【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた   作:雨雲ばいう

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11 モブ、騎兵の尊厳を知るⅠ

 火薬と爆風で炭となった大地を、軍靴が踏みしめる。

 

 オグダネル城跡からのびるトラックの群れは、はるか遠くまでまるでひとつの線のように続いていた。

 

 アグラシュタインが銃後に隠していた500にも渡る師団。人類の歴史で未だこれまで類をみない大軍が、雪崩のように妖精の森に流れこんでいく。

 

 作戦名『バタリング・ラム』

 

 史上最大の大攻勢が、今幕をあけようとしていた。

 

 

 

 

 

 もはや黒々と焼け焦げた森のなれの果て。

 

 その、ほんのわずか緑の残るところに、初めの大砲撃を生き残った妖精たちは潜んでいた。どれほどの放火を食らっても、その頭にあることはただひとつ。

 

 人の脳を、人の心を食らうことである。

 

 しかし、その夢が叶うことはなかった。

 

 木の燃えさしからその緑をながめていた偵察が、電信機になにやら語りかける。その数分の後、そのわずかに残った木々は炎につつまれた。

 

 森のはるか上をゆうゆうと飛んでいる爆撃機。

 

 それは、この作戦において人類が初めて導入した新兵器のひとつであった。アルハンゼンが率いる科学者たちのプロジェクトが、ついに量産を可能としたのであった。

 

 燃え盛る炎から逃れようと飛びだした妖精は、すぐさま歩兵によって狩られる。

 

 その耳ざわりな断末魔に心をゆらされる兵など一人たりともいない。兵たちの胸にあるのはこれまでの戦いで妖精に食い殺されてきた戦友たちの記憶。

 

 まるで氷のように冷たい激情が、兵たちの瞳に宿っていた。

 

 アグラシュタインの作戦計画に従い、数えきれないほどの兵が森に入りこんでいく。まるで弧を描くように生き残った妖精を囲み、すりつぶしていく。

 

 わずか初日ですでに人類は数十キロも森の奥に足を踏み入れていた。

 

 ひとつの師団が軍資につきたのなら、その後ろからいまだ無傷の新たな師団が現れ、さらに奥へ奥へと妖精たちをおいやっていく。

 

 さらに後ろでは工兵たちが道を築き、鉄道をしき、今や人類最大の兵器工場となったオグダネル城跡からいくつもの弾薬やパンを運んでくる。

 

 アグラシュタインの描いた緻密な作戦は、そして狩人の手によって芸術へとおしあげられていた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 あるところで、厄災の妖精の群れが、一人でに命を絶っていた。

 

 もしも歩兵の師団にぶつかったならば、それ一匹で壊滅までもっていけるほどの力をもった妖精たちが、である。

 

 ある者は己の手で己の首をしめ、ある者は己の毒で己を痛めつけている。

 

妖精のうちでも一二を争うほどの優れた魔術を手にした者たちが、まるで赤子をくびり殺すかのごとき易さで狩られていた。

 

その惨劇の根源は、黄金の髪のひとりの狩人にある。

 

やけに手足の細長く、まるでクモのようにも思える人の姿をした妖精が、己の目をえぐりだすほうとは逆の手で、イスファーナに手をのばす。

 

「まさかその手でわたしを害そうとでもいうのか、不敬にもほどがあろう。跪いて首をさしだせ」

 

ただひたすらに殺されていくのに一矢報いんとしたその試みはしかし、たった一言で封じられた。

 

 イスファーナの手がその細い首にそえられる。

 

「そのまま首でも折ってくたばるがよい」

 

 ボキボキと異音を奏でて脊椎が曲がるはずのないところまでねじれていく。

 

 筋肉が悲鳴をあげながらブチブチとちぎれていき、やがて肉すらもさいて奥から白い骨が露わになった時、その妖精はようやく苦しみから救われた。

 

「天才たるわたしが手ずから死をくれてやっているのだ、貴様らのような妖精には実に身にありあまる栄誉だろう。せめて歓喜の叫びでもあげるべきだろう」

 

 その妖精の亡骸を、イスファーナの赤い瞳がつまらなさげにみつめていた。

 

 

 

 

 

 花びらが、静かに命を枯らしていく。

 

「ふん、ふん、ふーん……」

 

 お世辞にも上手いといえない鼻歌を歌いながら、一人の狩人が戦地を軽やかに歩いていた。その背後に続くのは、咲き誇る花びらの海である。

 

 燃やされ、吹き飛ばされ、踏みつぶされた森にただひとつ華やかに輝く花びらの群れはしかし、その下に永遠ともいうべき苦痛を隠していた。

 

「アァ……」

 

 かすれてしまった悲鳴を口にしながら、数えきれないほどの妖精が生気をうばいとられている。妖精たちの身が細るたび、花びらはより鮮やかに美しく輝いていた。

 

 花びらは風に乗り、どんどんと戦地を旅していく。

 

 人類の妖精にたいする最終兵器、狩人。そのうちでも屈指の遠大な魔術を操るモルグレイドは周囲数十キロにわたって万を越える妖精の命を静かに枯らしていた。

 

 その可憐な花からは誰も逃れることはできない。

 

「まったく、こうも殺風景だと嫌になってくるね」

 

 

 

 

 

 鋼鉄とかした拳が、あらゆるものをつらぬく。

 

 あと一瞬の後には厄災の妖精に頭を食われようとしていた兵は、ただその一人の聖人をみあげるほかなかった。

 

 その口は沈黙のまま。

 

 ふりぬいた拳で心臓を壊したイングラシウスはそのまま歩兵の一団におそいかかろうとしていた妖精の群れを冷たくみつめた。

 

 一瞬、風が吹く。

 

 後に残されたのは腕をちぎられ、足をひきぬかれ、首をえぐりとられた、妖精たちの亡骸の山。神速の拳法で瞬くまに妖精たちの命は狩りとられていた。

 

「す、げぇ」

 

 目にとまらぬ速さで妖精を血祭りにあげる。若き兵の瞳には、その背はまさしく神話の英雄であった。

 

 「あ、ありがとうございま……、あれ?」

 

 ふと我にかえり、九死に一生を救われた兵は礼を告げようとした。しかし格闘戦において無敵と賛辞されるその聖人の姿はすでにない。

 

 それもそうである。

 

 たった一人で数師団にわたる戦線の妖精を狩りつくすその狩人は、まるで戦地を駆ける閃光のように足を休ませる暇はない。

 

 風が吹きぬけたかと思えば、後に残すのは胸をつらぬかれた妖精の屍のみ。

 

 イングラシウスは血みどろの拳を今日もふるう。

 

 

 

 

 

 戦地において、優れた狩人は戦略兵器である。

 

 たった一人の武勇で戦線をひっくりかえす力を秘めた人類の奥の手。その上位の狩人ともなれば、それは妖精にとっての天災にほかならない。

 

 単騎で師団すらも越える魔術こそが、人類の大攻勢のかなめであった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「さて、オレも働かなければ。メンバーばかりにまかせてろくな戦果も挙げられないようではアグラシュタインに雷を落とされかねん」

 

 静かに息をする。

 

 周囲に兵の姿はない。

 

 なぜなら、ここはつい先日ひとつの師団が失われたいわくつきの地だからだ。なんら電信すらも残すことなく、数万の兵の命が失われた。

 

 そんなことができるのは、妖精のほかにない。

 

 つまり、殺されても死なないオレはモルモットよろしく謎の魔術のただなかに放りこまれたというわけである。

 

「だがまあ、さらに命が失われるよりははるかにましだ。オレがせいぜい痛い思いをするだけだからな」

 

 軍務が軍務だけに狩人であっても誰ひとりとしてつれてくるわけにはいかない。

 

なにしろ命はかけがえのないものだからだ。

 

「もちろん、クソったれの魔術のおかげで、オレはそのうちには入らんからな。なんともいい魔術だとも」

 

 目と鼻の先で、なにか黒い影がうごめいた。

 

 現れたのは、人の顔をした羊。もちろんそんな獣がいるはずもないから、妖精で違いない。その妖精は、アンニュイな泣き顔でオレをみつめていた。

 

「はてさて、どんな魔術やら……」

 

 グジュリ。

 

 気がつけば、オレの腕に顔が生えていた。

 

 あの妖精の顔だ。その顔が、かわらずアンニュイな泣き顔をしてオレをじっとみつめている。ボコボコと無数に生えてくるその顔に、オレはため息をついた。

 

「なるほど、乗っとってくる類の魔術か」

 

 なんのためらいもなく腕を斬り落とす。

 

 そのまま顔におおわれていく腕を後に脇に飛ぶと、もう片手に生えかけていた腕はしおれて枯れた。

 

「なるほど、瞳の先にあると魔術が働く訳か。メドゥーサみたいなやつだな」

 

 もちろん、こちらは石になるのではなくあのおぞましい顔につつまれていくのだが。しかし、これならば楽に殺せそうだ。

 

 が、そんなオレの楽観をくつがえすように、大地が湧きたった。

 

「っ、それは聞いていないな」

 

 大地から、まるで雨後のタケノコのように顔が生えてくる。そのすべてにギラギラと黄に輝くみにくい瞳がふたつついていて、それがオレにそそがれた。

 

 なるほど、ひとつの師団をつぶしたのはこれか。

 

 腕に、大地に、あちこちに顔を生やし、それでもってどんどんと乗っとっていく。これはまさしく聞いたことのない魔術だ。

 

 おそらく長らく森に潜んでいたから、記録も残らなかったのだろう。

 

 そのままオレは顔にうずもれていく。肌という肌、耳のうちから目、さらには口のなかまで生え茂った顔はすでにオレを埋めつくしていた。

 

 まるで勝ちを誇るかのように、顔を生やした羊は笑う。

 

「ふむ、だが楽そうな軍務でよかった」

 

 だが、オレの考えはなにもかわらなかった。これぐらいならば楽に殺せそうだし、オレにはそれをなすだけの力がある。

 

 顔の生えた肌をむき、大地を蹴りつける。

 

 なにしろただ顔を生やしてくるだけである。拍子ぬけもよいところだ、それならこちらはただオレの肌をはぎ、肉をそぎ、骨を斬れば助かるではないか。

 

 命を失わないのならば、たいした痛みもない。

 

 妖精の、驚いたような顔が目に入る。オレはにやりと笑って、頭が生えてきた足を斬り落とした。

 

「さあ、そちらがオレのすべてを顔で埋めるか、それともこちらが先に心臓をえぐるか、勝負といったところだな」

 

 

 

 

 

 オレがその妖精の心臓を壊したのは、それから数十分の後であった。

 

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