優秀なポケモントレーナーであるアユムは、たまに悪夢をみる。
ボクの相棒で自慢のエースだったそのポケモンが倒れたとき。積み重ね、膨れ上がっていた自信があっという間に崩れ去って、身体中の力が抜けて、膝から崩れ落ちて、文字どおりの存在意義が消失したとき。
目の前が、まっくらになったとき。
ボクはそのとき、しっかりと笑えていたのだろうか?
義務として、戦いを愛するトレーナーとして、その現実を愛していたのだろうか。
⭐︎⭐︎
いつまでたってもたまに観る、いや、観させられると言った方が正しいだろう。そんな悪夢からアユムは目を覚ました。
春が近いからと薄着にしておいた寝間着は皮肉にも気温とは全く違う原因できつく湿っており、額からも薄く、冷や汗のようなものが滲んでいる。
「はあぁ...」とどこかため息のような、それでいて僅かな呆れと怒りのようなものを混ぜ込んだ声をあげながら、彼は上半身を持ち上げると、ベタついた汗を流さねばと風呂場へ向かう。
風呂場の手前にある脱衣所で服を脱ぐ途中、そのすぐ横に併設された洗面所の鏡台が目に入った。しばらく掃除を怠っていたためところどころ水垢が張り付いている鏡に、目つきの悪い顔が写る。
大きく、そして鋭く切れた黒い目に、程よく切り揃えられた黒い短髪はもはや慣れたもの。
見た目などほとんど気を使わず、黒髪をひたすら長く伸ばしていた数年前に比べれば、はるかに清潔感があるはずだ。
その顔を見ると、アユムは忌々しそうに目線を切る。トゲトゲしく交戦的な目の、その目のさらに奥が、どこか腑抜けているように見えてしまったからだ。
風呂場へと足を踏み入れ、シャワーで体を濡らしつつ、シャンプーで体を洗う。ざぁざぁと煩く、だが心地よいシャワーのノイズを浴びながら目を閉じて、夢の続きを思い出す。
半ばトラウマといっても過言ではないものだったが、だからこそ思い出さずにはいられないのだ。
あの忌々しくも屈強なドラゴンと、それを従える最高のトレーナー。今や誰もが憧れる、そのトレーナーを。
彼の住んでいる部屋は相当広いもので、それは1人では掃除しきれないといったほどには広い。リビングには雑に飾られたトロフィーやメダルが積まれており、幅の広いテレビとそれなりに質の良さそうなソファーとテーブルが設置されている。
そのリビングへと歩き、防寒のため二重に備え付けられた窓を開けると、すでにアユムの手持ちのポケモンたちは朝食を楽しんでいた。
サーナイト、ユキノオー、ゴウカザル、メガヤンマ、ベロベルト、マリルリ。
外用のデーブルに並ぶそれぞれのポケモンフーズとオレンの実やモモンの実は、アユムがセッティングすることなくポケモンたちが自ら倉庫や冷蔵庫から選び、勝手に食事を済ませてくれる。
そして遅れて訪れたアユムと食事を済ませるのが、優秀なポケモンたちと、アユムの育成が自然と生み出した朝のルーティンだ。
どちらかといえば遅起きでガサツな彼からすればありがたいことでとても助かっているのだが、これではどちらがトレーナーなのかよくわからない、と彼は時々思わされる。
世話をされるトレーナーと世話するポケモン、そんな関係は別にいまから始まったものではなく、旅立ちの日から変わってはいない。
変わったのは彼の実績と、ポケモンのレベルくらいなものだ。
サーナイトの用意してくれた食事をパクつきつつポケモンたちを撫でてコミュニケーションをとる。そして時々ボーっとしながら、今日は何をしようかと考えるわけだ。
なにか予定はあっただろうか?あぁそうだ。今日は確かとなりの町の洞窟を深くまで探索するから、それの護衛をしてほしいという話だった。
時間は昼の初めごろ、そこまで急ぐ意味もないが、かといってダラダラする意味もない。
手早くサンドイッチを口にねじ込むと、その料理を作ってくれたサーナイトに開かない口の代わりに、手で作ったグーサインを向けて感謝の意を示すと、彼女は口ものに手を添えながら優しく笑うのだった。
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結論から言ってしまえば、地質探索の護衛という仕事はアッサリと終了した。
ただメガネと仰々しい機会を運んできた研究員が洞窟の奥へと進み、ポケモンや自らの手で軽く周りを掘り進め、地質やそこで出る鉱石を確認するだけ。
ときどき、おお、なんて感嘆符がその人たちから飛び出すことはあるが、アユムにはサッパリわからない。これは歴史的に...だとか、そういうのはボクではなくて、ここのチャンピオンが興味を持つのだろうな、と思いつつ暇そうに辺りを見回していが、調査時に危険視されていたポケモンは出てこない。
他のポケモンとのナワバリ争いに忙しいのか、それともアユムの腰につけられた六つのモンスターボールの威圧感を感じ取ったのかはわからないが、彼にとってはひたすらに退屈なだけであった。
あまりにも暇だったから、たまたま目の端に入ってきた鉱石を少しだけ拝借しても許されるだろう。彼らは別のことに熱心だったし、『かみなりのいし』や『リーフのいし』なんて必要とはしていないはずだ。
洞窟の入り口で軽く挨拶を済ませ、金銭の話も雑に終わらせておけば今回の依頼は終了。研究員のホクホクとした顔からすれば、今回の調査は実りのあるものだったらしい。
研究員のひとりが昔のアユムを知っていたらしく、あなたのポケモンをぜひ見てみたい、と言ったので見せてみたが、彼はうーんと唸ると、感謝の言葉を伝えつつ、もう大丈夫ですとアユムへ伝えた。
「やはりワタシにはポケモンを見る目はないようですな」
と研究員が呟いた。
「ボクだって土や石の魅力はよくわかんないから、似たようなもんですよ。ポケモンに関係あるならまだしも」
とアユムも返すと、ならばポケモンを見せてくれたお礼にこれはどうか言って、彼はバッグから『みずのいし』を取り出した。
大した審美眼もないアユムにも上等だとわかるようなそれは、大きくて、綺麗な、内面から迸る水のエネルギーがあるれ出すような『みずのいし』だった。
中の鮮やかな輝きが、夕日の赤い光と呼応してさらに美しく光っている。
そうか、もう夕方だったのか。とアユムは感慨もなく現状を認識すると、そのプレゼントを断ろうとする。
「ボクにはポケモンに関係することくらいしかわからないが、流石にその石が素晴らしいものなことくらいわかる、大きくて、とても立派な石だ」
と言ったが。
「ならばやはりアナタが持っていた方がいい。これを与えられるポケモンの嬉しさも、この石を素晴らしいと感じる感性もあるのだから、私よりもいい使い方をしてくれるだろう」
と、言われてしまった。
なんだか言いくるめられてしまったみたいだが、どうにも収まりのいい言葉のように聞こえたので、ありがとうございますと言いながらそれを受け取った。
ポケモンの心と、この石を美しいと感じる心。誰でも2種類の良さは理解できるような気はしたが、石の専門家が言うのならばそれは事実なのだろう。
会釈して、彼らと別れて、歩き出す。
スクールから帰り始めた子供たちの姿や、スーツを着た大人の姿、高校生やトレーナーの姿が、まばらに、けれどもどこか統一感を持ってこの町を進んでいた。
誰だって今を楽しんでいる気がして、その姿を見て、果たしてボクは今を楽しんでいるのだろうか?とアユムは訝しんだ。
今日は珍しい洞窟に入って、ちょっといい石を貰ったけれど、人生に過去の華々しくはなく、もう抜け殻みたいな存在だ。
熱いバトルも無ければ、自らの熱意も萎んでしまっているように感じられた。
バトルさえすれば、変に憂鬱な気分もどうにかなるだろうか?
そう不意に思い、近くの公園へと足を運ぶ。
住んでいる町とは隣だけれども、あまり足を運ぶ機会のある場所ではない。
数年前の大会が開かれた時に行った時きりじゃないだろうか。とアユムは過去を懐かしみつつ、どこかに優秀なトレーナーはいないかと目を泳がせた。
青々とした芝の広がっている比較的大きめの自然公園、入り口にはバトルOKと書いてあったから、そこら辺を気にすることはないだろう。
トレーナー、強くて、優秀なトレーナー。
そう頭の中で念じつつ、じいっと眺めるが、手の空いている強いトレーナーはいなそうだ。
1組だけならいるが、絶賛バトルの真っ最中。横からアドバイスくらいなら出来るだろうが、試合中に水を刺すのはナンセンスだろう。
「はぁーあ...ん?」
いくつか置かれたベンチに座り込み、なにか暇を潰すものはないかと思索していると、公園の砂場に若い少女が、しんかポケモン、イーブイと共に砂遊びをしていた。
ははぁ、と何か天啓のようなものを受け取ったような気がして、アユムは少女へと近づく、おそらく旅立ち前、ポケモンと遊ぶのが好きなスクールのトレーナーといったところだろう。
「キミ、ポケモンと砂遊びするのが好きなの?」
とアユムは話しかける。昔の見た目に気を使わず不摂生な頃なら不審者として即通報ものだろうが、今の姿で精一杯怖くなさそうな目を意識するならば大丈夫だろう。
通報でもされたなら、それはその時だ。
「うん!」と返事を返す少女は、心底楽しそうと言った様子。ピョコピョコとしっぽを振るイーブイも同じことを思っているだろうと、アユムは感じ取る。
この少女とイーブイはいいパートナーになるだろう。強いトレーナーになるかと言われれば分からないが、よい関係で幸せでいることが、ポケモンとトレーナーの最も大切なことだ。
「それはいいことだ」と優しい声色で相槌を打ちながら、「じゃあ質問だけど、この石は知ってる?」と続ける。
アユムがバッグから取り出したのは、洞窟探索の護衛で拝借した『かみなりのいし』『リーフのいし』そして...
「『みずのいし!』」
その鮮やかな輝きに、少女はクリクリとした目を見開いた。横にいるイーブイも、見惚れるようにそれを眺める。
「その石、すっごい綺麗だね!」と少女が素直な驚きを伝えると、「そうだろう、そうだろう」と彼も自慢げに言った。
「ところで、この3つのいしをイーブイに与えると、どうなるか知ってる?」
「えーっと、サンダースと、リーフィアと、シャワーズに進化する!」
その回答を満足そうに吟味すると、アユムは頷き。
「お〜大正解!じゃあ正解してくれたお礼に、この石3つ、受け取ってくれる?」と、子供ように調整されたテンションで語りかけた。
「えっ?でも、その石すっごい綺麗だよ。アタシなんかにあげてもいいの?」と少女が不思議がれば。
「いいや、キミだからこそのプレゼントさ」とアユムは返す。
「キミとイーブイならきっと、この石をいい方法で使ってくれる。よーく考えて、お母さんや先生や、ジョーイさんに相談して決めたらなら、使っても使わなくてもね」
そう続けながら、小さなカバンに3つの石を入れつつ少女にわたすと、
彼女は少し考えて、そのあと頭をペコリと下げて「ありがとうございます!」と、慣れていなさそうな敬語で、元気の良い返事をアユムへ送った。
「じゃあ、またいつか」とそっけなく別れの挨拶を済ませると、アユムは家へと足を進める。
私よりもいい使い方をしてくれるだろうといっていた、研究者の顔をアユムは思い出した。
「なんというか、専門家ってやつはほんとにすごいな」
きっとあの『みずのいし』は、使えば彼女とイーブイにとっていい思い出になり、使わなくても彼女の思い出として残ることだろう。そして、いつか誰かの役に立つのだ。
アユムは立派な姿になった少女とイーブイのことを、まるで幸せな夢のように想像しながら、夕日のさす町を歩いていった。
短編集(これしか書く予定ない)です。ムクムク勝手に設定が浮かんできたら長編にする可能性はあります。
読んでくださりありがとうございました。お気に入り、感想や批評、アドバイス、誤字脱字の報告をくれるとモチベーションになるので気が向けば。