ごめんと、ありがとうを言い合って、2人はまた手を繋いだ。その手に感じた温もりは確かなもので、変わらぬ想いを感じた。
まさに、夢のような、いや、本当に夢だったのかもしれない。そんな、ふわふわとままならない目覚めから、新しい朝が始まる。
静かな家をのそのそと動き回り、着替えを済ませ、薪は学校へ行く準備を進めた。伝え合ったからといって、何かが変わるわけじゃない。今まで当たり前だったことが特別になることがあるように、特別が当たり前になることだってある。
だから、響いたインターホンの音に、彼は少し驚いた。
「……まさかな」
昨日の今日。
約束なんてしていない。
だと言うのに、なんとなくそんな予感がした。玄関の先にいる彼女のーー燈の顔が、自然と頭に浮かぶ。
『はい、小梅ですけど』
『あっ……薪、くん。おはよう。……学校、途中まで、一緒に……行かない?』
『……いいよ。ちょっと待っててくれ、朝飯、すぐ食べちゃうから』
『うんっ。待ってる……』
嬉しそうに微笑んだ燈に急かされるように、薪は買い置きの惣菜パンを口に詰め込んで、牛乳で流し込む。焦らなくても、彼女は怒ったりしないのに、彼は駆け足で荷物を持って玄関に向かう。
求められたからではなく、自分がしたいから。自分がそう思ったから、体を動かす。ほんのちょっとだけ軽くなった心と、灰から蘇った火種が動力となり、軽快に歩を進ませる。
「おはよ、燈」
「おはよう、薪くん。ふふっ……唇に、ソース付いてる」
「マジか……ありがと。電車乗る前で助かった」
「どう、いたしまして……」
「ん……じゃ、行くか」
話すことなんて、いくらでもあった。お互い言えてないことも、抱えてきたことも、色々あった。だけれど、雲ひとつない、晴れた日の朝だから。2人は、いつも通り、他愛ない話をして、学校への道を歩いていく。
何回か薪が話したら、相槌を打っていた燈の心に火がつき話題が転がって、それでまた、薪が違う話をして。正直、傍から聞けば、テキトーで、脈絡のない会話だ。
お互いが自分の話をして、片方が相槌を打つ。変な関係。けれど、薪と燈はそれで成立していた。もっとも、実際に細かく話を分解すれば、彼は彼女が興味を持つ話しかしていなくて、興味に食いついた彼女が早口で捲したてる、一方的なお喋りだ。
昔から続く、許容と感性のバランス。
それが、あの一幕を終えて、ある意味、より遠慮のない組み合わせになったとも言える。
迷うことを決めた。
迷っても進むと決めた。
不安で、寂しい道のりだとしても、隣に誰かがいるなら。あなたがいるなら、まぁ、いいか。薪はそう、思えるようになった。
伝えるべき言葉も、伝えたい言葉も、欲しい言葉も、なにもわからなくても。隣にいて欲しいと、言われたから。
誠実にそれに答えるために、覚悟を決める。
幼馴染みで終わらせない、終わりたくないから。
「帰り。今日もバンドの練習、あるんだよな?」
「え……う、うん、あるよ」
「俺もさ、バイトあるから。迎えに行くよ。スタジオまで」
「いいの……? 遅くなっちゃう……よ?」
「いいんだよ。それに、ほら。夜遅いと危ないしな。知らない所で転ばれても、助けられないし」
「……ありがと。なら、スタジオの前で……待ってる、から」
「了解。行く前に連絡する」
夜に、答えを。
あの日、月が、星が照らした彼女を、今度は自分が照らせるように。
◇
月が登る頃。
粘りに粘った立希の誘いをやんわりと断り、燈は薪と一緒に夜道を歩いていた。
静かだった。
珍しく自分から喋る燈と、それに応える薪、という構図。朝の談笑はどこへやら、という空気だ。ただ、付き合いの長い彼女だからこそ、わかることもある。
それは、薪の纏う雰囲気が真剣で、大切なことを考えているということ。
徐々に、徐々に、分かれ道に近づいて行く。燈は、待つばかりで、声をかけることはしない。したく、ない。いつも、彼が自分の言葉を待ってくれるように、彼女も薪の言葉を待つ。
分かれ道も、過ぎた。
2人を分かつ歩道橋も、半分を超えそうになったその時、彼の手が、燈の手を握った。力強く、温かく。
「……燈」
「……うん」
「ちゃんと、言葉で伝えなきゃって、思ってて、さ。どう言おうかとか、考えてたんだ。でもさ、洒落たこととか言っても、なんか違う気がして。……だから、お前を見習って、真っ直ぐ言おうと思う」
「……聞かせて、欲しいな。薪くんの、言葉で」
見つめ合って。
手を握って。
息を、飲む。
今まで感じたことのある緊張とは、また別の感覚。だとしても、それが、言葉にしない理由にはなりはしないから。
「俺は、燈のことが好きだ。この先のことは、わからない……もしかしたら、言葉を間違えるかもしれないけど、それでも、お前の隣に居たい。隣で、一緒に歩いていきたい。幼馴染みとしても……恋人としても」
「私、も。私も……薪くんのこと、好き、だよ。だから……こちらこそ、よろしく、お願いします……」
「ーーははっ。お互いかしこまって、変な感じになっちゃったな……」
「……でも、想いは、同じ。でしょ?」
「……だな。……えっと、じゃあ、これからもよろしく、燈」
「うん。薪、くん」
一歩。踏み出した燈の顔が、そっと近付いてくる。予想外の反応に戸惑う薪を他所に、彼女はそっと頬に口付けをして、はにかんだ。
「……夜の電話、忘れないで、ね」
交際一日目。
薪にとって、男子高校生としての自分との、理性と欲の戦いが幕を開けた。
溶けていく理性が、何日持ったかは、誰にもわからない。
スベランカーさん、☆9評価
タイヨーさん、☆6評価ありがとうございます!
今回の話で一区切りとなりますが、熱次第でお付き合いしたあとの話が続いたり続かなかったり……
────────────────────────
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想や評価にここ好き、お気に入り登録もお待ちしております!