ゆっくりと、意識を取り戻すセリカ。瞬きをして周囲を見回せば疲労は消えていく。「うっ…ここは──?」
思考が、血まみれの先生が自分を助けようとしていた瞬間に戻る。目が見開かれ、「先生っ!」と叫べば鎖の中でもがき始める。「このッ…!」歯を食いしばり、呻き、「こんのぉ!!」と肩を鉄格子に打ちつける。彼は負傷していた──それも、死へ片足を突っ込んでいる程の負傷を。それなのに、セリカを──恩知らずの生徒を救うべく奮起していた。それでも彼女は何もせず、ただただじっと座っていたのだろうか?
痛みは次第に限界を超え、息は荒く、胸は締め付けられ、涙が目元に滲む。「ごめんなさい…」ただそう呟くのみ。爆発で負った痛みと、積み重なった疲労。それらがついに彼女を追いつめる。ただ頭を垂れ、冷たい鉄格子にもたれかかる。「みんな…心配してるよね…」そう呟き、ため息をつくだけ。「私…何されるんだろ…ずっと無視されちゃうのかな…」腰を下ろし、背中を格子に預ける。「ほかの生徒みたいに逃げたって思うのかな…」
ただただ、光を探し始める。けれども、目を閉じれば涙がこぼれそうになってしまう。「裏切ったって思われるのかな…」震えた声で問いかける。だが答えは返らない。「嫌だ…」
途切れる言葉。吐き出したい弱音をぐっと飲み込むだけ。
誰にも見られない暗闇の中、ついに一粒の涙が頬を伝う。
“わお。”
声が響き、驚くセリカ。
“泣いてるセリカが見れるとはな。”
振り向けば、そこにいたのはまさかの人物。「先生!?」
そこに彼がいた。ボロボロになった水色のシャツは血に染まり、額や体には包帯が。だが武器や装備はすべて元通りの状態だ。
“本人登場、ってな。でも皆には内緒だ。オーバーウォッチ中だからな。”
一瞬、無線が反応する。
| せんせぇぇぇぇぇぇ!!! |
アヤネの叫び声が鳴り響く。直後、壁が爆発で揺れ、砂埃が舞い上がる。そして、シロコの声が無線とすぐ近くから聞こえる。「セリカと先生が見えた。セリカは泣いてる。繰り返す、セリカは泣いてる。」
「あら~セリカちゃん~寂しかったでちゅね~」と甘えたような声で言うホシノ。
「先生~お困りですか~?」とノノミがからかう中、マテオは肩をすくめ、セリカを閉じ込めている鉄格子にへと向き直る。足を大きく後ろに引いて、セリカが身を引くのを待ってから── 一気に蹴り飛ばした。錆びついた蝶番が軋み、上部の固定が吹き飛び、扉は破られた。
“君たちが騒いでくれたおかげで、ここから忍び込む方が楽そうだった。”
そう言いながら、マテオはセリカの前に歩み寄る。
“ちょっとだけ痛むかもしれない。でも、信じてくれ。”
信頼──生徒が先生に持つべきもの。それを、彼女は今までまったく見せてこなかった。でももう、違う。
決意のこもった表情でうなずき、セリカは両手の鎖を見せて言う。「先生、これお願い。」
マテオは穏やかに微笑み、うなずく。
“任せろ。”
M9を握り、くるくると器用に回し、鎖に狙いを定めて一発。鎖がゆるむと、セリカは腕を動かして手首をほぐす。まず彼女がしたことは、先生の容態の確認であった。
「先生…その…怪我が──」と言いかけると、マテオはその言葉を遮る。
“怪我は治る。でも……俺がやらかしたことは、簡単には戻らない。後でちゃんと謝る。今は──”
| 先生、第三勢力がこのエリアに進入中です。先生の位置に向かってます。 |
アヤネの緊迫した声が通信から入る。マテオは何も言わず、セリカにシンシアリティとマガジン数個を渡す。すでにホシノとノノミは外に展開し、セリカが閉じ込められていた掘立て小屋の両脇を警戒中。
| よく見えませんが── |
エンジン音が次第に近づいたその時、マテオはセリカを自分の後ろに引き寄せ、足元にブースターハイヴを展開。中身が噴射され、特にマテオとセリカの身体へと注入された。身体が軽くなるセリカ、戦闘への準備が整う。
その時、ヘルメット団の姿が。「いたぞ!あそこ──」
だが銃を構えるよりも先に、一台の車両が撥ね飛ばす。砂埃を巻き上げながらドリフトをする車両、マテオの視線の先には、運転している人物と、車両の側面にいるグレネードランチャーを持った人物が。だが何より目を引いたのは、ゲヘナの校章だった。ホシノが銃を構えようとした瞬間、マテオが止める。
車両が彼らの目の前で停止し、側面に張り付いていた少女が飛び降りる。青い看護師服、灰色の髪、そして冷静で、揺るぎない決意が宿っていた琥珀色の瞳。「こちらは救急医学部です。死体はどこですか?」
その言葉に全員ぽかんと沈黙する。「え…?」とホシノが呟いた頃には、ISACが生徒たちをスキャンし、マテオは微笑んでいた。
“氷室セナ、だな?”
マテオが一歩踏み出すと、セナの目には彼の負傷した姿が入る。
「あなたが死た…いえ、件の負傷者の一人ですか?」全身を見て、眉をしかめる。「それにしては、重体のようには見えませんね。」
“仲間が過保護なものでな。それと痛み止めが効いてる。”
肩をすくめるマテオ。
会話が途切れる間に、二人の視線は再びヘルメット団の残党へと戻る。セナの表情はさらに険しく、マテオの目も細められた。
“急な変更で申し訳ないが、援護してくれるか?”
「もしかして…あなたが先生でしょうか?」と頭の上をちらりと見たセナは確信する。「分かりました。銃撃戦の最中での治療行為は難しいため、喜んでご協力致します。」
“助かるよ、セナ。”
マテオはM700を手に取り、ボルトを操作する。
“セナ、オペレーターの奥空アヤネはあっちだ。今は危険な状況ではないが、無理はしたくない。アヤネを回収して、ついでにグレネードをいくつか撃って、敵の陣形を乱してくれ。”
「承知しました。」セナはそう答え、車両の側面に飛び乗りそのまま発進する。
“アヤネ、迎えが向かってる。何を隠してるのかは分からないが、だからといってこっちから試さないこと。”
| 分かりました。 |
“ホシノは前衛、シロコは左に、セリカは右、ノノミはセナのグレネードが爆発したらすぐに撃て。俺は──”
その時、皆が口を揃えて『だめ』という言葉が一斉に飛び出し、マテオは気まずそうに手を挙げる。
“…後方支援に回るよ。”
一発目のグレネードが爆発。
“ノノミ!”
「いっきま~す!」意気揚々に、ノノミが放った壁の如き鉛の弾幕がヘルメット団の動きを止め、弾幕が収まればホシノが一気に突進し、敵が身を乗り出すか、もしくは遮蔽物から覗いた瞬間を狙う。
ヘルメット団の一人が出てきた瞬間、頭が後ろへと跳ねる。マテオが一人撃てば、次を狙いながらコッキング。空薬莢が砂の上へと落ちる。
スマートウォッチを軽く叩くと、ファイアフライが起動。敵たちが戸惑う中で、眩しい閃光が視界を奪い、よろけながら出てくる。そこへ一気にセリカとシロコが一斉射撃。まるで城壁が動くかのように前進していくホシノ。その背に後輩たちが続く。別のスナイパーが身を伏せる前にマテオはその頭を狙撃し、跳ね上がればヘイローがちらついて消える。クロスヘアは次の目標へ。タイヤの山に隠れているミニガンナーに向けられ、リロードの隙をしっかりと逃さない。
一方、ホシノは散弾を受けて笑う。「ん〜そんなに痛くないね。」と呟けば、他のショットガンナーの脚を撃ち、膝をつかせる。IronHorusを展開、そして盾の縁でのアッパーカットが顎に決め込まれる。ふわりと宙に浮き上がり、やがて倒れる。「はい。」
顔をこわばらせながら、シロコの動きに目を奪われているヘルメット団数名。その隙を逃さないシロコ。砂を気にすることもなく、車の下を潜り込む。
目標を捉えた彼女は、アサルトライフルを構える団員の足を掴み、団員たちはすぐに見下ろす。「えっ?うわっ!?」と驚く間もなく、再び車の下へとシロコの姿は消える。そしてピストルを抜き、相手の横腹へと連射。抵抗が弱まり、その隙に彼女の身体を横に引きずり出し、残りの弾を全て撃ち込めば、ヘルメットを踏み潰して仕上げる。嫌な音を立てて割れるヘルメットに、他の団員らは身震いした。
──皆、本当に俺のちょっとした教えをよく理解してくれている。
そのことを思うマテオ。型と本質──その二つは別物である。だがどちらか一方を効率的に使えるか、これはエージェントの腕として重要なことだ。
喉を狙い、それに対して抵抗する敵の脚を蹴ることは一つの手だが、混乱している戦場においては無意味。一方、隠密行動中に堂々と撃つのはやりすぎだが、敵の増援を封じて孤立させた後に、助けが来ると思わせてから堂々と仕留めにかかるのはどうだろうか。
ニューヨーク時代、小規模の集団や何かに特化した集団を相手にしてきたマテオはそれを経験し、身につけた。時にはハンターたちを監視し、逆に狩ったことで学んだ技術もある。初めてハンターと対峙したあの時、胸の奥へと刻み込まれた絶望──それと同じ感覚を、今度は敵に刻み込ませる。
その後は元特殊部隊といった専門的なグループを追跡し、"処理"技術を磨いていった。
シロコにはA評価、ホシノにはB評価をつけるだろう。マテオ自身、シロコのような動きが好みではあった。とはいえ、彼女たちも暴力的な戦い方にはまだ戸惑いを覚えている故、口外するつもりはなかった。
だがそれでも効果は絶大で、ヘルメット団は明らかに動揺していた。
| 先生、セナさんと合流しました。ご指示をお願いします。 |
“医療用パッケージを投下して、セナに迎えを頼んでくれ。戦車は視認したか?”
| はい!三両、先生の位置に向かっています! |
アヤネの警告に、マテオはうなずく。タクティシャンドローンを起動し、彼は家の屋根へと登り始める。
“対策委員会、後は任せた。”
そう伝え、TAC-50Cのストックを展開する。
“援護してくれ。”
セリカは勢いよくマガジンを入れ替え、彼女の周囲に蒼い炎が燃え上がる。「もちろんよ!」
少女たちがヘルメット団を翻弄する中、マテオは戦車に照準を合わせて待機。
HUDに敵の姿が浮かび上がれば、彼は微笑む。
一発目の銃声が響き、装甲と弾薬ラックが穿たれ、爆散。
次の一両へと照準が移り、再び発砲、爆散。
三両目は搭乗員全員が撃たれ沈黙。
“任務完了、あとは脱出するだけだ。”
砂に擦られ、ギーッと鳴るタイヤのスキール音と共に、接近する救急医学部の車両。ドリフトと共に停止し、アヤネが後部ドアを開ける。「皆さん乗ってください!」
そうして、次々と車内へ乗り込んでいく。マテオとホシノは扉を支え、セリカ、シロコ、ノノミが残りのヘルメット団へ向けて銃弾の雨を浴びせながら撤退。
車が走り去る中、残されたヘルメット団は逃げ去っていき、救急医学部の車両は徐々に減速。対策委員会の車両に合流する。
車から降りる対策委員会。マテオも出ようとするが、セナに引き戻され、驚いて声を出す。セリカと一緒に車に押し込まれ、周りも驚くがアヤネだけは予想の範囲内といった様相だった。
「これ以上はやめましょう。」とどこか溜飲が下がったようで、それでもその安堵を抑えるような声で言う。長い間彼女たちを悩ませていた集団が、今まさに敗走しているのだ。「再び戻って…調査をすれば、武器や戦車の残骸から雇い主が分かるかもしれません。」
「戦車の残骸って…運転手ごと撃たれちゃったやつ?」くすっと笑いながらそう尋ねるホシノ。そしてすぐに、ため息と共にぐったり。「そういやセリカちゃんを助けなきゃいけなかったから言えなかったんだけどさ…」彼女は銃を床に落とし、自分もその後を追うように崩れ落ちる。「出る時にはおじさんを起こしてね~」
「もう逃げた。」と遠ざかるヘルメット団の足跡を見つめるシロコ。「もう心配しなくて大丈夫。」
「ですが、次の課題がまだ…一難去ってまた一難ですね…」ため息交じりに呟くアヤネ。
「でもでも~先生がついていますから~」穏やかに言うノノミ
「だね。」座り直しながら応えるホシノ。「先生って甘いからね。答えが見つかるまでは、きっと私たちを置いてかないよ。」
「健康を犠牲にしてでも、ですが。」とアヤネが静かに指摘すれば、場の空気が重くなる。皆が沈黙し、少しの罪悪感と深い不安に包まれる。
「ん。」うなずくシロコ。
「じゃ、やろっか。」ホシノは立ち上がり、背を伸ばす。「救急医学部のことだし、明日にはもう元気一杯になってるでしょ。」
「これが死体でしょうか?」とセナが俺を見ながら言う。「興味深いですね。」
思わず笑ってしまう。
“本当に死体を見る時にはもう俺は手遅れだし、君にとってはまだ早すぎる。”
「死体はそのように蔑まないのがお約束というものです。」そうセナが言いながら、車内の後部座席で俺の傷を縫い続ける。「酷く失血したようですが、どのように感じましたか?」
“失血した時の症状を知らないのか?”
そう聞く。いくらISACが手配した医者とはいえ、急に不安になる。
「理論としては、ですが実体験に興味がありまして。」
前を見ると、運転していない方の部員がノートを取っていて、ドライバーですら注意を払っている様子だった。
振り返ると、セリカがふらついていた。
“セリカ、少し休め。”
「でも手当てはもう受けたし、まだ──」
“寝るんだ。”
そう遮る。ありがたいことに痛み止めが効いていて、セナが紙のシートで俺の体を隠して処置してくれていた。
“セナも休むべきだって言ってたぞ。ブースターとアヤネの手当てで今は十分なはずだ。俺は明日も、明後日もここにいるから。”
そう言って、セリカの手にそっと触れる。半分しか目が開いてなかった。
“今は先生の言うことを聞いて、休め。あとのことは全部、明日俺が片付ける。”
「うぅ…分かった…」とぼやきながら眠りに落ち、俺は微笑んでからため息をついた。
“手がかかるな…”
そう呟き、頭を振る。
「先生もですが。」とセナが口を挟む。「ヘイローがない大人がFlak 41を受けても生存した、という話が本当ならば、先生は今頃死体へとなっています。ここに訪れる前もこのような経験を?」
“そうだ。あと、失血する速度が早いと頭がふわふわするが、遅いとただ疲れるだけだ。”
「成程、ありがとうございます。それと、この傷跡は何でしょうか?」セナはカジカからもらった"プレゼント"を指差す。
“ナイフでの切り傷だ。骨まではいかなかったが…衝撃ですごく痛かった。”
「興味深いですね。」セナがそう言うと、クラブメイトが情報をメモしつつ、傷のスケッチもしているようだった。「骨は頑丈なのでしょうか?治療にかかる時間は?」
“平均よりも早い。俺の免疫は…変わっててな。”
そう答えると、セナは困惑したように俺を見つめる。
“仕事柄、複数のワクチンをカクテル注射として投与された。でも、免疫が付いてないウイルスに感染したから、広域スペクトル抗ウイルス剤っていうのを受けた。それが合わさって二倍の速さで治るようになったが、腹が減る速さもまた二倍になった。”
「少し非現実的ではありますが、興味深いものですね。」
“まあ、一から十までの説明は無理だし、それにアルコールが抜けてきたし…”
薬もだ。
“そろそろ寝る。”
「ゆっくりお休みください。アビドスはこちらで送ります。」
“本当に助かったよ、セナ。”
眠りに身を任せながらそう呟く。
さて、トリニティに足を運ぶべきかもしれない。あそこには教会が多いと聞くし、しばらく行ったことがない。
そして何よりも、守るべき約束があるからな。
[作者あとがき]
この章は、私にとっては少し難しい部分でした。おそらく、マテオという人物の本質や、彼がエージェントとして過ごした時間が彼をどのように変えたかを描く上で、非常に重要な役割を果たしていたからでしょう。ご存知の方も多いと思いますが、FF.Netでは詳細な作者コメントを記載していますので、続きはそちらで見れます。ただし、これらの解説は物語の核心部分というわけではないです。
とにかく、皆さんがこの章を楽しんで読んでくださったことを願っています。アニメの放送を記念して、明日には次の章を投稿する予定です。(※あくまで原文の投稿日のことです。)
【追記】文法の微調整などを行いました。
[訳者あとがき]
流石はアウトキャストの自爆を直で食らっても死なないエージェント…
29日に投稿します。