The Divide   作:粋刺@翻訳

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Chap.4-02 シャーレ オフィス

俺がD.C.や似た状況の場所にいた頃、書類仕事はまさに救いだった。書類は安定を象徴し、安心して何かを申請することができて、そしてそれを確実に遂行する人間がいる。これが官僚主義でいられた時間だった。

とはいえ、まともなディビジョンエージェントなら、自発的に書類仕事をやりたがる者はまずいない。それを怠ったからといって責める人なんてのはいないはずだ。たとえ状況が安定していくようになっても、それは”完全に安定した”という意味ではないからだ。

 

別の言葉で言い換えよう。俺の数学力は?だいぶ怪しい。

 

俺は飢えに苦しみ、森でハンターから身を隠しながらも、生き抜く術を見つけることができる。それなのに、三平方の定理以外の数学はまったく覚えられない。まあ、高校は卒業してないから、数学が苦手でも許されるはず。

 

ともかく、机の上の書類に目を向ける。文字が溶け合い、異形の神の如く不可解なものへと変わっていく。その文字に込められた知識が、俺を狂わせる。

 

おれは それに できない よむ にほんご そんなに うまく.

 

だから苦戦しているのかもしれない。

 

それと、この服装だ。母親が見たら卒倒するだろうな。

黒いTシャツの上に袖は肘までまくり上げられた白いワイシャツで、ジーンズにボディアーマー、グローブ、それにガスマスク。清潔すぎてむしろ違和感しかない。

 

ともかく、俺はISACを使って書類の文字を翻訳しながら、書類仕事を黙々と進めていく。少し前に目を覚ましたアロナは、数字を確認し、各学園の文化について俺が混乱していた部分を整理してくれた。

 

書類の半分をどうにか片付けた頃には、官僚主義を呪っていた。すでに各生徒会が済ませたはずの書類まであるのに、どうして俺が処理しなきゃならない?

 

山海経の…壊れた橋と俺に一体何の関係があるってんだ?数字は合ってる。だがこれはの仕事じゃない。

 

“このっクソッタレッがあっ!“

不満をぶちまけて、怒りで顔を歪ませながら回転椅子の背もたれに寄りかかり、身を前へ乗り出す。

 

俺のスマホはすでに設定済みだが、シャーレのアカウント以外に話せる相手はいない。ちょっと寂しい。それに、応募者もまだ来ていないから、ほとんど暇を持て余している。

 

うそ。ほんとはアーケードゲームがめちゃくちゃ気になってる。

 

S 先生…

アロナが目を細めて、俺をじっと見つめて口を開く。俺の視線は、気楽に明日の自分へと投げられる書類からそれていく。

 

それでも、俺は視線を戻し、長く苦しげなため息をつく。

“音楽があればな…”

 

スピーカーと音楽を持って旅するのは、ディビジョンエージェントなら誰もが楽しむ趣味だ。音楽を共有することは、エージェントにとって一種の喜びでもある。それに、D.C.で暇な時間ができたら、マニーはいつだって手持ちの曲を流してくれた。

 

第二波のエージェントたちは、スピーカーや何らかの機器を持っていることが多かった。何故ならイヤーピースは、音量を抑えつつ通信手段として機能するものであったからだ。だから、曲を流すことは一般的に無責任な行為だとされていた。静かなものは別だったが。

俺の場合、ケーブル付きのスピーカーというスタイルだった。…スピーカーが撃ち抜かれるまでは。その後、俺のスマホは違法でダウンロードした曲でいっぱいになっていた。幸い、ファイルはUSBへと移すことが出来た。それなら…

 

バッグを寄せて、開けて、唇を噛みながらUSBを探す。迅速に見つけ出した。

“よし!ヘイアロナ、これが大丈夫かどうか確認してくれないか?”

 

アロナがうなずく。

S はい、でもそれって何ですか?

ワクワクしながら聞いてくる。

 

“曲だ。”

そう答え、USBをコンピューターに挿す。

“ウイルスとかがないかを確認してくれ。”

 

アロナは鼻歌を歌いながら聞き入っている。俺は興奮気味に床をリズムよく踏みながら待つ。

 

書類作業を続けながら、気力が湧いてくる。しばらくしてアロナが声を上げた。

S 終わりました!

 

“よし!スピーカーにつないで……Raid*1を流してくれ。”

少し考えて、そう指示すると、アロナが操作する。

 

ピアノのイントロが流れ始める。リズムに合わせて頭を軽く揺らしながら、MF DOOMのラップを口ずさむ。*2

 

音楽が流れ始め、少し集中しやすくなるが、次第に身体を動かしたいという気持ちが大きくなってくる。

でもまずは、この忌々しい書類仕事を片付けなければならない。

 

ぶっちゃけ…書類なしでやれたらいいのになぁ…

 

書類の山をゆっくりと処理していると、アロナが声をかける。

S 先生、受付から連絡が入りました。応募者が到着したとのことです。すぐに通しますか?

 

俺は背もたれに寄りかかる。不安が募り、心配が膨らんでいく。唇を舐めながら、流れている曲のスピーカーに目を向け、アロナに言う。

“通してくれ。”

 

待っている間、俺は書類作業に集中しようとするが、落ち着かず、足が無意識にバッグをつついてしまう。気を紛らわせるように、シッテムの箱を取り出し、音楽プレイヤーを開き、曲を吟味する。最終的には、リラックスできるものを選んだ。

 

モトリー・クルーのキックスタート・マイ・ハートだ。*3

 

今のは冗談、本当はグロリア・ゲイナーの恋のサバイバルがお気に入りだ。 *4

 

曲が流れている中、シッテムの箱を持ち、音量を邪魔にならない程度まで下げる。

“ヘイアロナ、応募者のファイルを見せてくれ”

 

アロナはうなずき、画面にファイルが表示される。

 

ミレニアムの生徒だって?確か、ユウカの学校だったな。

 

正直なところ、少し複雑な気持ちだ。読み進めるうちに「エンジニア部」という文字を見つけた。それ自体は良い。だが、俺が提供できるものといえば、彼女たちの技術と比べると赤ん坊のおもちゃみたいなものであるSHDテックくらいだ。自分の手の内を明かしたくないという俺の疑心暗鬼な面もある。

 

だが…

 

ベストに視線を落とし、眉をひそめる。銃を持った少女たちに対抗するには、装備の強化が必要かもしれない。

 

ケブラーと防弾プレートだけでは限界がある。もしかすると、エンジニア部はもっと優れたものを持っているのか?

 

いや違う。今身に着けている「ターディグレイド」アーマーシステムは最高峰のものの一つで、試作技術によって作られたものだ。

 

それでも、どうなるか確かめてみよう。

 

ドアをノックする音が聞こえる。俺は深呼吸し、声を上げる。

“開いてるぞ!”

 

「し…失礼します。」まだ彼女の写真を見るのにたどり着けてなかったが、シッテムの箱のファイルを閉じる。そして彼女が部屋へと足を踏み入れる。

 

おお神よ、なぜこうもまた可愛らしい子に出会えるのでしょうか!

 

黒髪の少女は、波打つ髪で右側にポニーテールに結んでいた。額にはエンジニアがつけるようなゴーグルを乗せ、気だるげな灰色の瞳がのぞく。頭には心地よさそうにある犬の耳が、黒い尻尾の先端は白くなっている。白と黄色のパーカーを羽織り、その下には黒と灰色のタンクトップ、黒いショートパンツに網目状のストッキング、そして黒いブーツを履いていた。

 

だが、俺の興味を引いたのは彼女が持ち運んでいたものだった。ミレニアムのロゴが入った金属製のケースに、工具が飛び出しているバッグ。そしてISAC曰く、それには彼女の武器である迫撃砲が入っていた。

 

本当に魅力的だった。なんでだ?なんでここの人たちは揃いも揃って魅力的なんだ?俺が女性と話す機会が最も多かったのはケルソとソイヤーだけで、特にその二人は印象に残っている。

 

彼女は少し緊張しながら周囲を見ていた。あからさまにというよりかは、どうしたらいいのか迷っているみたいだ。だから、俺から始める。

“そこに座ってくれ。あとで行くから本でも読んだりしてリラックスしておいてくれ。”

 

「はい…」彼女は言葉を濁しながら、ゆっくりとソファへ向かい、そのまま腰を下ろす。背筋を伸ばし視線をさまよわせ、垂れた耳がぴくりと動き、聞いたこともない曲を流す音楽プレイヤーに向かう。

 

俺はというと、作業していた書類を仕上げる。軽く伸びをして立ち上がり、向かいのソファへ腰を下ろした。

“水とかソーダとかの飲み物とかはいるか?”

 

「い…いえ、大丈夫…ただ面接があるとは思ってなくて…」そう不安げになりながら答える

 

俺はガスマスクを外し、微笑みを送ってから自己紹介をする。

“そういう見方もできるが、どちらかというと俺は「人を知る」っていう見方が好きだ。俺はマテ…いや、ヴェルネス マテオ。シャーレの顧問で先生だ。よろしく。”

 

「エンジニア部所属の猫塚ヒビキ、先生に部の予算を増や──あっ!」自分の言葉に気づいて目を白黒させながら、途中で言葉を止めた。

 

俺は思わず微笑んでしまった。

“まあ、正直で何よりだ。”

ヒビキは顔を伏せ、頬がほんのり赤く染まる。髪で表情を隠そうとするが、その試みはほとんど成功していなかった。

 

「うぅ~…だから無理って言ったのに…ウタハ先輩…」そう不満げに唸る、俺はただ笑い声を大きくするばかりだった。慌てて口元を手で覆うものの、かえってヒビキをさらに恥ずかしがらせてしまう。

 

“ふぅ~…”

俺は息を整え、ようやく落ち着く。

“笑ってしまってすまない。”

 

「だ…大丈夫…」まだ顔を赤くしながら言う。「ただ、怒られなくてよかったから…」

 

“怒るわけないだろ?”

彼女たちの気持ちはある程度分かる。材料費というものは高い。それに俺自身もエンジニアとして働いていたときがあった。そして子供の頃は、"何かを作る"という発想にワクワクしていたからだ。だが実際にものづくりをするとなると話は別だ。あまり得意じゃなかったが、修理なら俺の得意分野だった。子供に教える合間やエージェントとして動く時間の中で、俺はよく修理に携わっていた

“修理ですら費用が掛かる、それに発明するとなると更に大変になるだろうな。”

 

「先生はエンジニアを経験したことあるの?」興味深そうに聞いてくる。

 

“ある。だが発明よりも修理の方が得意だ。”

うなずき、そう答える。

 

修理は必要不可欠な技術だ。ほとんどの工場が閉鎖されていたあの時、新しい部品の発注はできなかった。だからこそ、俺たちは常に工夫を求められた。それが、俺がいつもバッテリーを持ち歩いている理由だ。

 

「なら、先生のために何か作れるかも。」わくわくしながら、ヒビキはそう言う。「目からレーザーが撃てるコンタクトレンズはどう?」

 

いやちょっとまてよ。

 

もちろん、彼女はエンジニアだ。目が光る人を見ると普通の人なら怪物と見なすが、エンジニアはコンタクトレンズと見なす。

 

ならばISACのことは把握しているのか?

 

「それともスキャンができる機器から自動で追尾するミサイルを発射させるようにするのも…!」

 

あぁ…把握済みか。

 

俺の表情が顔に出ていたせいか、ヒビキは提案を止め、突然恥ずかしそうにして困惑した様子を見せる。「知りすぎては…ダメ…なのかな…?」

 

俺は首を横に振り、彼女の不安を軽く手で払うようにして答える。

“気にするな。さて、本題に入るが服飾は得意か?”

 

ヒビキはとても真っ直ぐに俺を見つめ、力強く自信満々でうなずいた。「大得意。」

 

俺は軽くうなずきながら、ボディアーマーを外し、その中のプレートの一枚を取り出して両方渡す。

“エンジニア兼服飾の専門家としてのご意見は?”

 

ヒビキはまず「ターディグレイド」アーマーシステムに手を伸ばす。感触を確かめながら小さく呟き、指をすべらせる。耳がぴくりと動き、小さな切れ目や凹凸を探し当てた。「先生…これってどこで…?」興味深そうに聞いてくる「SRTの装備と同じくらい…」さらにじっくりと触りながら、「むしろ、SRTのよりも良いかも。」と、ボディアーマーを見て驚いたように呟く。

 

“SRT?”

俺がそう聞き返すと、ヒビキはすでにプレートへと視線を移していた。指で軽く弾き、手のひらを滑らせながら、慎重に確認していた。

 

「セラミック…?うーん…先生、射撃場ってあるの?」聞いてきたのでうなずいた。

 

“居住区にあるぞ”

そう答え、立ち上がる

“銃を2、3丁持っていこうか?”

 

「先生のピストルだけで大丈夫。行こう。」そう言ってドアの横で待機する。ヒビキを射撃場へと案内していく。

 

射撃場、マネキンを設置しその前にプレートを置き、ヒビキは俺が使う弾を確認している。

 

「キヴォトス製じゃないものにしてはかなりのものだね。」そう呟きながら、弾を脇へ置く。「弾薬がすべて同じなら大丈夫。キヴォトスの弾と素材は同じで、口径も変わらないから。」

 

その言葉に思わず安堵のため息が漏れる。これなら弾が尽きてもどうにかなる。

“それはありがたいな。”

 

「では、先生、ひとまず撃ってみて。」ヒビキは手元のタブレットを見下ろしながら言う。タブレットのカメラは、無数のスキャナーが付けられているマネキンに向けられていた。

 

ゆっくりと、アイアンサイトをプレートの中心へと合わせ、狙い、トリガーを引く。

 

「耐久力…98%」ヒビキが驚いたように口を開く。

 

もう一度撃つ。「95%」

 

もう一発。「91」

 

もう一発。「85」

 

「82」

 

「79」

 

1マガジン分と更にその半分の弾数を撃った時にはプレートは完全に割れていた。つまりはボディアーマーに入ってないプレート一枚に、合計30発もの弾を撃ち込んだということになる。「すごい…」ヒビキがそう言い、俺もうなずく。

改造を施した銃は確かに強いものだ。俺はとにかく耐久性を重視していたが、まさしく重武装の「タンク」とまでいくのはあまり好きではなかった。

「SRTが支給するものよりも高品質かも。こっちの方がスケバンを倒すよりも多く撃つ必要がある。」

 

「スケバン」という言葉を後で調べるため脳内に記憶する。

“そうなのか?”

 

「うん、本当。」ヒビキはそう断言して、手元のボディアーマーをじっと見つめる。「ケブラーは一度織り込まれると、形を変えるのも、加工をするのも難しい。だからズボンには使えない。あとは履き心地も悪くなるから。」顎に手を当てながら続ける。「でも先生のボディアーマーは脚をカバーしてないからパッドを入れるのもどうだろう…?それか防弾ジェルをプレートの下に入れるか…いや、衝撃を吸収するパッドを付けたりするのも…」

 

ヒビキが一人で呟き続けている間、俺は首を振る。

“それで、どうにかなりそうか?”

 

「これに関してはどうしようもできない。」そう言いながら、ベストを俺に返す。「これは長く使ってもらえるように作られたもの。だから下手に変えるのはマイスターとしては失礼にあたる行為だし、にぎやかしとして放置するなんてのは言語道断。」

「でも、セラミックプレートなら改善できるかも。他にもベストはあるかな…?もし予算を少し増やしてくれたら…時間をかけて改善方法を探れると思う。」

 

俺は顎に手を当てて、唸る。

“まあ、ここが少し寂しくなるだろうから、ヒビキがやりたいのならそうしておこう。もちろん、やる気があるという前提だが。”

 

ヒビキはまばたきをして、あっさりと決まったことに驚いたようだったが、尻尾をかわいく振りながら微笑む。「マイスターとして、光栄に思う。」

 

この後俺はヒビキに、プレートの耐久性を上げる方法や、快適で実用性のあるケブラーなど、自分の要望を伝えた。そして送り出した後、ミレニアムのエンジニア部の予算増額に関する書類に署名した。

*1

*2
原文ではマテオ先生が実際に口ずさむが、残念ながら大人の事情によりここでは載せることが出来ない。歌詞を知りたい場合各自「MF DOOM Raid 歌詞」と検索すること。

*3

*4

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