だから、ラディムが気に病んでしまってはならないのだ。
しばらく、沈黙が漂う。ラディムは顔をうつむけて、しばらくなにかを考えているようであった。
ややあってラディムが問いかけてくる。
「先ほどの軍人の話なのですが、ミッカネンさんはどちらなんでしょうか」
「……さあな、オレは己でもわからなくなっている」
オレは静かに天をあおいだ。
……あと一瞬でも速ければ、もしかするとアレクセイエフを救うことができたのだろう。ただ、それを考えられる勇気はオレにはなかった。
オレはただ、アレクセイエフの思いを晴らすことしか考えないことにしていた。
「かならず、賢人の妖精を、こんどこそ殺す」
そうして逃げることしか、オレにはできなかった。
◆◆◆◆◆
「思ったよりも長続きしたな、第五砲兵師団の測距大隊は」
アグラシュタインは眉をぴくりとも震わせずに、オレからの報告書を手にとる。その脇ではひとりの参謀が記録をタイプライターにうちこんでいた。
記されているのは今も失われていく命の数。
ここでは、アレクセイエフの死も数字のひとつにすぎない。
後数日もすれば、銃後での訓練を終えた新たな測距大隊が鉄道に運ばれてこの戦地へとやってくる。ただのひとりの兵は、軍にとって数gの銃弾とかわりはない。
つまり、数字である。
「しかし、貴官の思いはどうやら無駄になってしまったようだな。アレクセイエフといったか、その兵は命を落としたのだろう」
「……」
オレはゲームのシナリオでも、現実でも、このアグラシュタインという軍人を知っている。この軍人にとって、なにもかもが駒でしかないことを。
アグラシュタインは人の死に理屈をつける類の軍人だ。
そして、その理屈はただひとつである。
「人類のために、その者は死んだのだ」
アグラシュタインが脇のピストルを手でなぞった。
聞いたことがある。そのピストルはかつての激戦で命を落とした竹馬の友であった副官から渡されたものなのだと。
アグラシュタインが数知れずの戦友を失ったことを、オレは知っている。
その上でこいつはその命を人類のためという一言で負ってきた。それがゆえにこの軍人はガンギマリショタなどと言われていたのだ。
「そろそろ序盤のじれったい下ごしらえは終わりだ」
その下を去ろうとした時、アグラシュタインは静かに告げる。
「そろそろ、貴官らにもどんどんと働いてもらうぞ。人類が妖精の森に初めて攻勢をかける時がきたのだ」
オレは静かに唇を噛んだ。
ああ、原作と違わない。アグラシュタインはプレイヤーキャラであるラディムがオグダネル城跡に就いてからしばらくして、妖精の森への一大作戦を起こす。
「もちろん、正しき時がくればこの銃を手にとることもあろう。そして、その正しい時はこの作戦のうちにあるだろうという読みをしている」
「なにを言って……!」
まさか、この作戦でアグラシュタインは己の魔術をふるうつもりなのだろうか。オレは雷に撃たれたような思いだった。
アグラシュタインの魔術、そのゲッシュを知っているからこそオレはつめよった。
「なにを考えている、それぐらいならオレがなんでもするから、そんな馬鹿げたことを……」
「まさか、貴官はこれほど貴重な駒を遊ばせておけとでもいうのか」
アグラシュタインは静かにオレをみつめた。その瞳には、ぞっとするほど冷たい光が宿っている。
アグラシュタインにとっては、己ですらも数字でしかないのだ。