「ホシノ先輩、先生はどこに行っているの?」シロコはそう問いかけ、瞬きをしていた先輩は立ち上がり、窓を見やる。
「…もう行ったの?」と呟くホシノだが、シロコとセリカの耳に入るには充分な大きさだった。
「どこへ向かっているのでしょうか?」とアヤネは尋ねる。「シャーレで何かあったのでしょうか?」
「でもシャーレとは逆の方向でしたけど…」と指摘するノノミ。
「先生は今理事を追っている。」ホシノはそう答え、視線を盾に落とした後、決心をする。「だから追いつく前に私たちが止めないといけない。」
「いきなりどうしたの先輩?」と疑問に思うセリカ。「そんな大事みたいに言わなくても…」
「先生はね、理事を殺すつもりなんだ。」
その言葉が発せられた瞬間、空気が一瞬で凍りつく。「誇張でもなんでもなくて、本当に、殺害する気なんだ。」
少女たちの心に深々と刻み込まれた。人を殺めるのが極めて困難なこの学園都市において、殺人という行為は本来扱われるべき重さを持つ。だからこそ、"自分たち"の為にそのような行為を成そうとする先生に心強さを覚える一方で、確かな不安もあった。
だがそれでも──
「行こう。」とシロコが真っ先に口を開いた
「先生の行動は私の方で監視します。」とアヤネは自身のパソコンでタイピングし始める。
「平和ではない所から来たみたいですが…本当にそんなことを…」そう不安に思うノノミ、ホシノはただ黙り込み、その目はかつてノノミが見た時と同じように揺れていた。
「そういうのはいいから!」とセリカが叫び、すでにドアの前に立っていた。「早く行きましょ!」
全員がうなずき、動き始める。
尊敬していた、かけがえのない人を失った経験を持つホシノ。自分たちのせいでまた一人失いたくはなかった。
そして何よりも、自分一人だけで向かったところで彼を止められる自信が彼女にはなかった。
とある場所にある偽装されたオフィス内、奥に配置されたPMCのロゴ入りのデスクの前にはコーヒーテーブルと左右対称に配置された2組のソファがある。右側の窓からに差し込まれる光が、右往左往するカイザーPMC理事の姿を照らしていた。そして彼は拳を握りしめ、低く唸るように言う。「一体どこで間違えたというのだ!」デスクを激しく叩きつけ、そう叫ぶ。「あの存在と先生がいなければ…今ごろは私の手中にだというのに…!本当に何様のつもりだ!」
薄暗い空を見れば、顔はより一層険しくなり、首を振って怒りを振り払う。「畜生!楽に進むはずだったのに!今度会ったが最後、木端微塵にしてくれる!」
自分の意のままに操られる先生を想像しながら時間を過ごせば、ドアが軋みながら開く。彼が振り向けば、そこには一体のオートマタが立ち尽くしていた。「どうした?火急の件以外は邪魔するなと言ったはずだが。」
そのオートマタは何も言葉を発さず、理事が視線をそらした瞬間、オートマタがかすかに震え、一瞬だけブルースクリーンに変わる。
沈黙が漂い、理事が唸る。「何だ!」
兵士がブルースクリーンになり、腕が緩んで武器が落下する。その光景に衝撃を受けた理事は彼の背中を見れば、斧のような物体で裂かれ、火花が散っていた。
そして足元に何かが当たった感覚がし、見下ろすと赤く点滅する小さな球体が前後に動き、彼は困惑する。片足を上げ、先程感じた不安や恐怖諸共その球体を踏み潰そうとし、踏み潰した後は警備を呼ぼうとしていた。
“俺ならそうしないな。”
聞き覚えのある声と銃のセーフティが解除される音が響き渡り、理事は身を強張らせながら横を見やる。
その時、椅子にもたれかかり、足をデスクに乗せた男がいた。その目はオレンジ色に輝き、暗闇の中でもシャーレのロゴが視認できる白い銃を握り、セーフティを解除していた。そしてその手は横にあったソードオフダブルバレルショットガンへ伸ばされ、掴み取れば理事に向けた。
“いつでもそいつを爆発できるぞ。”
その男に、理事は睨み付けていた。「…先生か。」
“来たぞ。”
彼はそう答え、視線を理事に向ける。
“それじゃ、俺を木端微塵にしてみろ。”
その言葉に、理事は身じろぐ。「…どうやってここだと──」
“普通にやっただけだ。”
そう答える、彼の動きや声からは怒りが滲んでいた。
“はっきり言うと、カイザー関連の施設と支社の位置からここを特定するのはおままごとみたいなものだった。たとえ楽にいかなくても間違うことはないな。”
彼はゆっくりと立ち上がり、武器や道具等でぎっしりと詰まったバックパックを音もなく持ち上げ、デスクに足をかけ、蹴り倒す。デスクに置かれた書類は辺り一面に散らばり、彼はゆったりと前へ歩き、マテオと理事の身長差が浮き彫りになりながら、彼は理事に愉快な視線を向ける。
“さあ、動け。”
理事はただ鼻で笑った。「どの口が──」
言い終わる前に、マテオはバックアップブームスティックのバレルで殴りつけ、理事は呻き声を上げて怯む。バックアップブームスティックをホルスターに収め、理事の方へと歩み寄る。
そうして掴まれる寸前で、理事はマテオを覆い隠す程の金属製の体格を活かし、突進を仕掛けて一矢報いる。
だがマテオは胸部を殴りつけ、理事は驚きのあまりよろめきながら後ずさり、再び殴られ、頭を掴まれ、デスクへと叩きつけられ、木材が真っ二つになる程の衝撃で吹き飛ばされる。
“惨めだな。然るべき対応をされただけすぐ被害者ヅラになるとは。”
「こんなのは──」
再び、殴る。マテオの手からは痛みが駆け巡るが彼は気にしていなかった。
“まだあの子たちの借金を握っていることは分かっている。さて、これからのことを説明するぞ。”
理事の前へ屈みこみ、服を掴み、引っ張る。
彼はナイフを手に取り、理事の目に該当するパーツへ突き刺す。身をよじって悶える理事、片方の目は暗いマテオの瞳に引き込まれていた。
“もし何か、アビドスの借金をさらに悪化させるような真似をしたら、お前を殺す。”
その単語が、彼を凍りつける。恐怖が這い上がり、息が絶えながら彼はこう言う。「な、何だと…!こんな…連邦生徒会が野放しにするとでもいうのか!」
“俺を止めてくれると思っているのか?”
彼はそう問いかけ、ナイフを引き抜き蹴り飛ばし、目を抑えて転がりまわる理事の周囲を回る。
“お前の本拠地で罠にかけられ、それでもお前の部隊を壊滅させた。”
彼は顎を蹴り上げ、理事をただ悶える。
“"そんなこと"をした俺が、"そんなこと"を気にすると?”
このようなことをする彼は稀だ。
“さあ、動け。”
彼は理事の服を掴み上げ、入り口へと押し込み、同時にバックアップブームスティックを構える。
“行け!”
好機と見た理事はバックアップブームスティックの散弾を避け、駆け出す。「警備員!警報を鳴らせ!」
ただ走り続け、よろめきながら、次々と壊される警備員たちを目にしながら、ついには本館を離れる──目を見張るほどの光景が広がっていた。
誰もいなかった。人の気配も、車の動きも、何もかもなかった。空だった。それでも彼は走り続けた。「おい!何をボケっとしている!」そう怒鳴り散らして出口へと一直線に向かい、スマホを取り出して位置情報を送信するアプリを必死に操作し、救出地点へと向かう。
車が見えたところで足を緩め、中央で立ち止まる。「おい、何が──っ!?」車内を覗き込めば、兵士の顔にはブルースクリーンが表示されて彼は後ろへ身じろぐ。そして風が強まり、マテオの気配を隠す。
「ど、どうなって──!?」
ドアには銃弾の音が響き、理事は飛び退く。更にもう一発がすぐそばを掠める。更に、更に鳴り響き、じわじわと追い詰め、彼は夜の暗闇の中走り続け、迷ってしまう。
そうしてカイザーPMCの基地群が一望できる丘へ着く。だがどれも近くにある基地は全て、照明が消えていた。「これは…」
“動けとは言ったが──”
声が響き、理事の額にはレーザーが照射される。
“速く動けとは言っていない。”
先生の姿が現れる。白く塗られた旧式のボルトアクションライフルを向け、スコープは月明かりに反射され、理事は一歩退く。
その時、足元にまた何かを感じる。下を見れば、先ほどと同じ球体があり、赤く光っていた。
“ここまでついてきたか。”
微笑むマテオ。
“話が早くなるな。”
「な──何をした!」
“気持ち悪いと意思表示しただけだ。自治区を救おうとしている少女たちを脅したんだろ?卑怯だな。”
「貴様には関係ないことだ!家族でもなく、友人でもなく、ましてやキヴォトス生まれではないだろう!自分の役目に気付いていないただの子供だ!大人が操るだけの人形だ!」
マテオは何も答えなかった。口はマスクで隠されていたがその目は鋭く尖り、表情豊かで優しい先生とは似ても似つかないものだった。
ゆっくりと、ライフルをしまって基地の方へと踵を返す。
“考え抜かれた配置だ。近すぎず遠すぎない絶妙な位置を保っている。”
“おかげで良い景色が作れる。”
彼は片手を上げて、あるものを見せる。
「何を持っている?」
“脱出手段だ。煙は通信手段として何世紀にも渡って使われてきた。今必要なことは、焚き付けだ。”
彼がゆっくりと基地の方へ向き直れば、理事は悟る。
“俺は敵を作らない。犠牲者を作る。”
────カチッ。
“そのことをしっかりと覚えておいた方がいい。”
基地から背を向ければ、爆発音が次々と響き渡る。そして兵器、機器、兵士による連鎖爆発で大地が揺れ動く。まるで花火のようだったが、カイザーPMC所有のミサイルや爆発物も誘爆したため、規模は更に拡大していった。
膝から崩れ落ちる理事。マテオは爆発が続く光景を目にしながら、深く息を吸い込み、一瞬息を止めてから、満足しきった長く深いため息をつく。
“あぁ…火薬の匂いと灰、そしてこのカタルシス…”
マテオは生粋のエージェントだ。目についたものは何でも爆破する──それが優れたエージェントだ。
基地の残骸が灰となって舞い上がり、煙が信号として立ち上る様子をただ見つめる。見入っていると、独り言のように、そして理事へこうつぶやく。
“あの子たちは今のお前と似た状況に置かれている。見捨てられ、砂に埋もれて朽ちる運命だった。そしてそれをお前のような奴らが利用した。”
今まで築き上げてきたものが破壊され、放心しきった理事へ向く。エクスプローシブ追尾マインを作動して故障と偽装するのは簡単だ。ウォッチをいじるだけで全てが終わる。俺は満足し、皆はこれ以上理事を気にしなくて良くなる。
だが…
そうしない。
代わりとして、理事へと歩き、地面へ蹴り倒してバックアップブームスティックを突きつける。
“聞いてるかどうかは分からないが、もしもまたこんな真似をしたら、今度はお前の物を全て壊し尽くしてから、お前を壊す。分かったか?俺は連邦生徒会も、誰にだって止められやしない。”
一歩下がって、銃口を腕に向けてトリガーを引く。ソードオフから爆音と共に散弾が腕を破壊する。理事は惨めな声を上げるだけだった。
その様子を鼻で笑い、バックアップブームスティックをホルスターにしまい、帰路に──
見覚えのあるドローンを発見した。これはマズい。
そのドローンに目を細めてスキャナーPulseを起動する。オレンジのライトが広がると対策委員会が近づく姿が浮かび、声も聞こえる。
「あっちだよ!」とホシノが真っ先に茂みから飛び出し、シロコ、セリカ、ノノミが続く。俺の姿を確認すると足を止めた。
気まずい──全員、俺と痙攣する理事に視線を向けていた。背後には煙が立ち上っていて、恐ろしい光景だっただろう。
ホログラム姿のアヤネが現れ、皆と同様に気まずそうに体を揺らしていて、俺は腰に手を当てる。
“そうだな…”
ゆっくりと言葉を続け、煙と理事の方へ向く。
“カイザーは何か大きな事を企んでいないと思うぞ。”
「理事は…」とノノミPMC理事の身体を見る。
“とにかく手段を選ばずにやった。が、どうやらまだ生きているようだ。”
そう言えば、皆は安堵の息をつく──ホシノ以外は。
"今のところは"と、あえて言わなかったのを察したのだろう。
「ほんっとヒヤヒヤした…先生っていちいち怪しいんだから。」とセリカが言う。視線は残骸へ向いていた。「これ全部を先生がしたのかしら?」
“別に難しくはないぞ。メインキャンプへ行って、適切な乗り物を確保して、違う拠点で少しドンパチして敵を誘って、メインキャンプの敵を片付けたらドカン。完璧な罠の完成。”
ミサイルに小細工を仕掛けたことはあえて言わない。
「凄い。」とシロコは残骸に目を輝かせる。
「私たちの後は…つけられませんですよね?」とアヤネが聞いてきて俺は肩をすくめる。
“俺は発見されなかったから、きっとそうだろう。俺たちの存在を証明する証拠はない。”
だけども、俺はゆっくりとカイザーPMCへ向く
“とはいえ…”
エクスプローシブ追尾マインが前に動くが、セリカが掴む。
「駄目よ。とにかく…帰りましょう、先生。」セリカは少し切羽詰まった様子で言う。「…お願い。」
暫し、疲れきっているのに決意に満ちた目をした対策委員会を見つめたのち、決断をする。
“分かった。”
追尾マインをオフにして、少女たちに振り向く。
“家に帰るか。”