心地よい音声と「お買い上げありがとうございます。」の言葉が、コンビニを出る生徒の背後に響く。
手袋をはめた彼女は、水が入ったペットボトルのキャップを握り、ひねって外すと、ため息とともに一口飲む。目を擦りながら、頭上の灰色の狼の耳がピクッと動いた。
砂狼シロコは自分のロードバイクにもたれる。短い灰色の髪は夜風に揺れ、クロとシロの瞳孔が周囲を見渡しながら、もう一口ボトルの水を飲む。青い瞳にはわずかな疲労がにじみ、首元のマフラーをきつく締めて、こぼれそうな欠伸をそっと隠す。
砂漠の夜の冷え込みを気にしないようにしながら、シロコは制服のスカートの揺れを感じつつ、手元のペットボトルを見つめた。
彼女とその仲間たちは、包囲戦が始まって以来ずっと学校に留まっていた。物資は減り続け、それとともに希望も薄れていった。
今、彼女はまだ営業している最寄りのコンビニへ、仲間たちのための軽食を買いに来ていた。とはいえ、誰も認めようとしないが、彼女らが待ち望んでいるものはただひとつ──奇跡だった。
包囲戦を何とか退けるか、シャーレの先生がアヤネの手紙を受け取るか、あるいは宝くじに当たるか……どれでも構わない。だが誰も過度な期待は抱いていない。
彼女は視線を得物へと落とす。黒と白のSIG SG550。装填済みのマガジンが挿さっていて、もう一本はポケットの中だ。
シャーレが申し訳程度の弾薬を送ってくれるだけでも御の字だが、もし何もなければ、シロコには次の定例会議で出すプランBがある。
更に思索にふけようかとした矢先、銃声を示すはっきりとした音が鳴り響き、思わず頭を振り向かせ、音が収まるまで待った。おそらくアビドスにいる不良同士の小競り合いの一つに過ぎず、そして当たり前の光景であった。
だが、それは不良同士の衝突ではなく、アビドスの住民に嫌がらせをしている可能性も残っている。シロコは、自分の故郷の人々が苦しむのをただ見過ごすわけにはいかなかった。
銃をしっかりと握ると、彼女は音のする方向へ向かってジョギングを始めた、銃の発射モードを単発に切り替えて、壁に寄りかかりながら辺りを見渡しつつ、銃撃音の発生源を探していた。
ショットガンが発砲され、シロコの目は見開かれる。大人が障害物を軽やかに跳び越え、その下に身を潜めた後、顔を覗かせて二発撃つ瞬間を彼女は見た。フォアエンドをポンピングするたびに空のシェルがカラカラと地面に落ち、不良たちはひるんだ。
その近くで、不良の一人が顔をのぞかせ、撃とうとするが、彼は素早く動き、銃口をその不良たちに向け、二発放つ。そのショットガンの威力はシロコが普段目にする以上のものだった。さらに再びしゃがみ込み、ショットシェルを装填してからフォアエンドをポンピングした。
その時、彼がバックパックに手を伸ばして奇妙なガジェットを取り出すと、シロコの視界には彼の首元に彫られた見覚えのあるタトゥーに留まった。
そのガジェットは機械の翼を持っていた。それだけがシロコが唯一把握出来た特徴だった。
彼が部品の交換を終え、スマートウォッチに触れると、ガジェットはまるで生命を得たかのように飛び上がり、動き出す。次第に、不良たちの間をすり抜け、とうとうその標的を捕らえる。標的はスナイパーライフルを構えた不良で、ガジェットから放たれた眩い光に照らされた。
その不良は、ヘルメットの下から目をこすりながら眩まされ、慌てて飛び出すと、そのまま先生による銃撃の雨に倒れた。
一方、彼の手にはM4が握られており、マガジンを交換しながらバリケードを跳び越え、不良らが後退する中を前進していった。
シロコが驚くのをよそに、建物の裏口が無理やり開かれ、そこからショットガンを構えた不良が彼に狙いを定めた。
シロコはすぐに身を動かし、銃のセーフティを解除して発射しようとするも、間に合わなかった。その者は既に頭へとショットガンを向け、迫っていた。「もう最っ悪!撃ちたくないんですけど!」
先生の頭を狙うが、何者かの”手”がそのショットガンの動きを止めさせた。不良はそれに驚くもその得物は発射された。ペレットは立体的な画像を貫き、それは歪んだ。そして本物の先生が自分のショットガンを引きはがしている様を目にして、不良はますます驚いた。
反応を起こす前に、彼は突然頭を前に投げ出して目の前の敵の頭に衝突させた。その衝撃で不良は驚き、銃を握る力が緩み、彼はそれを引きはがし地面へガチャッと落とし、更に続いて顎にパンチを一発食らわせた。
不良の瞳は上を向き、頭上に浮かんでいたはずのヘイローがちらついた後、すっかり消え、地面に倒れこむ前に、ましてや反撃すらも叶わないまま、意識を失った。
シロコの視線は、ホログラムの発信源に釘付けになる。それは彼が動く前に投げ捨てたに違いない、床に置かれた円盤状のものであった。
彼は振り向き、M4を構え他の不良たちに狙いを定めた。バースト射撃を次から次へと放ち、それに伴い響く銃声と敵へ命中する銃弾。少女らは驚きながら逃げ出そうとするが、空飛ぶガジェットが閃光を放つ。
そして彼女らは先生にとってより一層狙いやすい的へと変貌した。疾風迅雷、その的を次々と撃ち、敵が逃げ惑う中、必要以上の弾は撃たなかった。
やがて、路地裏はシロコとマテオ以外の者がいなくなり、シロコは好奇心と尊敬の眼差しで彼がリロードする様子を見つめていた。彼女は隠れていた場所から足を踏み出し、砂の上で靴がザクザクと音を立てながら、こう問いかける。「大丈夫?」
ブルーとブラウンが遭遇し、お互い共に一瞬驚嘆した。
どうしてここで出会う女の子は皆驚くほど魅力的であるのかと驚嘆したマテオ。だがその考えは後回しにしてM4のセーフティをかける。クエレブレ──彼が今まで使ったショットガンの中でも、改造前ですらも群を抜いて優秀だったM870も同様にセーフティをかけた。
一方、シャーレの先生を実際に目にして驚嘆したシロコ。実際に出会うことは予想だにしなかった。
そしてようやく、マテオが答えた。
“ああ、ちょっとばかし驚いてた。それだけだ。”
息を吐きながらそう発言し、バリケードにもたれかかる。
“君が…スナオーカミ、だな?”
そう問いかけると、彼女はうなずいた。
それを見て彼は微笑む。顔には出なかったが、目を閉じたその様子で、シロコは彼が笑っていることを察した。
“ならよかった。”
そう言いながら、バリケードから身を起こし、手を伸ばすと、自らの顔を覆っていたマスクを外した。
“ヴェルネス マテオ。ここの生徒が送った手紙を受け取って、ここに来た。”
“弾薬を持ってきた、それとアビドスに拠点を設置する許可をもらっておきたい。”
彼の微笑みと若々しい外見のせいで、生徒なのか先生なのかシロコは一瞬迷ったかもしれない。しかし、その迷いは彼が口を開いた瞬間に消え去った。
彼の声色は、威厳と優しさの間にある不思議なバランスを保っていた。その穏やかな表情の奥には、どこか不安げな気配が見え隠れしている。シロコは彼の姿をじっと観察しながら、いくつかの細かい点に気付いた。
わずかな仕草、重心の微妙な移動、そして目の下の隈。
彼は疲れているようだが、それでも戦い続ける意思を持っている。
彼の手を握り、シロコは握手をする。「シロコで大丈夫だよ、先生。あと、委員長のホシノ先輩にも話を通しておかないと。」
“なら、協力してくれるか?”
彼はそう言いながら手を離し、角の方へ歩いていく。そこから取り出したバッグは、パンパンなまでに膨れ上がっていた。
“学校までの…”
マテオは言葉を切りながら、アビドスの方を見つめる。その目がわずかにオレンジ色に光ったのを、シロコは気が付いた。
“距離はそこそこあるみたいだな。”
「そうだね。」シロコはそう答えながら歩き出し、「ここで待ってて。」
数分後、バッグはロードバイクへと積まれたものの、二人はちょっとした問題に直面していた。
“さて…”
マテオはそれを見つめながら口を開く。
“どうやって行こうか?”
「ん、」口癖を発する。「先生をロードバイクに載せる。」
彼女の言葉に、マスクをつけたままのマテオは目を見開いた。顔は隠れているものの、その眉のかすかな動きが驚きを物語っている。「それで大丈夫。」
“シロコ”
マテオが喋り始める。
“俺はほぼ6
シロコの目は大きく見開かれ、マテオをまじまじと見る。
そして率直にこう言った。「…先生、噓ついてる。」
“ま、しばらく測っていないからな。でもまあ、180
マテオがそう言うと、シロコはもう一度瞬きをする。
「それって何
“えー…”
マテオが言葉に詰まると、ISACのHUDに数字が表示される。
“81
「いい運動になるね。」シロコは即答する。信じられない、とマテオは表情を浮かべるが、どうやら冗談のつもりではないようで、マテオはため息を吐く。
“
そう小さく呟く。その瞬間、彼は何かを思い出す。
ゴーバッグを開け、中を探り始めた。シロコは不思議そうに彼を見つめながら、そのバッグの中から聞こえる様々な音を耳にする。
弾薬、セラミックプレート、その他細々としたもの。
やがて、短い金属製のパイプを二本取り出した。しばしそれを見つめた後、肩を落とし、全身からにじみ出るような苦笑を浮かべる。
“まさかこんなものがな…”
彼はバイクへ向かい、前輪にその二つを取り付けながら説明していく。
“俺が漕ぐから、シロコは俺の上に乗れ。”
シロコの耳がピクッと動く。「私が──」
“俺の方が重い。”
彼は遮った。
“坂を登るときに俺が前だとバランスを崩してしまうし、シロコは視界が悪くなる。俺のほうが背が高くて、シロコは軽い。だから、シロコがいいのなら俺が漕ぐ。”
しぶしぶ、シロコはうなずく。「分かった。」
“さて、コケないことを祈ろう。自転車に乗るのは久しぶりだからな。”
そう小さく呟いたが、シロコはそれを聞き取ってしまい、この計画に対する自信をほんの少し失ってしまった。
それでもシロコは前に座り、彼が取り付けた補助のパイプに足を乗せた。
“レディ?”
「ん」
“よし、いくぞ。”
過積載にもかかわらず、ロードバイクはしっかりと耐え、彼は夜の中へ漕ぎ出した。
ゆっくりと、シロコは目を閉じ、砂漠の夜風を楽しむ。髪がなびき、彼女は静かに息をついた。────胸の奥にかすかな希望が芽生えるのを感じながら。
一方、マテオはシロコの髪から漂う心地よい香りに気づいてしまい、その思考を振り払っていた。