余りにも中身のない俺の彼女、恭子(きょうこ)。今日もまた、ろくでもない動機で遊園地に連れていかせやがって……。でも、もういい。今日で、この関係を全部終わらせる……。

1 / 1
呆れるほど薄っぺらい俺の彼女。

 休日の遊園地には、さまざまなタイプの客が訪れる。休暇を子供に使う家族、自己の世界を楽しむ一匹狼、果ては利潤を出そうとする配信者……。ガラパゴス諸島もいいところだ。

 

「……もう三周したぞ、あの観覧車……」

 

 章(あきら)が分類されるのは、その中でも最底辺、『やる気なしカップル』である。正確に示すとすれば、『彼氏が冷え切っている』だろうか。

 

 売店に姿を消したっきり、連絡の一つもよこさないのは恭子(きょうこ)。彼氏を待たせているとは思えない。

 

 雲一つない空に、章のため息が上がっていく。空きコマをデートなるもので埋められた上、自身はアトラクションに搭乗してすらいないのだ。ひと時の青春を返してほしい。

 恭子と出会って、まだ一か月。彼女に前も後ろも塞がれてはいたが、親しみを持って付き合い始めた。そのはずだった。

 

「……あー、ここにいた! ごめんね、会計が詰まっちゃってて……」

 

 甲高く透き通る声の主は、彼女である。合唱で歌声につられ、中々パートの音程が覚えられなかったのは記憶に新しい。声優の道も勧めたが、本人曰く『給料が満足に入らない職業はイヤ』だとのこと。将来の夢より現金重視とは、小学生にお手本として見せられない。

 

 何食わぬ顔でクマのキーホルダーを主張してくる恭子は、ファストフードのスマイルゼロ円。笑みを保ってはいるが、筋肉の緊張が無理やりだ。

 

「……詰まったも何も、どこから来てるんだよ……」

「ついでにトイレ寄ってたの。……レディにそんなこと、聞いていいのー?」

 

 そもそも、彼女は入った扉から出てきていない。その癖、彼氏を探していた風である。論理の破綻にも程というものがある。

 

 ……まあ、この関係も今日で終わりだしな……。

 

 今この時、腐ったカップルの仲を断ち切る。そのつもりで章はデートを了承したのだ。そうでなければ、サーブを打ち込んで汗を流しているところだ。時間を奪われるのは、ここでおしまいにする。

 

「……それじゃ、次は……」

 

 恭子の視線は、早くも飲食店をロックオンしていた。財布が隣に付属品として付いてくる心境を思えば、十分頷ける。章を犠牲にした飯を、おいしく感じる彼女の感性を疑う。

 

 元気いっぱいに振り出された恭子の腕を、思いきり引き留めた。反動で、彼女の身体がバランスを崩した。

 楽観した真っ黒な目が、こちらに向いた。意思を制止されているのに、不満の色一つ示さない。

 

「……何かな、章くん? お腹も減ったし、何か食べに行こうかな、って」

「もう、茶番は終わりだ。全部、清算しよう」

 

 章は、入場してから百歩も動いていない。躍動しているのは、章の財布と恭子だけだ。いつからデートは男が全払いになったのだろうか。誠に迷惑である。

 

 投げつけられた通告に、恭子からぼんやりとした抱擁感が消えた。微笑サービスが終了し、証明写真に使えそうな初期設定に戻った。

 

「……どういうことかな。説明してもらえる?」

 

 ここに、溌溂として活動的な彼女はいない。心が冷えていたのは、章だけではなかったようだ。

 

 真正面からの激突となれば、証拠を突き付けるだけ。

 

「……恭子って、薄っぺらいよな」

 

 彼女は、上辺だけの乞食である。

 

 付き合い始めた当初から、財布を頻繁に忘れてきた。宣言させようが、メモ帳に書かせようが、努力はすべて水の泡だった。特徴、個性として受け入れるには、彼女に都合がよすぎた。

 旅行の話を持ち出しても、映画の鑑賞に誘っても、浅い知識で躱そうとする。家を訪問することも、時期尚早だと却下。散々向こう側から勧誘しておいて、こちらからの提案は全無視。疑心が募るのに、そう時間はかからなかった。

 

 如何せん、上辺だけなのだ。今日の遊園地にしても、『行きたいから』『一緒にいると楽しいから』。理由のための理由を繰り返された。

 

「本当に、何もかも。……自覚、ある?」

 

 動じない腕を外に払い、正対させた。章の追及を、恭子は口一つ動かさず受け止めている。隠せていない余裕が、勝っているはずの章にも雑音を生じさせる。

 

 恭子が、口を開いた。怯むどころか、前のめりになっていた。

 

「……それでこそ、私が見込んだ甲斐があるってものだよ、章くん!」

「……は?」

 

 日本語としては聞き取れたが、文章にならない。聞き返そうにも、言葉が出ない。質問になる手前で、砂山のように崩壊してしまうのである。

 

 恭子が、例のクリアな声で笑いを噴き出した。章のことを、攻め駒と認識している。そのくらい、『人』に対する感情が存在していない。

 

「上辺だけで騙されるような人間に、用はないからね。……無事で良かったよ、章くんは……」

 

 目の前でこくこく頷くのは、悪魔か魔王か。どちらにしても、この瞬間に章のカーストは最下位になってしまった。ピラミッドの中には二人しかいない。恭子と、章である。

 

 脳の伝達系統が、仕事をしない。逃走しなくてはいけないのに、恭子にくぎ付けにされている。逆らってはいけないと、全神経がボイコットしてしまっていた。

 

「……キミに、頼みたいことがあるんだ……」

 

 ……どうやら章は、踏み込んではいけない領域に首を突っ込んでしまったようである。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。