「クライ様……尊い……」
私は盗聴用の宝具から聴こえる音声に、溜め息を漏らしていた。
「トレジャーハンターになろうぜ」
後に《千剣》の二つ名を授かる剣士、ルーク・サイコル様が、ワイルドに宣言なさった。
ちなみに、私は古参なので、今でも本人の希望する
最初に、後の《絶影》──リィズ・スマート様が元気よく賛同した。
続いて、《最低最……じゃなかった《最優》になる前のシトリー・スマート様、《不動不変》のアンセム・スマート様が頷く。
そして、《万象自在》として名を轟かせる事になる魔導師──ルシア・ロジェ様が、その御方に目を向けた。
後の《嘆きの亡霊》のリーダーにして、帝都有数のクラン《始まりの足跡》のマスター。
《千変万化》の二つ名で畏敬を集める事になる、彼こそが。
「うんうん、そうだね」
──クライ・アンドリヒ様。
全ての始まりの日。
そして、私は。
「クライ様……尊い……」
盗聴用の宝具から聴こえる音声に、溜め息を漏らしていた。
もう、10年以上も前の話だ。
「ますたぁに近付かないで、ストーカー」
黒革の戦闘服を着た短い黒髪の女が、冷たい声を発した。
「は?」
私はゆっくりと視線を動かす。
ここは有望な若手が多く所属するクラン──
どうやら、こんな場所にも不埒な輩がいるらしい。
クライ様をストーカーするなんて。私の矢で脳天をぶち抜いてやろうか。
「ストーカーとは穏やかじゃないですね。私の推理によると、今、私から目を逸らした数名が怪しいと思うのですが……?」
「相変わらず、イカれてやがんな《二重規範》……」
何か陰口が聴こえた気がする。私の二つ名は《二矢必中》だ。間違えるな。
「ですが、ご安心ください。クライ様の御身はこの私が、常に見守っておりますので」
この大雨の中でも、マナ・マテリアルを注ぎ込みまくった私の眼は、遠隔からの観測を容易にこなせる。
宝具も併用すれば、帝都全域が射程圏内……と言いたいところだが、まだそこまでの弓の腕はない。
同じ射手である《嵐撃》のスヴェン・アンガーも、ある時期から弓の指導をしてくれなくなったし。
お前はまず人格をどうにかしろ、だの何だのグダグダ言っていたが、私に抜かされるのが怖くなったに違いない。
まあ、それはともかく、クライ様に危害が及べば私が真っ先に気付くはずだ。
「マータ・チェイサー。そもそも、貴方は既に《始まりの足跡》から除名されてる」
「……?ええ。ですから、パーティ面接を受けに来たのですよ。ティノ・シェイド」
この子犬のような女は、ティノ・シェイド。
身の程も弁えずに、《嘆きの亡霊》入りを志願している勘違い娘だ。
クライ様に纏わり付く害虫でもある。恥を知れ、恥を。
以前から、慎ましく陰から推していきたい派の私と、推し活のマナーを理解していないティノの主張は何度も衝突していた。
そして、意見が対立した時、ハンターならばどうするか。皆は分かるかな?
「話が通じない……。もう良い。とりあえず、叩き出す。ぶち殺してから考える。お姉さまに習った」
そうだね、実力行使だね。
やはり暴力。マナ・マテリアルだけが全てを凌駕する。
「格上に挑む気概は見直しましょう。見敵必殺──」
確かに、ティノには才能がある。多分、私よりも。ハンターとして、そこは素直に認めよう。
だが、私は生粋の狩人だ。
物心付いた頃には、弓を握っていた。歴が違うんだよ、歴が。
「おいッ、どういうことだ!《嘆霊》はどこだッ!」
「うるさい」
「ですね」
「ッ!?」
タイミング悪く赤髪の少年が騒ぎ始めたが、私の矢とティノの蹴りで沈む。
おいおい、瞬殺だよ。何がしたかったんだ、少年。
少年の体から嫌な音が出た気もするが、非殺傷の矢を選んだので、死んでたらティノの責任な。
さあ、仕切り直しだ。
「千の試練で成長が加速しているようですが、まだ経験が足りません。私に本気で勝つつもりなら、せめて《絶影》の名を継いでから、ですよ」
「もう勝ったつもり?」
「ええ、貴方に見えない
私の読みでは、13手で決着。
とんでもない成長速度だな、ティノ・シェイド。私に2桁かけさせるハンターは、久し振りに見たぞ。
だが、私の眼には全てが──。
「あ、マータも来てたんだ」
「ク、クライ様ぁ!?」
ヤバい。推しとの距離が近過ぎて、心臓が停止しそう。
「隙あり」
「ぎゃんッ!」
しまった。完全にティノから目を離していた。
でも、これは仕方ないよ。クライ様を直接拝謁するよりも大切な事があるだろうか。いや、ない。
「ますたぁのおかげで、初勝利できました!」
「うんうん、そうだね……。マータ、生きてる?何か、邪魔しちゃったみたいで、ごめんね」
私は気合いを入れて飛び起きた。
「いいえ、私の事など、お気になさらないでください!私は──」
「ますたぁ。私には荷が重いです……」
《始まりの足跡》のラウンジに、数名のハンターが招集されていた。
「……遅かったな。随分、待たされたぞ!」
あ、うるさい少年。生きてたのか。良かった。
ところで、それはクライ様に向かって言ってるのか?今度こそ死にたいか?
「が、がはは……《足跡》の本部にいるなんて……ほ、本当に、嘆霊のメンバーだったんだな……」
私の記憶が正しければ、グレッグ・ザンギフ。何度か見かけた事があるベテランハンターだ。
狩人は記憶力が重要なので、一度聞いた名前は忘れない。
「レベル8って本当なの?」
明るい茶髪に大きな青い目の女が、訝しげに訊ねた。見て分からんのか、節穴が。
「あれ?マータも呼んだっけ?」
「ますたぁ。この女は呼ばなくても、用がなくても、勝手に来ます。追い出しますか?」
「んー?」
「いえ、今回は用があって参りました」
私はすかさず、自分を売り込む。
「美味しい甘味処を見付けたのですが、一人で行くのは寂しくて……。クライ様、付き合って頂けませんか?」
クライ様は素敵な笑顔を見せてくださった。
「仕方ないなぁ」
クライ様……尊い……。