歌を失った彼女のことを、私は時折思い出す。

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桜花爛漫

 

 

 音楽というモノに興味を持ったのは、小学生の時だった。

 

『くーるーくーるーまーわーるー♪ おーそーらーのーほーしーはー♪』

 

 それまで私にとっての音楽は、授業でやらされたり、行事で歌わされるイヤなものだった。

 他の子より低い声が晒されるのもイヤだったし、何がイイのか全然わからない。なのに、彼女は違った。

 

『うたうのって、たのしい! どきどききらきらーって、ホシノコドウが聞こえてくるの!』

 

 なんでもない日々のことだって、彼女の歌で彩られていく。私の心に声が、音が満ちていく。

 

 音楽って、素敵だ。歌って、最高だ。

 でもそんな日々は、長くは続かなかった。音を立てて──いや、()()()()()崩れていった。

 

 

 *

 

 

「──ちょっと、聞いてんの?」

 

 耳元で聞こえた声に、ハッと目を覚ます。

 どうやら夢を見ていたらしい。昨日徹夜でギターを触っていたせいだろう。授業中に寝た程度では、睡眠時間は取り返せなかったようだ。

 

「あー、ごめん。何の話だっけ?」

 

「次のライブの曲の話に決まってるでしょ! 時間ないから今日中に決めないと!」

 

 ここは放課後の教室。集まっているのは、ウチのガールズバンドのメンバー。

 よく行くハコの定期ライブに急遽空きが出来たらしく、よかったらどうか、と声をかけられたのだ。お調子者のボーカル担当が二つ返事で頷いたものの、本番まではあと数日しかなく、時間が差し迫っているというのが現状だった。

 

「あと三日じゃ、どう足掻いてもオリジナルは無理でしょ〜? となるとコピーだよね〜?」

 

「完成度を考えると、既に弾ける曲やるのがいいわよね? 曇天とか?」

 

「だったらシュガビタ叩きたい〜」

 

「邦ロックよりボカロがイイ!!」

 

 毎度の事ながら全員我が強い。邦ロックアニソンボカロと基本ジャンルがバラバラだし。まあ最低限バンドとしてやれる曲選しかしないから、そこは信用してるけど。

 

「ハイハイ。じゃあもうクジで決めよ? それが早いから。各自やりたい曲教えて」

 

 アプリを活用して、それぞれやりたい曲を書いたクジを電子の箱にぶち込んでいく。ベース、ドラム、ギタボの物を一曲ずつ入れたところで、「あんたの分は?」と聞かれた。

 

「私は何やっても楽しいからな」

 

「ウソつき、絶対やりたいのあるクセに」

 

「…………」

 

 そりゃあ、やりたい曲くらいある。

 でもマイナー寄りだし、自分の趣味にみんなを付き合わせるくらいなら、私が我慢した方が楽かなって。

 

「そんなの気にしなくていいよ〜、みんな好きな曲出してるんだから。それに、合わせるのキッカケでその曲気に入るかもしれないしさ〜」

 

「そもそも当たるかどうかわかんないしね!」

 

「……じゃあ、まあ、一応」

 

 確率は四分の一だ。書いたところで当たる方が珍しいけど、やれるならやっといた方がいい。

 歌いたい曲は歌った方がいいし、弾きたい曲は弾いた方がいい。()()()()()()()()()

 

 

 この曲を選んだのはたぶん、先程見た、幼い頃の夢を思い出していたからだと思う。

 

 

 だから──なんというか、まあ。

 簡素な演出と共に、箱の中から私の曲が選ばれた時、運命というものを感じなかったといえば、ウソになる。

 

 

 

 *

 

 

 

『────でした。ありがとうございましたー!』

 

 前のバンドが歓声と共に裏へ引っ込んでくる。お疲れ様ですと挨拶を交わして、ライブ前の程良い緊張感を感じながらメンバーと顔を見合せて、光の方へと向かう。

 

『こんばんは! 飛び込み参加のピンチヒッターでーす! カバーやります! 名前は覚えなくていいから演奏だけ覚えて帰ってね!!』

 

 ピックを構えたのに対して、ちょっと、とベースがギタボの背中を小突いた。忘れてたと舌を出して、マイクを握り直す。

 

『それじゃ聴いてください──歌う睡蓮!』

 

 ドラムの入りを聴いてから、クリーンで透明感のあるフレーズをなぞり、マルチエフェクターのペダルを踏んで前奏のリフに入る。

 勢いのあるスライドとビブラート、滑らかなハンマリング・プリング。コーラスをかけたソレは、まるで歌っているような美しさで、自然と感情が乗る。

 

 

 

『「夕暮れの校舎裏側」』

 

 ──Aメロに入ったところで、私は彼女のことを考えていた。

 この前夢で見た、小学生の時一緒だった子。

 

『「僕は一人そこで惑ってた」』

 

 ──彼女は目立つタイプじゃなかった。元気な子ではあったけど、別に同じグループじゃなかったしお互い遠巻きに見ている程度だった。

 

『「ただ」』

 

 ──その印象が変わったのは、ある年の夏休みが空けた時。

 放課後。委員会の活動があって、帰るのが遅くなった日。玄関を出て裏門に回った時、どこからか聞き慣れない音が聞こえた。

 なんとなくその正体が気になって、音の方へと近づいていく。すると、西日に照らされる中で、彼女は。

 

『「彼女は歌っていた」』

 

 サビ前の弾むように軽快なフレーズをこなしてから、勢いよくペダルを踏む。

 

『「掠れるセイレーン まるで映画みたいな原風景には 歌を歌ってる君と三半規管」』

 

 オーバードライブで程よく歪んだ、震えるようなハイトーンフレーズ。

 

『「揺さぶる酩酊 心臓に杭を打たれたような彩度の 彼女の声だけ耳に残って揺れた」』

 

 それがディレイで反響して、味のあるリフレインになる。

 

「『ららら』」

 

 ずんずんと重いバッキングの音。それに掠れるような高音のボーカルが重なり、素敵なアンサンブルが生まれる。

 

 1番アウトロのチョーキング連打を終えて、私はまたあの子のことを考えていた。

 

『「あの日あの時校舎裏で耳にした君の」』

 

 ──彼女の声に、私は気づけば聞き入っていて。

 立ち尽くしていた私に気がついた彼女は、驚いたような、照れたような顔をしてから、「歌って、ドキドキキラキラしてサイコー!」と花が咲いたみたいに笑って。

 彼女に勧められるうちに、いつの間にか私も歌っていて。それが楽しくなっていて。

 

『「ただの歌声が頭引っ掻いている」』

 

 ──でも、二人きりのコンサートは長くは続かなかった。

 いつの間にか、彼女の歌は、クラスの男子に揶揄われるようになっていて。

 歌う姿を真似されるうちに、彼女の声も、性格も、か細く消えそうなモノに変わっていって。

 

『「僕は君の歌う姿を白い絵の具で キャンバスに載せようとするだけ」』

 

 ──遂に限界を迎えた彼女が泣き出して。学級会が開かれて。

 庇う女子と面白がる男子の対立の間に挟まれて。「歌」について、好きなら一緒に歌えばいいなんて、そんな軽率で軽薄な軽口に晒されて。

 

 彼女は。

 

 

『「ららら」』

 

 

「わたしは、歌なんて好きじゃないです」

 ──間奏が終わる。

 

 

『「掠れるセイレーン まるで映画みたいな原風景には」』

 

 

 歌わなく──歌えなくなってから、彼女との交流は、あの夕暮れの前まで戻ってしまった。

 どうしても、声をかけることができなかった。私の存在が。歌を好きになってしまった私の存在が、彼女のノイズになってしまったら嫌だったから。

 

 

『「歌を歌ってる君と三半規管」』

 

 

 ──そのまま没交渉で卒業して、中学は別々の所に行った。だから、彼女がいまどうしているのかはわからない。

 

 

『「揺さぶる酩酊 心臓に杭を打たれたような彩度の」』

 

 

 私は、中学で軽音部に入った。リードギターとして入ったのは結局、歌が向いていなかったというのもあるけど──何よりも。

 

 

『「彼女の声だけ 耳に残って揺れた」』

 

 

 ──卒業式の日。式の中で、『旅立ちの日に』を歌う彼女が。

 口を震わせて泣いていたあの感情を、私が代弁する方法は、コレしかなかったから。

 

 

『「掠れるセイレーン、掠れるセイレーン」』

 

 

 前奏と同じリフを、前奏以上の感情を込めて弾く。四小節繰り返して、三音弾いて〆。

 

 

『ありがとうございました〜! また遊びにきまーす!』

 

 

 拍手に見送られながら、裏へと撤収する。

 未だ残る興奮と、解けた緊張で、心臓が早鐘を打っている。余韻に浸りながら、思ってたより客席の反応がよくて安心したってのと。何より、メンバーに感謝だなと思った。

 

「みんな──ありがとね」

 

「楽しかったわ、またなんかいい曲投げてよね!」

 

「考えとく」

 

 楽屋まで続く薄暗い階段を下りながら雑談していくと、向かいから足音が聞こえた。恐らく、次のバンドだろう。

 

「お、おおお疲れさまです! とても良い音色だったっす!」

 

「大変グッドな演奏だったでゴザル」

 

「うん、なんていうか心に響く演奏だったね」

 

「……お……疲れ様です……」

 

 なんというか濃いメンツのバンドに、まあ人のことは言えないかと苦笑いしながらありがとうと返して、そして。

 

「すっごい素敵な曲と演奏だった! 私たちも、それに負けないような音楽(キズナ)を奏でるから──見ててね!」

 

「うん……絶対見てるから」

 

 ああ──よかった。もう彼女は、自分の声で歌えるんだ。

 花が咲くみたいに笑ってから、彼女たちは光の方へと向かっていった。

 アンタが他のバンドと話すのは珍しいね、なんて不思議そうに見つめるメンバーを小突いて。一秒も見逃したくないから、急いで楽屋に戻る。少しして、キラキラドキドキするような元気いっぱいの歌声が、ライブハウス中に響いた。

 

 

 

 

 


使用楽曲コード:14927926,71254391,N00570140

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