Chap.6-01 アビドス高等学校 廃校対策委員会教室
すでに遅い時間ではあるが、俺たち全員は安堵の息をつく。アヤネがノートパソコンを操作している音を聞きながら、ホシノを含む少女たちは皆上機嫌で、俺たちは朗報を待っていた。
空ではブルーとオレンジがぶつかり合い、夜の境界線へとなっていた。だがそれを"夜"と完全に断言するには、まだまだ暗さが足りなかった。
全員、身を固めていつでも動けるように構えていた。それでも疲労の色は隠せられていない…ストイックなシロコとリラックスしているホシノは違った。だがその二人にも、巧妙に隠されていたが、確かにその色があった。
遂に…アヤネが息をつき、明るく安堵の笑みを浮かべながら背伸びをする。「カタカタヘルメット団の撤退を確認しました!」
まるで魔法がかかったように、少女たちは全身の力を抜き、息を吐き、ゆっくりと伸びをした。
俺はというと、伸びをしているノノミを見ないように努力をしていた。「おわったぁ~~~~!」ホシノが安堵のうめき声を上げると、全てをさらけ出すかのように前へと倒れ込んだ。額が机にぶつかり、ゴンッ!と鈍い音が響くと、即座にすやすやと寝息を立て始めた。
「シロコ先輩。」アヤネが声をかける。その笑顔には他の皆と同じく、疲労が滲んでいた。「ホシノ先輩を机から下ろしてくれませんか?」
「…ん。」シロコは静かにホシノの襟首へと手を伸ばし、優しく引き上げ、ホシノは椅子へと戻る。その頭は背もたれへと垂れ下がり、彼女のヘイローは消えて、どこか間抜けに見える笑みを浮かべながら…かすかな寝息を立てていた。
そう、彼女たちの手で見つけ出した幸福で満たされた泡を、俺は割りたくはなかった。だがそれでも…俺は口を開こうとする。
少女たちは疲労が溜まっていたのにも関わらず、本当に…楽しげに笑い合っていた。その姿は異常なまでに頑丈な学生ではなく、どこにでもいる学生そのものだった。
彼女たちは分隊のように動き、その様子は俺がかつてエージェントたちと共に行動した時や、ペイントボールが撃てる銃で遊んでいた時にも似ていた。
どれほど頑丈だろうと、どれほど高度な技術を持っていようとも、それでも彼女たちはただの生徒だった。
ここはD.C.ではない。最初から派手に崩壊しかけていた街でもなければ、一度復興されてはキーナーのせいで再び崩れたニューヨークでもない。ここの皆は少なくとも一晩か二晩は休める。話は次の会議まで持ち越せばいい。
「よかったぁ~!」大きな笑みを浮かべて、セリカが口を開く。「邪魔なのが消えたからようやく借金に集中できるわ!」
おいちょっと待った。…借金?
確かに、この学校にいる生徒は彼女たちだけ、それすなわち全員が統治機関に所属していることとなる。だが、統治機関が借金を気にする必要なんてあるのか?
混乱した俺は、考えをそのまま口にする。
“借金?”
互いに視線を交わし、彼女たちは全員沈黙する。その中で唯一、ホシノだけは眠り続けていた。セリカが口ごもった。
「あっ…しまった…」とセリカが呟くと、アヤネが気まずそうに喋り始める。
「えっと、先生は…」不本意ながら話を続けようとする。
「ストップ!これ以上言わないで!」俺を睨み付けてセリカが遮った。が、俺の困惑は深まるばかりだった。
まあそうだ、理解はできる。俺は兵士であって官僚ではなかった。だが、それでも…「ですが…」とアヤネが問いかける。彼女もまた、困惑していた。
「先生がやることじゃないからよ!」セリカが断言し、俺を睨みつける。俺は軽く眉を上げる。
“なるほど、先生がやることではないと。”
皮肉を込めながら口を開く。
“キヴォトス最大級の学園が完全に消滅しても、誰も影響は受けず、傷つくのはここの住人だけで、恒久的な問題は残らない、と?”
俺は呆れたように目を転がし、セリカが俺を睨み返す。
「まあまあ落ち着いて~。」欠伸をしながら、ホシノが目を覚まして前かがみに座り込む。
「別に先生に何かさせてもらうつもりはないし、ここまでやってくれただけでもとーってもありがたいよ。他の人たちよりもずーっと尽くしてくれたからね。」
控えめな笑みを浮かべてそう言った。
背もたれに体を預け、俺は息を吐く。
“悲しいものだな。”
苛立ちは隠さずにぼやき、視線を外した後、再び向き直る。
“報告書はありがたいが、実地調査の時は目撃証言の方を重視している。それで一体何があったんだ?”
身を乗り出す。
“確かに、借金は良いものではないが、君たちの場所はアビドスだ。かつてはゲヘナやトリニティですらも凌ぐ入学者数を誇る学校であった。そんな学校が返済できなかった借金は一体、どれほどの金額なんだ?”
一斉に、彼女らは互いに視線を交わす…アヤネがため息をつくまでは。「九億……正確な額は…九億六千二百三十五万円です。」
あぁ……
あぁ神よ……
あぁ、天にまします偉大なる神よ……
これは……
おおよそではあるが、1ドル約100円だ。つまり、100で割ると…
9百万?ほぼ10近くか?なあ…それって…
“…今現在の額が?”
弱々しく問いかけながら、彼女たちの顔に浮かんだ表情を確認する。
シロコの諦めが混ざった苛立ち。
セリカの悔しげな怒り。
アヤネの諦観した絶望。
ノノミの落胆。
“あぁ…”
俺は声に出して──数字と出来事に納得がいく。
“すまないが、当時の記録が残っていたりとかはないか?”
「悲しいけど…」ホシノが答える。「ここ分校なんだよね。本校はもう……砂の下。」そしてざっくりと手を振る。「…あっちだね。」
…ISACでデータを回収できるか?
詳しい調査が必要だが…
“それで…”
口を開く。が、すぐに閉じる。
学校が崩壊した訳を探るのと、それを無遠慮に語るのとでは話が別だった。
「事情は先生がお察しした通りですが、ご心配しなくても大丈夫です。」とアヤネが口を開く。
「数年前、アビドスは突如として巨大な砂嵐に見舞われました。特に珍しい出来事でもありませんでしたので、学校は対抗措置を用意していました。ですが…限界を超えてしまいました。」
弔辞を語るように、静かに回想していく。「もちろん、それだけではありません…が、最大の要因ではありました。」
「もう一つの理由として、前の生徒会がね…」ホシノが答え始める。
「無駄遣いしてたんだ。お高い材料で試作した花火や、貴重な遺物まで、何から何まで全部ぜーんぶ、砂嵐に飲まれて消えちゃった。んで、皆だんだん贅沢になっちゃってきたから、生徒会がなんとかしようとしたけど…その時にはもう後の──」
そして肩をすくめ、両手を上げる。
「祭り。ここが終わっちゃうのは時間の問題だった。」
“何もしなければ、民衆は怒る。だが努力しても結果が伴わなければ、それでも民衆は怒る、と。”
俺は呟く。国が終わるかもしれないというお祭り騒ぎは俺にとっては見慣れたものだった。結局、俺も経験することになったが。
“まず初めに消えるものとしては、一番必要になってくる産業だ。そして観光、交通の順で消えていき、指導者の数は減って住人の大半が去っていく。選択肢が無くなり、そこに残った者は銀行へと頼る。”
「はぁ~…」愉しさの欠片もない笑い方をホシノが行う。「銀行ならまだいいんだけどね。うん。アビドス生徒会の借金はどの銀行でも貸し出しできる額を超えてたから、それで闇金に走ったワケ。」
闇金──その言葉で俺の身体は身震いした。それならこの額は、元々の額に比べればまだマシなのか?なら元々の額はどれほどだったんだ?記録を調べる必要がある。が、どうしてこんなことが起きたんだ?
静寂が訪れる中、セリカは耐え切れなかったようで机を両手で叩き、俺を睨み付ける。「で、どう?これで満足したわけ?私は全然だけど?」そうぼやきながら足音を鳴らし、立ち去っていった。
「セリカちゃん、どこに行くんですか?」アヤネが問いかけるが、セリカは俺を睨みつけながら振り返る。
「外。」そっけなく、そう答え…「アンタが何をしようが、私は絶対に!関わらないわ!いい?」そう言うと、引き戸を勢いよく閉じる。そして足音が遠ざかっていく。
静寂の中、ノノミが立ち上がる。「私が話してきます。」
他の三人はうなずき、ノノミは歩いて去っていった。そして再び、張り詰めた沈黙が戻る。「ご覧の通り、状況は最悪です。」
“クソみたいな法務問題だな。”
俺は低く呻くしかなかった。
一体全体どういう世界なんだ……SHDがアメリカ奪還を成し遂げるよりも、高校生五人が土地の信用を取り戻す方が難しいだなんて…。
「セリカの苛立ちは、よく分かる。」シロコが呟く。視線をノノミが出ていった扉へ向けながら。「今まで誰も、助けないどころか事情すらも気にかけてくれなかった。」
「何かさせてもらうつもりはない、って言ったのはおじさんの気遣いじゃなくて、現実的に考えたからそう言ったの。」ホシノが言い始める。
「今まで話してたことはただの状況の要約。本当の経緯なんてのはおじさんにも知らない。それでも最年長なんだけどね。まっ、今は先生がいるから二番目だけど。」
自分の冗談に少しの笑みを浮かべる。他の誰も笑わなかったが、気にしていなかった。「まあでも、先生がヘルメット団を追っ払う手伝いをしてくれたおかげで、ようやく借金返済に集中できるよ。」
クソッ。
「借金については気にかけなくてもいいよ。」ホシノは俺を安心させようとする。「先生が話を聞いてくれただけで万々歳だからね。」
「これ以上先生に押しつけるつもりはない。先生はもう十分すぎるほど助けてくれた。」シロコがそう伝える。表情を保とうとしながら…だが耳は僅かに垂れ、震えていた。俺は大きなため息を吐く。
“クソッ…”
周りに聞かれないよう、低く静かに呟く。
借金、ギャング、砂嵐、よく分からない何か。
借金、ギャング、よく分からない何か。
借金、よく分からない何か。
借金。
全てはこのクソったれな借金へと行き着く。
顔を両手で覆い、息を吸う。
この子たちが必要としているのは…命令に従うだけの者じゃない。
…
怒りがこみ上げ、肺の中にある空気を吐き出す。頭の中は澄み切っていた。
“クソったれ。”
そう声に出すと、残った対策委員が驚く。
俺の手は机を叩き、マスクで隠れた歯を食いしばって、勢いよく立ち上がる。彼女たちは再び驚き、俺は自治区の地図へと向かい、指を道路へと滑らせながら低く呟く。
“まずはデータが必要だ。その後にセーフハウスや保管庫といったものを全て用意する。そして周囲を固めたら、そこから行動する。ここは──”
「あの、先生…」アヤネが口を開く。「何を──?」
“ここに留まるつもりだと言いたいところだが、砂漠は嫌いだ。だからその案は現実的じゃない。”
脳内で場所を計画しながら答える。
“その代わり、君たちが答えを見つけ出すか、俺がまともな方法を見つけるまでこの近くにいるつもりだ。
……闇金業者の建物を吹き飛ばす以外の方法を、だが。”
「その…冗談…ですよね?」そうアヤネが問いかけるが、俺は答えない。さっきの話は難しいものではない。俺はマークスマンへと特化してきているのかもしれない。だが、まともなエージェントなら爆発物を有効活用できる方法を知っている。
問題を一気に吹き飛ばすのは、ただ単にカタルシスを得るだけではなく、狙撃の最長記録を更新した時とは違う満足感が得られる。「…です…よね?」
“本気だと答えたら…”
“俺のお願いを拒否したくなるぞ。だからお互いのためにこの話はここまでにしよう。”
「お願いって?」ホシノがそう尋ねるが、その声にはどこか緊張感があった。
“別に大したものではない。君たちが努力し続けること。自治区内にセーフハウスと保管庫を設置と、連邦生徒会から対策委員会と俺用の弾薬の提供と、次回の会議で俺が出席することの許可をもらう。
俺のお願いとはそれぐらいの基礎的な部分だ。”
俺が答えると、アヤネが驚いた様子を見せる。
“まず初めに、作戦基地を設置するのと、そのためのデータが必要だ。データというのは、本校の廃墟から見つかったもののことだ。 そしてそれを発掘するチームと本校の設計図もいる。発掘したデータはほとんど壊れていると思うが、それでも使えるものは何でも使っていく。 もちろん、俺は君たちの許可を得ずに進めることが出来る…が──ミス小鳥遊。”
驚いた様子を見せるピンク髪の少女へと、俺は目を向ける。
“それだと俺は無礼を働くことになる。だから…決定権は君のものだ。”
口を開けて呆然とするホシノ──その目は見開かれ、これまで以上に警戒をしていた。「……どんな風にやってくの?」
“そうだな…”
俺は顎に手を当て、考えながら続ける。
“まずは連邦生徒会に邪魔をする。電話でも出来るが、俺は上司がキレてる顔を見るのが好きなんでな。”
悪知恵が働いたことを隠そうともせず、微笑みを浮かんでそう発言する。
俺はリンとは揉めていない。だが揉めていないことと、クソガキみたいになっておちょくって楽しむことは別問題だった。
それと、アビドスで起こってしまったことは、もう何年も放置され続けている。
“それから、俺は外を一通り回って、弾薬箱とセーフハウスの場所を決める。 そして君たちに場所を伝え、君たちが承認する。そのお礼として、俺がセットアップを行って、ようやく使えるようになる。 資金の方はシャーレが複雑怪奇な方法で回してくれる。…セーフハウスの方もどうしているのかも…よく分かってないけどな。”
そう認めると、思考を巡らす。
“あとは当たり前のことだが、情報が多ければ多いほど、全容を紐解きやすくなる。 そして新たな手掛かりを見つけ出せるかもしれない。”
地図を見ながら、軽く鼻を鳴らして低く呟く。
“個人的には…爆発物へと繋がることを期待しているが……”
周りに聞かれないように声を抑えたが、驚いていたアヤネの顔は一瞬にして疑いを持ったものへと変わった。彼女は鋭い。
“で、これから話し合うかそれとも──”
「やるよ。」ホシノは一切の迷いを見せずに答えた。その即答ぶりに俺は驚いた。
“ちょっと待て、普通は迷うものだろ。俺の姿なんてどうあがいても悪そうなヤツにしか見えないだろ。”
「そだね~。」ホシノはそう認める。だがその肯定が俺にこの自治区への希望を与えてくれた。「でもおじさんはね、正直な人かどうかっていうのは分かるんだ。それに、先生も準備する時間がいるんでしょ?」
俺は観念してうなずく。
“ああ。ひとまず俺は自治区をざっくりと調べて、実現できるかどうかを確認する。”
「ならアヤネちゃんに相談した方がいいよ。色々と物知りだし。」そう言うと、机に倒れ伏した。「おじさんもうげ~んかい。」
“次の会議はいつだ?”
俺が突然質問してきたせいか、アヤネは跳ねるように驚く。
「えっ!?み、三日後です。」とアヤネが答え、俺はうなずく。時間は十分にあるはずだ。
“なら…”
シッテムの箱を起動し、地図を開く。
“本校の場所を示してくれるか?”
しばし話し合い、細かいことを整理した後、俺は地図と本校の設計図を見つめる。
“ふむ…よし。次の会議に出席してもいいか?”
「ん」とシロコが言うと、その口元はわずかに緩んでいた。「歓迎する。」
“では、今日の任務はこれで終わりだ。皆本当によくやってくれた。”
本心からそう言って、皆に微笑む。
“もうすでに遅い時間帯だ。何か食べて、しっかりと休んでくれ。次に会うのは対策委員会の会議だ。契約についてはそれまでに片付けておく。 もしも余裕ができて、自治区の外へと出ることになったら、遠慮せずにシャーレへと来てほしい。そこでお菓子を食べたり、テレビを見たり、とにかく何でもいい。…実際俺もそんなに使ったことはないからな。”
苦笑しながらそう認める。かすかに残っている日本の礼儀作法についての記憶を思い出そうとするも、ISACがくれた情報で思い出すのはやめて、笑みを浮かべる。
“では、この挑戦が実りあるものとなることを願おう。そう簡単にやれるものではない。それだけは、確かだ。”
俺がその言葉を発すると、ホシノはだらけた笑顔を返し、シロコはうなずき、アヤネは微笑んだ。
“それじゃ、俺はシャーレに戻って書類仕事に追われてくるよ。”
諦め混じりのため息をついて、外へ向かう。
“ヘリコプターを呼んでここを離れる。もし何か起きたら、俺に連絡しろ。 あと、答えて欲しい質問があるだけでも構わないぞ。では解散。”
「お疲れ。」
「お疲れさま~。」
「お疲れさまでした!」と、偶然にも同じタイミングで、三人は声を揃えて言った。
俺は手を上げ、軽く敬礼を行う。そのまま歩き出し、シャーレへと通信を入れる。
“さて、調べるとするか。”