ネームドから逃げたら三冠がいるなんて聞いてない   作:アウラセイヴァー

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この小説を投稿してから1周年を迎えました。引き続き、ご愛顧のほどよろしくお願いします。


澄み渡っても見えないな

『お前たちはダメだーっ!』

 

 テレビ画面の中から、ピコピコハンマーを手にしたスーツの男性が声を張り上げる。『プロデューサー』の肩書きを背負った司会が出演者のゆかいな仲間たちを振り回したり振り回されたりする深夜のお笑い番組で、つい最近存在を知ってから毎週のように録画をしては視聴していた。だが、のめり込むにはどうやら遅過ぎたようだ。

 

「もう最終回か。気に入ってたのにな……」

 

 目の前の液晶の向こうで告げられていたのは、番組のフィナーレの始まりだった。せっかく見つけた週イチの楽しみが消えることへ憂鬱になりながら、アルバは2週間前のある事柄を思い起こしていた。

 

『今日はシーザリオです!』

 

 それは秋華賞の前哨戦として開催された芝2000mのレース。クラフト、シーザリオ、メサイアらが激突したその戦いは、『オークス』、ひいては上半期のお返しと言わんばかりの走りを魅せたシーザリオによって制されることとなった。

 

 GIホルダーの一騎打ちの見方に待ったをかける彼女の勝利は、最後の一冠を懸けたレースへ向け大きく議論を加熱させる材料となったことだろう。

 

「それに引き換え自分は……なんて嫉妬する気にもなれないな」

 

 己の掌を意味もなく眺め回すと、結局ダービー以降なんのレースにも出ていない現状をそう自嘲した。

 すでにオープン勝利とダービー2着を擁しているために、システム上*1菊花賞は出走が確定的な領域にある。レース勘を鈍らせないように、というなら何らかの前哨戦を挟むべきなのだろうが、夏にトレーナーへ仄めかした『やりたいこと』のためには、衆目のもとで走ることを避けたかった。

 

「あと一回、あいつと戦えれば……諦めをつけられる」

 

 例の衝撃を脳裏に思い浮かべながら、迫る最後の一冠へ想いを馳せる。伝え聞く限りではトライアルとなる神戸新聞杯でも勝利をもぎ取ったという彼女が、ここまで来て無敗三冠を達成せずに終わるはずがない。ならばそこが、自分にとっての岐路となるだろう。

 

「そう、あと一回……あと一回だけ、許してほしい。トレーナー」

 

 身勝手だとは分かっているが、そう願わずはいられなかった。関係が冷えきっている自覚はあったが、かといって代わりを探すほどの大義名分はすでにない。客観的に見て、これから望む一戦は間違いなくキャリアに傷をつけるだけで終わるからだ。

 

「でも……終わったあとは、どうする?」

 

 すると突然降って湧いた疑問に、頭の中が空白で支配された。走ることをやめ、レースに関わらない道を選ぶというなら、この学園を去ることになるのだろう。ならば──。

 

『──最終回の今日はそう、我々の卒業式をプロデュース!!』

 

 まるでその道の行く末を示したかのように、テレビからコールが響き渡る。

 卒業──学園という場を離れるなら最も身近となるはずの答えだが、思えば先輩方がそれに値する何かを行っていたことはなかったような気がする。

 

 それもそのはず、この学園を去るということは大抵、トゥインクル・シリーズなりのレースシーンからドロップアウトすることを意味するからだ。

 

「となると……自主退学?」

 

 ならばと思ったままを呟くが、考えは相も変わらずまとまらない。前の人生から数えても、その選択肢を迫られたことは初めてのことだったからだ。

 

「……もっと気が重くなるな」

 

 事を起こさなければ無関係と思っていた言の葉に、心中へさらなる絶望感が降り注いだ。

 

 すべてが終わったあと、クラスの誰にも知られないタイミングで、担任の教師に相談を持ちかける必要がありそうだ。そう悟ったアルバは、頭の中で筋書きの調整を始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「はぁ……はぁ……くぅっ……はぁ……!」

 

 晴れ渡る学園のコースで、走った疲れのまま膝に手をつくクラフト。

 

「──どうした、クラフト。私を下せずして、なぜ変則三冠を奪えるというのか」

 

 彼女の隣には、チームメイトでありライバルであるシーザリオの姿もあった。クラフトよりも余裕を伺わせる声色は、先ほど隣で2000mの疾走をしていたとは思えないものだった。

 

「〜〜〜っ、もう1回!!」

 

 短く唸ると、クラフトは再走を求める。ここまでのふたりの併走では、中距離の経験値で上回るシーザリオに軍配が上がる展開がすべてを占めていたが、その差は徐々に縮まりつつあった。

 

「たぁあああああああああああああ!!」

 

 やがて仕切り直された併走──その直線で仕掛けたクラフトが吠える。

 

「仕掛けがちょっと遅い! 本番の相手はシーザリオだけじゃないんだぞ!」

 

 途中で聞こえたのは、コースの外から叫ぶトレーナーの声だった。

 

(あんまり走ってこなかった中距離……やっぱり難しい! でも──)

 

 まだ完全に2000mの走りをモノにできていない現状に歯噛みしながらも、クラフトの表情に絶望感は浮かんでいなかった。それはやはり──。

 

「はぁあああああああああ!!」

 

 ──隣を走る親友のおかげだろう。

 

 いまこの刻を仕掛けどころと捉えたらしい隣のシーザリオへ、どうにか詰め寄らんとクラフトはひた駆ける。

 

 オークスの敗北を経てのものか、心なしかさらに大きくなった気もするシーザリオの背──ライバルながら頼もしいそれを前に、クラフトは来たる秋華賞へ向け対応策を進めていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……。前走『クイーンS』では期待を裏切った……。でも次は──」

 

 日の落ちた山中で、修行を続けていたハートが独りごちる。その脳裏には、いちティアラのウマ娘として挑んだGIの記憶が次々に思い起こされていた。

 

「──待ち望んだ、クラフトと……シーザリオと、メサイアたち3人との再戦……! 『桜花賞』以来の!」

 

 特にクラフトとは、『NHKマイルC』以来の対決となる。彼女の背を追い続けてきた者としての総決算──そこに燃えずにはいられなかった。

 

「せっかく4人揃うんだもの、情けない走りはできない……絶対に」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、シャカールさん……如何、でしたでしょう……?」

 

「──如何もどうもねェだろ。ンだよ、このノイズは」

 

 コースを走り込んできたメサイアへ、パソコン片手にシャカールが呆れ顔を作る。手製のプログラム──それに頼らずとも目に見えていたが──の訴える対象の異常を突きつけずにいられるほど、彼女は甘くも薄情でもなかった。

 

「っ、ご心配をおかけして申し訳ありません。私は大丈夫ですから、今一度走りを──」

 

「──リスクとリターンが釣り合わねェな。これ以上あがけば、走りが崩れるぐらいじゃ済まねェぞ」

 

 やめておけ、と言外に告げるシャカールに対し、メサイアは思い詰めたように俯く。

 

「だが……一体、誰に何を吹き込まれた? どんな変数が入りゃ、値をこうも乱せンだか」

 

「っ、それは……」

 

 シャカールが問いかけると、『変数』と表現されたものに心当たりがあるのか、メサイアは分かりやすく狼狽えた。

 

「くる、しむ、あの人に、救済を……見せたかった、だけ、で──」

 

 焦りのような何かを滲ませる彼女の声を受け、シャカールの脳裏によぎるものがあった。

 

 ──メサイアさんから話は伺っております。私はデュアルバインダーと申す者です──

 

 一度会ったきりの顔を浮かべると、アイツか、と内心で吐き捨てたシャカール。その心境の変化に構っているのかいないのか、メサイアの狼狽は止まらない。

 

 ケッ、と吐き捨てたシャカールが、再度トレーニングの切り上げを促したのはすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 クラシックのウマ娘たちにとって節目となる最後の一冠。それぞれの想いが渦巻く神無月の花々へ、勝利の栄誉を手向けるのは──。

*1
9話の収得賞金の解説を参照




次回、秋華賞&菊花賞……をひと息に描ければいいなあ。
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