時刻は三時になり、減った書類の山に俺は眉をひそめる。シロコは静かに座り、セミナーの仕事で後にしたユウカの分を整理している。チヒロは部員が盗聴器を設置させないために後輩たちと一緒に帰っていった。
確かに彼女たちはチヒロの目を盗んで仕掛けた。だが俺はすぐにそれを見破り、そのまま野放しにした。第三者からの視点というのは多少のプライバシーを犠牲にしてでも大きな価値がある。だが少なくとも、シャーレ内で自由にハッキングや盗聴をしても良いという印象は与えたくない。
あとは…
“シロコは行かなくていいのか?まだ時間は遅くないが、それでも対策委員会の皆が心配していると思うぞ。”
「セリカは今バイトで、ノノミはホシノ先輩の手伝いをしていてアヤネは書類を書いている。今日はシャーレに泊まれそうだったから来てみた。」とシロコはバッグの中に手を入れる。「トランプも持ってきたよ。」
トランプ──ゲマトリアとあの黒服のことを思い出す。それに、ドッジシティホルスターを入手した時、ブラックタスク相手に投擲武器として使ったこともあった。
それはそれとして。
“イカサマを教える気はないぞ。”
そう伝える。法律を軽視しやすい奴だということは理解しているようだ。とはいえトランプは神聖なもので、誤解から指を失う事件も実際に起きたことがある。
シロコの耳が垂れたその時、ドアが強引に開かれる。銃声が聞こえなかったから敵ではない。「なあ先生!これは一体どういうことだ!?」
“やあイオリ。”
その生徒に挨拶すれば、彼女は睨んで腕を組む。
“どうかしたか?”
「温泉開発部に温泉開発の許可を出したっていうのは本当なのか?」と睨み続けるイオリ。
“まあそうだな。機材を貸してくれたし許可を欲しがっていたから、そこを整理して開発出来るようにした。何か問題でも?”
そう言って署名し続ける。
「あいつらは不良なんだぞ!規則違反者なんだぞ!」
“そうなのか。”
そう呟くと、イオリは信じられないといったような視線を向ける。
“それで?”
まるで俺が言ったことに信じられないような、ショックで前のめりになって崩れ落ちる。そしてドアが再び開く。「こんにちは先生。突然お邪魔してしまってすみません。」とチナツが挨拶する。
その横には、ヒナが入ってきてオフィス内を見回していた。「先生。シロコ。うちの切り込み隊長の…度が過ぎてしまって申し訳ないわ。」
「でも──」とイオリは反論しようとするが、ヒナの輝く瞳に睨まれて言葉を失ってしまう。
“大丈夫だ。”
俺は手を振る。
“つまりここには温泉開発部のことで来たのか?”
「そうね。」とヒナはうなずく。
“まあ、とりあえず座って一息ついたり、弾薬を補充したりしておいてくれ。あと途中で武器を見つけても気にしないでくれ。”
オフィスのラウンジ辺りを指差す。ヒナも俺が最後に言ったことに困惑していた。
“まあ、見つかってしまっても不安になるだけだ。”
そう安心させようとするが、どういう訳か安心していない様子だった。
初めにチナツが座り、続いてヒナが座って隣にはイオリが立っていた。三年生にしては小さくて可愛らしくて、まるでミニチュアみたいだ…
唇を舐めて、笑いをこらえるために深呼吸をして、椅子ごとその方へ近づく。
“それで、何か飲み物はいるか?”
「用意しなくて大丈夫よ。」とヒナが断り、イオリとチナツも首を横に振る。「私たちはただ温泉開発部が進めているプロジェクトの署名が偽造されたものではなく、シャーレが署名した本物かどうかを確認しに来ただけだから。」
“確かに本物だぞ。”
そう答え、イオリは眉をひそめてヒナは困惑した表情を浮かべる。
“アビドス関連で協力してくれたからやらせているだけだ。誰かの迷惑にならないことを条件にだが。”
「普段から出る工事現場関連の苦情はさておき、こちらからは特にないわ。そこを明確にしてくれてありがとう、先生。」
「もう終わりなのか!?」とショックを受けるイオリ。「先生はあの規則違反者どもと協力したと認めたのに何もしないのか?」
「まあ、私たちに出来ることは限られています。」と指摘するチナツ。「シャーレは司法の手が届かない部活ですので、一応活動範囲外ではないですし、それに温泉開発部は積極的に犯罪をしているわけでもありませんね。」そして小声でこう言う。「…今回は、ですが。」
「でも──!」
“そうだ、君たちも入らないか?”
イスを元の位置に戻し、ゴーバッグを膝の上に置く。
“元から断る気はないし、それにシロコと一緒にCQCの練習も出来る。”
イオリは気が引けていたようだが、ヒナはそうではなかった。「分かったわ。応募用紙はどこ?」と言って周囲を見回せばイオリとチナツは驚く。
すぐにプリンターが起動し、アロナが俺の指示に従って操作する。
“あそこにある。一枚取って記入してくれ。”
そしてイオリとヒナが用紙を手に取り、記入し始める。そして俺はアコに用紙を渡す。
“変に探らせるよりかはそのまま入らせる方がいい気がした。”
ヒナは何も言わなかったが、紙を見つめるその表情から、明らかに同意していた
用紙を署名し、アロナが残りの手続きを進める間、マスクの下で微笑みながら二人を見つめる。
“おめでとう。これで二人とも正式にシャーレ所属になった。いつでも邪魔しにきてもいいし、もしかしたら何か頼むかもしれないが、その時は改めて伝える。断っても大丈夫だ。それ以外では、大事なことで協力するように頼むことがあるが、もちろんやってもいいし、断ってもいい。”
「ん、この人と闘ってもいい?」とシロコが尋ね、チナツとイオリは驚き、ヒナは退屈そうにしていた。
“それは全く別の話だ。”
そう返すとシロコはがっかりとした。
「ありがとう、先生。」とヒナはうなずく。「それでは。」
「いつか監視をしに行くからな。」とイオリが睨みつけるようにして言い、チナツは気まずそうに苦笑いをする。
「先生、さようなら。」とチナツが言って三人は後を去る。
再び書類仕事に戻るが、シロコが黙々と手伝ってくれる。が、時折せわしない様子で身体を動かしていた。
書類の山は少しずつ減っていき、ついに全て片付け終わると、俺は深く息をつく。
“やっと…終わった。”
「お疲れ、先生。」とシロコが言えば俺はうなずく。「次はどうするの?」
まだ時間は十分に残っているからまだ出来ることはある。
“散歩にでも行こう。それなら気楽にやれる。”
そう言えばシロコは目を輝かせてうなずく。
俺はバッグに肩に掛ける。
“俺が先に行こう。”
「本当?」とシロコが尋ねる。その目は少し輝きすぎていてちょっと気になったが、まあ大丈夫だ。だよな?
どうして俺が楽観的になりすぎていると本能が告げている?