「今日もお疲れ!」と柴大将がシフトを終えたセリカへ声を掛ける。
「大将もお疲れ様です!」笑顔でそう返しながら扉を閉め、数秒だけその場に立ち尽くし、「ふぅ…」と大きくため息をついた。一歩後ろに下がりながら、学校へ向けて歩き出す。
「やっと終わった…あー忙しかった…」そしてまたため息。「まさかあんな風に来るだなんて…しかもめっちゃうるさかったし…」
『先生以外は』と皆を裏切るような思考がよぎり、ぴくりと眉が動く。「うそ…あいつらみたいになってる…」とまたまたため息。
確かにマテオは時々うるさかったものの、ただ静かに、幸せそうに聞きに徹していた。ラーメンを啜っているときでさえ…ただ観察していた。本来なら不気味に感じるはずなのだが…
こうして歩けているのは、先生が奢ってくれたラーメンのおかげかもしれないし、そうでもないのかもしれない。「あーホシノ先輩め…!数日前のことを根に持ってたから先生を連れて来たんでしょ!ふんっ!そうあっさり落ちると思ってたら大間違いよ!」
ぶつくさ言いながら通りを歩き続けていると、ふと立ち止まって街並みを見回す。
ヘルメットを被った生徒たちにじわじわと取り囲められていることを、彼女は知る由もなかった。
「賑やかだったここも段々人がいなくなってるわね…それに治安も悪くなってきてるし…」声も気分も耳も、ただただ下がっていく。だがすぐに頭を振り、ぴんと背筋を伸ばせばふわりと揺れるツインテール。「いや、私たちがしっかりしなきゃダメ。アビドスを立て直すのが私たちの役目なんだから。次のバイト代が入れば少しは借金返せるし…それに──」
銃声が響く。聞き覚えのある音だった。その瞬間、溜まっていた疲労は吹き飛び、風切り音と共に弾丸が掠る。その後には絶叫が続き、先生の姿を探そうとしたセリカだったが、すぐには見つけられなかった。ただし、先生の狙っていた物──否、"者"が見えた。
蒼い炎が噴き出す。髪がその表情を隠し、赤い瞳がほのかに光を帯びる。炎はさらに勢いを増し、まだ意識がある団員は動揺していた。「…言ったよね。」ゆっくりと、セリカの口は開かれる。「アビドスから出て行きなさいって!!」
その背後にて、爆発音が連続で鳴り響く。ドローンが驚異的な速度で飛来する中、さらに多くのヘルメット団の姿が見える。「この…!」
「や、やっちまえ!」団員の一人がそう叫ぶ。が、やったのは顔へ飛来した.50BMG弾だった。ヘルメットは粉砕され、服は裂かれ、身体は吹き飛ばされ、ヘイローは点滅したのちに消えた。
その時、セリカの通信機へブザー音が鳴る。
| A セリカすぐに動け! |
一切の余裕がない声色で彼の指示が飛び、セリカは即座に横へ跳ぶ。直後、さっきまでいた場所に砲弾が着弾し、その爆風で鳥肌が立つ。
「何なの──!?」と再び口を開こうとした瞬間、弾幕が彼女を襲う。頭をかばいながら、セリカはボロボロの車の陰へと滑り込む。「さっきの何!?」
| A FlaK 41だ。 |
そう答えるマテオ。セリカは車に背を預けながらアサルトライフルを構え、こちらを狙う団員らに反撃する。
| A 俺がドライバーを狙えれば── |
「狙うってどうやって!?」と車の横に移動しながら遮るセリカ。現在、セリカは双方向から挟み撃ちにされている。「あんなにデカイ戦車みたいなのがヘルメット団の拠点にあるってアヤネは言ってなかったわよ!?」
| A 多分内部から──セリカ今すぐそこから離れろ!! |
マテオが怒鳴り、問い返すこともなく即座に動くセリカ。だが、爆発音とともに横倒しに吹き飛ばされたその瞬間、彼女はようやく気づく。ガソリンが残っているかもしれない車のそばに立って、Flak 41の砲撃を受けるのは最悪の選択だったと。
爆発音に反応して身をすくめるマテオ。
| A セリカ!?セリカ!! |
そう叫び、自分を罵りながらTAC-50Cのスコープを覗き込む。
セリカが初弾を回避した後、マテオはFlak41を狙っていた。彼の視点からは砲台の位置がはっきりと見えていた。セリカが無茶をしないと信じてタクティシャンドローンを飛ばし、運転手と乗務員をマーキングしていた。TAC-50では装甲車両を破壊することはできないが、それでも
さて、セリカは攻撃を受けた際、車影に隠れるしかなかった。その時の彼は判断を誤っていた。
次の標的は────マテオだ。
予感は現実へと変わっていく。銃弾が次々とマテオの位置へ飛来していき、急いで廃れた店舗の屋上にあるエアコンユニットの陰にマテオは身を隠す。
“クソッ、普通のスナイパーライフルを持ってくるべきだったか。”
現在、.50BMG弾が七発入るTAC-50Cのマガジンが三個残っている。だが敵数はそれ以上、そしてTAC-50C以外の武器はどれも近接戦闘に特化したものばかりだ。それでも、やるしかない。
ゴーバッグからセーフティディスタンスを取り出したその瞬間──マテオの血の気が一瞬で引いた。他とは違う音、砲弾の飛翔音が聞こえ、爆発。屋上が崩れ落ち、唸り声を上げながら、背中から地面へと叩きつけられる。そして待ち構えていたヘルメット団たちが視界に入る。
“くそ……”
着弾地点はマテオのすぐそば。痛みに苦しむマテオを見てパニックに陥るアロナ。破片が脇腹を突き刺し、顔を切り裂き、壁へと叩きつけられ、うつ伏せに倒れ込む。目は虚ろだが、まだ命は尽きてない。胸がかすかに上下しているからだ。運が尽きた仲間たちのように、ただの血だまりにはならなかった。
静寂が訪れ、団員たちは安堵の息を漏らす。「あー…ほんっとダルかった…」
「一応撃っとこうぜ。」団員の一人が提案する。崩れた屋根のせいでマテオの姿に光が届かない。「念のために…な?」
「い、いや…装備だけ貰ってこうぜ…」信じられないといった様子で団員らはゆっくりと近づいていく。
先生を倒した。とはいえ、Flak41を使ってようやくといったところだが。だが大丈夫だろう。直撃に近い砲撃を受けて平然としていられる生徒なんて、キヴォトスでもそうそういない。せいぜい打撲程度だから大丈夫だ。なぜなら…
────先生とキヴォトスの一般市民との違いは教科書や小説に出てくる男性だけだから。
数分後、鎖で拘束されたセリカがトラックへと押し込まれていた。他の団員らは先生のバッグを物色していた。
「なにこれ?」一人が小さなブランケットを広げる。「アルミ…?」
「ああもう!」別の一人が舌打ちをする。「なんで起動しないんだよこのタブレット!電池切れ?」
「スマートウォッチだ。」また一人、スマートウォッチを触りなら唸る。「どう使うんだこれ?」
「てかこんなの背負って動けるの?」ボディアーマーを身に着けようとした者が、ゴーバッグを持ち上げようとしてよろける。「おっも!」
「何のグレネードなんだろ?」EMPグレネードとライオットフォームグレネードを見比べて、また一人呟く。そしてケミランチャーとキャニスター用のベルトを持ち上げる。「セットで使うのかな?」
「すご…」別の一人が感動で言葉を失い、セーフティディスタンスを手に取る。「めっちゃいいじゃんこれ…」そのMPXは丁寧に手入れがされて、迷彩が施されており、多少の傷があっても存在感を放っていた。「アイツ銃にめっちゃ慣れてる…」
「そう言うけどさ、じゃあこれは何なの?」別の一人がララバイを持ち上げてこう言い放つ。「アタシらのよりもボロボロなんだけど。」
「まっこれだけあればミレニアムのオタク共に金払って使えるようにすればいいか。」また一人、散乱したSHDテックを指差す。「電源見つかんなかったし。」
「アホかお前、その為のタブレットだろ。」タブレットを持っていた団員が言いながら、シッテムの箱をぶら下げて見せる。
「これいいじゃん!」とまた一人、マテオのTAC-50Cを弄りながら言う。「ねえねえ!こいつであのメイドの一人は倒せるんじゃね?」
そしてマテオのゴーバッグの中身を次々と引っ張り出して遊び始める団員たち。その物音でセリカの意識は取り戻された。「うぅ……何なの──」
「くそっ、起きたか。」とララバイを持った団員がSPAS-12をセリカに向けて、トリガーを引く。
「がっ…!」セリカの目が見開かれる。バックショット弾が全て腹部へと直撃し、撃ったギャングはララバイの反動でよろける。セリカはトラックの奥へと吹き飛ばされ、咳き込み、苦しそうに息をする。ヘイローはちらつき、意識の境界をさまよう。
苦しむセリカをよそに、団員らは床に倒れた仲間を見下ろす。ララバイを撃ったギャングは、その威力に驚愕と畏怖の表情を浮かべていた。一人が手を挙げれば、その者はララバイを彼女に向ける。そして周囲は距離を取り、彼女だけがショットガンの標的として残された。
手を挙げていた者はゆっくりと下げていく。
そして撃ったギャングは立ち上がり、鼻で笑った。「今のが復讐。もう誰も、先生でさえもお前を助けにこないから。」
その言葉にセリカは動きを止め、あることに気が付く。
────私のせいで……先生が……傷ついた……?
アビドスの皆を助けようとした唯一の人物。軽蔑と嫌悪を向けていた人物。それでもその人物は助けようとした。そのせいで傷ついた。自分が原因で…
「じゃ、ズラかるぞ──」
団員らが動き出すその時、何かがよろける音が聞こえた。振り返れば、顔から倒れそうになりながら何者かが現れた。皆、目を細めてその姿を見つめて、一人が叫ぶ。「やべえっ!先生だ!」
「えっ!?」と一人が驚き、その者に銃口を向ける。だがその姿は建物の影に隠れてはいたが、それでも確かに彼はいた。なんとか身体を動かせたセリカはその方向を見やる。そして彼女の瞳は再び輝き出した
「先生っ!!」そう叫ぶ、瞳には希望と高揚に満ちていた。何せ、あの戦いぶりを見たからには先の砲撃の一つや二つ被弾しようが軽傷で済み、そしてヘルメット団相手にまだまだ戦える──そうセリカは考えていた。
だが悲しきことかな、マテオはキヴォトスの住民ではない。
手にグレネードを持っていた団員が真っ先に、あることに気が付いた。手からグレネードを落とせば、目を見開いたまま震え、何か口に出そうとする。仲間はその様子に困惑して振り返る。「なあ、どうした?」
ゆっくりと、影の中から彼の足が現れる。首の下からの姿がだんだんと浮かび上がれば、団員たちは恐れおののき、一斉に後ずさり。そしてまた、セリカの目は驚愕に見開かれた。
淡い水色だったシャツは、今や赤黒く染められたものに。脇腹と脚には深く突き刺さった金属片。ただ音もなく砂上へ滴り落ちる血液。閉じられた片目。深い裂傷が刻まれた額。顔には血が伝い、一部はすでに乾いていた。彼はゆっくりと手を上げ、シャツの袖で目元の血を拭い、目が開かれる。そこには元々宿っていたブラウンが消えて、感情なき無機質のオレンジの光が代わりに宿っていた。呼吸する度にわずかに身体が揺れ、壊れたマスクがぶら下がっている。
「……先生?」と恐怖が滲んだ声で小さく呟くセリカ。ただただ大きく見開かれた瞳には、ゆっくりとこちらを向く彼の頭が。光が再び宿り出す彼の眼が。そして──
ニコリと微笑む彼の笑顔が。血染めになった歯が見えれば、すぐに彼は咳き込み、血の塊を吐き出す。
“よかった。”
かすれた声で、笑みを浮かべたまま、その言葉を出す。
“セリカが無事で。”
息を吐き出し、セリカが言葉を失う中、彼は眉をひそめて言葉を続けた。
“すまない。最初に気づいたとき、もっと早く手を打つべきだった。”
彼は謝った。
死の淵に立たされた男が、立たせた張本人とも言える少女に謝罪した。微笑みながら"もっと早く手を打つべきだった"と奇襲を止められず、逃すことが出来なかったことを謝罪したのだ。
それが彼女の先生──嘲り、嫌っていた男だった。
おもむろに、彼の目がヘルメット団へと向けられる。血まみれで、傷だらけで、今にも崩れ落ちそうなその男から──圧倒的な気迫が放たれる。思わず一歩、後ずさる団員たち。
“一瞬で終わらせる。”
その言葉に団員らは逆上し、先生に銃口を向ける。が、その手は震えている。「か、かかってこいよ!」
彼は答えず、代わりに何かを噛み砕く音が。そして、ごくりと飲み込み、困惑する団員。彼は少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。
──反応が遅れた。
彼の手がホルスターの銃へと伸ばされる。それは柴関ラーメンに入ったときから変わらないキャバルリードローのままであった。地面に転がっていたグレネードが撃ち抜かれ、爆発。戦いの狼煙は上げられた。
装備を持たないヘルメット団の一人が彼の目の前に倒れ込み、手から銃が滑り落ちる。彼はそれを足で踏みつけ、彼女が立ち上がる前に喉と顎の間を狙って蹴り上げた。ヘルメットの中でむせて、背中から倒れ込むも、逃がれようと這いずる。だが銃声が鳴り響く中でも彼は片手で足を掴み、引きずり寄せる。負傷していてもその力は圧倒していた。
くるりとM9を回し、バイザーを砕く。悲鳴が上がる中、彼は彼女の体を引き寄せて、瞳はオレンジ色に光っていた。スキャナーPulseを起動するISAC。爆風で舞い上がった砂塵の中、敵の輪郭が浮かび上がる。
一人目に狙いを定め、放たれた銃弾は頭部へと正確に飛んでいく。砂塵が晴れていく中——遮蔽物がなく、開けた場所にいるヘルメット団の姿が露わになる。
引きずられた団員は、仲間たちが撃てるようにもがいていた。だが撃ってしまうとなれば殺してしまう──周囲の者たちはそんなことに気が付いてしまった。
だがそんなことを気にも留めないマテオ。次々に標的を素早く、正確に切り替えていく。一発目、あるいは二発目でヘイローがちらつくか、胴体に数発撃ち込んだ後に頭部を撃つ。十五発目を撃ち終えたとき、一人の団員が顔を上げた。「弾が切れたぞ!今が──」
その誤解に対して、マテオは五発撃ち込んで答えた。
「く、くそっ!早くあの猫を!」一人が叫び、トラックが動き出す。
盾にしていた団員のこめかみに銃口を当て、撃つマテオ。団員は気絶、そしてトラックへと狙い、タイヤを撃ち抜けばトラックは蛇行するが、それでも走っていった。
顔を拠点へと向けたまま、彼の表情は変わらなかった。初めから、拠点を叩くのは今日の計画の一つであったから。
ゆっくりと、視線は残った団員へと向ける。その手は震えながら、彼に銃を向けていた。
こんな生き方はやめろ、もっとマシな道を歩け──先生としてならば、そう伝えて見逃すべきだろう。
だが、彼は残った七人へおもむろに歩き出す。空になったマガジンを取り出し、全弾入ったマガジンを挿入、スライドを引いて離す。ホルスターへと戻し、右太ももへと装着し直せば、優しく微笑む。その笑みに、団員たちは緊張を解いた。
そしてさりげなく、手を背後に回し、隠していた古びた金属バットへと手を伸ばす。かつて同じようなことをした記憶──"教える"という行為が彼の脳裏に甦える。
────生徒たちに手を出せばどうなるかと、不良共へと教えたことが。
────これまでの、そして未来の生徒たちの安全の為に、彼が選択した行為が。
けれども…疲労困憊の今、その気にはなれなかった。
やりたくなかったわけでもなく、意志がなかったというわけでもない。少女たちを守るためなら、暴力だけの本能に身を委ねる覚悟はあった。だが…
“行け。”
かすれた声でそう言い放つ。困惑する少女たち。彼の眉はピクリと動く。
“聞こえなかったのか?行け!”
再び言い放つ。今度は足を踏み鳴らし、団員らは驚いて後ずさり、逃げ出した。
“こんな生き方はすぐに辞めて、宿題をして、人助けをしろ!分かったんならとっとと失せろ!”
逃げる彼女たちへそう叫び、大きく息を吐いた。
“信じるしかない。”
ドルインフル後のアメリカのように、自身にそう言い聞かせる。
大抵の場合、しっかりと役目を果たしてくれる市民軍を。
役立たずではない仲間のエージェントを。
たとえ不良であっても、信じて間違いはないと──信じるしかない。
その思いが、口の中に苦い後味を残した。またしても…またしても自分が失態を犯したことに対して、全身を駆け巡る痛みに対して──息を吐きながら、怒りと苛立ちの混じった呻きを漏らす。
それがモダフィニル錠剤のせいなのか、それとも別のものなのかは分からなかった。だが、どうしても歯を食いしばまずにはいられなかった。体が震え、呻き声はやがて低い唸り声へと変わる。
“クソ…”
荒れ果てた自治区の中、流れる血の温もりを無視して顔に手を当て、髪をかき上げ、歯の隙間からその言葉を吐き出した。
やがて──
澄んだ怒声となり、周囲に響き渡る。胸を大きく上下させ、頭を振る
“もう二度と…二度と繰り返さない…”
よろめきながらゆっくりと前へ進み、膝から崩れ落ちる。気絶した団員たちの身体を漁り、弾薬を回収する。ゴーバッグがなかったため、スマホといった貴重品類は回収して運ぶことができなかった。
カクテルとBSAVが合わさった結果、頑強な身体へと変異したことを神に感謝しながら、痛みを気にも留めようとせず、ふらつきながらも進んでいく。銃創については依然として治癒に時間が掛かり、場合によっては致命傷になり得る。だが先の砲撃で受けた傷のほとんどは切り傷程度のもので、体内に残った破片もわずかだった。
ふと足を止め、営業中の店へ駆け込む。
“どうも。”
「いらっしゃ──ぎゃぁぁああ!!」と悲鳴を上げる店員には気にも留めなかった。
ただまっすぐ酒類コーナーへ向かい、ナイフ一本と酒とガーゼをいくつかを手に取る。そしてナイフで酒の封をこじ開け、一口飲んで顔をしかめながら、武器コーナーへと向かう。もしもここが元居た世界ならば、あまり褒められた行為ではなかったのだろう。
手に取ったクラシックM700の状態をしばし確認した後、弾薬コーナーにあるM700が撃てる弾薬入りの箱を二箱取り、途中で見つけたグレーのスリングバッグに詰め込んで肩にかける。酒をもう一口飲み、ハンカチ、水、鎮痛剤を手に取る。
“これを持っていく。請求書はシャーレに、それと対策委員会に待機しろと連絡しておいてくれ。”
「あの──」と店員が質問をしようとするも、彼は首を横に振ってそれを遮る。
“悪いが急務が入ってるんだ。気を付けて、マダム。”
そう言った後、ライフルを肩にかけた彼は店を後にする。
空を見上げてため息をつき、痛みが残る中、腰を下ろす。セリカが助けを必要としているからこそ、素早く丁寧に傷の手当てを行い、包帯を巻く。応急処置は得意分野ではなかったが、エージェントとして最初の数ヶ月は支援任務に就いていた。その任務の内容には、負傷したエージェントや市民軍兵士の包帯処置、薬剤の調合、そして高度な医療技術の使用も含まれていた。
この時の経験は後の作戦でもしっかりと活かされていくものであった。
やがて処置は終わり、アルコールと鎮痛剤の効果で痛みは鈍くなっていた。彼は立ち上がる。
また一つ、任務が始まる一日だ。
堅実な足取りで、HUDに表示されたウェイポイントへ向かうマテオ。一歩一歩踏み出すたびに、負傷しているのにも関わらず身体が軽いことに驚き、ゴーバッグの重さを改めて思い知らされる。小さく首を振り、視線を周囲に巡らせながら、移動を楽にする手段を探し続ける。
…あれはカイザーのパトロール──しかもバイク付きか?