The Divide   作:粋刺@翻訳

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Chap.7-05 シャーレ オフィス

シャーレに戻り、俺は書類仕事を再開する。強化外骨格(エグゾスケルトン)のコストを知ったユウカに散々叱られたヒビキは、すっかりと疲れ果ててソファに倒れ込んでいた。フウカは料理をしていて、俺は自称”マイスター”のもとに向かい、呆れて笑う。

“はしゃぎすぎたようで。”

 

「まだ試作止まりで完成品じゃなかったのが救いだった…」そう小声で返す。「ウタハ先輩がチェーンガンを付けたかったから…ごめん、先生…」と申し訳なさそうに耳を垂らす。無意識のうちに耳の間に手を伸ばし、くしゃっと撫でる。そしてそれを止められない自分に気付く。

 

“まあ…大丈夫だ。”

そう答えて手を離し、ヒビキは困惑していた。

“次からは本題に集中するように。何せ俺の命を預けているわけだからな。”

 

「はい。」と返事をしているが、俺が文字通りのことを言っているのを分かっていないのだろう。「気をつけます。」

 

“よろしい。さて…”

周囲を見渡す。ユウカは俺が保管しておいたレシートを確認していて、ハルナは書類整理をしながらフウカの料理を待っている。俺はというと…ほとんど終わったところか?

“ここでやることはもうないようだな。戻ってもいいぞ。”

 

「そうだ。」とヒビキはペンとノートを取り出して、その目には興味が宿っていた。「先生、ベストの仕様を聞いてもいい?デザインとかつけてほしい機能とかの希望はある?」

 

俺は立ち止まり、ヒビキを見つめながら顎に手を当てる。

“まあ、そうだな…今着てるのと同じのでいい。”

自分のベストを指差しながらそう答える。俺の目にはただのケブラーベストに映るが、技術屋曰く俺の体格、使用武器、戦い方にフィットするように作られた”俺のための”アーマーらしい。本来はそういうアイデアだったが、エージェント一人一人の”専用”のアーマーといったものはないとすぐに思い知らされることになった。アーマーは壊れるものだし、情が移ってしまえば命取りとなる。

結局、技術屋(名前はレオ、俺の”グループ”で一緒に動くSHDエージェントだ)は壊れた時のための改造ガイドラインだけを渡してくれた。とはいえ、その時はもうアメリカに再び平和が訪れつつあった頃だったが。

 

「じゃあ…改良品はいらなくてもいいの…?」ヒビキが尋ね、俺は少し考え込む。正直、魅力的ではあったが、アーマーというのはどうせいつか壊れてしまうものだ。それに情を持ちたくはない。

 

“…いや。いいものが欲しいだけだ。”

隣に座りながらそう答える。

“革新的じゃなくても、世界を変えるようなのじゃなくても、ミレニアム限定のじゃなくていい。”

俺の説明を聞いたヒビキは眉をひそめる。「先生、それだとつまらない。」と答え俺は含み笑いをする。「その説明だと何を作ればいいか分からない。」そうヒビキは認めて、俺は頭を横に振る。

 

“臨機応変にやって、資金を貰っていけ。”

肩をすくめてそう答える。

 

ヒビキはむっとして、じっとにらみつける。「本当はそうしたいけど、でもやらない。」と答えると、俺をじっくりと見つめる。「先生はどんな服が好き?」

 

変な質問だな。

“着れればなんでもいい、なんでそれを?”

 

ヒビキは明らかに俺を睨んでいた。「フォーマルな服装のことで。」と補足すると、俺は理解してうなずく。

 

“どうして?”

 

「答えて。」ヒビキの言葉に俺は顎に手を当てる。ふと、リンの服装を思い出して眉をひそめる。

 

肩書きは好きなだけ使えるが、心の底ではずっとSHDエージェントだ。けど…もしかすると…

 

“まだ試したことはないが、俺専用の制服がいくつかある。見たいか?”

 

「うん!」とヒビキの瞳が輝き、すぐに勢いよく言葉を続ける。「行こう!ほら!」俺を軽く押してほぼ強制的に立たされる。

 

“分かった、分かったからちょっと待て。”

俺は息をつきながら、服を見るのにおかしいまでに興奮しきっているヒビキを連れて部屋へ向かう。

 

着替えを済ませて部屋からでる。アーマーを着ていないことにちょっとした違和感があるが、ヒビキは「おお!」と声をあげハルナは満足そうにうなずく。「“服が人を作る”とはまさにこのことですわね。」

 

ユウカは目を見開いて俺を見つめ、俺は顔をしかめる。こんなにも注目されてしまうのはなんだか妙に気恥ずかしい。確かに、場面に応じた服装を選んで褒められたことはあったが、ここまで多くの女性の視線を浴びるのは意外だった。

 

一番意外だったこととしてはキッチンから顔を覗かせたフウカだった。「ご飯です──あっ!」と言葉を止め、俺をじっと見つめ視線を胸元へと移動させる。そして首をかしげて目を細める。「先生、ちょっとこっちへ。」

 

フウカへと歩き、うなずく。

“どうした?

 

フウカは手を振って俺を招き寄せ、俺はさらに身を乗り出す。その瞬間、青いネクタイを掴む。スーツを着るのは何年ぶりか、俺でも雑に結ばれているのは分かっていた。フウカがそれを引っ張ると、ついつまずきそうになり、顔が近くなって俺は驚き、フウカはネクタイを解く。「結び方間違っていますよ。」と指摘しながら直していく。その場にいた生徒たちは興味津々な表情と微妙な気恥ずかしさを感じているようだった。「まったく、先生は大人ですから結び方くらいは知っておいてくださいね。」

 

“知らないのはどうしようもないだろ。”

そう言い返し、どういうわけか胸の奥と頬に広がる妙な温かさを気にしないようにしながら視線を逸らす。

“こういうのは着たことがないんだ。”

 

それは事実だった。ジーンズの代わりに白いスラックス。シャツと元々のボタンアップは黒いボタンアップへと変わり左胸には白いシャーレの紋章が刻まれている。さらに本来なら白いベストを着るはずだったが、青い裏地の白いトレンチコートの方が機能性があると感じたためそっちを選んだ。そして裏地には星のような模様も施されている。見てくれだけなら、先生のようだった。まあ、その代償として、装備がなくて素っ裸みたいに感じている。黒い手袋をはめているがスマートウォッチとイヤーピースとスキャンテックレンズを付けているだけだ。

 

「はい。」フウカが一歩下がり満足そうに手直ししたネクタイを眺め、俺もそれを見つめる。確かに良かった。「直しましたよ。」

 

“ありがとう。”

自分の姿を確認しながら答える。だが腕とトレンチコートの袖を見て、僅かに眉をひそめる。肘まで袖をまくるという長年続けていた軽い癖が。思案した末、前腕まで袖をまくり上げてコートに仕込まれていたピンで留める。

“よし。”

 

少々見せたくない傷跡が露出するかもしれないが、構わない。ただし、防御力がないことについては納得がいっていない。衝撃を吸収する層のものすらもない。

 

そして、アロナが現れて、目は輝いて緑色のヘイローで喜んでいるようで、畏敬の念を込めて喋る。

S おぉ~!とっても素敵ですよ先生!

 

俺は心の中でこう答える。

(残念だが、歴史に残る出来事が起きない限りもう着ることはないと思う。)

アロナはむっと口を尖らせ俺を軽く睨む。まあ、確かにトレンチコートは素敵だった。

 

そして、ハルナの口笛がその思考を中断させた。頬をわずかに紅潮させ、からかうような笑みを浮かべる。「まあ!フウカさんがそこまで大胆なお方だったなんて!思いもよりませんでしたわ~!」

 

「なんですって!?」ユウカが頬を染めながら尋ねる。そしてフウカもようやく自分の行動に気が付いて顔を赤らめるのだった。

 

「えっ!?わっ!?」と呂律が回らずにフウカが周囲を見渡す中、ヒビキはうなずく。

 

「先生、サイズは?」と瞳を輝かせて聞いてきて、俺はあることを思い返す。服に興味があることを。しかし、その質問に他の少女たちは驚愕して、ハルナでさえも驚いた。

 

“分からん。”

肩をすくめてそう答える。ISACに向くとアロナを見ていて、アロナもまた肩をすくめていた。次の瞬間、二人はファイルを確認し、スキャンテックにデータが表示される。俺のサイズのようだ。

“サイズはどこかに載ってると思うから後で送る。それで、フウカは何を作ったんだ?”

俺が尋ねると角が生えたその生徒は瞬きをし、頬の紅潮を振り払うように頭を振り、微笑む。

 

「えっと…」と作った料理について説明を始める。ビーフシチューだった。その間に他の少女たちも集まり、ヒビキは質問を投げかける。どんな色合いがいいか、バックパックは使うかどうか、どんなアーマーを着ているかどうか、どんな状況で使う予定かを尋ねてきた。

 

最後の質問が俺の動きを僅かに止めさせた。俺は今、FBIみたいなものになっている。ただし、怪しいお仕事はしてない…いや、倫理が腐敗しきっているお仕事と言うべきか。

 

結局のところ、俺は答えた。

“シャーレの正式な業務を行う時だ。”

すると、少女たちは素早くそれを”戦場のど真ん中”と解釈する。

 

それはさておき…ビーフシチューを一口味わう────感情を抑え込まなければならなければいけなかった。子供のように泣きじゃくるわけにはいかなかった。「その…どうですか?」とフウカが不安げに尋ねてくる。

 

少女たちのように、俺も色々な感想が残せたはずだった。

 

「いつもながら、フウカさんのお料理は素晴らしいですわ。」ハルナが褒める。だが奇妙なことにフウカはあまり嬉しそうではなかった。

 

「凄く美味しい…」信じられないとでもというようにユウカは呟く。

 

「美味しい。」とヒビキは簡潔にまとめて、尻尾をずっと振りながら食べ続けていた。

 

俺はしばらく沈黙し、それに周りは気づいたせいかフウカがそわそわし始める。「お口に…合いませんでしたか?」

 

それでも俺は黙っていて、もう一口食べる。

”…懐かしい。”

しばしの静寂の後、そう答えてフウカに微笑む。

 

────母親の味のようだ。

 

俺の声の温かさ、明るくなるフウカの表情、少女たちが食事へ戻る様子、それでも俺はいつもよりゆっくり食べた。牛肉の柔らかさとシチューの美味しさをゆっくりと味わい、堪能して感情を抑えこみ続けた。

 

ようやくシチューを飲み干して立ち上がる。

“ありがとうフウカ、本当に美味しかった。書類仕事もほぼ終わったから皆解散だ。家に帰ったら休んで、学校の準備をすること。”

そう言って伸びをする。

 

「先生、お疲れさまでした。」とユウカは微笑み軽く頭を下げる。

 

「ええ、本当に素晴らしいお時間でした。ではフウカさん、おかわりの方をお願いしますわ~」

 

「…またなの?あっ、おやすみなさい!」フウカは感情を込めずに呟くが、俺へ向ける声だけは優しくなる。

 

ヒビキはただ小さく唸り、俺は静かに唯一のプライベート空間──クラフトチェンバーへ向かう。

 


 

あの壁は人の頭を叩き潰す道具としてはぴったりのようだ。

 

特に俺の頭を。

 

フウカの料理には懐かしさを感じた。家族のもとへ帰れるようになったら食べられるご褒美のようなものと夢見ていた。

 

不思議なことに、そのような味ではなかった。

 

胃の中から嫌悪感がこみ上げてきて、胆汁もこみ上げてきそうだったので口に手を当てなければならなかった。これはただの心理的な反応だと自分に言い聞かせなければならなかったが、不思議なことに、その自制すらも効かなかった。

 

神よ、温もりをただただ拒絶するだけの俺は一体いったいどれほど情けないのでしょうか。

 

フウカの料理は美味しかった。ここの結婚制度がどうなっているのかは知らないが、フウカと結婚する人はきっと幸せになるに違いない。

 

俺の胃袋は全くもって幸せにはなれなかったが。

 

なぜだ?なぜ俺はあの温もりを断ち切れない?俺の身体は今もなおアメリカに縛られているように感じている。そしてキヴォトスを憎悪している。キヴォトスにいるだけで飛び出してしまいそうで、バラバラに引き裂いてしまいたいかのように──(アイツ)がしくじりやがったことへの怒りか。

 

ディビジョンからの離反、そして自分自身の努力の失敗…

 

結局、(アイツ)はただ一つの思いと共に、震えるようにため息を吐くしかなかった。

 

────あの日、本当にオーバードーズしてればよかったのに。

 

あの日、何もかもがぐちゃぐちゃになっていた。あの時は俺含むディビジョンエージェント三人と市民軍二人で、敵地には救急キットが二つあった。エージェントの一人はキットを取るのを忘れてしまい、もう一人は市民軍の一人に使用し、俺は残りを使った。

 

正直なところ、合衆国上院議員や大統領、あるいは「ディビジョンエージェントが平和と安定を取り戻すためにあらゆる手段を講じることを許す」という条項を盛り込んだ者たちが、その条項が若者に薬物を投与することを正当化するために使われるなんて、誰も思っていなかったんじゃないかと思う。

 

足を擦り、今もなおあの長い切り傷の痛みの痕が残っているのを感じる。一度、活動を中止して手術をせざるを得なかった。鎮痛剤を使い果たし、もう使えるものは何も見つからなかった。奇跡的にも薬物が見つかるまでは、アルコールすら手元に無かった──あの時のことを今も忘れられない。

 

確かに、痛みのせいで記憶はぼんやりしていたが、無理やり服用させられたことだけは覚えている。

 

畜生、あれには何か混ぜ込まれてやがった。

 

オーバードーズしそうになった。

 

さて、薬物を使う人なんてどうでもいい。だがいつ使うのかが問題になる。

 

やることがなくて暇な時?節度を守ってさえいれば俺にはどうでもいいことだ。

 

任務が始まる直前の時?撃たれてもその時は撃たれた奴と神様と撃った奴での問題だ。

 

任務中の時?なら俺が直々に撃ってやるさ。

 

しかも、これは任務中に起こった話だが、どういうわけかは分からないものの、ほぼオーバードーズ寸前になった以外は負傷を最小限に抑えて何とか乗り越えることができた。

 

ため息をつきながら、ケルソが俺に向かって放った言葉を思い出す──「惨めな姿。」

 

あの日、彼女が俺を、疲れ果て傷だらけの状態で見つけたときのことだった。”そうだな”と俺は微笑んで答えた。

 

かつて、一人の恩師との記憶が、余計な考えを払い除けて俺の気分を少しだけ軽くしてくれる。いつもよりも少しだけ、本物の笑顔を浮かべながらため息をつく。

 

アメリカの大半の平和を取り返すことが出来て、たとえその内半分がディビジョンを憎んでいる状況であっても、俺はきっと、もう一度家に帰って家族と出会えるはずだ。

 

“よし、温泉の場所を確認しないとな。明日はアビドスだからパイロットにも連絡しておく。そして現地で何かするために道具を用意して、地区を見回って残った跡がないか調べる、ってな。ああ、それでいい。”

 

そうつぶやきながら立ち上がると、アロナとISACが視界の隅に現れるのを確認し、俺の胃も少し落ち着いた。

 

S 先生…大丈夫ですか…?

アロナがそう聞いて、俺は微笑む。

 

“だいぶ良くなった。”

肩をすくめながら答える。

“だがやるべき仕事もあるし、書類も山ほどある。そして、予定も始めなければならない。生徒を助けたいんだったら、こんな小さな発作に付き合っている暇はない。”

 

書類仕事を終え、街の真ん中で爆発物を起爆すると誰が困るのかをカスミと議論している間、人生の中でただ一つ、変わらぬ存在に俺はしがみつく。

 

────生徒たちを。

 

 

しかし、こうした発作は本当に…本当に何回も起こるようになっている。




[作者あとがき]
ゲームプレイとストーリー展開のギャップを埋めるためにBSAVでの変更点についてのプレイヤー(特にディビジョンのプレイヤー)への説明です。正直に言うと、この章は多くのキャラクターを登場させられた点で楽しんで執筆しましたが、登場人物が多かったため、特にマテオのキャラクター性を一貫して保つことができたかどうかについては自信がありません。それでも、皆さんがこの物語を楽しんで読んでくださったことを願っています。

[訳者あとがき]
次回は12日に投稿します
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