The Divide   作:粋刺@翻訳

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Chap.8-02 アビドス自治区 柴関ラーメン

柴関に近づくにつれて、俺の困惑は深まっていった。まるで内輪ネタで盛り上がるかのように、皆はくすくすと笑い出し、シロコでさえ、口元がわずかに緩んでいた。目の前に見えてきたのは、まさに旅の途中でよく見かけた、特にチャイナタウンにあるような昔ながらのラーメン屋だった。外装は木造で、内装には少しだけ石材が使われており、ダイナーのようでもあった。だがそういった店にありがちな装飾はなく、家具はクラシックな木製のものだった。そして俺の困惑をよそに、啜る音が店内からわずかに聞こえてきた。

 

「はい、ここが柴関ラーメンだよ。」とホシノが店を示しながら言う。「きっと虜になっちゃうよ~本当だよ。」そう言うと一歩近づき、目を輝かせながらいたずらっぽい笑みを浮かべて囁いた。「だってここの店員さんは最っ高に可愛いからね。」

 

思わず目を回した。もし可愛い顔だけで居場所を決めていたら、俺はとっくに何も成し遂げられていない。

“そうか。まあいいか、行こう。”

そう言って店に入ろうとしたそのとき、シロコがなぜかこちら見つめ、ノノミは笑いを堪え、アヤネは小さくため息をつきながら先に入っていった。

 

「すみません!」と声をかけると聞き覚えのある声が続く。

 

「いらっしゃいま──え?」とセリカの言葉が止まる。俺が入ってゴーバッグを外しながら見つめると、目に見えてうろたえていた。黒いシャツに淡い水色のリボンをつけ、タクティカルギアは着用しておらず、ピストルだけだった。だが…

 

“ホシノの言う通り…”

セリカの顔がみるみる赤く染まっていく様が面白かったせいで、つい小声で呟く。

“ここの店員は最っ高だな。”

 

「でしょ~?」と背後でホシノが呟く。

 

“なあセリカ、これはどこにおけばいい?”

バッグを持ち上げながらそう尋ねる。

 

「あっ、それなら武器を外して向こうの──ってちょーっと待った!なんでここに!?」とセリカが自分で言いかけた言葉を遮って叫ぶ中、俺は淡々と指示に従う。ララバイとセーフティディスタンスをウォールラックにかけて、ホルスターに手を伸ばすと手に入れた時に言われたマニーの言葉を思い出す。

 

『もうすっかり、保安官が様になってきたな。』

 

静かに頭を振りながら、ホルスターの位置を調整する。グリップ底部を前に向けてキャバルリードローが出来るように左太ももにピストルを装備しなおす。

 

一方で、アヤネは邪魔してしまったことをセリカに謝って、ホシノが軽く笑う。「なんでってそりゃあ〜セリカちゃんがここでバイトしてるらしいから、ちょっと来てみただけよ。」

 

“イチオシされたからな。”

そう横から口を挟むと、シロコ、ノノミ、ホシノもそれぞれ自分の銃をラックに掛け始める。そう、どれも美しく整備されており、素晴らしい光景だった。

 

「やっぱり…」とセリカが低く唸るように言う。「ホシノ先輩かっ…」

 

そしてセリカが俺に何かしらのことを言おうとしたその瞬間、荒々しい声が飛び込んできた。「アビドスの生徒さんと先生か。」とまるでコミュニティの古参のような、兵士ではないがタダではやられないタイプ──目の下に傷跡がある柴犬が低く言い放つ。「おしゃべりはそれぐらいにして、注文受けてくれな。」とその目が俺に向く。不思議なことに、俺の視線はセリカへ向いていた。マスクのせいだ。

 

「は、はい、大将。」とやらかしがバレた時の市民軍と同じトーンで返事をする。「それでは広い席にご案内いたします…こちらへどうぞ…」セリカが歩き出して、俺たちもそれに続く。ノノミは軽快な足取りで席のひとつへと向かい、勢いよく座り込む。店内は客足がまばらで、正直少し寂しかった。

 

「はい!先生はこちらへ!私の隣へどうぞ!」とノノミが横の空席を叩きながら呼ぶ。俺は肩をすくめて動こうとするが、シロコが喋り出す。

 

「ん…私の隣も空いてる。」と期待に満ちた目で、自分の隣の空席を示す。ノノミの瞳は嬉しさで輝いていて、シロコの瞳はなぜか少しだけ妖しく光っていた。どちらがいいのか、少し悩むことになった。

 

少し迷った末に、狼娘の隣に座ることにする。半身は席からはみ出しかけ、もう半身はほとんどシロコにくっついていた。少し身を引いてスペースを作ろうとする。

“悪い。”

愚行であった。そのことに気が付きこう言う。

“椅子を取ってくる。”

 

「ん…」どこか恥ずかしそうな表情でシロコが俺の袖を掴み、止めさせる。「大丈夫…」

 

「どこが!?」と俺たちを睨みつけながら、シロコの言葉に割り込む。「これのどこが大丈夫なの!?もうちょっとずれるか他のに座りなさいよ!」

 

「ん、大丈夫。」とシロコは言い返し、こちらを真っ直ぐ見つめる。「ね?先生。」

 

セリカの眉が跳ね、怒りで額には血管が浮かび上がった。「他にも席たくさん空いてるでしょ!どうして普通に座れないの!?」

 

結局、セリカの言う通りだった。正直この体勢はとてもキツい。

 

そうして、シロコが拗ねている間に足で近くの椅子を引き寄せ、座って背中を預ける。

 

ちょうどセリカの正面に座る形になったおかげで店の窓の外がよく見える。

 

そして同時に、ビルの壁沿いを走るオレンジのシルエット。どうやらスナイパーらしき影が数名。ISACは通信の傍受に失敗しているらしく、おそらくミレニアムのように強力なファイアウォールを使っているか、トリニティやゲヘナのように十分な余裕があるのだろう。ゲヘナの温泉開発部がここに来ていてもおかしくはない。ならばゲヘナが最有力だろう。

 

スキャンテックは頼りになるが、それでも壁越しではなく肉眼で直接見た方がいい。

 

それはそれとして、普段の感覚へと戻り、ノノミが口を開く。「セリカちゃん。バイトのユニフォーム、とってもカワイイです☆」

 

「いやぁーセリカちゃんってそっち系か。ユニフォームでバイト決めちゃうタイプ?」とホシノが眉を上げてからかうような笑みで言う。

 

「ち、ち、ち、違うって!」とセリカは顔を真っ赤にして反論する「関係ないし!ただ行きつけのお店だっただけだから…」と言葉が濁っていき、ホシノはただ小さく笑うのだった。

 

「へぇ~、ユニフォーム姿のセリカちゃん、写真撮っとけば一儲けできそうだねー」ホシノがそんなことを言いながら、ニヤニヤとした顔でこちらに向き直る。「どうかな、先生?お客さん第一号にならない?」

 

“先生として、断らざるをえないな。”

俺がそう言うと、セリカは少し安心したように見える。俺が言葉を付け加えるまでは…

“個人的には…”

セリカの目がすぐさま俺を鋭く射抜く。俺は両手を上げて、静止のジェスチャーを見せながら続ける。

“セリカに銃口を向けられてはじめて、口径を知りたくない。”

 

「いい加減にしてください先輩…」とアヤネはただホシノを咎める。

 

「バイトはいつから始めたの?」シロコが話を切り出して、顔の赤みが少しずつ引いてきたセリカが答える。

 

「一週間ぐらい。」そしてノノミの目が輝き、両手を合わせる。

 

「そうだったんですね☆時々どこかに行っちゃうと思っていましたけどバイトをしていたんですね。」とノノミが呟けば、セリカの顔は再び真っ赤になる。ただし、今回は怒りの赤だが。

 

「もういいでしょ!早く頼んで!」と叫ぶセリカの姿が怒った猫みたいだったせいで、咳き込みかけるも口元に手を当てて目をそらして笑いを隠した。

 

「セリカちゃ~ん、頼んでじゃなくて…」ホシノが口角を上げながら続ける。眠たげな表情の下で、その目は明らかに企んでいた。俺は歯を食いしばりながら、笑いを堪えていた。

そして眉をひょいひょいと動かし、わざとらしさ全開の高い声で「ご注文はお決まりですか?」と言い放った。そう、いくら温厚な人物でも喉元を締め上げたくなる程の挑発だった。「でしょー?セリカちゃーん、お客様には笑顔で親切に接客しなきゃー。」

 

「ぐぐぐ…」と呻きながらも、深呼吸ののち満面の笑みを浮かべる。そして声はかすかに途切れていて、眉がピクリと動いていて、まさに爆発寸前といった様子だった。「…ご注文はお決まりですか?」

 

ノノミが最初に喋った。「私はチャーシュー麵をお願いします!」

 

次にシロコが。「私は塩。」

 

そしてアヤネ。「えっと…私は味噌で…」

 

最後にホシノが。「私はねー、特製味噌ラーメン!炙りチャーシュートッピングで!」

 

“俺は…”

メニューを見ながら呟く。

“シーフードラーメン二つ。”

俺の注文にアヤネは口を大きく開けて呆然とし、一つは俺の分じゃないと気づいたセリカは戸惑いを浮かべた。

“そして…セリカの分も。”

 

「セリカの分も」という言葉でセリカは更に混乱した。「…え?」

 

“ほら、皆の分を払うって言っただろ?”

皆が少し驚いたような反応を見せる。

“あと、豚骨ラーメンも頼む。”

 

ラーメンの匂いが漂ってくる。今まで食べてきたラーメンはインスタントだけだったから、この機会には…

 

俺は何年も、レーションと時折食べるちゃんとした料理で凌いできた。だからこそ、ここにいると…本当に腹が減ってくる。もちろん…アロナも腹を空かせている。

 

何故かセリカが黙って俺を睨む。そして注文を復唱するが、セリカの分がないことを除いても普通じゃない注文だと感じていたようだった。

 

「わ~お、そんなに食べれるの?」とホシノが聞いてきて俺は肩をすくめる。

 

“インスタントラーメンしか食べたことがなかった。確か食ったのはだいたい…三年前だったな。それにめちゃくちゃ腹が減っているし、匂いが最高だ。”

 

「そういえば先生ってファーストレスポンダーだったね。」とホシノが思い出し、俺をまじまじと見つめる。「でもそんなふうには見えないや。」もちろん、本当はファーストレスポンダーとしてではなく、ディビジョンエージェントとして緊急事態へ対応していただけだった。

 

“そうだな…”

言葉を濁す。ドルインフルが発生してからたった数ヶ月で築かれた死体の山と、俺が手にかけてきた者たちの死体が頭の中で甦る。

“災害は優しいものではなかった。それだけは確かだ。”

そう答える。苦痛しかなかったあの記憶が甦えってしまったが、それでも何とか声は平静を保てた。

“ある時を境に、救助よりも防衛の比重が大きくなっていった。俺たちは適応しなければならず…そして生きてきた。”

エージェント時代のことをざっくりと伝えた時には、皆の注目をよそに靴裏で軽く床を叩いていた。

 

これ以上深掘りされないといいが…

 

「適応って…一体何が…?」心配そうに眉をひそめたノノミが尋ねる。

 

クソッ。

 

いいかマテオ、お前の胸の内を全部明かす必要はない。深呼吸して、正直になれ。その先は知らなくていいことだ。

 

とはいえ脳裏に次々と押し寄せる記憶を抑えながら、声のトーンも一定に保ち、表情を崩さなかった。

“色々なことがあった。コントロールが出来ないウイルスがあったんだ。”

 

“そして人は混乱に乗じて争い始め、そして──”

 

人を武器のように扱った。

 

 

やめろ。早く忘れろ。

 

“重要な施設が多数破壊され、助けが届かなかった人もいた。だがなんとか政府は主権を取り戻した。”

4年掛かった。そしてその後にはブラックタスクと手を組んでドルインフルをバラ撒いたが。

 

「それは…良かったですね。」とアヤネが安堵の笑みを浮かべ、シロコも小さく頷く。

 

皆、生徒だ。

 

その言葉が感情の濁流を抑える錠のように働き、水のように押し寄せてくるありとあらゆる記憶、痛み、怒りを押し込めてくれる。

 

お前が泣き崩れる様を見せる必要なんてない。任務はもう終わった。お前は限界ギリギリまでベストを尽くして、お前の"指令"を完全に全うした。ディビジョンを、仲間を信じろ。

 

 

いや、信じていいのは仲間だけだ。SHDにも信用できない奴はうんといたし、他の組織だってそうだった。

 

“ああ。”

背もたれにもたれかかりながらそう答える。

“四六時中、任務で拘束されてて最悪だった。特に状況が落ち着いてきてからが本当に辛かった。なにせ自由を手に入れた気になってバカをやりだす奴がいたからな。”

 

ここは本当の事だ。キヴォトスとアメリカでは時間感覚が違うかもしれないが、俺が最後にいた頃、人々は安全だと感じていた。そう、安全だから旅をしたくなる。「エージェントさんはバックパックだけで旅をしてるから、私もいけるよね!」と。

あのバカ共のせいでスペースブランケット*1を何十枚も配る羽目になったことか…

 

質問攻めから話題をずらしたとはいえ、ホシノが本当に信用していたかは怪しい。

 

ほどなくして、ラーメンが届く。手に箸を持ち、両手を合わせて音を鳴らす。もう”慣れた”動作だった。マスクを外して、シーフードラーメンを食べ始める。

 

正直に言おう、最初のひと啜りで思考が吹き飛んだ。

 

気付けば水を飲んで、パンパンになった胃を労わっていた。目の前には空っぽの丼が二つ並んでいて、そのうちの一つに箸が丁寧に置かれていた。そしてアロナが俺の真似をしていて、恐らく俺は誰にも気づかれずにラーメンをシッテムの箱へ持っていったのだろう。

 

ナプキンを手に取り口を拭って、自分の顔を見ればいつも通りのきちんとしていた顔だった。

 

そうして昔からの習慣としての、静かに手を合わせてスペイン語で小さな祈りを捧げた。

 

祈り終えたあと、ゆったりと背もたれに体を預けて微笑む。

“ほんと…美味しかった。”

 

アビドスの皆が驚いた表情を浮かべていたが、気にしないことにした。皆が目にしたであろう光景に、むしろ少し同情すら覚える。

 

「うへ~すごい食べっぷり…なのによく汁が付かなかったね…」とホシノが呟き、俺は笑いながら答える。

 

“ファーストレスポンダーだって言っただろ?災害はいつ起こるか分からないから早食いの技術は身につけるしかなかった。”

ラーメンを食べる皆をよそに、再び周囲の観察へと意識を戻す。

 

どうやらさっきの連中は立ち去ったか、あるいは位置を変えたようだ。だがそれでも引っ掛かる点が一つある。

 

──二人組のヘルメット団。

 

ここで何をしている?

 

会話を楽しむ少女達とはよそに、俺は窓の外を見ながら顔をかすかにしかめ、再び視線を戻す。ひとまず今は泳がせておけ。どのみち後で全員合流して拠点を叩くから急ぐ必要はない。その時に一掃すればいい。

 

身体の力を抜き、マスクを付け直して、ある二つの理由のために柴関ラーメンの大将を呼ぶ。一つ目の理由としては提案、二つ目の理由としてはセリカへの支援。

“すみません…”

 

やがて、全員食べ終わって席を立つ。「ごちそうさま!先生、美味しかったよ!」と声を上げるホシノ。

 

「ありがとうございます先生!」と深くお辞儀をするノノミ。

 

「ありがとう。」とシンプルに言うシロコ。

 

“気にするな。”

そう答えた瞬間、セリカの怒りがとうとう限界を迎えた。

 

「ああもう!さっきから余計なお世話ばっかりでもうなんなのよ!さっさと帰って!もう出禁よ出禁!」恥じらいながらもそう怒鳴るセリカを見て、俺は思わず笑い声を漏らしてしまう。

 

その様子に拍車をかけるように、アヤネが軽く手を振る。「また今夜会いましょうセリカさん!」

 

「もう大っ嫌い!一生忘れないから!」セリカはそう叫び、足を踏み鳴らしながら柴関ラーメンの奥へと戻っていった。

 

「ほんっと元気一杯だったね。」ホシノが笑いながらそう呟く。

 

大将が俺のお願いを引き受けてくれることを願う。

 

こうして、アビドスの皆は一度引き上げる。だが周囲の偵察をするべく、俺はそのまま残る。

 

実際には、砂に埋もれたコンビニ跡をよじ登り、TAC-50Cを構え、バックパックを横に置いて、長期戦に備えて態勢を整える。

“よし、ここで待とう。”

*1
主に災害時や遭難時などの非日常的な状態において、毛布や布団などを確保できない状態での使用を想定した、アルミ素材の防風・防寒用・防水のシート

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