【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
すでに日はとっぷりと暮れていた。
夜の闇につつまれて、ぽつぽつと天幕の布の奥から光がこぼれている。鳴り響く爆撃の音から遠ざかって、この野営地にはどこか穏やかな風が吹いていた。
重い足をひきずって、オレはその野営地へと歩いていく。
ここまで、オレは三日三晩妖精と戦っていた。なにしろホウセンカのようにあちこちに種をばらまく類の魔術だったので、心臓を探すのに骨を折ったのだ。
作戦が始まってからろくに眠らずにずっと戦い続けてきた。
妖精の森に足を踏み入れた時は新品だったマントは土と血肉でぐちゃぐちゃに汚れて、とてつもない香りを漂わせている。
とにかく、今晩はようやく訪れた休息なのだ。
オレはまるでナメクジのような歩みでテントの群れのうちに入っていった。
◆◆◆◆◆
いきなり銃口をつきつけられたかと思えば、乾いた血で顔が隠れていたらしい。いわく、そこらの野良犬のほうがよっぽどきれいだったという。
妖精を殺したせいとはいえ、あんまりである。
なんとも笑えないハプニングではあったものの、なんとかオレは野営地に入りこむことが許された。
湿ったタオルでこべりついた肉片をぬぐっていく。
様々なものが染みついた軍服はもう洗っても駄目だろう。大人しく清潔なシャツに袖を入れて、オレは深くため息をついた。
ようやく気をぬける。
ここの野営地は戦線から運ばれてきた傷病者や、あるいは新たに戦線に投入される兵たちが集まった大きなものだから、調理兵までいた。
やはり素人の舌よりもプロの腕のほうが信頼できるに違いない。
暖かいスープはあいかわらず細かい肉しか入っておらず、粥もわずかにしか味のついていない素朴なものだったが、それでも心温まるというものだ。
そうして激戦続きだったオレが息をついている時のことだった。
「ん……?」
背後からのびてきた手が首にまわる。いきなりオレの背に抱きついてきたその軍人に、オレはちょっと驚いた。
こういうことをするやつだとは思っていなかったからだ。
「イスファーナ、重たいぞ」
「……うるさい、愚鈍め。黙ってそのままでいろ」
うなじに顔をうずめながら、イスファーナがぼそぼそと呟く。
さっき布で清めたばかりのところに土煙をつけられるのはちょっとばかり嫌だったが、つかれきっていたオレは諦めてしまった。
「なにしろ久しぶりのミッカネンだからね。甘えんぼさんの天才さまはよっぽど飢えてたんじゃないかな」
「はっ、ちょうどそばに心地よさげなクッションがあっただけのことだ。邪推しか能のないどこぞの鼻につく花びらはとっとと散ってしまえばいい」
からかうような口調でどこからともなく現れたモルグレイドに、イスファーナはにべもない。いつもの光景に、はりつめていた気がゆるんでいく。
狩人は数人で軍務にあたるのが常とはいえ、これほど長い戦線を築く大攻勢となるとそんなもったいないことはできなかった。
だから、アグラシュタインはとくに力のある狩人は単独で戦わせている。
オレのパーティもバラバラにされて戦地のあちこちに散り散りになってしまっていた。リーダーのオレでさえ作戦が始まってからはメンバーと一言も話さなかった。
「うっそだろーっ! マジでか、こんな上等な酒ありついたことねえぞ!」
「アグラシュタインのやつ、わかってんじゃねえか!」
「あいつのためなら妖精に食われても文句ねえや」
遠くで歓喜の叫びが上がっていた。オレが顔を上げると、兵たちが木箱に集まっているのが目に入る。
「どうしたんだろうね、楽しいプレゼントでもあったのだろうか」
「ワインだな、アグラシュタインが兵にくれてやった餌だ。あいつは、こうした小細工が上手いのが小賢しい」
アグラシュタインはこうやって兵たちの士気を煽ることについては世紀の天才だ。
どれほどの死肉を積み重ねようとも、どんな手段をとろうとも人類を勝たせることしか頭にないアグラシュタイン。それは、兵たちにとって悪魔のようなものだ。
だというのに、兵たちはまるでカルト宗教のようにアグラシュタインに熱狂している。そして、アグラシュタインもそのために今のような努力をおしまない。
いつ駒として殺されるかわからないのに。
花びらを指先でもてあそぶモルグレイドに、イスファーナはどこか冷たい瞳で兵たちをながめている。
その奥には、どこか悲しげで悔しげな光があった。
戦地から遠ざかったこの野営地で休息をとり、兵たちはまた戦線を訪れる。またこうやって後ろに退いた時にはとなりの戦友は息をしていないかもしれない。
そうした兵たちにはもちろん家族があって、父と母を殺されたイスファーナにとって、苦々しい思いがどうしても頭をよぎるのだろう。
「さて、僕はもうお休みしようかな?」
モルグレイドが、冷たくなった紅茶を最後に一口すするとともにたちあがった。華やかな香りを漂わせながら、モルグレイドは天幕に去っていく。
「イスファーナ、つぎの軍務はいつからだ」
「……暁に、森の東で厄災の妖精の群れを始末することになっている。深夜にはこの野営地をたつ」
また、はなればなれか。
オレはアグラシュタインに山のような妖精のリストをおしつけられている。どれもこいつも魔術が未知とかいう厄ネタばかりで嫌な香りがプンプンしていた。
朝には野営地を後にして、また永遠に戦い続ける日々が帰ってくる。心から嫌だが、しかたがない。
焚火から目をはなし、天幕にむかって歩いていく。
「イスファーナ、死ぬなよ」
「愚鈍が、誰にものを言っている」
これまでいくつもの窮地をともに駆けぬけてきたイスファーナの実力はオレが嫌というほど知っている。
だが、それでも一言かけずにはいられなかった。
◆◆◆◆◆
「生産の調子はどうでしょうか」
「実に順調であると考える。拙の考えたサプライチェーンはいくらたりとも無駄なく、効率極まりなく働いている」
オグダネル城跡。
兵たちの姿がなくなった人類の砦の地下奥深くに隠された工廠は、人類最大の大攻勢の根源となっている。ここから弾薬の山が妖精の森に運ばれている。
そのなにもかもをささえているのが、人類におけるもっとも優れた頭脳、アルハンゼンである。
もともとから大学においても随一の天才といわれていたアルハンゼンは、魔術を手にしてからけた違いの知能を誇るようになった。
それこそ、今の人類の学術や技術の礎となるほどに。
ゆえに、アルハンゼンはこの攻勢において戦地に姿を現すことはなく、ラボにこもりきりになっている。アグラシュタインがそもそも許さないのだ。
「しかし、それにしても神経質といえるのである。こうしていちいち目をよこすことはないと考える」
「まあまあ、アグラシュタインさまも気にしておいでなのですよ。なにしろ、アルハンゼン博士はかの英雄ミッカネンについで戦略上の重みがあるのですから」
ラボの机にて、静かに各地の工廠から上がってきた報告書をながめるアルハンゼンに、アグラシュタインの副官は苦笑した。
「拙はこれから戦地からのフィードバックをうけた設計の改善にとりかかるのである。工学の微細は軍人にはつまらないのではないかと考えるが……」
製図台をひきずりながら、遠まわしにラボからでていけと語るアルハンゼンに副官は慌てて懐をまさぐった。
「そ、そうだ。アグラシュタインさまからいいワインをぜひと頂いたのです。できればご賞味いただきますよう……」
「ワイン、なのであるか」
副官が去った後、アルハンゼンは静かに残された紺のガラス瓶を手にとった。まるで試料をながめるように、光に照らしてそのうちをのぞきこむ。
「ふむ、せっかくであるから試してみるべきであると考える」