静寂に連れられた白兎はオラリオへ行く。   作:如月悠

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怪物祭(モンスターフィリア)

「ベルに会いたいわ!」

 

 突然大きな声を上げ、そう主張するアリーゼ(ブラコン)に冷ややかな目を向けそれ以上の発言を制すのは、アリーゼを除いたアストレア・ファミリアの面々だ。

 

「突然どうしたのぉ〜?」

 

 優しく問いただすマリュー、笑顔は少し口角がひくついていたのを他のメンバーは見逃さない。今は遠征中な為、ベルとセシルはお留守番なのだが、どうやら発作が起こったらしい。

 

「会いたいの! ベルを抱きしめて、白い髪を撫で回したいわ!」

「うるせぇ、耳が痛てぇよ」

 

 苦言を呈すのはライラだ。唯一、ブラコンを拗らせないタイプの安全地帯(セーフティポイント)的存在である彼女は日夜問わずベルベルベルとうるさい彼女に少しイラついているらしい。

 

「そりゃ、ベルにはみんな会いたいよ」

「まぁな、セシルとか、もしかしたら今ランクアップしてるかもだしな」

「そうねぇ、セシルちゃんもいい子だもの。言いつけは破らないと思うけど……」

「破ったら、おしおき」

 

 そう、アストレア・ファミリアには破ってはならない暗黙の了解というか、守らねばならないルールがある。破ったその時はアストライアーズによるお(・)し(・)お(・)き(・)が執行されるのだ。

 

「そんなことはいいのよ!」

 

 アリーゼが両手をぶんぶん振り回しながら、地団駄を踏む。

 その姿は団長というより、完全なるベル不足。

 

「ベルの匂いが恋しいのよ! あのふわふわの髪に顔を埋めたいのよ! ああああああああああああああああああああああああ!!」

「やめろ、暴れるな」

 

 ライラが額を押さえながらため息をつく。

 その横で、アスタがぽつりと呟いた。

 

「……ベルくん、今頃どうしてるかなぁ」

「どうって、巡回とかじゃない?」

「もしかしたらダンジョンとか?」

「やらないでしょ」

「普通にお留守番とか?」

「いや、あの子の“普通”って信用できないんだよな」

 

 ネーゼが腕を組む。

 

「確かに……」

「うん……」

「わかる……」

 

 全員が妙に納得してしまうあたり、ベルの普段の行動がよくわかる。

 

「あいつはゼウスとヘラだしな」

 

 ライラがぼそっと言う。

 

「……でも、ベルくんはちゃんとお留守番してるよ」

 

 マリューが優しく言うと、アリーゼがまた動き出す。

 

「わかってるわよぉ……でも会いたいのよぉ……! ベルのほっぺをむにむにしたいのよぉ……!」

「団長、落ち着け。帰ったら好きなだけむにむにすればいいだろ」

「帰るまでが遠征なのよぉぉぉぉ!!」

 

 アリーゼの叫びが階層に響き渡る。

 

「……あの子、ほんとベルのことになるとダメだな」

「帰ったら、ベルを独占するな」

「……アリーゼぇ」

 

 リューは今離れたところでご飯を作っている輝夜から離れてご飯を持ってきたのだが、その光景を目に頭を痛めた。

 

 

 ■

 

 昼下がりの星屑の庭は、静かだった。

 遠征組がいないだけで、こんなにも空気がゆるむのかとベルは思う。

 

 居間には三人。

 

 ソファに座ってお茶を飲むアストレア。

 ソファーにごろーんと転がっているセシル。

 そして、ソファーの上で同じようにだらぁっとしているベル。

 

「……暇ですね」

 

 天井を見上げたまま、ベルがぽつりと呟く。

 

「ひまぁ〜……」

 

 セシルが完全に同じトーンで続ける。

 

「そうね。静かというのは、良いことなのだけど……」

 

 アストレアは湯飲みを口に運びながら、穏やかに笑った。

 

「ちょっとだけ物足りないわね。アリーゼたちがいないと」

「わかります……」

 

 ベルは顔だけアストレアの方に向ける。

 

「なんか、耳が静かすぎて……」

「団長様がいかにやかましいか、立証されますねぇ」

 

 輝夜がいないのに、なぜか脳内で再生される。

 

「ベル」

 

 セシルがずりずりと近づいてくる。

 

「なに?」

「アリーゼ先輩、今頃『ベルに会いたいわ!』って言ってると思う?」

「言ってると思う」

「言ってるでしょうね」

 

 三人の意見が綺麗に揃った。

 

「絶対言ってますよね。ジタバタしながら」

「目に浮かぶわ、ふふ」

 

 アストレアがくすっと笑う。

 

「ベルに会いたいわ! ベルを抱きしめたいわ! って」

「やめてください、再現度高いのやめてください……」

 

 ベルは顔を覆った。

 

「でも、ベルもさ」

 

 セシルがごろんと仰向けになり、隣のベルを見上げる。

 

「ちょっとは会いたいでしょ? 先輩たちに」

「……まあ、そりゃあ……」

 

 ベルは少しだけ間を置いてから、ぽつりと答えた。

 

「みんながいないと、やっぱり変な感じしますし。うるさいのが、ちょっと恋しいです」

「ふふ。そうね、ベル」

 

 アストレアが優しく微笑む。

 

「アリーゼたちが聞いたら、きっと大喜びするわね」

「……言わないでくださいね……? 絶対言わないでくださいね!?」

「セシル、覚えておきましょうね」

「はい、覚えときます!」

「二人ともぉ……」

 

 ベルはぐにゃっと溶けるようにソファーに沈んだ。

 しばらく、三人とも何も話さず、ただだらぁっとした時間が流れる。

 

「……こういうのも、悪くないわね」

 

 アストレアがぽつりと言う。

 

「何も起きない日、というのは」

「うん。……なんか、まぁ嫌な予感がするけど……」

 

 ベルが目を閉じたまま答える。

 

「ベル」

「ん?」

「帰ってきたら、アリーゼ先輩にまたぎゅーってされるね」

「……されるだろうね」

「がんばって」

「慰め方、雑じゃない?」

 

 その時思い出したようにベルの方を向いてアストレアが言う。

 

「……ベル、そういえば明日、怪物祭(モンスターフィリア)じゃない、一緒に回らないかしら?」

「! ……ぜひ!」

 

 逢瀬(デート)のお誘い、しかもアストレア様からの。これは、断る選択肢は皆無。ベルにとって、アルフィア(はは)のような存在のアストレア様は言わば癒し、そして初恋。

 

「セシルもどうかしら?」

 

 ガーン、これはどうやら二人きりではないようだ。

 セシルは気まずそうにチラチラとベルを見ながらも、お誘いをどうしようか悩んでいる。

 

「明日は……ダンジョンに潜るので」

「そう……ってあら? 確か、アリーゼ達が定めたルールでは、一人でダンジョンには……」

「ひ、ひとりじゃないですから!」

 

 手をブンブンと振って、否定を表す。

 

「最近、一人(ソロ)の女槍使いを見つけて……鍛冶師(スミス)一人でダンジョンは、色々あれなので、その人と今は潜ってます……」

「ソロの槍使い? ……信用できるの?」

 

 少しの憂いも残さぬように、アストレアは問(・)う(・)。少しでも、不安を抱えているのならば直ちに契約を打ち切らせることも込めて。神に嘘はつけない。

 セシルは少し考える素振りを見せて、言った。

 

「もちろんです! 口悪いですし……まあ、めちゃくちゃ人ですけど、信(・)用(・)で(・)き(・)ま(・)す(・)」

 

 そっと、ベルはアストレアの方を見る。

 優しく慈愛に満ちた微笑みの表情。どうやら、嘘ではなかったらしい。期待にそぐわぬものであったのなら、切り刻む気だったのに、と護身用のナイフをしまう。

 

「なら、いいわ。ベル、明日は二人で回りましょうか」

「はい! アストレア様!」

「わ、私も早く帰ってきますし!」

 

 

 ■

 

 

 機は熟した。

 彼が、より高みを目指すには、より強い試練を超えるため。かの女神は選別を始めた。彼を、強靭な勇士(エインヘリヤル)にするために。

 

 さあ、開幕は明日。

 

 見届けよ、観衆。

 駄々のようにこの物語(ストーリー)に白兎と静寂の再会を、幸せ(ハッピーエンド)を望むものよ。

 

 見届けよ。

 

 正史とは違う、乖離した少年(エトランジェ)の結末を。

 美神が彼を強靭な勇士(エインヘリヤル)にするというのなら、我は最高の舞台ともに、最後の英雄(ラストヒーロー)を見届けよう。

 それが例え、正史とは違ってしまった少年であったとしても。

 

 それが、彼等に報いる術と信じて

 

 ダサくも逃げ延びてしまったこの俺が、置き土産を、忘れ形見を、大切に───追い詰めて(見届けて)やろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星屑の庭の門を出たところでベルは思わず息を呑んだ。

 いつもの神々しい雰囲気はそのままなのに、今日はどこか柔らかくて光に溶けるような微笑みを浮かべている。

 

「お待たせしたかしら、ベル」

「い、いえっ! 全然です!」

 

 声が裏返りそうになるのを必死に抑える。アストレアはそんなベルを見てくすっと小さく笑った。

 

「ふふ……緊張しているの?」

「そ、そんなことは……!」

「そう。ならよかったわ。今日は、ただ楽しむだけでいいのよ」

 

 その言葉が、春の風みたいに優しくて、ベルの肩から力が抜けていく。

 アストレアは少しだけ近づきベルの袖をそっとつまんだ。

 

「行きましょうか、ベル」

「……はい!」

 

 ベルは自然と笑顔になった。

 アストレアが歩き出す。

 

「ベル」

「はい?」

「……今日はね、あなたと逢瀬(デート)を楽しみにしていたのよ?」

「……っ」

 

 その一言でベルの心臓は跳ねるように熱くなる。

 アストレアは気づいているのかいないのか、ただ穏やかに微笑んでベルの歩調に合わせてくれる。

 

「さあ、ベル。怪物祭(モンスターフィリア)を楽しみましょう?」

「……はいっ!」

 

 胸の高鳴りを抱えたまま、ベルはアストレアと並んで歩き出した。

 東のメインストーリーに出ると、やはり賑わっている。本当に世界の中心(オラリオ)なんだと実感させられてしまう。何度来ても、何度観ても、飽きないななんて考える。

 人混みに少し流されながらも、二人での逢瀬(デート)を楽しんでいると、アストレアはクイクイっと袖を引っ張った。指を指す方を見ると、クレープ屋さんがあった。

 

「あれ食べましょ?」

「いいですね……(どれこれも甘そうだ……)」

「そうね……なら、あれをやってみたらどうかしら?」

 

 そして、また指を指す先を追う。

 そこには、カップルがいちゃつきながら、クレープを食べさせあっている所だった。まさか、なんて思ってアストレアの顔を除くとどこかの町娘を彷彿とされる笑みを浮かべながら、こちらをじっと見つめている。

 

「……本気(マジ)ですか?」

 

 諦め半分で聞いてみる。

 これでわんちゃん何とかなったりならなかったりする。

 

「本気(マジ)よ」

 

 ───ならなかった。

 

 結局クレープ屋の屋台に並び、お互いに選び買う。買ったあとは適当な場所を選んで座る。早速、と言わんばかりにアストレアは「あーん」といいながら、クレープを近づけてくる。

 鋭い視線がこちらを射抜いてきて居心地が悪いことこの上ないが、それでも恍惚な目でこちらを見てきているアストレアを放置するという選択肢はない。そんなことをしたら、おじいちゃんに、お義母さんに怒られてしまう。

 

 意を決して、差し出されたクレープを一つ口パクッと食べる。思いのほか甘くなく、とても食べやすかったというのが、率直な感想だった。

 

「ん、おいしい…………」

「そう? 良かったわ、甘くないものを選んだの」

 

 なんの躊躇いも無く、ベルが口をつけたところを一口食べるアストレア。それに顔を赤くするも、気づいていない様子だ。

 

「そうね、甘くなくて……それでも苦いってわけではないのね。とっても美味しいわ」

「そうですね……じゃあ僕も」

 

 ベルが自分のものを食べようとした時だった。アストレアはベルの手を掴んで、食べる手を止めさせる。なんだと視線を向けると先程と同様の瞳をしていた。

 少し冷や汗をながして、嫌な予感がしたので目の前にいるアストレアに問う。もしかして……と。

 

 すると

 

「ええ、ベルのも食べさせてちょうだい?」

「………………」

 

 やはり、と言った具合だった。

 そう、ベルの嫌な予感は的中していた。確かに叔父さんとやった『きゃっちぼぉる』でも、お互いに投げ合うので、お互いにするのは平等という意味で普通かもしれない。

 

 だが!! 

 

 ベル・クラネルは、生粋の初心だった。

 流石のアレに、キャパティシーオーバー寸前であった。つまり、何が言いたいかと言うと。

 

 

 ───ベルは、ぶっ倒れた。

 

 

 

 

 ■

 

 

「動かないで?」

 

 ソッと、背後から近づく。

 視界をジャックした、耳元で囁かれる声は天女よりも甘い。ビクンと体が跳ねる。

 

「───────」

 

 何も、抵抗ができない。

 フードを被った女は警備兵の目を手で押えて、まるで魔法のような力によって、ビクンビクンと体が跳ねる。「───ぁ」なんて言う声を漏らす。

 

「檻の鍵はどこ?」

 

 そう問われるとチャッという音ともに、腰につけていた鍵をカタカタと震えた腕で女に差し出す。鍵を受け取ると、女の手からズルっと、警備兵は滑り落ち倒れる。

 用済みなのか、警備兵には目もくれず女は奥へと歩いていく。

 沢山の檻が並び、その分だけのモンスターの鳴き声が入り乱れる中、優雅にそれらを品定めして行く女はマントを脱ぐ。見えない何かがモンスター達を魅(・)了(・)する。

 

 ヒール音がカツ、カツ、と響く中一番奥にあったソレを見つける。女──もとい、女神はそれを目にすると傍にまで近づく。

 

「……貴方がいいわ」

 

 ソプラノのような声が、モンスターの気を引く。

 モンスターすら、魅了する女神はその美しい顔の口で弧を描く。そして、前まで行くと鍵を取り出して開ける。

 

「出てきなさい」

 

 ギィィ、という音を立ててその扉はやがて全開となる。そこから姿を表すのは、その中にいる中でも大型モンスターの銀色(シルバー)の毛を持つ、シルバーバックだった。

 

 

 ───あの子もここに来ている。

 

 

 そんな行動の中でも、女神の頭の中には白い毛をした兎がその中を占領していた。思い出されるのは、ここに来る前に見た女神の白兎さんと、それを独り占めする他の女神(おんな)とイチャついている場面(シーン)だった。

 

 思い出しただけで変わって欲しいくらい羨ましいその光景を見た時、女神は行動に至った。

 これ以上、あの子が他の女神(おんな)とのイチャイチャを見たくないとい理由もあるが、以前見た時よりも洗練された魂の輝きを目の当たりにしたんだ。

 

 

 ───あの子の困った顔。あの子の泣く顔。何よりも、あの子の『勇姿』が見たい。

 

 

 そこで立ち止まって、嫉妬しているだけではダメだった。少しだけ、もう少しだけ見守るつもりだったのにと、小さいため息をつく。

 

 

 ───もし死んでしまったとしても、大丈夫。天界へと昇る魂を追いかけてあげる。抱きしめてあげる。

 

 

 目の前に鎮座する、シルバーバックの額に小さくキスを落とす。そして、愛しい兎さんに向けて愛をあげる。

 

 

 ───抱きしめてあげる。

 

 

「いッ”─────!?!?」

 

 ゾッとした気配に、ベルは飛び起きる。見ていたアストレアは目が点になっているが、辺りを見回しながらプルプルと震える少年を見ながら、優しく頭を撫でる。

 まるで、小動物の飼育をするかのように優しい手つきで右から左へと滑らせていく。

 

 何回かしていると落ち着いたのか、震えなくなる。

 

「どうかしたの?」

「あ…………いえ、少し嫌な予感がして……」

 

 冷や汗をかいて、青ざめているベルは明らかに何かがあった。けれど、ベルの直感によるものなのだと理解する。ベルの勘は勇者ほどはないが、なかなかに優れていると言っていい部類だ。

 冷や汗を拭いて、落ち着いていくのはいいが、何かあったと思うと心配でよるしか眠れなくなる。

 

「そう……何かあったら───」

 

 その時

 

「キャアアアアアアアアアアアア!!」

 

 大きく響く悲鳴によって、会話は強制的に中断される。なんだなんだと周りを見ると、闘技場の入口を壊して出ていくシルバーバックの姿があった。

 

「「!」」

 

 

 ───長い髪の女神を追いかけて? 

 

 

 荒い息を繰り返すシルバーバックの視線の先には、アストレアがいた。それに気づくと同時に、目の前に立ちはだかる大きなモンスターに瞑目するしか無かった。

 

『ヴォオォォオオオオ!!!』

 

 その瞬間、一瞬の間に攻撃が放たれる。間一髪のところをアストレアごと身を投げる事で回避する。ゴロゴロという効果音とともに、石の地面をふたりで転がる。

 

『ウウッ!!』

「くそっ! 何でこっちに!?」

 

 立ち上がって悪いとは思いながらも、シルバーバックが来ている方向とは逆方向にアストレアを投げる。ドンッと背中を押して、逃げれるように……と。

 

 だが

 

 シルバーバックは、自らに近いベルではなく───アストレアへと真っ直ぐ向かう。

 そう、ベルは勘違いしていたのだ。

 狙いは元より……

 

「なっ!? (狙いは、アストレア様!?)」

 

 最初から狙いはただ一人、アストレアだった。崩れた体勢で、回避も間に合う筈が無い。

 だが、ベルはアストレアを庇うため地面を踏みしめて間に入り込む。シルバーバックの引いた腕がもろベルに直撃する。

 

「ガッ──……」

 

 骨がボキりと折れる。殴られた左肩の痛覚さえ、定かではなくなる。ベルは思いっきり吹っ飛ばされる。荷車の上に落下し、人の悲鳴が聞こえてくる。

 

「……!」

 

 だが、それどころではない。

 壁(ベル)が居なくなり剣もないアストレア様では、このままシルバーバックが攻撃すれば、殺されるのは必定。するとどうなるか、ダンジョンに入っている姉たち全員が死ぬ。

 そして、ベルすらも。

 だからこそ、ベルはどんなに骨がおられようとも、アストレアを殺される訳には行かなかった。

 

「ぐっ───……のぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

 地面を砕く思いで、踏みしめる。一刻でも早く、女神の元へ行かねばならないのだから。

 

「っベル!!」

 

 シルバーバックの腕に付けられた装甲の鎖を引く。だが、強い力で腕を引くせいか、流されがちになっていた。

 まあ、それでいい──

 

「──っと」

 

 ポッと、鎖から手を離す。

 すると、慣性の法則に従ってシルバーバックは吹っ飛ばされる。アストレアは自分の方に吹っ飛んでくるのを、避けながらベルの所に走る。

 

「大丈夫───っきゃあ!?」

 

 アストレアは怪我はしてないかと、声をかける……が、そんな時間すらベルには惜しい。なんだって、後ろにはシルバーバックがアストレアを狙っているのだから。

 ベルは手を引いて走り出す。

 

『ゴアアァァァァァァァア!!!!!』

「大通りはまずいっ! 路地に入りますっ!」

 

 細い路地を走り抜ける。アストレアの手を引いて、走る。息が切れる。引いて走る手に力が入る。

 後ろを振り向いて、シルバーバックが追ってきてないかを確認するベルだが、視認する限りにモンスターの影はない。

 

 が

 

(けど───いるっ! 付いてきてる……!)

 

 咆哮が木霊して、何処にいるかも定かでないがベルは確信を持っている。アレは付(・)い(・)て(・)き(・)て(・)い(・)る(・)、と。

 

「どうしてっ、アストレア様が狙われてるんですか!?」

「知らないわよ!? 初対面だもの!」

 

 走りながら、その曲がり角を抜けた時だった。「止まりなさい!」と、アストレア様が僕の腕を強く引っ張って静止した。そして、ようやく何処に入り込んだか分かった。

 

『ダイダロス通り』

 

 

 オラリオに存在するもう一つの迷宮。

 度重なる区画整理で秩序が狂った、広域住宅街。

 都市の貧民層が住まうこの複雑怪奇な領域は、一度迷い込んだら最後、二度と出てこられないとまで言われている。

 

「いいわね! ベル、絶対に入らないように! 特に私たちが居ない時はぜーったいに!」

 

 アリーゼ達から口酸っぱく言われていた。ダイダロス通り。こんな所で追いかけっこなどしたら、すぐに袋小路に追い込まれてしまう。

 此処を進むのは無茶だと思う。

 

『ァアアアアアアア!!!』

 

 だが、迷っている時間もない。

 

(ぐっ……行くしかない……っ!)

 

 

「モンスターが逃げた!?」

「西ゲート担当で見た人がいるって……【ガネーシャ・ファミリア】も慌てて動き回ってるって……どうしよぉ、エイナぁ〜っ」

 

 ギルド職員の中でも、その話題は広まった。何かしなくては、という気持ちがエイナの中で渦巻く。目の前で弱音を吐く同僚に指示を入れる。

 

「どこでもいい、手当り次第【ファミリア】に連絡取って! 冒険者にも!」

「そ、そんな勝手なことしちゃっていいの!?」

「誰かが傷つくよりずっといい! 何かあってからじゃ遅いよ!」

 

 その時、二人組がエイナ達に近づいてくる。「これは、デートどころじゃないなぁ」なんて、軽口にもいた愚痴を呟いて。そして、そちらを向くと名を知らぬものはいない程の大物がいた。

 

「神ロキ……」

「アイズ・ヴァレンシュタイン……!」

 

 最強と名高い【ロキ・ファミリア】主神と、オラリオでトップクラスの実力を誇る幹部、アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「ロキ」

「……もう遊んどる場合じゃないみたいやし、ええよ」

 

その言葉にオオオオオオ!っと、歓声が巻き起こる。ロキがギルド職員の二人にどこにいるのか、と尋ねる。

 

「ほっ、ほとんどのモンスターが東のメインストリートの方へ……」

(東のメインストリート……アストレア様が向かった場所!?)

 

そう思ったらいてもたってもいられず、民衆の中から駆け出して聞いていた。「あの!逃げたモンスターの種類は!?」そう聞いていた。突然の質問にぽかんとなるが、すぐに考えて

 

「えーと、確か……ソードスタックにトロール、後はシルバーバックだったかな」

「っ……あの、私も手伝います!」

 

四人は───特にエイナとミィシャは───突然の協力発言に鳥が豆鉄砲を食らったみたいな顔になるが、それを言ってきた少女こと、セシル・ブラックリーザの姿を見て渋い顔をする。

 

「【アストレア・ファミリア】の……ブラックリーザ氏!?手伝うと言っても……」

 

貴方では荷が重い、なんて言えるはずもなくもごもごと次の言葉を考える中、もう一つの声がする。モーゼのように観衆という海を割って歩いてくる血まみれの女(トロール)のような何か。

 

「そうですよ、貴方には荷が重いです」

「何ですって!?」

 

栗色の髪と瞳をしたかわいらしい少女と軽口を交わすセシル。その少女に見覚えがあったのか、エイナはハッとする。

 

「level 3の───」

「はい、私がいるのなら、これが参加してもいいでしょう?」

「これって言うな!」

 

こちらをじっと見つめて、参加させろという強い意志をむき出しにする。エイナはその気迫に押され「は、はい!」と半ば強引にOKさせられてしまった。

 

「だ、そうです。……それで?貴方の行きたい所は?」

 

少女はこちらを見た。セシルが行きたいところ、そんなの話を聞いた時から決まっている。自分よりも強いくせに、ダンジョンにだって潜ろうとしない先輩のところだ。

 

「勿論、ア(・)ス(・)ト(・)レ(・)ア(・)様(・)の(・)所(・)!」

 

 




あとがき

最近書いていると肋骨が痛いんですよね。歳かな。若い人が羨ましいぜ。なんてのは置いといて…………て、話したら全てがバレそうだな。
喋れねぇ……あ、pixivのプロフィールのところにお題箱作っといたんで、是非ともリクエストを置いといてくだせぇ。(送ってくれた数人よ、ありがとう)

この文字量にまた戻ると思います。

それでは、また

人気投票、開催します!

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