「────屋上は、地下の格納庫に格納された航空機用のスペースになっていて、格納庫の上には、クラフトチェンバーなどの設備があります。」
「また、施設はオフィスと居住区の二つのエリアに分かれていてどちらも、生徒の皆さんと先生のための設備が数多く揃っています!」
「居住区の方は誰でも利用できますが、主に生徒の皆さんための施設ですね。」
「そして、先生の部屋はオフィスの上にあります。」
アロナがそんな調子でしゃべり続ける中、俺はアロナが言っていた部屋へと足を踏み入れた。
…ゴーバッグの奥から引っ張り出したバスケットボール用のショートパンツと黒いTシャツを身に着けて。
服をもっと揃えないとな…
それにしても、アロナが話していることは興味深いものばかりだ。手に持ったシッテムの箱を見つめ、そこからアロナの声が響く中、表示された設計図を眺める。
視線は左右へと動き、スキャンテックが映すHUDがないことにまだ慣れてない。部屋の扉を開くと、中央に大きなベッドが置かれた部屋が姿を現した。ベッドの正面には大型テレビがあり、その間にはいくつかのソファが並んでいた。
シャワーも備え付けられているが、あまりの豪華さで逆に居心地が悪くなってくる。
中に入る前に立ち止まり、ゴーバッグと武器を置いて、うなずく。
“よし、春の大掃除と行こうか。”
まずはじめに、大きなタープ*1を取り出し、床に広げる。そして、銃を床に並べ始める。
まずはM4、次にM870、続いてM9、最後にTAC-50。
次は弾薬。敵から漁ったマガジンに加えて、特殊なマガジンやシェルまで、さまざまな種類のものがある。
一瞬、連邦生徒会からもらったスマホを見て、新しい端末へのファイル移行の進捗を確認する。
深いため息をつきながら、苦痛を伴う作業に備える。そう、SHDテックだ。
今のところ、アサルトタレットは無く、ファイアフライのフレームはめちゃくちゃになっている。ケミランチャーとハイヴを使いたがらない癖が俺にはついていて、たいていはPulseとバリスティックシールドに頼って状況を切り抜ける。
ぼそりと呟き、リストが表示されるので横を向く…が、スキャンテックもイヤーピースも着けてないため、ISACの姿はない。代わりに、アロナがそこにいた。
「先生」タブレットからAIの姿が現れる。「弾薬が少し足りてないみたいです。」
俺は疑問を抱きながら、本の上に置かれたシッテムの箱を見つめる。そしてバーチャルな少女が興味深そうにこちらを見つめる。
“どうして分かったんだ?”
いたずらっぽくくすくすと笑う。「声に出して話していたからですよ。それに、武器をしまう場所が必要なら、武器庫で先生の武器のメンテナンスや保管ができます!」
“マジで?”
“なるほど…覚えておくか…どこから入れ…”
そこで思考が途切れた。沈黙が訪れ、俺はただタープをじっと見つめる。教材ではなく、ただタープそのものを。
数分が過ぎ、アロナが声をかける「…先生?」
頭を振りながら、ため息をついて言う。
“悪い、ちょっと考えが飛んでた。”
エージェントとして過ごした時間が、取り返しがつかないほどまでに俺を壊していた。大きな窓から街を見下ろすと、入れる可能性がある侵入口を探し続ける自分に気づく。平和の中で、手が無意識に握っては開くのを繰り返している。
この平和は、俺が享受するものじゃない。そもそも、ここは俺の世界ですらない。
でも、人々は助けを求めてきた。
その言葉を思い出すと、体が自然と緩む。エージェントとして生き延び、俺が前に進み続けるためにあるマントラのような言葉だ。大抵の場合、自分の体を犠牲にしながら…だが。
その考えを振り払って、ため息をつく。
“シャーレ周辺を確保するのが良さそうだな。”
「先生、普段はどれくらいのガジェットを持ち歩いているんですか?」突然のアロナの問いかけに、俺は瞬きをした。
“あー……2つか3つぐらいか?”
手元の武器ケースに目を向ける。
“これを武器庫に収納すれば、弾薬や他のガジェット用のスペースがかなり空くな。”
「ですね!ここが片付いたら、いつでも自由にクラフトチェンバーへと来てください!」アロナがわくわくしながら言い、ヘイローが緑色に変化する。
そういえば、中の状態は期待には及んでいなかった。俺の心配はどんどん大きくなっていく。
それはまあいいとして、目を擦りながら装備の整理を始め、黙々と動きを確認する。アロナはどこかでその様子を記録しているようだ。
片付けが終わる頃には、俺は太ももにM9のホルスターを装着し、銃の部品が詰まったケースを手にしてエレベーターへと足を踏み入れる。
下に降りると、分類以外の見分けがつかない多数の車が並ぶガレージに出迎えられ、アロナの指示に従っていく。
俺は目を見開き、壁に取り付けられた武器の近くに見覚えのある箱を見つけた。
“まさか…”
それは俺の保管庫、エージェント時代に手に入れた武器のほとんどが入っている箱だ。その証拠に、箱の上には青いスプレーで描かれた四角い印がある。
これは、エージェント同士で箱を識別するために俺が施したものだ。俺は興奮しながら蓋をこじ開け、中身を動かし始める。見覚えのある武器が次々と頭に浮かんでくる。これらは、本来俺が使用し、必要があれば移転先の地域で配布するはずだった武器たちだ。
M870を外し、開いているケースに立てかけて、クエレブレに手を伸ばす。特徴的なオレンジとブラック、そして所々に白の迷彩が施されているM870ショットガンだ。表面にはいくつかの擦り傷があり、年月を感じさせる。
側面にあるショットシェルを入れる所は何も入ってないが、すぐにシェルが入るはずだ。
頭を振ってミリタリーM870を箱に入れ、クエレブレを肩にかける。鼻歌を歌いながら、箱を覗き込む。 M4をしばらく換えるつもりはないから、オフィサーM9を入れ替えるべきか? いや、今のところ大丈夫か。
軽くうなずきながら、持っていた武器のケースを箱の中に収める。その後、弾薬を手に取ってバッグに詰める。ケースがなくなった分、ずいぶん軽くなった。
次に、クラフトチェンバーに行き、アロナが話しかける
“なあアロナ、レンズの状態は?”
「残念ですがその、先生…どうして先生が失明していないのかが分からないとISAC先輩が言うぐらい、すっかり古くなっています。」アロナは率直に答える。「でも大丈夫です!新しいのがつけられますので!」そしてウィンクしながら親指を立てた。
“そうか…”
正直、彼女の言葉は少し刺さる。あのレンズには愛着がある。もう三年間…いや四年近くも使っていて、寝る時ですらつけていたくらいだ。
…
いや、さすがにそれはやっちゃいけないヤツだ。とはいえ、アロナの言うことにも一理ある。この目が俺に呪われたものを見せるとしても、それ以上に役立つ場面は多い。
“それはそれとして、前から気になっていたことがある。”
俺は小さく呟きながら、SHDネットワークのノードがある部屋へ目を向ける。
“……どうして生徒会長は俺のTAC-50C、ましてやISACのアップグレードまでも知っていたんだ?”
このことは疑問に思っていた。なぜ?なぜISACを…そしてSHDネットワークまでも知っている?
その内のひとつは、他のものよりずっと単純だ。SHDネットワークは、サンクトゥムタワーを利用して、さまざまなデータポイントへ接続するシステムだ。それにしても、こんなに重要なものを扱う部屋にしては、保護が甘すぎる。
あの情報をすべて知っている者にとっては、この部屋はあまりにも脆弱なものだ。確かに地下にあって換気は良いが……
ふと、SHDのセーフハウスにはドアノブがあったが、エージェントのスマートウォッチがなければ開かなかった。ここでも同じことが出来るのか?
その考えは後にして、クラフトチェンバーへと向かい、ドアを開ける。
「よし!」アロナが俺の腕の下から元気な声を上げる。「では、端末の方へ向かってください! そこから作業を始めましょう!」
その言葉に従い、回転式の椅子に座りながら端末を起動する。すると、メニュー画面が表示され、眉をひそめた。
“…ん?”
「じゃじゃーん!」アロナは端末の端から飛び出すように顔を覗かせ、自らを押し上げる。「クラフトチェンバーへようこそ!ここでは先生が欲しいものならなんっでも作れますよ!」
「…違反しない限りですが。」小声でそう付け加えた後、明るい笑顔を向ける。「例えば家具やSHDテック」ちょっとまて「特殊な弾薬や…とにかく色んなものまで!です!」
“つまり…3Dプリンター…ってことか?”
俺はそう言いながら、部屋の中央に不気味に浮かぶ石の塊に目を向ける。
「いえ!」アロナは不満げに頬を膨らませ、まるで俺が侮辱したかのような顔をする。「えっとこれかな…?こちらを試してみてください!」
疑念を抱きつつ、端末を操作しながら何が作れるのかを探し始める。通常なら、SHDテックについての情報がこれほどまでに把握されていることに、気持ち悪さを感じるところだ。一方で、ユウカの電卓バリア…もといQ.E.D.はディフェンダードローンを遥かに凌駕している。ドローン側の唯一の強みとしては、弾を跳ね返せる可能性があることくらいだ。
とはいえ、探していたものを見つけた。スキャンテックだ。それをタップすると、次の瞬間、石からかすかな振動が発生する。それに驚き、俺は思わず机の後ろに身を隠しながら、ホルスターからピストルを抜いた。
やがて、振動は細い唸り声のような音へと変わる。まるでジェット機がウォームアップするかのような音で、そしてふっと止んだ。
俺はゆっくりと覗き込み、端末にCompleteの文字が表示されているのを確認し、視線を石へ向ける。
その下には、一組のコンタクトレンズがある。ゆっくりとケースに手を伸ばし、それを調べると、いきなりスマートウォッチがビープ音を鳴らした。驚いて手首をひねり、画面を確認する。
スキャンテックへの接続が確立しました。
俺は目をそらし、コンタクトレンズを黙って見つめ続ける。
「先生?」俺が黙っていると、アロナが心配そうに聞いてくる。
“…なんてこった、これは3Dプリンターじゃない。”
アロナが自惚れているのを感じた。
30分後、ゴーバッグには特殊弾薬とSHDテックで一杯になり、スキャンテックを調整し、ため息をつきながら、新しいイヤーピースを、伸びをしながらはめた。
“ISAC?”
| A はい。 |
ISACの声が聞こえうなずく。
“よし、HUDの使い勝手が前のと比べてずっと良くなった。”
俺はそう独り言を呟きながら、オフィスの椅子を回転させる。
| A ありがとうございます。アロナがとても熱心に手伝ってくれたおかげです。 |
| S えへへへへ~…それほどでも~ |
アロナが椅子に座りながら、俺の視界に現れる。
ISACは何も間違ってはいない。全てがスムーズで、綺麗になった。
“あとは、何かがくるのを待つだけだ。”
そう呟く。
“せっかくだから……アロナ、インベントリを見せてくれ。”
俺は声に出しながら、シッテムの箱を取り出し、起動する。
| S 了解~! |
アロナは楽しげにそう言いながら、ふっと消えた。
すると、弾薬や車両、その他諸々の詳細を記したスプレッドシートが視界に現れる。
俺がそれを確認しているのは、どうやらリンが、俺に一日かけて落ち着く時間を与えてくれたみたいだ。
…いや、それだと落ち着くのは無理だ。
“アロナ、生産量に限界はあるのか?”
そう聞くと、アロナが視界の端に現れる。
| S あります。 |
上を指差しながら、少し欠けているゲージを表示させる。
| S 今のエネルギーはこのようになってます。 |
“分かった。ISAC、周囲をシミュレーションして、弾薬箱を設置するのに最適な場所を見つけろ。”
ISACに伝え、AIがすぐにシミュレートする。
| S う~… |
アロナは不安げで、少し怯えた様子で口を開く。
| S 先生、もしかして部室が襲われると思ってます? |
俺の指先が机を叩き、緊張からカチカチと音を立てる。幼く純粋なAIに、俺の考えをどう伝えるべきか悩む。
“アロナ、俺はこれまで何度もその手のことを経験してきた。絶対なんてものは存在しない。たとえ、それがそうであってほしくてもな。”
ブラックタスクの侵攻したときの記憶などが蘇る。
“結局のところ、最善を願いながら、最悪に備えるしかないんだ。”
壊れたものを修復しようとするその虚しさは誰よりも理解している。襲撃者からコミュニティや町を解放するたびに、その場所が実質、内戦になっていたことや、住民全員が一掃されてしまったことを後から知ることになる。
D.C.にいた頃も、ずっと頭の片隅に残っていた疑問がある。壊れたものを直そうとする意味はあるのか?と。
さらに最悪だったのは、それがゲームシステムでもなければ、反乱を起こした政府でもなかったことだ。アウトキャスト、トゥルーサンズ、ハイエナ、ローグエージェント。すべてが、このシステムによって生み出され、ある傭兵組織によって維持されてきた。
だが、俺はヒーローになろうとしたわけじゃない。俺の両親は激動の時代に俺を育ててくれた。生活費を賄うために二つの仕事を掛け持ちしながら、それでも俺の面倒を見てくれた。しかも、それをほとんど気付かせないほど、立派にやってのけた。ただ、俺は両親を安心して休ませてほしかっただけだった。俺が生きているだけでなく、両親がいる世界が、かつて両親が歩んできた世界であることを。
それすらも、もうすでに失敗していた。
頭を振り、ため息をつく。目を閉じ、一瞬だけ休ませる。そしてゆっくりと開き、微笑む。
“まあ、ほとんどは俺の被害妄想だ。アロナ、”
華奢なAIに向く。
“まだ数日しか知らない仲だが、信じてくれ。”
| S … |
AIは沈黙し、視線を落とす。そして、いたずらっぽく微笑みながら顔を上げる。
| S いつかシャーレが襲われると思えばいいのですか? |
“ははっ!”
俺は短く笑い、背もたれに寄りかかる。
“まあ間違ってはないが、言いたいのはそれじゃない”
身を乗り出し、膝に肘をつきながら指を組む。
“ただ、俺の言葉を信じてくれればいい。”
アロナは優しく微笑みながら、うなずく。
| S ん、先生、信じます。 |
“よろしい。俺は信じてないけどな。”
| S えっ? |
アロナが声を上げる。数秒前までの確信に満ちた表情が、一気に揺らぐ。
| A シミュレーション完了。内側と外側、どちらを先に強化しますか? |
ISACがそう告げる。俺は鼻歌まじりに考えながら答える。
“まずは内部だ。お前の部屋とクラフトチェンバーを強化する。そのあとで外部へ移動し、弾薬箱をいくつか配置する。”
指示を受け、ISACは静かにフェードアウトする。
| S ちょっと!?先生!それどういう意味ですか!?先生! |
アロナは俺の気を引こうとするが、無視することにした。