The Divide   作:粋刺@翻訳

102 / 132
Chap.17-05 ???

今日もまた、長い授業を終えた一人の少女は目を閉じる。なんてことのない日がまた近づく中、再び彼女は夢の世界へ飛び込む。不思議なことに、その心にはあるものが引っかかっていた。

 

『たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。』──詩篇23篇4節

 

ぱちり、と目新しい場所で目覚めた少女の耳に、筋肉質の声が入る。キヴォトスで暮らすロボットが発する電子的なそれとは対照的な声だ。少女はおもむろに、自分が今置かれた場所を見渡せば、一つ見慣れたものが目に入った。

 

それは教会──牧師が男性、女性、子供たちへと説いている。少女の視線は長椅子に座る男性たちへと釘付けになる──その男性たちはヘイローがなく、少女は困惑していた。それに加え、祈りを捧げているのにも関わらず、武器や防具を身につけている。

 

周囲を見渡せば困惑は深まるばかりで、なぜ自分がここにいるのかと理解しようとする。

 

理解する間もなく、教会の主堂の脇から厳しい口調の声が耳に届く。

“駄目だ。”

有無を言わせぬ調子だった。先生とほぼ同じ声だったが何かが違った。鼓動が高まり、振り返った少女は目を大きく見開いた。

 

ヘイローがない青年の姿があった。目は茶色、髪は帽子で隠れているも茶色──その全てこそが若くなった先生だった。だが写真や動画で見た落ち着いた人物とは対照的に、驚く程に異なっていた。

 

まず一つ目として、身につけていた装備は色褪せて使い古されており、まるで道端で拾ったようなものだった。二つ目として、目を引くような装備品は盾のみ。三つ目として、彼のライフルは少女が見たことがないもので、バックパックに固定されたサブマシンガンは黒光りし、複雑な模様が刻まれ、太もものホルスターにはリボルバーがあった。

 

そうして、ここは未来の世界ではない、過去の世界だと少女は気付き、再び眺める。

 

「お願いだマテオ。」壮年の男が呼びかける。「ダークゾーンへの進入と物品の回収には君の力が必要だ。」

 

「そうよ。」女性が同調する。「奥には武器が隠されていたけど、怪我のせいでそのまま引き上げるしかなかったの。」

 

そして四つ目として、彼の動きからは怒りと不満が見て取れた。

“それっていつ頃のことだ?一ヶ月間もお前は医療棟に入院してたからもう無くなっているはずだ。それに俺がダークゾーンに対してどう向き合っているかはもう知ってるだろ。俺は──”

彼は言葉を止め、教会の中心地を見やり、少女もそれに続く。音楽が二人の口論をかき消し、子供たちの列が一斉に歌い始める。その中の何人かがその視線に気づき、笑顔を見せる。彼も手を振り返すと、子供たちの表情は明るくなり、彼は二人の方へと向き直る。確かに、彼こそが先生だ。

 

少女は再び先生へ向くと、彼は低く唸りながら二人に言い放つ。

“ちょうどニューヨークから戻ってきたばかりだ。だからローグとかブラックタスクとか汚染エリアで一山当てようとするバカ共にはもううんざりだ。フェイ・ラウの事以降、目と耳と疑いを持つ奴らがそういう目で俺たちを見てくるようになったんだ!おまけに判断としては間違ってはいない!物に釣られて今まで築き上げた信頼を壊すわけにはいかないし、他では得られない信頼となれば尚更だ。”

 

「そうだとも。」男は答え、その青年を宥める。「だが我々にはその"物"が必要だ。たとえ無かったとしても、探索して見つけた部品を持ち帰ればいい。それに優れた銃も見つけられるかもしれない。」

 

“テオ・パーネルの銃よりもか?”

彼はそう問いかけ、バックパックにあるライフルを指差す。

“それかローグになったフェイ・ラウに仕えていた副官から入手したヴェクターよりもか?そいつで俺はラウに弾丸をぶち込んだんだぞ?”

 

二人からの反論は返ってこなかった。少女はぐっと息をこらえた。人が死んだという事実で吐き気を催したからだ。彼の言葉の重さに、少女はあることに気付く──彼は人を殺したことがある。そして最後に見た時の彼の年齢を考えれば、この先も人を殺していったのだろう。

 

そんな思考は重いため息に割り込まれた。

“分かった。そこまで必死ならついてってやるよ。”

バッグを背負う彼を見ていた二人は互いに視線を交わす。

“急ぐぞ。”

彼は外へ出て、二人の大人もそれに続き、少女も後ろについていく。

 

やがて彼らは壁に囲まれた場所へ入る。少女がこれまで見たことのあるどの物よりも高くそびえ立つ壁だった。だがその光景を目にした瞬間、腹の中には不快感が押し寄せてくる。

 

銃弾で貫かれた死体の山、壁に描かれた落書き、廃車、建物を這い上がるツタ、そして破壊され尽くしたショーウィンドウ──三人は静かに歩き、少女はただ前だけを見る。周囲には数々の死体がある──その考えが頭の中にあるせいで既に腹の中は不快感でいっぱいだ。それをまじまじと目にした時、口から溢れ出てしまう。

 

そして、彼らは入り口に到着し、男がため息をつく。

“さっさと終わらせるぞ。”

 

顔にガスマスクを付けて、しっかりと装着されているかを確認する。そして三人のエージェントとそれを見る一人の少女はダークゾーンへ進入する。

 

ダークゾーン内部、三人は周囲の探索を開始する。少女が瞬きをした瞬間、何か音を聞きつける。

 

A 汚染物質を検知

 

“最初から知ってるぞISAC。”

不満を漏らすマテオ、手にはヴェクターを持ち、セーフティを解除して一連のハンドサインを繰り出す。他のエージェントはうなずき、三角形の陣形を組む。マテオは後方、他二人は前方に着き、移動を開始する。正義実現委員会や風紀委員会で使用される陣形とは対照的だった。

 

先頭の二人が顔と銃を出し、後方の安全はマテオが担いながら、路地へ入る。

 

まるで油が十分に差された機械のように、三人はゆっくりと、ハンドサインを駆使して静かに進んでいく。二人よりも若いが、二人よりも経験豊富なマテオの指示に二人のエージェントは従っていた。

 

やがて彼らは目的地に着く。「ここだ。」男性はそう言いながら三人は路地に入り、男性の視線が女性に向けられた後、マテオが足音を立てて続く。彼は周囲を見回し、三人がとある箇所を注視すれば彼は何かを発見する。

 

“まだ残っていたのか。”

皮肉を込めた言葉を、マテオは息をひそめて発する。

“最高だ。”

 

マテオはゆっくりとそれに近づき、ケースに手を置けば、動きを止める。

 

少女の目は大きく見開かれ、まるで合図を待つかのようにマテオへと銃を向ける男女を捉える。

 

A ローグを検知

マテオは身体を後ろへ翻りながらシールドを展開し、彼に弾幕が降り注ぐ。

 

激しい銃撃に晒されているのにも関わらず、マテオはサブマシンガンをシールドに取り付けて発射。その二人組を遮蔽物に追いやれば、マテオは立ち上がってウォッチをタップした。

 

少女の視界には球体が広がり、輪郭が映し出される。裏切り者の二人が三人へと接近していく。

 

ヴェクターのダークウィンターからライフルのザ・ダークネスに替えて、マテオは路地へ撃つ。銃弾は軌跡を描き、入ってきた敵の頭に開いた穴を見た少女は息を呑み、意識が朦朧とし始める。今まさに、彼女は殺しを目撃しているのだ。

 

再びマテオはシールドを展開し、地面に置く。そしてバッグに手を伸ばして肩をある何かを変えれば、ウォッチをタップし、円錐型のものが現れ、徐々に狭まれば二人の裏切り者は目を大きく見開く。「バンシ──!」

 

そう言いかけるも、耳をつんざく音が響き渡る。敵は頭を抱えて凌ごうとするも、数人は立ち止まって意識を取り戻そうとしていた。裏切り者も同様だったが、効果はなかった。

 

彼らは膝を撃ち抜かれ、悲鳴を上げる。それを気にせずマテオは走り、ライフルからダブルアクションリボルバーのオービットに持ち替え、兵士たちへ狙いをつける。その兵士たちはガスマスクを装着し、顔には赤いゴーグルをかけ、マテオと同様の長方形の形をした装備を身につけていたが、中央には円ではなくひし形が刻まれていた。

 

一人目の頭部が勢いよく後ろに反り返り、銃口が頭頂部へ触れそうになった瞬間、彼は後方へ倒れ伏す。すぐさま二人目、三人目と続きそれぞれの頭部、胸部に命中する。三人目が倒れ、四人目の胸部を二発撃ち、三人目の頭部を蹴りつけてから二度発砲。兵士たちは撃ち返しながら散開するも、銃声とシールドに銃弾が打ち付けられる音しか聞こえなかった。

 

一人、また一人と敵の脳漿と血液が地面へ飛散すれば、少女の吐き気はより一層強まっていく。

 

それなのに穏やかな音楽が流れている──目の前では男が次から次へと殺しているというのに、心落ち着く音色が聞こえる。彼はシールドで男を壁に叩きつけ、男の喉を突き刺して前へ進む。銃弾が喉に血が詰まり苦しむ男のアーマーと身体を貫いていき、マテオは男のピストンを手に取り敵のアーマーや頭を撃ち抜いていくが、誰も仕留められない。熱くなった銃口で男の頭を撃ち抜き、確実に止めを刺す。そして横へ身を隠しながらダークウィンターを構え、発射モードを切り替えて弾幕の合間を縫いながら顔を出す。

 

そして撃つ──近接戦闘での命中精度は驚異的なものだった。一発一発を確実に当て、頭部へ一発、もしくは脚部・腕部数発を撃ち込んでいき進む。

 

既に撃った敵の脇を通り過ぎながら、次の標的を狙って再び発砲。その後、負傷した脚を引きずりながら降伏の意思を示そうとする敵にも狙いを定める。マテオは相手の訴えに一切耳を貸さず、頭へ一発撃ち込み確実に仕留め、他の兵士たちは逃げ出そうとしていた。

 

グレネードを手に取り、ピンを抜いて後退する兵士たちへ投げ込む。地面に叩きつけられたと同時に爆発し、数人が餌食になる。他の兵士たちは振り向いて、ライフルを手にしたマテオの姿を捉える。彼はトリガーを引き、一人の頭を撃ち抜いた。遮蔽物に敵は追いやられ、マテオが接近する中、兵士たちはどこにも動けなかった。

 

マテオが立ち止まれば、一人が飛び出して撃とうとするも、マテオに銃を奪い、銃口を敵の脚の裏側に押し当てて最後の一発を撃ち込む。それを放せば、マテオはザ・ダークネスをリロードする。そしてブラックタスクの傭兵を狙い、何も言わずに撃つ。傭兵は呻き声を上げ、苦痛に顔を歪める。

 

一方、マテオの瞳は冷たかった。キヴォトスにいた頃の温もりがそれにはなかった。少女は限界を迎え、ただ怯えて震え、耳を手で覆い、目には涙を浮かべていた。

 

そうして、銃声が響き渡り、ブラックタスクは静まり返った。彼はまた一発と撃ち、少女は身をすくめる。

 

ザ・ダークネスを下げ、ダークウィンターの横に肩にかけるとオービットをリロードして慎重に、自分を罠にかけた者たちが発する苦しむ息遣いの方向へと歩みを進める。

 

彼は閃光弾を持てば、投げる。爆発音が響くと同時に負傷した二人が息を呑む音が聞こえる。閃光と爆音で目と耳が一時的にやられる男女、そしてマテオは遠い位置にいた女性を狙い、発砲。「来るな!このバケモノめ!」男は必死に叫ぶが、マテオは男から銃を奪い取り、男を蹴り倒して足を胴体の上に乗せて、押さえつける。男は喘ぎ、涙を浮かべていた。「どうしてこんなことを…」

 

一瞬だけ静まり返り、彼はこう答える。

“アウトキャストを殺しまわった俺の姿を見たはずだ。ハイエナを追い出し、トゥルーサンズを壊滅させ、ブラックタスクを制圧したという話も聞いたことがあるはずだ。キーナーも俺が殺し、フェイにも俺が弾を撃ち込んだ。俺の教え子たちや俺が助けた人々、そして俺の仲間たちを見て、どうしてこんなことをできるのかと思ったのだろう。”

 

男は息を吞み、マテオの冷えた瞳を見つめていた。

“"どうして"はどうでもいい。ただ何か"された"だけだ。”

マテオはトリガーを引き、銃声が響き渡れば少女は目まいを起こす。

 

光と共に鋭さがマテオの瞳から消え、少女が絶対に見ることができない場所を見つめているかのようだった。瞬きをすれば、再び光が戻った瞳には涙の跡が輝き、震える息を吸い込むと、歯を食いしばりながら吐き出した。

“"どうして"なのかは俺も知りたいんだよ。”

 

頭を振るマテオ。少女の顔は恐怖に歪み、当たり前のように死体を物色して略奪する彼の姿を見ていた。そして遺体をそのままにして立ち去るその後ろ姿を、少女はただただ見るだけしかなかった。

 

彼のバックパックの横に括り付けられた、見覚えのある形をしたそれに少女の目は捉えた。十字架、木製のそれは──ロザリオだ、彼の背は寂しく、疲れ果てて、少しうなだれており、彼は入り口のそばで立ち止まる。

 

彼は目を閉じて、深く深呼吸をすれば、それは変わる。一人寂しく、ただ迷うだけの背中は自信に満ちた青年の姿へと変貌し、路地の外へと歩く。

 

今見たものを少女が理解することはないだろう。あれが──先生たちの言葉を借りればこれほど神聖なものが、あの男に使われるのだろうか?あの男はどのような感情を抱き、何を感じていたのか。そして、果たさねばならなかったことはなんだったのか。

 

それらと同様に、楽園の存在を証明することは出来ず、他人の心情を知ることも出来ない。

 

では、続けていく理由が明らかに存在しないのに、どうして死の谷の陰に覆われた男はこれを続けられてきたのか? 全てはただ虚しい(Vain)だけなのに。

 




[訳者あとがき]
次回は18日に投稿します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。