古着からパーカーにグレーのシャツ、ジーンズに着替え、傷を隠すマスクも再び装着し、現在はハスミの隣を歩いている。
“パトロール中に邪魔してすまない。”
「いえ、問題ありません。」と首を振り、小さく微笑んだ。「先生のエスコートも正義実現委員会の責務ですので。それより、最近はアビドスにいらっしゃったそうですね。」そう言って、彼女の視線がセリカとシロコに向く。セリカは少し居心地悪そうに俺にぴったり寄ってきて、シロコはまるで何かを探しているように周囲を見回していた。「それに素晴らしいご活躍もなさったようですね。」
“どこで…ってああそうか。”
昨日投稿した内容を思い出して、途中で口を閉じる。
“それは…まあ、やることをやっているように見せているからな。それに…”
セリカとシロコの頭に手を置いて、優し撫でる。
“全部俺の手柄じゃない。この子たちが頑張ってくれた。俺はただ手伝っただけだ。”
「ちょ、ちょっと何してるの!」とセリカが睨み、手を離すが、シロコは逆に俺の手を止めて離させない。
「ん、もっと。」と意外にも要求してきたので、セリカの視線に苦笑しながらため息をついた。
“まあ、まだ仕事は終わったわけじゃないからな。”
もう少し撫でてから手を離すと、シロコは残念そうな顔をした。
“だから、それが片付くまではしばらく姿を見せないかもしれない。シャーレも少し留守になるだろうな。”
「それで問題ないと思います。」親しみを感じる笑顔で答えるハスミ。「トリニティは…大丈夫ですね。」
“ハスミやツルギがいるから当然だろ。”
笑顔で返す。ハスミは照れくさそうに頬を染め、目を逸らした。
「委員長は今この辺りにいるの?」シロコが周囲を見回しながら尋ねると、手が銃に伸びかけている。
「よその自治区で争わない!」と慌ててセリカが叱れば、シロコは口を尖らせ、耳を垂らして拗ねた。
「今のところはおられません。」とハスミも少し口元をピクつかせて答えた。
“なら何をやっているんだ?”
聞いてみた矢先、ハスミのスマホが鳴り出す。ハスミは一瞬画面を見つめ、それから申し訳なさそうに俺たちの方を見る。
“気にせず出てくれ。”
ハスミはうなずいて通話に応じる。「もしもし?」しばらく間があり、相手の声が聞こえる。「了解しました、すぐにそちらへ。」そしてため息をついて、俺たちに振り返ってこう言う。「申し訳ございません。まだエスコートを——」
“任務だろ。”
そう遮る。
“気にしないでくれ。教会はすぐそこだよな?”
そう尋ねて、うなずくハスミ。
“じゃあ、俺たちだけでも行けるさ。思いっきり奴らのケツをぶっ飛ばしてこい。”
ほっとしたように微笑み、ハスミはうなずく。「お気を付けて、先生。」と言って走り出した。
そのまま俺たちは教会へ向かう。「楽しそうでなにより。」と何故かセリカが鋭く言ってきて、そっちの方に俺は向き直る。
“まあな…前に来た時はあまり話せなかったからな。”
「あっそ。」とそっぽを向いて鼻を鳴らす。「どうでもいいわ、とにかく教会に行きましょ。」
“そっちじゃないぞ。”
声に出してそう指摘すると、セリカは気まずそうに振り返る。
「わ、分かってるってば!」としどろもどろになりながら、正しい方へと足を踏み鳴らしていく。
やがて、トリニティの教会の一つにたどり着く。授業中らしく生徒の姿は少ない。だが修道服か、それを改造したような衣装を着た生徒たちがちらほら見える。そして屋上には何故か一人。俺が視線を向けると、彼女もそれに気づいたようで、少し戸惑ったあと、急いで物陰に隠れた。
「あの人先生?」
「かな。でも武器違くない?」
「やばっまってすごいイケメン!」
その手の反応と外見についてのコメントは全部スルーすることにした。
そう…この年代の子たちはホルモン全開だ。若い頃の俺も似たようなものだった。でも声聞こえてるぞ。
周りを見渡せば、数人が顔をほんのり赤く染めているのが目に入った。
「あそこにいるのってアビドスの生徒だよね?」
「先生ってずっと砂漠にいたらしいけど…」
教会の敷地内に足を踏み入れてからというもの、耳に入ってくる生徒たちの噂話は増えるばかりで、ため息をつく。「黙っててくれないかしら…」とセリカが小声で苛立ちを漏らす。
「ん、行こう先生。」とシロコが言って、教会の扉を開ける。
中は外とは打って変わって静かだ。教会の象徴である十字架が目に入り、数人の生徒やシスターがベンチに座っている。左右には廊下があり、教室へと繋がっていて、壁のテレビには授業が映されているのが見える。
“カトリック系か?”
そう呟いた瞬間、ヒールの底が床を叩く音が静寂を突き破った。
「初めまして。」柔らかく、優しい声が響く。「皆様方、そして先生。」俺たちは声の主へ振り返る。「トリニティのシスターフッドへようこそ。」
その少女がこちらに挨拶をすれば、その手には見覚えのある武器、CTAR-21アサルトライフルを持っていたがどういうわけフロントサイトに鳥の彫刻が付いていた。銀髪のロングヘア、細く優しげな茶色の瞳に、謎めいた微笑み。美しさと不気味さを両立するような、まるで相手を観察して、解こうとする謎のような表情だった。制服は学生服と修道服が合わさったもので、頭には長いベール、白い部分にはトリニティの校章、首や肩周りには青いリボンが結ばれていた。修道服にしてはやけに短いスカートで、少しの隙間とニーハイソックスが見える。ヘイローは純白で、恐らく鳩と思われる鳥のペアが左右にあって中央には十字架がある。
“シスターウタズミ。”
ISACが名前を表示して、俺は優しく応じる。かしこまりすぎたのかもしれないが、なにせカトリックの家系で育ったものだから修道女にはそう呼ぶようにと教えられてきた。
“あー…歓迎お受け取りします…?”
アヤネがここにいてくれればな…やることはきっと分かっていたのだろう。
「あ…」と顔を赤くするセリカ「どうも。」
「こんにちは。」と答えるシロコ。
二人に対してうなずいて、俺に視線を向けるシスターウタズミ。「ありがとうございます先生。ですがサクラコとお呼びしても大丈夫ですよ。」
“ならサクラコ、マテオ・ヴェルネスだ。”
自己紹介をすれば、サクラコの顔が僅かに明るくなり、俺を見回す。
“素敵な場所だな。”
「ありがとうございます。よろしければ、ご案内もいたしますよ。この聖堂は控えめな造りではありますが、それでもある種の魅力を持つと──先生も、そうお思いになりませんか?」
…け、警告か…?脅しているのか?
声のトーンや俺だけを狙うかのような話し方が、皮肉や警告を込めた印象になっている。醸し出される気品も相まって尚更だ。
セリカでさえ目を細めており、シロコはゆっくりと銃に手を伸ばさんとしている。いや、考えすぎか。
“こういう造りは好きだ。”
そう認める。これまでテキサスのメガチャーチ*1やモスク、その他の宗教施設に行ったことがあったが、こういう小さな教会の方が性に合っている。
“俺にとって
「なるほど?」とサクラコが興味深そうに眉を寄せる。「その理由をお聞きしても?」
“ピンとこないかもしれないが、ファーストレスポンダーとして動いていた時には大切な人たちと繋がれる唯一の手段だった。”
これは本当のことだ。ヴァージニアのコミュニティに向かった時、最後に両親と出会った時に、数え切れないほどの記念品と共にロザリオを貰った。今はバックパックに付けている。
“だから時間があるときは立ち寄るようにしてた。”
「そうですか?」と少し驚いたように目を見開くサクラコ。「僭越ながら、先生の武器は警備員が持つようなものではないように思えます。」その質問に俺はうなずく。
“複雑な事情があって方針が変わった。それに…”
言葉を濁し、記憶を振り払う。
“失礼な…物言いになってしまうが、話すほどのことではない。”
そのシスターの方を見れば、興味を隠そうともしていなかった。
“公共の場で話すことでもないしな。”
どこか少し申し訳なさそうな様子でサクラコが答える。「そうですよね、申し訳ございません。先生は理由があってここを訪れてくださったのですから、こちらから邪魔するつもりなどは一切ありません。」
“ああ。少し祈りに来ただけなのと…”
口を止めてため息をつく。
“少し遅くなってしまったが、ある約束を果たすために。”
ゴーバッグからロザリオを取り出す。
“これを祝福出来る人に心当たりは?”
「もちろんです。」とサクラコは優しくロザリオを受け取る。「では私が。ですがその前に、特定の聖人へと祈りを捧げていますか?」
聖人?神やキリストが中心というわけではないのか?
“いや、特にない。”
微笑みながらうなずく。ロザリオを握りしめた手を口元に運んで祈り始めた瞬間、突如あることに俺は気付く。
生徒でもあり聖職者──それがサクラコだった。故郷とここでの違いは分からないが、それでも懐疑的な目で見ていた自分が不平であった。
ほどなくして終わり、微笑むとロザリオを手渡す。「激動の時代を過ごしてきたのにも関わらず、とても大切にしていたのですね、先生。」と俺の手を両手で包みながら、優しく微笑む。「また、お会いできることを願っております。」
“出来ればまた会おう。”
俺も微笑み、ロザリオをゴーバッグに戻す。
「それではまた会う日まで。皆様方が愛と導きに包まれますように。」サクラコは一礼して、以前より穏やかな表情のまま背を向けて去っていき、俺も微笑む。
“サクラコも。”
そう言いながらベンチに腰を下ろし、両手を握る。そして、いつものようにスペイン語で祈った。
祈り終えると、うなずいて立ち上がる。
”よし。”
そう言ってシロコとセリカにうなずく。
“個人的な用件はこれで終わった。シャーレに戻って仕上げに取り掛かるぞ。”
二人共うなずく。
まだやるべき任務が残っている。
[訳者あとがき]
仏教と神道信仰してる家系(といっても人並み)の私にとっては到底書けないような場面です。仏教や儒教の方の聖人と聖者をごっちゃにしてたぐらいにはキリスト教方面の知識はかなり疎いことを痛感しました。