ふっくらとした半月型で、淡いベージュ色の小麦粉生地のお菓子。
メキシコ圏及びラテンアメリカにて親しまれており、各家庭毎にレシピが異なっていたりする。(ボラチータスを作る動画のリンクを掲載している。なおマテオ先生が作ったものは動画のものにピーカンナッツと練乳を加えたもの。)
本作品の作者である501ar氏曰く、どら焼きに近いとのこと。
https://youtu.be/x6jL7bJomtY?si=a2hWlIn7lauGSD_1&t=788
まるで人生で一番の朗報を知ったかのような笑顔を浮かべたキリノと、頬を押さえながら穏やかな微笑みを浮かべ、片手には半ダースのドーナツ、背中にはきれいになったライフルを背負ったフブキ。俺はその二人に手を振った。
ため息をつき、エンジェル24へと戻り、ビール缶を一個買って、キッチンへ向かう。ボラチータスを作るために。
作り終えて、それぞれが俺を助けてくれた少女達とリンの分である五つのタッパーを置く。
激しく動いても潰れないようにして、ゴーバッグの小物入れに入れ、スマホを手に取る。
“ISAC、ウェイポイントを…ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム、連邦生徒会の中から一番近いところにセットしろ。”
| A 連邦生徒会が一番近いです。その後にゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの順で行くことを提案します。 |
ISACがそう言い、俺は瞬きをする。
“なんでだ?”
| A ここからの最寄りが連邦生徒会であり、夜のゲヘナの治安は著しく悪化すること。トリニティはこれらの中では治安の良さが一番であること。ミレニアムへ到着する頃にはユウカが不在である可能性があります。そうすれば、最後に届けた人物であるということを認めなくて済むからです。 |
ISACが説明し、俺はうなずく。最後のは何か違う気がするけど。
そういえば、牛乳を買っておくべきかもしれない。ボラチータスを食うといつも胸焼けが起きるが、牛乳はそれに効くからだ。近場で買えばいいだろう。
さて、リンにちょっかいをかけるとするか!
タリー・ホールのThe Bidding*1を歌いながら*2、大きなダッフルバッグを目一杯抱えたままシャーレを出て、路地に入り、梯子を登る。
そこでひと息つき、地区の景色と屋根を眺めながら、主要になりそうな侵入箇所を探る。
“一か所に誘導させる方法はないか?爆弾で建物ごと崩すのは…それだとただの厄介者と変わらないな…”
“なら、シアターコミュニティがやっていた方法を試すか?”
“セミトレーラーを何台か設置し、ワイヤーを張って車のバッテリーを二つほど繋げるやつを…”
独り言をただただ呟いていく。
だが、それには別の問題が伴う。路地があるとシャーレに対する側面攻撃を許してしまう。
一般的に、市街戦というのは高負荷のストレス下での短期間の激しい戦闘が繰り返される環境だ。
この場所を支配したい者がいるなら、素早く動いてしまうので要点をいくつか見落とすことになる。
ダッフルバッグを開き、ISACが推奨する位置にアサルトタレットを、天井の中央にアーティレリータレットを配置する。
タレットは一瞬起動し、すぐに停止して、アロナ、ISAC、そして俺の指示を待っている。
梯子を滑り降りる。まだ準備することは山ほどある。これがバレたら俺は怒られて、罪悪感を抱くことになる。
兵士から戦場をなくすことはできても、兵士の心にある戦争をなくすことはできない。
物悲しい路地の真ん中で、壁にもたれかかる。疲労が押し寄せ、この戦いが終わることをみじめに願う。
殺しから解放され、問題になってること全てから逃れて、ただ休息を得る機会が訪れても、本能からしてもう分かりきっている。結局のところ、俺は戦場へと戻ってしまうということを。
ため息をつき、影に紛れてゴミ箱のそばに追尾マインを設置する。そのまま放置し、位置をマークする。
ダッフルバッグはSHDテックで溢れている。ファイアフライやドローンやタレットなどの多種多様な装備が詰め込まれ、30分もすれば空っぽになる。
D.C.で学んだ教訓がある。金がなければ物もない、己を守る術が足りなかったことだ。その教訓は
だが、ここではどうだ?金こそ必要だが、物が枯渇することはない。調達手段も豊富で、クラフトチェンバーで作ればSHDテックは尽きない。
まあ、俺は完璧な存在ではないかもしれない、だがそれでも無様にくたばる気なんてのはさらさらない。何がなんでも戦い抜いてやる。
重苦しい心を抱えながらも、怒りと決意に満ちた炎が冷えた体を温める。周囲を慎重に歩き、防衛のための道筋を記録し、すでに設置されたものを確認していく。
正直なところ、これら全ては…俺が動けなくなってしまった事態を想定してやったものだ。せめてもの人生最後の悪あがきとして、敵がシャーレへと向かって進むであろう道を人生最悪のものにしようとしただけだ。
書類にサインをし、リンは眉間を揉む。あれだけちゃらんぽらんだった友人が、なぜこれだけの書類仕事をこなせられたのかは、まさしく謎そのものだ
顔を上げると、処理していない書類の山は減っていた。だが未だにそれは鎮座しており、白いオフィスの中で白々しくあざ笑っていた。
これが、シャーレに重要な書類を送って確認と承認を求めた後の状態だ。そして今、マテオも同じように書類に苦しんでいると考えると、リンの心には妙な満足感が広がっていた。
マテオがじっとしていられるタイプではないことは、彼女にもわかっていた。何しろ、机の上には昨夜遂行した任務の事後報告書が、その隣にはさらに二つの報告書が積まれているのだから。
視線を移し、本来「誤って提出された書類」として扱われている書類の山を見つめる。だが、最近は「シャーレの書類」へと改名すべきかもしれないと考えていた。
次に会ったときには、大人を叱らなければならないことに少しばかりの後悔を感じる。とはいえ、生徒会長が書類の不備を見つけたときにすることと比べれば、自分が ることなんてのはまだマシだと思う。
「あれれぇ~リンちゃん~?漢数字で書かなきゃいけないのを忘れちゃったのかな~?アラビア数字はだめだめぇ~。」
「ほら、こことこことここが、漢数字で書くとこだよ。」
ちょっとしたからかいだと分かっていても、彼女が連邦生徒会に入ったばかりの頃は、一度悪夢を見てしまうぐらい程、生徒会長のからかうような言葉に満ちていた。
ため息をつき、立ち上がる。何か甘いものか、それか目覚ましになるものを求めて頭を揉みつつ休憩室へ向かう。
彼女が部屋を後にすると、静かなオフィスには書類の山と時計の針の音だけが残った。そして数秒後、ドアノブがガタガタと揺れた。
“くそっ…”
扉の向こうからくぐもった声が漏れる。
さらに数秒後、カチッとドアノブが音を立て扉が開き、マテオのスマートウォッチが一瞬オレンジ色へと光った。
“ありがとなISAC。”
そう呟きながら、彼は机の上にタッパーと牛乳のパックを置いた。
周囲を見回しながら、彼は付箋を手に取り、何かを書きつけてからタッパーに貼りつける。軽くうなずいて部屋を出ようとするとゴミ箱の前で足を止め、唸る。覗き込んでみたが中には何もなかった。それでも視線はリンの机へと移り、アメリカにいた頃のように机を漁りそうになるも、思いとどまった。
数分後、リンがオフィスへと戻る。そしてタッパーを見つけ、ため息をついた。「まったく…」
そう書かれた付箋を剥がした。そしてそのまま甘い菓子を手に取り、ひと口食べる。
──口の中に広がるのは、ブラウンシュガー、ピーカンナッツ、そして練乳。
完璧とは言えないが、良いものではあった。
そういえば、キヴォトスを救ってくれたことに対する報酬を承認する書類にサインしなければならない。
書類を片付けると、もうひと口かじり、目を閉じてその味をじっくりと堪能する。