なぜかって、その理由は一つ。必要がないから、だ。
その本を読んで彼女が最初に抱いたのは、同年代の子供たちとほぼ同じ感想。即ち『こんなの嘘に決まってる』という、薄笑いだった。
だってそうだろう、彼女は黴たパンをモングレルドッグと奪い合う事もRADまみれの水を口にした事も無い。道端に死体が転がっている事もなければ、ロボットを襲撃しそのパーツで武装したラストデビルの存在さえ知りはしない。そんな彼女が「危険極まりない連邦で生き抜く秘訣を記した」、とされている本に対して実感が湧くわけはない。少し街を離れたらレイダーやガンナーに拐われるとか緑肌の人喰い巨人が出るとか、そんなのは子供を脅かすための作り話だとしか思えない。大人の前では信じて怯えるふりをするが、どうせ読むならこんなのよりグロッグナック・バーバリアンやシルバー・シュラウドが読みたい。それはきっと、同じ世代なら皆が思っている事だろう。
まだローティーンの彼女は、この地の過去を知らない。240年前の全面核戦争も、そして――20年間に連邦の全てが書き換えられた事も。
それは、Vault111から始まった。
当時の連邦は、民兵団ミニッツメンがクインシーで大敗を喫し散り散りになった事で秩序を失っていた。そこへ人造人間を率いるインスティチュートの暗躍とそこから離反したレールロード、更に双方を「核に匹敵する人類の驚異」として撃滅せんとするBOSが参入して来る事で事態は泥沼化の一途を辿るばかり。
睨み合う各勢力に割って入ったのが、冷凍睡眠により時を越えて現れた彼女――人呼んで「Vaultの錬金術士」ノーラ。彼女は圧倒的な知略と武力を以て、アボミネーションが跳梁跋扈する連邦を力尽くでねじ伏せていった。単騎でも一個小隊に比肩しうる戦力と呼ばれたインスティチュートのコーサーさえ鎧袖一触し、精強で知られたスーパーミュータントの大部隊を銃一挺で殲滅する事さえ日常茶飯事。加えて連邦のあちこちに放棄されていたワークショップを使いこなし、あらゆる物品を生産してはその物量で無理を通して道理を蹴り飛ばし突き進んだ。
マイアラークの繁殖場となっていたミニッツメンの最大拠点「キャッスル」を単独で奪還して彼らの将軍になり、レールロードとBOSの間を取り持ち彼らが持つ技術を結集してインスティチュートへと侵攻。可能な限り犠牲を出さずしかし組織としてのインスティチュートを壊滅させ、連邦に平和をもたらしたのだ。
その余波でスーパーミュータントは同胞を増やす唯一の手法であるウイルスの供給源を失い、また遺伝子変異を治療し人間に戻す技術が確立された事で消滅。ガンナーやレイダーもリーダー格を悉く殺害され、統率のとれない小規模な愚連隊へと落ちていった。
連邦の復興もまた、彼女から始まっている。
200年以上前の瓦礫が今もなお積み上がり、小規模な集落さえ維持できなくなりつつあった連邦に、まず設置されたのは大量のスーパーリアクター。膨大な電力が凄まじい量の浄水器を動かし、綺麗な水は文字通り浴びる程生産されていく。次いで食糧も大量生産され、人々は汚染されていない水と食材を日常的に摂取できるようになったのだ。
そこから瓦礫が次々撤去されては新しい建物になり、また原型を留めているビルや工場は整備され息を吹き返していく。
居住地が彼女の作成したセントリーボットやアサルトロン、そして外部から流入したエンクレイヴを壊滅させて獲た技術による最新式タレットに警護された極めて安全な場所になるまでも、さして時間はかからない。
「育てるより奪う方が合理的」とまで言われた連邦の治安は劇的に安定し、生き残ったレイダーたちは生業を求めて入植し平和な人生を送っている。デスクローやヤオ・グアイ、ラッドスコルピオと言った凶悪なアボミネーションでさえ、居住地で大量生産される大型武器の前にはアッサリと駆除され、ほんの数年で連邦はボストンと呼ばれた時代を思い起こされるレベルで復興を果たした。
連邦のグレートグリーンジュエルと謳われたダイアモンドシティー周辺は煌びやかな大都会となり、汚染により死の土地だった輝きの海さえ徹底的な除染を施され居住地として今がある。アトムクレーターの住人たちはアトムの導きを求めてファーハーバーへと渡り、その土地にいたアトム急進派とファーハーバー漁民の間に入って、かの島の平穏に貢献しようと躍起になっている。
最後の懸念事項だったヌカワールドにしても、元々が統率のとれた組織だった上にノーラが乗り込んで「対話」した事で平定され、過激さがうりの大型テーマパークとして再生し、今やすっかり呑気な場所となった。
狂気も貧困も、最早過去の話。連邦は発展と未来を夢見て、今日も明日も頑張っている。子供たちに必要なのは恐怖ではなく、希望なのだから。
少し皺が増えたノーラは、今も連邦を駆け回って過ごしている。時には街の住人から愚痴も溢されるが、それを咎める事もない。平和な日々の中にいる彼ら彼女らに目を細め、にこやかに見送るだけだ。過ぎ去る人々の影に、遠い時代に失った過去を映しながら。
連邦は復興し、ここから世界にも平和は広がる。古くはワシントンDCと呼ばれたキャピタルは浄水計画の達成で既に立ち直り、BOSを通じて連邦と友好関係を繋いでいる。同じ事がよその地域と出来ない理由はない。
だが、しかし。それを成し遂げた所で、彼女が心から求めるものは二度と手に入らない。愛を紡ぎあった夫の死も、自分より歳上になった我が子を手にかけた事も、決して覆りはしないから。
だがそれでも、出来る事はある。悲劇は防げなくとも、乗り越える術は必ず見付かる。
――人は過ちを繰り返す、しかし立ち止まりはしない。覚悟ある限り。