第三魔界を訪れたドクター・アリンスが少年魔人を拾うお話です。
本編のネタバレあります。

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オンジン

 その日、ドクター・アリンスは第三魔界を訪れていた。

「相変わらず、荒んでいるねえ」

 大魔界の最上層に位置するこの第三魔界は、とりわけ治安が悪く、文明レベルも低い。

 鼻腔を刺激するよどんだ空気に眉を顰めて、アリンスは護衛の憲兵を数名引き連れて街を歩いていた。

 住民達の視線を集めながら向かった先は、この街最大の卸売市場である。

「まったく。なんだって私がこんなことを」

 大魔王ダーブラのお抱え研究者として魔王城に研究施設を構える彼女が、第一魔界からこの第三魔界までわざわざ足を運んだのには理由がある。

 彼女の目的は研究素材の仕入れ。平たく言えば買い物だ。

 この第三魔界でしか採取できない鉱物が、今度の研究に必要なのだ。

 以前、憲兵におつかいを命じたところ、まったく違うものを持ち帰った事がある。

 それ以来、実験素材の収集には彼女自ら動くことにしているのであった。

「もっと使える部下がいれば、余計な手間が省けるんだけどねえ」

 アリンスがあからさまな皮肉を口走るも、周りの憲兵達は何食わぬ顔で談笑している。

 護衛の任務中であるにもかかわらず、呑気な雑談に興じる役立たず達にため息をこぼし、アリンスは目的の鉱物を探して市場を散策していく。

 

 

 

 程なくしてアリンスが目的のものを無事購入し、憲兵達に両手いっぱいに持たせて帰路へ着こうとしたその時である。

 広い市場が喧騒に包まれた。

「何事だい?」

 アリンスが店主に尋ねる。

「いつもの悪ガキですよ。この辺に住み着いたみなしごで、毎度毎度盗みを働いてる困った奴でさァ」

 治安の悪いこの辺りでは珍しくない話である。

 店主が話し終える頃には、噂の悪ガキがこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 小汚い身なりをした、青い肌の魔人の子だ。

 手には盗んだ食料を抱えている。

 数人の大人に追い回され、あと少しで捕まろうかというところで、少年は荷物を抱えた憲兵の足元へと滑り込み、すれ違いざまに憲兵が腰に下げた銃を掠め取ると、追いかけてくる大人達に銃口を突き付けた。

「うげっ!?」

 銃口を向けられ、立ち止まる大人の魔人達。

 さすがの大人達も銃の前では迂闊に動けない。

 が、憲兵達はその限りではなかった。

「こぉのガキ! そいつを返さねえか!」

 銃を盗まれるという失態を演じ、頭に血が上った憲兵達が荷物を放り出して少年魔人を取り囲む。

 いかに銃を手にしたとはいえ、所詮は子供。周りを囲まれてしまってはお手上げであろう。

 万事休すか。少年の顔が険しくなる。

「おやめ!」

 憲兵を搔き分けて少年の前に現れたのはアリンスだった。

 少年が構える銃を意に介さず、彼の前で立ち止まったアリンスは銃身上部にそっと手を添えると、ゆっくり銃を下ろさせた。

「いい子だ」

 大人しく従う少年に目を細めて笑いかけると、アリンスは市場の大人達に振り返った。

「代金は私が肩代わりしようじゃないか。これだけあれば足りるだろう?」

 皮袋から通貨を数枚取り出し、彼らに手渡した。

「あ、あのー……」

「まだ何かあるのかい?」

「足りません。その、今までの分も……」

 へへへ、と申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら頭を掻く彼らに、アリンスはため息を一つこぼして、

「……好きなだけ持ってきな」

 革袋ごと投げて渡した。

 奪い合うように革袋に群がる大人達を尻目に、アリンスは少年へと振り返った。 

「さて、坊や。何故お前を助けたか、わかるかい?」

「…………」

 無言で首を横に振る少年にアリンスは歩み寄り、顎に手を添えて上を向かせた。

「お前を買ったのさ。私がね」

 アリンスの目が妖しく光る。

 先程の身のこなし。肝も据わっていて、判断力も悪くない。入念に仕込めば使い物になるかもしれない。

 ちょうど使える部下が欲しかったところである。胸に秘めた野望を叶える為に、秘密裏に動かすことのできる人材が。

「坊や、名前は?」

「……グロリオ」

 言葉少なにそう名乗った魔人の子にアリンスは満足げに微笑みかける。

「ついてらっしゃい、グロリオ。今よりずっといい暮らしを約束するわ。ただし―――」

 少年の顎から手を離し、その横を通り過ぎるとアリンスは彼に背を向けたまま言葉を続けた。

「私の役に立ちなさい。そうすればお前に居場所を与えてあげる。せいぜい捨てられないよう励むんだね」

「……はいっ」

 少年はその後ろ姿を追って駆け出した。

 

 やがて彼がこの大魔界の未来を左右する選択を迫られる日が来ることを、今はまだ誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

「―――ということがあったのさ」

 そう言ってドクター・アリンスは話を締め括った。

 彼女が柄にもなく思い出話を語ったのは、グロリオのことを魔人クウに聞かれたからである。

 魔王城の玉座の間にて、ご丁寧に映像付きの上映会で語られた昔話は、玉座に座るクウにはすこぶる反響が良かったようだ。

 玉座から飛び降りたクウは、無邪気に目を輝かせてアリンスに詰め寄った。

「つまり! グロリオ大臣はオレ達の先輩ということですね!」

「まあ、そんなところだね。それをあの恩知らず……!」

 そんなクウとは正反対に、アリンスはご機嫌斜めであった。

 ドラゴンボールで願いを叶え、野望の成就まで後一歩というところで台無しにされたのだ。今思い出しても腹立たしい限りである。

「まあいいじゃないですか。結果オーライだったわけだし! なっ、ドゥー?」

「Zzz……、ドゥー……」

 同意を求められたドゥーはというと、アリンスが話し始めてすぐに眠ってしまったようで、鼻ちょうちんを膨らませながら返事をした。

「まったく。気楽なもんだね」

 そんな二人の様子に呆れるアリンス。

 誰が想像したであろう。この魔人クウが、よもや大魔界の王になろうとは。

 先代大魔王ことキング・ゴマーを孫悟空と共に討伐した功労者として、彼が次の大魔王と認められたのはつい先日のことだ。

 生みの親であるドクター・アリンスを副大魔王に、兄弟である魔人ドゥーをはじめ共に戦った勇気ある者達を大臣に任命し、大魔界は新たな一歩を踏み出したのである。

「こんなことになるなんて。本当、わからないものだね」

 思い描いた筋書きとはだいぶ違う結果となった現状に、しかしアリンスは満更でもない様子で苦笑いを浮かべる。

 その時である。玉座の間にグロリオが帰還したのは。

「ただいま戻りました」

 悟空達を外の世界に送り届けてきたグロリオに、クウは大魔王の証とも言える白いマントを翻して飛びついた。

「おかえりなさい、グロリオ先輩!」

「先輩……?」

 聞き慣れないフレーズに困惑顔のグロリオ。しかし、そんな彼の反応にもお構いなしに、クウは更に距離を詰めてくる。

「先輩も色々と苦労されたんですね。何でも言ってください! オレでよければ力になりますよ!」

「何を話したんですか?」

 堪らずグロリオはアリンスの方に顔を向けて問いかけた。

「昔話をちょっとね。いいじゃないか、減るもんじゃあるまいし」

「それは、まあ。そうですが……」

 言葉を濁すグロリオ。

 本人のあずかり知らぬところで過去をほじくり返されるのは、あまりいい気のするものではない。

 それを察してか、アリンスは意地悪そうに目を細めた。

「おや、気を悪くしたのかい? これで少しは私の溜飲も下がるというものね」

「あ、やっぱまだ根に持ってるんスね」

 嗜虐的に笑うアリンスへと、クウが引き気味になりながら視線を送る。

「当たり前だろう? 本当なら副大魔王権限でもう一度クビにしてやりたいくらいだ」

 大魔王となったクウが大臣に任命した為に、グロリオは再びアリンスの下で働くこととなったのである。

 そうでもなければこうしてここに戻ってくることもなかっただろう。

「……仰る通りです」

 恩人から裏切り行為を蒸し返され、返す言葉もないとばかりにしゅんとするグロリオ。

 目に見えて落ち込むグロリオに対し、つんけんしていたアリンスは腕組みしながらそっぽを向き、

「ばか。冗談だ。いちいち真に受けるんじゃない」

 目を閉じながら鼻を鳴らした。

「……えぇ、はあ……」

 しかし、それでもグロリオはどこか心ここに在らずといった様子である。

 彼の気が沈んでいるのは、何もアリンスに皮肉を言われたからではない。

 共に旅をし、友情を育んだ仲間達との別れを経験したばかりだ。

 ある種の喪失感、胸に穴が開いたようなノスタルジーな気分になるのも無理からぬことだろう。

 そんなグロリオの心境を知ってか知らずか、クウは満開の笑顔で彼の両手を取った。

「とにかく、これで仲直りということで! グロリオ先輩! これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね!」

 屈託のない笑顔を向けられ、グロリオは呆気にとられたように答える。

「こんなに腰の低い大魔王は前代未聞だな」

「いやあ、それほどでも」

 照れて頭を掻くキング・クウ。

「褒めてない―――でもないか」

 誰に対しても分け隔てのない人当たりのよさは、大魔王のイメージには程遠い。

 そんな彼が治める大魔界なら、きっと誰も見たことがないような面白おかしい世界へと向かっていくだろう。

「ほらっ、ドゥー。お前もきちんと挨拶しろよ」

 クウは白いマントを翻し、未だに眠りこけるドゥーへと駆け寄ると、その腕を肘で小突いた。

 鼻ちょうちんが小気味よい音を立てて割れ、目覚めたドゥーは大きなあくびをする。

「ふァ~……、オッス、ゴリロー!」

「―――っ」

 ドゥーの呼び間違いに、グロリオは不意打ちを食らったように一瞬目を丸くして、

「グロリオだ」

 微かに笑いながら訂正するのであった。

 

 そんな彼らの様子を少し離れたところから眺めるアリンス。

「今日も気持ちが悪いくらい平和だねえ」

 魔界とは似つかわしくない穏やかな光景に、やれやれとため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 おしまい

 

 

 

 

 




あとがき


 ドラゴンボールDAIMAの補完的なお話でした。

 主に、グロリオとアリンス様の出会い、グロリオにブツクサ言うアリンス様、悟空達と別れた後のしんみりグロリオ、それを元気づけるアリンスファミリーがやりたかっただけです。
 グロリオとアリンス様の関係性は本編でもっと掘り下げてほしかったところです。

 感想など貰えたらやる気に繋がります。ではまた。

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