【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
朝ぼらけ、走るトラックの後ろでゆられながら、オレは遠くにみえてきた黒々とした滑走路に目を細める。
轟音を奏でながら、爆弾を孕んだ爆撃機の群れがひっきりなしに飛びたっていく。地上ではパイロットや整備兵が駆けずりまわっていた。
野営地で二人と会った日からさらに十日ほど、オレは戦線のはしからはしに飛ぶことになった。
どうも、アグラシュタインによるとそちらのほうで賢人の妖精の情報が入ったらしい。
思わず、ロングソードを握る手に力が入る。
思い起こすのはアレクセイエフの最後の笑み。それだけではない、これまで賢人の妖精の手によって失われた数えきれないほどの命、残された者たちの悲痛。
あれは、オレがとりこぼした妖精だ。
もしも原作のようにオレがいなければ、もしかしたらアレクセイエフが殺されることはなかったのかもしれない。だからこそ、オレがこの手で片をつけなければならない。
はなればなれになっていたパーティのメンバーも、みな集まることになっている。
イスファーナにモルグレイド、イングラシウスにラディム。
流石にアルハンゼン先生を働かせることはアグラシュタインが許さなかったが、文句のつけようのない戦力だ。だからこそ、ここで始末しなければ……。
「ミッカネンさま、あちらにお乗りください」
トラックの運転手に指さされたのは、あたりの燃えた木々の炭で黒くなった一機の爆撃機。まるでハゲワシのように、ものも言わずに静かにたたずんでいる。
いつのまにか力をこめすぎて白くなった手を、オレはロングソードから遠ざけた。
◆◆◆◆◆
言われた機に歩いていく。その背後から、いきなり肩をたたかれた。
「ミッカネンではないか!」
後ろをふりむいたオレが目にしたのは、懐かしい顔の軍人だった。まさかここで会うとは思ってもみなかった顔だ。
「ラッソ?」
思いがけない知人の姿に驚いたオレに、ラッソが小さく笑う。
「ラッソじゃないか、どうしたんだ。軍はとっくに辞めたものと思っていたが……」
「馬鹿を言うではない、ワシが、騎兵が戦地から逃げてどうなるという! 軍人たる者、荒野を駆けることこそ誉であろう」
ラッソは、かつて軍において狩人につぐ奥の手とされていた騎兵隊の隊長だった。
妖精の戦争の初めから、人よりも速く駆ける騎兵隊は唯一狩人とともに戦地を縦横に走ることのできる戦力として重宝されてきた。
それこそ、賢人の妖精との戦いでほとんど守られていなかった森の木々を駆けぬけて牧地に雪崩れこみ、奇襲を果たした騎兵の功績は語るまでもない。
ただ、流石にアルハンゼン先生などによる技術革命によって銃火器やトラックにとってかわられ、もう騎兵隊はなくなったものと思っていたのだが。
ラッソはガハハと笑った。
「もちろん、もう馬は走らせてねえぜ。昔と違って鉄の機械だけどよ、今は爆撃機飛ばしてんのさ」
なるほど、そういえば聞いたことがある。
隊がなくなった騎兵のかなりが新たに作られた爆撃機隊や戦闘機隊に転入したのだと。やはり騎兵たるものなにかを乗りこなして戦うのが上手いのだろう。
「ということは、あの機は……」
「おうよ、ワシが機長だ。ついでにこの爆撃機隊の編隊長もしておる」
カイゼルひげを生やし、シワだらけの顔をさらにしわくちゃにして笑うラッソは、まさに歴戦の軍人といった姿であった。その姿はかつて戦地をともにした時となんら違わない。
オレはどこか嬉しくなって、その肩をこづいた。
「ふ、それではオレを丁重に運んでくれ」
「無論だとも! 歴代の軍人家の者として、ワシの手綱、いや操縦の腕を思うままに味わうがよい」
◆◆◆◆◆
天を飛ぶ爆撃機の群れは、地上から目にした時よりもよほど大きく、そして頼もしく思えた。
雲の上を、数十もの爆撃機がまるで狼のように集まり、地上の妖精からは手もとどかないような上空をゆうゆうと飛ぶ。そのうちに死と破壊をふりまく爆弾をかかえながら。
小さな円の窓から爆撃機のコクピットに目をうつす。
コクピットではもう一人の操縦士に機を預けたラッソが電信士から無線をうばいとっていた。額に青筋をうかべながら、無線のむこうに怒鳴りつけている。
「なにがワインが美味かった、か! われら誇りある騎兵、いや爆撃機隊の者が、いったい二日酔いなど恥にもほどがあろう! 騎兵の名誉を忘れたか!」
無線に説教を垂れるラッソに、オレは苦笑する。
すでに馬を降り、地上とは逆に天を飛ぶようになっても、ラッソはいまだ根からの騎兵がぬけないらしい。代々の騎兵一家であるラッソは、そのことを誇りにしているのだろう。
「ミッカネンさん、すまんのう。うちの隊長を許してやってくださるとありがたい」
「いやいや、昔のラッソらしくて懐かしく思えてきた」
脇で機銃を握る射撃士が困ったように眉をさげる。
「あんまりにも地上がはやく攻め入るもんで、ワシら爆撃機も隊がコロコロかわるもんでのう。隊長さまもよせ集めの隊をまとめるので死にもの狂いなのでさ」
聞くと、この隊はもともとラッソの騎兵隊の者が集まっていたらしいが、大攻勢が始まってからはどんどんと新兵やほかの隊の機が転入して混乱しているらしい。
今ラッソが怒鳴り散らしている先も、銃後から昨日やってきた爆撃機だそうだ。
「訓練すらしている暇がなく、ひっきりなしに飛ぶもんじゃからワシらもほとほと困り果てておるんじゃ」
白く豊かなひげをたくわえたその老人がぺこぺこと頭を下げるのをとめて、オレは機のうちに目をやった。
思えば、ラッソの機はやけに年のいった者ばかりだ。十人ほどの乗員のうち、ラッソをのぞいた九人はみな六十を越えた老人にみえる。
その目に気がついたのか、先ほどの射撃士はしみじみと語った。
「ワシらみな、あぶれ者たちなのですじゃ。騎兵隊で守るべき君を失った、ろくでなしどもですで」
そう語る射撃士の胸もとで光っていたのは、貴族の紋章の入ったロケットだ。そういえば、ラッソも貴族だったな。
「騎兵隊だから、か」
騎兵隊は昔ながらのところを残しがちであることは良く知っている。騎兵は、軍人貴族にとってのレーゾンデートルだったのだ。
一族の君が家臣を率いて軍に入り、華々しく妖精にむかって駆けていく。そんなおとぎ話のようなやりかたが残っていたのが騎兵隊だった。
戦地が槍や弓から銃となり、兵が騎士から農夫になりゆくなかで、最後まで貴族たちの誇りであった騎兵は軍人貴族と没落をともにした。
将校も今や軍学校の試験で評され、軍人としての貴族はほとんど残っていない。貴族の将官となると、アグラシュタインがせいぜいだ。
「ワシらには守るべき家がありますのじゃ」
射撃士が愛おしそうに胸もとの家紋をなでる。
「お坊ちゃまを死なせてしまったワシらは、残された奥がたとお子様を養わなければなりませぬ。隊長さまはそんなワシらに戦地働きをくださった」
ラッソも苦労しているのだな。
オレは静かに目をつむった。だからこそ、もうこの射撃士のような者を残すわけにはいかない。
せめてでも、あの賢人の妖精だけは、なんとしてでも。
「しばらく、目を閉じる。むこうについたり妖精におそわれたのならば、興してくれると助かる」
「あいわかりましたのじゃ、ごゆるりとお休みなされ」
この爆撃機隊はあちこちの森を焼きながら、オレを戦線のはしの滑走路までつれていってくれる。一日がかりの旅路だ、そのあいだオレにできることはない。