チュンチュンとスズメが鳴いて…あっ食われた!まあいい朝だ
「スザクぺってしなさいぺって!」
鳶近くの大きさになっているデス・ザークを回収しスズメをゴミ箱に捨てガラス越しに外の桜を見やる。
「いやはや、綺麗だね、快晴、満開、百部咲き?入学式って感じ」
(ええ!気持ちのいい朝日ですね!)
するとガラガラと、教室の扉が開く、そこには寝袋を持って充血した目の男が、入ってくる。
「あれ、不審者?ヒーロー呼んだほうがよさげ?」
(何ですか?浮浪者じゃないですか、通報しましょう!通報!)
「はぁ、やめろ、俺は教師だ通報するな…何でこんな早くに来てるんだ。」
「いや~教師か…本当?浮浪者みたいだよ?まぁいいんだけどさ…いやね、その〜家居づらくてさ、多分聞いてるでしょ?この子達と遊ぶほうが楽しいしね。」
「はぁ、あの人も言ってたな…俺は寝るから俺の事他のやつにバラすなよ。」
釘しれちった、全員にバラしてやろうと思ったのに、朱雀と話してるか〜
そこから何ともない会話をしていると、教室の奥から小さな寝息が聞こえてきた。
「……先生、本当に寝たよ」
(寝ると言っていましたからね)
「真面目だなぁ」
(どこがですか?)
「だってちゃんと宣言通り寝たじゃん」
私はそう言いながら、寝袋に包まった相澤先生を眺めていた。
教師というものはもっとこう、朝から元気に「おはよう諸君!」とか言いながら入ってくるものだと思っていたけれど、現実はどうやら違うらしい。
「ねぇスザク」
(はい?)
「雄英ってこんな感じなのかな?」
(さあ? 私は高等学校というものを知りませんので)
「だよねぇ、私も……千重も起きないねぇ」
(昨日遅くまで色々取り込んでいましたからね)
私の足元には、小さな竜のような姿になった千重が丸まって眠っていた。身体のあちこちに取り込んだものの名残が浮かんでは消えているけれど、本人はそんなことなど気にもせず、すやすやと眠っている。
「まあ、学校始まるまで寝かせとこ」
(そうですね)
(母さん)
「ん?」
(学校生活、始まりましたね)
「うん」
私は窓の外を見る。
桜は満開で、雲一つない青空が広がっている。
「……入学式って感じだね」
(はい。とても綺麗です)
そんな話をしていると、教室の扉がガラリと開いた。
「おはようございま――」
入ってきた男子生徒が、こちらを見て止まった。
「……」
「……」
「……なんだこれ」
「おはよ〜」
「いや、おはよじゃなくて」
男子生徒の視線が私の足元へ向かう。
そこには、丸まって寝ている千重がいた。
「それ……何?」
「私の個性」
「…………は?」
「私の個性」
(母さん、説明が足りていませんよ)
「ん〜……そう?」
男子生徒は困惑したように頭を掻いた。
「えーっと……その、個性って何?」
「……」
なんとも言えない沈黙が流れる。
「まあ、細かいことは気にしなくていいよ」
「いや気になるだろ普通!」
男子生徒が思わず声を上げる。
「ははは、元気だねぇ」
「元気とかじゃねぇよ!」
(母さん、この方は随分と面白い方ですね)
「だね〜」
「お前、俺のこと何だと思ってんの!?」
「面白い人」
「初対面でそれ!?」
男子生徒はしばらく頭を抱えていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……瀬呂。瀬呂範太」
「白鳳無月。よろしくね、瀬呂くん」
「おう……よろしく」
瀬呂はそう言って、自分の席へ向かっていく。
その途中で、もう一度だけ千重を振り返った。
「……本当に個性?」
「うん」
「そっか……」
納得したのかしていないのか、微妙な顔をしながら席へ座った。
瀬呂くんが席に着いたあとも、教室には少しずつ生徒が集まり始めていた。扉が開くたびに新しい顔が現れ、まだ始業前だというのに、教室の空気は少しずつ賑やかなものへと変わっていく。
私は自分の席に座ったまま、窓の外を眺めていた。満開の桜が風に揺れ、時折花びらが窓の向こうを横切っていく。
「それにしても、入試のときも思ったけど変わった個性だよな」
瀬呂くんは席に座ったまま、こちらへ身体を向けていた。どうやらさっきの話が気になっていたらしい。
「そう?」
「だって自分の周りに色々出してたじゃん。あれ全部自分で操ってんの?」
「ううん。みんな自分で考えて動いてるよ」
私は特に隠すこともなく答える。魔導具たちは私の命令だけで動く存在ではないし、それぞれがそれぞれの意思を持っているのだ。
「へえ……じゃあ結構自由なんだな」
「そうだね〜。だから私はお願いするだけ」
(命令ではなくお願いです!)
頭の中から朱雀の声が響いた。どうやらこの辺りの表現にはこだわりがあるらしい。
「……なんか、個性っていうよりペットみたいだな」
「まあ、そんな感じかも」
私はそう答えながら、なんとなく足元を見る。そこでは千重が丸まったまま、未だに気持ちよさそうな寝息を立てていた。
ペットと言われれば、まあ近いところもあるのかもしれない。少なくとも、私にとってこの子たちと一緒にいることは、それくらい自然なことだった。
そんな話をしていると、再び教室の扉が開いた。
「おはようございます!」
今度は随分と大きな声だった。
反射的にそちらへ顔を向ける。入ってきたのは、眼鏡を掛けた男子生徒だった。
背筋はぴんと伸びていて、歩き方まで妙にきっちりしている。制服の着こなしにも乱れがなく、さっきまで瀬呂くんと話していた空気とはまるで違っていた。
「おはよ〜」
「おはようございます!」
こちらへ向かって深々と頭を下げる。
「飯田天哉と申します!」
名乗り方まで妙にしっかりしていた。私は少しだけ目を丸くしたものの、すぐに笑って返す。
「白鳳無月です。よろしくね」
「ああ!よろしく頼む!」
なんというか、声が大きい。
(随分と元気な方ですね)
「そうだねぇ」
「……?」
「いや、なんでもないよ」
飯田くんは少し不思議そうにこちらを見ていたけれど、すぐに視線を私の腕へ向けた。
正確には、腕に抱えられた千重へ向けている。
「ところで、その方は?」
千重はその視線にも気付かず、私の腕の中で眠ったままだった。
「千重。私の個性だよ」
「個性……?」
「うん」
飯田くんは千重をじっと見つめている。しばらく考えるような間があったが、やがて納得したように頷いた。
「なるほど!」
それだけだった。
私は少し意外に思った。もっと色々聞かれるものだと思っていたけれど、どうやら飯田くんは説明を聞けばそれで納得できるタイプらしい。
「それでは、白鳳さん!」
「ん?」
「先ほどそこの瀬呂くんと話しているのが聞こえたのだが、入試で凄く活躍したんだな!」
飯田くんはそう言いながら、こちらへ少し身を乗り出した。入試の話になると、先ほど以上に目が輝いているように見える。
「まあ、それなりに?」
「凄いんだな! 俺は入試で自分の力を出し切れたとは思えない、まだまだ鍛錬が必要だ!」
勢いのある言葉が次々と飛んでくる。
「真面目だねぇ」
「ああ!」
即答だった。
「雄英高校に入学した以上、立派なヒーローになるために日々努力するのは当然のこと!」
その言葉を聞いて、私は少しだけ考えた。
雄英高校。
ヒーロー。
私はそのどちらにも、世間一般の受験生ほど強い憧れを持ってはいない。
それでも、ここへ来た理由ならちゃんとある。普通に暮らせる場所を作るために、私はここへ来たのだ。
「そっかぁ」
私はそれ以上深く考えるのをやめる。今はまだ入学したばかりなのだから、そんなことを急いで決める必要もない。
「じゃあ飯田くんは、ヒーローになりたいんだね」
「ああ! そのためにこの3年、全力を尽くす!」
「そっか。頑張ってね」
「白鳳くんも一緒に頑張ろう!」
「うん。まあ、私も頑張るよ」
飯田くんは満足そうに頷いた。
その様子を見ながら、私はなんとなく瀬呂くんの方へ目を向ける。瀬呂くんは少し離れたところからこちらを眺めていたが、私と目が合うと、何とも言えない顔をしていた。
まあ、入学初日なんてこんなものなのだろう。
さらに少し経った頃に頭が爆裂した金髪の男がドンッと勢い良く扉を空けムスッとした顔のまま机に足をかけていると突然
「はー!! てめえ、今なんて言ったんだ?!」
爆発したかのような怒声が聞こえてきた。
嫌いなんだよな〜、ああいう人間。
「机に足を乗せるんじゃない! 雄英の先輩方や机の製作者に申し訳ないと思わないのか!?」
咎めているのは、さっき話していた飯田天哉くん。大変そうだな〜私だったら話しかけたりしないけど。
「思わねえよ。お前どこの学校だ?」
「僕は私立創真中学校出身、飯田天哉だ!」
「お前、クソエリートじゃねえか。ぶっ殺し甲斐がありそうだなぁ」
「ぶ、ぶっ殺し……?! 君、本当にヒーロー志望か!?」
そのとき、教室の奥から寝袋がもぞりと動いた。
「……うるさい」
「あ、先生起きた」
寝袋から顔を出した相澤先生が、目を細めながらこちらを見る。
「白鳳。お前、朝から誰と話してる」
「スザク」
「……そうか」
相澤先生はそれ以上聞かなかった。
どうやら昨日の入試映像と資料で、ある程度は把握しているらしい。
「それと、そこの寝てる奴」
「千重?」
「……知らん」
「私の個性だよ」
「そうか」
相澤先生は本当にそれ以上追及しなかった。
「お前ら、これから個性把握テストをする」
「入学式は?」
「後だ」
「また?」
「まただ」
(母さん、昨日も似たようなことを言っていませんでしたか?)
「うん。雄英って自由だねぇ」
「自由の意味を履き違えるな」
「はいはーい」
私は立ち上がり、まだ眠っている千重を抱き上げる。
「ほら千重、行くよ〜」
「……ん……」
小さな身体が腕の中でもぞりと動く。
(千重、おはようございます)
「……おはよ……」
「寝ぼけてるねぇ」
「……ねむい……」
「そりゃそうだ」
そう言って私は千重を抱えたまま、皆の後について教室を出た。
雄英高校での最初の日は、どうやら入学式から始まるわけではないらしい。
入学式のはずでは?
「まあ、楽しくなりそうだね」
(はい!)
(……私はもう一回寝たい……)
「千重はあとでね」
桜の花びらが、廊下の窓から見える青空を横切っていった。
ヌッ