Chap.8-01 連邦生徒会 オフィス
連邦生徒会長はオカルトや未解明の事象、実現不可能に近い謎までありとあらゆるもののファンだった。彼女の右腕兼友人として、リンは生徒会長の突飛な発想や謎めいた行動には慣れていた。
時折、彼女が会長の机を掃除していると会長が残したメモや、様々な季節や時間帯に書かれた買い物のメモのような雑多なものも見つかる。
煩わしく感じることもあるが、この膨大な仕事の中、ふとした気晴らしになることには感謝していた。だがしかし、今回のメモは少し…困惑するものだった。
やっほーリンちゃん!
あんまりお話出来なかったけどお迎えのルールは覚えてるよね?
先生はたくさんの武器を持ってるけど武器庫にはちゃんと案内してあげてね?もしかしたら私がコッソリ隠しておいた武器を見つけ~
る!ない!どっちなんだろ?
そうそう!マテちゃんはね…うら若き純情乙女をたぶらかす癖があるっていうのにリンちゃんを独り占めしようとしてるんだよ。本当に意地悪さんだよね!もう!無自覚系イケメン先生め!そんなケダモノには気を付けてね~
これが内容である。そう、普段よりも長く、同時にマテオへの煽りも激しかった。リンはただ唸る。
「ふむ……なるほど…」と呟くも、口角を上げずにはいられなかった。「覚えておきますか。」と言いながら、再び書類仕事へと戻る。「とはいえ、先生への連絡と武器庫への手配はしておかなければなりませんね。」淡々とそう呟きながら、仕事を再開する。
再び、風が俺の武装へと叩きつける。長袖の淡い水色のシャツが体に押し付けられ、帽子を押さえながら深く息を吐く。一応全て整った。だが、俺は自分の手で自治区を調査し、セーフハウスになり得る場所を確認したい。それにだ…
視線を広げれば、高校の校舎が位置するアビドスの広大な砂漠が広がっている。そこで一体何が見つかるのだろうか?この任務は無駄に終わるのか?電力は落ちるのか?ファイルから何か判明するのか?
そして、セリカは俺への怒りを収めてくれるのか?
最後のは他と比べても遥かに難しい。報告書の内容がどうであれ、失敗した任務には慣れている。だが俺にとって人という存在はいつも難しいものだった。過去に失敗した関係や一般的な友情まで、礼儀をわきまえながらも、ある目的に没頭していた。そして俺のそばに残ってくれた人々が増えていくほどそれへの執着がより強くなっていった。
不思議なことに、この態度が俺を遠い存在のように感じさせて、そして親しみやすくさせているとも言われている。俺はほぼディビジョンの理念そのものを体現している。特定の行為への嫌悪を隠さず、子供たちに教えることの楽しさも隠していない。そして子供たちを楽しませる努力をすることで、人々から少し親しみを持たれている。若さも相まって、なおさらだ。
俺が持つ技術全て──素早く銃を抜き、正確に撃つ能力やその他日常的に使う技術も──すべては子供たちに安心させ、楽しませ、教えるためのものだ。その思考は装備にも反映されているが、ドッジシティ・ガンスリンガーホルスターだけは違う。これだけは好奇心と少しの子供じみた興味で選んだものだった。
それでも、俺はここで何をすべきか分からない。
セリカと対策委員会に憐みは必要ない。導き手も指示もいらない。俺がいてもいなくても、皆上手くやっていける。ここでは俺が"出来る"ことがあるのか?
ゆっくり、息をつく。
“俺ももう時代遅れなのか?”
無意識に手がM9へ伸びる。それを抜き、自分へのセラピーとして点検を始める。
“いつも通り、異常なし。”
そう呟きながら、銃を戻し、視線をヘリの外へ向ける。
俺は ここに 属して いない。
俺の考え方はここに馴染まない。俺の話し方はここに似つかわしくない。俺の装備も、習慣も、何一つとして、こんな世界には不要だ。
だがそれでいい。
ゴーバッグの小さなポケットへ手を伸ばし、ペンが挟まれている小さな本を取り出す。静かに本を開き、趣味のパズル、とりわけ数独へと没頭し始める。
数字は好きな分野ではない。だが、地獄の一歩手前にいるからこそ、何かやれることを見つけなければ。俺は物事を纏め上げることに楽しみを見出した。正直なところ、俺は謎を見つけることには興味はなかった。ただ謎を解くことが好きだった。だから、時間があれば、この小さな本を取り出して数字を並べる。
それは落ち着きを与えてくれて、目の前の地獄から思考を逸らしてくれる。
パイロットが伝え、俺は小さな本をしまい込む。
俺はディビジョンに属していなかった。だから俺はできることをするだけだ。
────人はシーシュポスを幸せに想わなければならない。
もう一度微笑んで、クレートを持ち上げる。
“ありがとう。”
| 頑張ってね先生! |
パイロットの言葉を背に、アビドスへと向かう。
噂をすればなんとやら。
俺はセリカを視界に捉え、赤目の猫の少女も俺を見つけて動きを止め、どちらも微動だにしなかった。そう、俺が微笑むまでは。
“おはよう!”
彼女は無意識に動き出したようで、答える。「おはよ…ってちょっと待った、友達扱いしないで!」
“うーん、そいつは残念。”
そう軽く呟きながら、周囲を見渡す。前のエリア同様、景色は砂に覆われている。
“ここって居住区だよな?セリカの家はどこだ?”
「それ知ってどうするつもりなの?」と即座に聞き返し、怪訝な目で見つめる。「あんたには関係ないでしょ、このヘンタイ。」
“そういうのは準備って呼ぶんだ。”
そう答え、運んでいた箱を地面に置く。セリカは興味を示す。
“リンとの連絡が取れなかった。だから追加の弾薬はまだだ。とりあえず、こいつを設置するぞ。”
そう言ってアサルトタレットを取り出し、廃屋の壁へと取り付ける。
「何こ──にゃあっ!」タレットの足が飛び出し、周囲を索敵してから静止してセリカは思わず飛び退いた。
“充分とはいえないが、今はこうするしかない。”
そう言って俺は箱へと戻り、閉じて持ち上げてセリカへと向く。
“本校に行く途中だよな?一緒に行ってもいいか。”
「ちょっとなんなのよアレ!?」とタレットを指差す。「なんで脚が!?」
“アレはタレットだ。歩けないから別に心配しなくてもいい。”
そう保証するが、奇妙なことにセリカはあまり確信が持てないようだ。
「ていうか何しに来たの!明日だったよね来るのは!」と尋ねれば、俺は箱の持ち方を調整しながら力強く握って、うなずく。「私もそんな時間があればいいのに…」そして皮肉っぽく言う。
“だな。だが作戦の準備はほぼ終わってて、あとはホシノの許可と署名のみ…要は"i"に点を打って、そして"t"に横線を引いて仕上げるだけだ。”
そう説明するが、俺が受けた支援については触れない。彼女らは許可を求めることなく自治区へ入るだろうから。
“正式な作戦の退屈な部分を片付けてからようやく本格的な任務に入れるわけだ。”
少し姿勢を変える。
“それで、学校に行くのか?”
「だからなんで聞いてくるの?」と尋ねてきて俺は眉を上げる。「私が何しようが関係ないでしょ。」
“あるぞ。ヘルメット団がまだ残ってる可能性があるからな。”
そう答えると、セリカは困惑した表情を見せる。
「え?あいつらなら追い出したでしょ?もう忘れちゃったの?アヤネや皆も見張ってるけど何も目撃してないし、人や物の動きもないのよ。」と、鼻で笑う。
外部との動きならその通りだ。だが内部はどうだ?
カイザーはまだ疑惑から外れていないし、今後も外れることはない。
“用心するに越したことはないからな。”
そう言って箱を持ち直し、セリカの隣を歩く。
D.C.、ニューヨーク、シルバークリーク、そこから教わったこととして、権力を持つ者は既存の権力にすがりつくかさらなる権力を得るためなら何でもする。こういう連中が地方の自治体の再建や、インターネットの復旧を阻害してきたのだから。
ふと、アメリカが今どうなっているのかが気になる。戦闘は数多く経験したものの、ここに来る前の年には少なかった。俺の立場は…外交や支援を担うものへと移行したからだった。依然としてエージェントだったものの、新たな治安部隊が構築されるにつれ、状況は比較的安定してきた。例外はあったが、俺が介入して外交的に対処した。つまり、SHDを脅迫させて入らせたスキルを、今度は交渉に活かしたということだ。双方が約束を守っていることを祈るばかりだ。
妙な話だ。エージェントになったばかりの頃は、支援部門へ無理やり押し込まれた。それが最後の数カ月では、自ら望んでその役割を担い、時折、作戦の指揮を執るようになっていた。皮肉にも連邦政府が再建されつつあり、SHDの活動を停止されようとしているところだった。ただ、俺がここへ来る前に、エージェントの活動が停止されたという話は聞いたことがないが。
「なら私に構ってないで早く本校に行きなさいよ!」と叫んで走り去っていき、俺は箱を見つめる。
“…ホシノの持ち場について聞いておくか。”
セーフハウスとして使えるかもしれない。
俺が歩き始めたその時、不愉快な記憶が頭の奥へと侵入する。似たような場面が…俺は地面を踏みしめながら、セリカを放っておくことしかできなかった。
探索は後回しだ。決意を固め、俺はアビドス高校へ向かって走る。まずは周囲の警戒態勢を整えた後に、街を見て回ろう。
失敗を犯すのは人生において普通の出来事だ。だが俺ほどの失敗はそうそうない…
"サンドマン"という名を得た理由は二つある。一つは俺が砂場で子供たちと遊んでいた時。その時の俺は服の隙間という隙間から砂がこぼれ落ちるほどだった。
二つは俺がその子供たちの一人を救えなかった時。
同じ過ちを犯したくはない。だがヘリコプターペアレントのように過保護になるのも違う。
なんとも悩ましい…
「これで…」とホシノが肩を落とし、アヤネは書類を見つめながらわずかに希望を込めた笑みを浮かべる。「終わり。」
“ああ。”
そう答え、伸びをして背中を鳴らしながら安堵の笑みを浮かべる。
“あとはもう一方のチームと連絡を取って、作戦の準備をするだけだ。”
「お疲れさまでした。」とアヤネは頭を下げ、俺は微笑みながら礼を軽く手で払う。
“大丈夫だ。状況次第では、数日以内に準備が整うはずだ。拠点を叩いて、ヘルメット団全員を完全に戻らせないようにさせるぞ。”
そう言って立ち上がる。
“周辺は抑えられてて、アヤネが管理をしている。俺の方でセーフハウスの候補地を偵察する必要がある。”
「アヤネちゃんがずっと見張ってるけど、コントロールポイントを確保してからは誰も出入りしてなくてずっと身を潜めたままになってるね。」
“そうか、なら今日の夜に片付けるのが賢明だな。”
アヤネとホシノに聞こえるように呟く。
「ずっと居座り続けてきたしね。」と不満そうな表情を見せるも、いつもののんびりした表情へ戻る。ホシノの目線が俺へ向かうと、俺は何気なくレーションバーをかじって、ホシノが興味を示す。「先生それ何?」
“段ボール。”
そう答え、顔をしかめながらもうひとかじりする。
“だが、ロブスターの味を想像すれば多少マシになるぞ。”
「うへ、それじゃあダメだよ。」とホシノは立ち上がり、目を光らせながらアヤネへ向き直る。「先生を案内するのは私たちの責任だからね、アビドスの観光名所は少ないけど、あそこがあるよ。」そしてアヤネの目が見開かれて興奮気味になる。「じゃ、シロコちゃんとノノミちゃんを呼んで、町一番のラーメン屋に行こっか!」
「呼んだ?」と以前とは違う服を着たシロコが扉を開ける。制服ではなくアビドスの紋章や細かい装飾があしらわれ、ぴったりとしたサイクリングウェア。額から汗の雫が流れ落ちているその姿は、悪くないといったところだ。
服が、だ。シロコじゃなくて服がそうだ。シロコは──
これ以上は口を慎もう。
「こんにちは先生~」とシロコの後ろからノノミが入る。「また会えて嬉しいです!」
“俺もだ。”
レーションバーを食べ終えてそう答える。
“町一番のラーメン屋があるとホシノが言ってたが、それってキヴォトスで一番なのか?それともアビドスで一番なのか?”
「え~っと…」とノノミは両手を叩き嬉しそうに手を頬へ寄せる。「キヴォトス一番のラーメン屋は分かりませんが、今までで行ったことがある場所なら柴関ラーメンですね。」
「ん、」とシロコは素早くうなずいて同意を示す。「とても美味しいから先生も食べるべき。」
“その言葉、信じておくぞ。”
そう答えると、ふとあるものを見つける。
“バッグの中にあるのは何だ?”
「地図。」と瞳を輝かせながらバッグから取り出し、テーブルへと広げて俺に見せる。それは俺たちが向かうアビドス本校の地図だった。「ホシノ先輩に少しだけ手伝ってもらった。」
三人の表情を見渡し、アヤネは呆れた様子を見せて少し苛立っている。だが多少なりとも興味を持っているようだ。「全部消えたわけじゃないって言っただけだからね。」
“何を話しているんだ?”
そう聞くとホシノは頭を横に振った。
「シロコちゃん、探検して何か見つけたがってるけど、年を重ねに重ねたおじさんとしてはあそこにはもうガラクタしか残ってないと思うよ。」と少し諦め気味に言う。
“そうとは限らんぞ。”
そう呟くと、シロコは興味を示して、アヤネとホシノの目が見開かれる。
“例えばサーバールームにある電源だ。ファイルを回収した後にそれも確保できれば、ここで使うことも売ることもできる。まあ使えそうなのはそれぐらいだと思うが。”
シロコの耳が垂れ、それを見て俺の胸が締め付けられる。アヤネはため息をつき、ホシノは不満そうにうめく。「うへ~せっかく期待してたのに~」
「すごいですね~!」とノノミが明るく声を上げる。「これで事の顛末も分かるし借金も少し軽くできますね!」と希望に満ちた笑顔を浮かべる。
“だな。”
うなずいて、続ける。
“そろそろ、ラーメンが食べたくなってきたな。”
そう言うと、皆はうなずいて微笑む。
「もう十分働いたからさ…先生、奢ってよ?」
“カード払いが出来たらいいんだが。”