【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
「まったく、すげえ数だな」
「それもアグラシュタインさまがわざわざ王都そばのワイナリーから命じて集めさせたんだろ、ほんとうによく気をつかってくださるかただこって」
オグダネル城跡と戦地、そのなかほどにて。
急ごしらえの鉄道駅にて兵の一団が荷の積み下ろしを慌ただしくこなしている。まるで働き蟻のようにせっせと重たい樽をトラックに積みかえる兵が、ぽろりと言葉をこぼした。
「妖精のやつらもかわいそうなもんだ。こっちはワインまで運んでられるってのに、むこうは森を焼かれて空から燃やされて、踏んだり蹴ったりだ」
「あいつらにはそういう目にあってもらわなくちゃ困る。さんざん苦しめられてきたんだ、これでもたりないぐらいさ」
兵たちのうちに沈黙が漂う。
「とにかく、ワインがおかしくなってないか樽をひらけて調べておけ。くれぐれも人目盗んで一口なんて馬鹿なことは考えんなよ」
しばらくして上官から下された言葉に兵たちは従って樽をみていく。そのうちの一人の兵が、いきなり悲鳴を上げた。
「うげっ! ネズミじゃねえか!」
みると、一匹のネズミがプカプカと琥珀のワインにういている。すでに息絶えたネズミは、ワインにおぼれたようだった。
「あっちゃー、この樽のワインはもう駄目だな。まるごと流しちまうほかない」
「ええ、もったいねえ……。ちょっとばかし口にしちゃいけないか」
「馬鹿、ネズ公のやつがどんな病気運んでんのかわかんねえんだぞ。軍医に泣きつく羽目になりたくなきゃ、とっとと下水に流しちまえ」
苦々しい顔をした兵が、樽を蹴りつけた。
ゴロリと転がった樽から、魅惑の輝きをはなつワインが流れ、焦げた大地にしみわたっていく。
ワインにおぼれていたその一匹のネズミは、その濡れぼそった身を黒い土の上に横たえて、そのまま放っておかれた。かわいそうなことに、兵たちが目をくれることもない。
しかし、それは最後で最大の機会だった。
この大攻勢にしかけられた罠、巨大な城を根からくさらせていくネズミの一噛み。もしも気づけていれば、この先の未来が違ったものになるかもしれない。
だが、それは起こらなかった。
兵たちは樽の積み下ろしばかりに気をやって、死んだはずのネズミがぴくりと震え、またどこかに走っていくのを目にしなかった。
そのネズミは、やがて手に人の指が生え、そして腕が生え、足が生え、一人の人の姿をかたどっていく。ひとりの女の子の姿をとったそのネズミは、にっこりと笑った。
「マジあぶなっ! 後すこしでウチ、あの英雄チャンへの一世一代の告白がバレちゃうところだったじゃん! いや-、あんなにワインが美味しいなんて!」
賢人の妖精は、黒焦げになった大地の上で踊る。
「でも、ほんとうに上手くいってる! このままみんなみんな、ウチのために力を貸してくれたら、ほんとうにあの英雄チャンに手がとどく!」
キラキラと瞳を輝かせ、賢人の妖精はにっこりと笑った。
「まっててね英雄チャン、一生忘れられないプレゼント、あげちゃうんだから!」
◆◆◆◆◆
はるか遠くで蠢く妖精。
その心臓を撃ちぬいたラディムは小さく息をした。
双眼鏡で様子を目にしていた兵たちが後ろで歓喜の叫びをあげている。
どんなに遠くであってもかならず斬りさくラディムの魔術はこうして狙撃のようなかたちで大攻勢に投入されている。
これまでラディムは数えきれないほどの妖精を殺してきた。
作戦は実に順調だ。
順調だというのに、なぜか胸騒ぎがする。
「ミッカネンさん……」
胸に手をあて、己の憧れの英雄を思う。
星天の妖精との戦いで己を信じてくれたあの人。心が苦しくなった時はいつも話を聞いてくれたあの人。
いつも頼れるミッカネン。
ラディムにとって、ミッカネンとは心折れる時など考えもできない大英雄だ。いつだってラディムの先を歩いてくれる人。
だというのに、なぜか怖くなる。
あまりにも上手くいきすぎている大攻勢。なぜか初めに姿を現したきりうんともすんとも言わない因縁の敵、賢人の妖精。
「ラディムさん、そろそろいきますよ」
「わかりました」
ラディムは今、賢人の妖精が現れたと情報の入った戦地へとむかっている。こうして時折軍務をこなしながら、戦線を上がっている。
「ミッカネンさんに、なにごともありませんように……」
ラディムは静かに祈った。
◆◆◆◆◆
地響きのような轟音で目がさめる。
起き上がると、編隊は今まさに眼下の森にむかって爆撃をしているさなかだった。
射爆士が狙いをさだめたとおり落とされた爆弾が、妖精の森を焼いていく。爆風で吹き飛ばされた木々がなぎたおされ、夜の闇に燃える木々が輝いていた。
「これが最後の爆撃でさ、これが終われば降ります」
森の妖精は火だるまになって死んでいく。
それを目にする爆撃機隊の者はみな、大きな笑顔をうかべていた。鼻歌を歌っているものすらいる。
人類の大攻勢はもはやとめようがないように思えた。
森のおおよそ三割をすでに燃やしつくしている。組織だった抵抗をしてこない妖精たちが、アグラシュタインの緻密に作り上げた作戦に敵うはずがない。
兵のうちに、気をぬいてしまう者がいても責められない。
それほどの大勝を、人類はおさめつつあった。
「まったく、アグラシュタインさまも人が悪いのう。こうも楽に勝てるのならもっとはやくに攻勢をかけてくれてもよかろうに」
カカカと隣の老人が笑う。
オレは、その言葉に笑えなかった。
おかしい、おかしいのだ。原作でも、これまでの戦いでも妖精はこうも易々と負けてはくれないはずなのだ。
原作のシナリオでも、ラディムがいなければ人類が負けていた地点がいくつもあった。これほど上手くいくはずがなかった。
「魔王は、どうしているのだろうな」
「さあ、森の奥に隠れているのかもしれんのう」
そう、魔王たちだ。
もしも皇帝の妖精がこの妖精たちを従えているのならば、こんな楽に包囲することも、背後に兵を運んで退路を断つこともできなかったはずだ。
聖女の妖精がいたならば、この地に地獄が現れていただろう。
賢人の妖精は言わずもがな。その力を恐れて兵たちの足はもっと遅くなり、常に伝染された兵たちが暴れまわっていたはずだ。
星天の妖精ともなれば、それだけでこの大攻勢は終わってしまう。
だが、魔王たちはみな沈黙を守っている。
まるで、この人類の大作戦よりもなにかもっと大きなものが背後で蠢いているような、そんな嫌な気がした。
すでにとりかえしのつかないことになっているという、焦燥。
オレは唇を一文字に結んだ。
なにかがこの戦地で起こっている、そんな気がするのだ。だというのに、己にはなにもわからない。
オレはただ、眼下に燃え盛る炎をみつめるほかなかった。