【書籍化】人類滅亡寸前ゲーム世界で自分を犠牲に敵を倒してたら、みんなが病んでいた 作:雨雲ばいう
オレが降りたのは、草木のひとつも生えていない荒野だった。
とうの昔に森は燃やされ、この地にはぺんぺん草一つも残されていない。妖精もほとんど駆逐されたらしく、閑散とした戦線には兵がまばらだった。
降りたった爆撃機隊は、そのままもっと後ろにある滑走路まで帰っていくらしい。そのため、編隊を副機に預けたラッソの機だけがこの地に降りていた。
「ずいぶんとさびしい光景だな」
ラッソが鼻を鳴らす。
「そうだな」
オレはあいまいに頷くにとどめた。
この地に、賢人の妖精がいるという。だが、伝染する病気たる賢人の妖精にとって、生命がかけらもないこの地に現れる理由がないように思えた。
ここでオレと戦うつもりだとは、とても思えない。
むしろまだ妖精の森の残る戦線のまんなかでオレをむかえうったほうがまだよいだろう。それほどまでに、ここには伝染する先の命がなかった。
「では、そちらの軍務とやらが終わればまたむかえにくる。その時は電信をよこしてくれ」
ラッソの飛びたった後に残されたのは、沈黙だけだった。
◆◆◆◆◆
「これはこれはミッカネンさま。よくぞこんな地の果てまできてくださった」
この地の兵に言い渡された軍務は名ばかりの防衛。この先の森には軍が大戦力を投入しずらい厳しい地理が続くらしく、ここの戦線はなかば放っておかれている。
だからか、この地の指揮官は書類で一日を終えているようだった。
「ここで賢人の妖精がみられたとのことですが……」
「そうですな、というのもある夜、警護にあたっていた兵が一人、賢人の妖精に伝染されたかたちでみつかりまして、射殺したのです」
指揮官の話を聞いても賢人の妖精の狙いはよくわからなかった。
大攻勢をかけられている残された妖精の森ではなく、なぜここで兵ひとりを殺しているのか。あげくの果てこうしてオレのような狩人が派遣される始末。
まったく論理がなりたたない。
その後も指揮官からいろいろと話を聞いたが、その一件からこのかた賢人の妖精を目にした者はいないらしい。
もしかすると、賢人の妖精はすでにこの地を去っているのではないか。こうしてメンバーたちが集まって戦おうとしているのは無駄足ではないのか。
オレは、静かに天をあおいでため息をついた。
◆◆◆◆◆
「おーい、ミッカネン」
懐かしい夢だ。
故郷の村で、まだなにも考えずに暮らしていた時のこと。
クルクッタと、原作の英雄と一緒に笑って、こいつがいるならば人類も安泰だと、そんな単純に考えていた時の記憶だ。
クルクッタがにっこりと笑う。
「なあ、ミッカネン。ひとつ聞いていいか」
牧草地に寝転がりながら、村をながめる。隣りに腰かけているクルクッタが、オレの顔をのぞきこんできた。
オレはじっとその顔をみつめる。
まったく無邪気な笑顔で、クルクッタは尋ねた。
「なんで、オレのかわりに魔王をみんな殺してくれなかったんだ」
ふと気づく。
目と鼻の先に、アレクセイエフガ、魔王に殺された人々の顔がうかんでいた。血の海に溺れながら、そんな人々がオレを静かにみつめている。
冷たく、そして怒りをこめて。
「ミッカネンさんが、魔王をきちんと殺してくれなかったから」
「嫌だ、嫌だ……」
アレクセイエフガ、怨嗟の言葉を口にする。
「ミッカネンさんのせいで、わたしは殺されたんです」
「わかっている、オレがクルクッタのようになれないことなど」
耳をふさぎ、聞かないふりをする。
「なんで、ミッカネンさんは生きているんですか」
「だから、もうなにも言わないでくれ」
◆◆◆◆◆
オレは、まるで溺れかけた者が岸に上がるように飛び起きた。
嫌な夢だ。
星天の妖精の夢に囚われたあの日、クルクッタがなぜか妖精になっていることを知ったあの日から、ずっとこの悪夢に囚われている。
アレクセイエフの夢は、ここ数日からの話だ。
「まったく、人の話はできないな」
思い起こす。
思うに、軍人にはふたつの種類がある。一人は戦友の死を深く考えないことにして、もう一人は戦友の死に理屈をつけてしまう。
そんな風に、オレはアレクセイエフの死んだ日に偉そうに語った。オレはそのどちらなのか、わからないと。
それは嘘だ。
オレは失われた命を考えてなどいない。
いつも考えることから逃げている。クルクッタが命を賭して己の命を救ったのは駄目だったのだと、そう気づいてしまうことが怖くて。
だから、ずっと死人のことを考えないようにしている。
身を起こすと、みなれない天幕が目に入る。残りのメンバーが集まるまで、オレはここで休むことにしていた。
賢人の妖精と戦うのなら、頭数が欲しいからだ。
「昨日の話だと、一番初めにつくのはラディムになりそうだな」
小さく呟く。
モルグレイド、イスファーナ、イングラシウスは遠くだし、アルハンゼン先生はそもそも大攻勢にくわわることを許されていない。
とにかく、後数日でここに集まってくるだろう。
とにかく、その時をひたすらにまつ、そのつもりだった。
「ミッカネンさま、賢人の妖精が!」
そう叫んで、一人の兵が飛びこんでこなければ。
◆◆◆◆◆
指揮官のいたはずの天幕。
その席に、一人の妖精が座っていた。
まるで軽い茶飲み話でもしにきたという風に、のん気に机の上のコーヒーをすすっては苦い顔をしている。
ただ、純白の女の子の姿をしたその妖精が、悪魔の類であることははっきりしていた。なにしろ、先日話をしたはずの指揮官の亡骸の上に座っているのだから。
天幕に飛びこんできたオレに、輝くような笑顔でオレに笑いかける。
「遅かったじゃん! ウチ、まちくたびれちゃったよ!」
駆けよってきた兵たちを手でとめる。
「ミッカネンさま、これはどうしたら!」
「くるな、オレがこいつと戦う!」
魔王と一人で戦うのに、ただの兵隊では悲しいことに足手まといにしかならない。できればすぐさま逃げて欲しかった。
「英雄チャン、ちょっと話があるんだ」
「短く頼むとも、オレは気が短くていつおまえの首を落としてしまうか冷や冷やしてるんだ」
「ありがとう、じゃあ、一言だけ」
賢人の妖精が、ゆっくりと歩いてくる。
その頬は朱に染まり、うるんだ瞳は希望と不安で彩られている。まるで、それは恋する一人の乙女のようであった。
「英雄チャンのことが好きです。ウチに食べられて、一緒になってくれませんか」
「なるわけないだろう、なにを考えている」
訳のわからない賢人の妖精の言葉を、オレはすぐに斬り捨てた。
まさか妖精に食べたいと言われて頷くと思ったのだろうか。オレはぽかんと口をあけて驚いたような顔をしている賢人の妖精がわからなかった。
「……ひどい」
賢人の妖精が、顔をうつむかせる。
「ひどい、ひどいよ。ほんとに好きなのに」
「ならば、とっとと心臓をえぐって命を絶って欲しいものだが」
あきらかに様子のおかしい賢人の妖精に、オレは眉をひそめる。しばらくして、静かな天幕に美しい笑いが響いた。
賢人の妖精は、ゆっくりと顔を上げる。
「ウチ、ずっと考えてたんだー」
賢人の妖精が、おぞましく笑った。
「どうすれば、英雄チャンを手に入れられるのか、どうしたら素直になって、ウチたちと一人になってくれるか」
「考えずともそのような日はこないとも。おまえはここですぐに殺されるのだから」
今は、すこしでも賢人の妖精から情報をひきだしたい。
いったいなにを考えているのか、なにをたくらんでいるのか。ゆえに、オレは刃をむけながらも斬りかからなかった。
それが、まちがいだった。
「気づいちゃったんだよね、英雄チャンのよわいところ」
ニイッと賢人の妖精が華やかに、まるで朝日のように笑う。
「ミッカネンはさ、英雄のなりそこないなんでしょ」
その時、まわりの兵の頭が吹き飛んだ。
◆◆◆◆◆
「あーあ、死んじゃった、死んじゃった! ミッカネンがほんとうの英雄じゃないから死んじゃった!」
「……なにを言っている」
オレは賢人の妖精がケタケタと笑うのをただみつめることしかできなかった。
「初めてウチがミッカネンに伝染しようとした時、ウチ、みちゃったんだ! ほんとは幼なじみが英雄になるはずだったんでしょ!」
気づく。
オレが初めて戦った畜舎でのあの夜。あの時、オレに伝染しようとした賢人の妖精は、まさか……。
「ずっと苦しかったんだね、ずっとクルクッタちゃんのかわりになれないって、殺しちゃった兵隊さんの命を嘆いて!」
ひどい寒気が背筋に走る。
「がんばってがんばって、妖精さんと戦って戦って、それでようやくウチら魔王も殺して、ラディムちゃんも、勇者ちゃんもきてくれて!」
ひどく楽しそうに賢人の妖精は踊っていた。まるでオペラ座にいるかのように、優美に手足をうねらせて。
「ほっとしたよね、英雄さまを死なせちゃったお馬鹿なミッカネンは、ようやく落ちつけたんだ、これでもうミッカネンのせいじゃなくなったって!」
その蛇のように鋭い瞳が、オレをつらぬいた。
口のはしが耳もとまで上がって、賢人の妖精は実に嬉しそうに呟いた。
「……だからね、ミッカネンの筋書きはみんな壊してあげる」
「あの勇者のラディムちゃんも、一緒に戦ってきたパーティのみんなも、アグラシュタインとかいう人も、ミッカネンの知ってる人はみんな殺してあげる!」
ふと気がつくと、足もとはネズミの群れで埋もれていた。
いつのまにか、賢人の妖精は片手にワイングラスを握っている。そのうちに入った琥珀に輝くワインをうっとりとみつめて、飲み干した。
とたん、ぞわりとした怖気におそわれる。
先ほどの賢人の妖精とはくらべものにならない魔力、これまで賢人の妖精と刃をまじえてきて味わったことのない恐怖に駆られる。
賢人の妖精の力が、あきらかにけた違いに大きくなっていた。
まるで、たった一瞬で数えきれないほどの命を食ったかのような、そんなありえない力を賢人の妖精は手に入れて……。
「ま、まて」
かすれた言葉が口からこぼれた。
ワイン、ネズミ、伝染する魔術、アグラシュタイン、士気を上げるための土産、野営地ではしゃぐ兵たちの姿。
いくつものヒントが組み上がって、考えたくもない結論を導く。
「ま、まってくれ」
「あーあ、これもぜんぶ幼なじみを犠牲にミッカネンだけ助かったからだ。魔王をきちんと殺してたら、ウチに魅入られなかったら、こんなことにならなかったのに」
その白い指で頬をなぞりながら、賢人の妖精はうそぶく。まるで怒られた子どもをはやしたてるように、オレの周りをぐるぐると歩く。
「いったい、どれだけ食った?」
その口が、弧を描いた。
「たぶん、一千万人ぐらいかな」
ありえないほど上手くいった大攻勢、歓喜に震え、妖精への反逆に胸躍らす兵たち。その、なにもかもが賢人の妖精の手のひらの上だった。
この攻勢に入った兵の数はおおよそ二千万。
そのうちの五割の命が、たった一瞬で失われた。この、賢人の妖精というたかがひとつの病で。
こんなもの、戦線がもつはずがない。
軍そのものの敗走に等しい後退、追撃される兵たち、病人を残して逃げざるをえなくなり、そうして一人一人とこぼれ落ちていって……。
「ぜーんぶ、ぜーんぶミッカネンのせいだから!」
賢人の妖精がニコニコ笑った。
「みんな、ウチと一緒にならなかったのが駄目なんだよ?」
賢人の妖精がオレの顔をのぞきこんでくる。
その瞳は深淵をみるように深く、暗かった。
「安心して、これからもっともっと殺してあげる。殺して殺して、ミッカネンがウチの愛をうけとめてくれるまで、ずっと殺してあげる」