怒りを爆発させたことと、ノートパソコンを壊してしまったことをアヤネは何度も謝ったが、大丈夫だと言っておいた。そうして一時間もしないうちに、新しいナースに出会うことになった。
救護騎士団所属のトリニティ生、セリナ・スミ。とってもシンプルだ。制服は少し改造されているが極めてスタンダードなもので、髪はピンクのショートヘアで横には…羽根がある。ヘイローは黄色の盾のようなデザインで、エンフィールドL85A1アサルトライフルには銃剣のように注射が取り付けられていた。エージェント時代や武器の点検を担当していた時には見たことがなかったため、彼女の銃には興味を少し惹かれた。
「初めまして、先生。」とお辞儀をして微笑む。「お会いできて嬉しいです。ずっと脚に出来た銃創のことで心配していました。」
自己紹介の内容はこうだった。シャーレを取り戻した時と仕事初日で負った傷のことを言及していた──救護騎士団に行けとISACに言われた時に負っていた傷のことだ。
「先生?」とアヤネは困惑して不安げな様子で尋ねる。「銃創というのは…?」
「あっごめんなさい!」とセリナは気恥ずかしい笑顔を浮かべてアヤネの方に向く。「自己紹介を忘れていました。鷲見セリナです。」
「い、いえ、大丈夫です。」慌ててアヤネが応じる。「奥空アヤネです。」
“さて…”
気後れするが、話を切り出す。
“俺はこれからリニーとやらなきゃいけない用件をしてくる。”
そう言って起き上がる。突き刺すような痛みが脚に走るが気にしない。
“すぐに戻ってくるから、気にせず行ってくれ。”
「私も同行します。移動の許可が出たとはいえ、まだ完全に回復したとは言えませんので。」そう言ってセリナは俺を待つ。
“そこまでしなくても大丈夫だ。”
そういってゴーバッグを肩に掛ける。少しよろめくが、アヤネが支えてくれたおかげですぐにバランスを取り戻す。
“でもどうしてもと言うのなら。”
そう言ってから、アヤネの方を向く。
“長くはかからない。だからガツンと一言言ってやってくれ。”
「分かりました。」と薄暗い笑顔をアヤネは浮かべる。「ガツンと、ですね。」
言うまでもないが、次の行動を決める時間が必要だ。幸い、公共の交通機関で移動するので確保出来る。
俺とセリナは連邦生徒会のビルへ向かい始め、俺は思考を巡らす。
目標はある。カイザーだ。PMCではあるが、ブラックタスクではない。それにここは元々いた世界でもない。この世界は殺人ウイルスで人口の大半が死んでいったわけでもなく、壊されてもいない。つまりは企業や政府といった組織は依然として機能しており、俺がいた世界での代表制民主主義と同じようであれば、連邦生徒会の議員はカイザーに買収されて汚職を揉み消してくれたり、助けてもらったりしている。
現在必要なものは証拠だ。だがどうすればいい?そこで便利屋68がある。ただしアルはとんでもない程のお馬鹿さんだが、フィクサー関係は極めて真面目だ。どんな契約形態でも、クライアントとの機密保持は重要だ。たとえクライアントがクソ野郎でも、契約が解除されたとしてもだ。
だが今は?証拠が必要だ。単なる信念だけでは駄目だ。動画、録音、写真が必要だ。超法規的機関の職員による捜査の妨害したせいで、数名が起訴されるのはあまりよろしくない。実際俺もそうはなりたくないと願っている。既に前哨基地も──
| A アンテナが攻撃されました。 |
その声で思わず姿勢を正してしまい、セリナは困惑する。
「どうかしましたか先生?」そう聞かれると俺は首を横に振る。
“いや、何でもない。”
そう答えると、脳内で尋ねる。
(どういうことだ?)
| A アビドス圏の利用者の信号の波長を変更しているアンテナが攻撃されています。攻撃者はファイアウォールの突破を試みていますが、現在私が阻止しています。どうしますか? |
(発信元を特定してそのまま泳がせろ。他に波長を変えている端末の場所が分かるか?)
| A はい。 |
(よし。)
ISACは切断して俺は思考に戻る。ブラックマーケットを様子見する必要があるな。
「興味深いものですね。」報告書を手にした黒服は呟く。「暁のホルスとその仲間が、便利屋と共に食卓を囲んでいる間に、カイザーが通信塔の制御を取り戻したと。どうやら、あの仮説は間違いではありませんでしたね。」ノートパッド上で、取り消し線が引かれる。
土地関係では、"所有物"が攻撃された際、早急に手を打つ可能性がある。
ペンをくるくると回しながら、彼は興奮したように唸る。「アンテナの修復──ほんの小さな、誰も気付くことがなかった行動。努力という観点では、確かに核をなす存在でした。しかし行動を起こすような価値は、それにはありませんでした。差異が生じたとしても、人が気付くようなものではない。故にあの行為には必要性がなかった。なのに、それを攻撃された際には、生徒たちに防衛を命じないどころか放置した。であれば解放したその理由とは何でしょう?」
そして落ち着きを取り戻す。「ふむ…衛星との関係が?確かに衛星が移動すれば、連邦生徒会の衛星への信号に影響を及ぼしますが、カイザーはその影響を受けません。どうしてシャーレはあのような技術にアクセス出来るのでしょうか?どうして彼はサンクトゥムタワーから来るパワーの全てを廃棄しなかったのでしょうか?」
大きな笑みを浮かべる黒服。謎は深まるばかりだ。「一体何が?」と疑問を呈した。そして顔色が明るく、ひび割れも変化し、口があるべき箇所には円形状の何かが出来上がっていた。
彼は再び、マテオの写真を──オレンジに輝く目を見やる。「我々のような"個性"の類だと、初めはそう考えていました。ですが──」彼の表情は再び笑顔に戻る。「これが答えなのでしょうか?」視線はウォッチへ、そしてバックパックのブリックへと移った。「先生、次の一手は何でしょうか?」
瞳を閉じて、黒服は立ち上がる。「なんと蠱惑的でしょうか。ですが悲しいことに、これ以上こちらが動いたとしても、逆効果になりかねません。攻撃の手を強め過ぎるとなれば、SRTよりも早くこちらの部隊が消えて無くなります。ですが他の手では、先生が復帰するまで間に合わないと…」
賢明にも、あの悪魔達がアルバイトとの契約をキャンセルした件は残念だ──強いられた環境下で取る選択はきっと見物になるのだろう。
とはいえ、カイザーは黒服の味方かもしれないが、彼らにも、彼らなりの信念と経験がある。
「お待ちしておりました。」ロビーに入れば、リンが声をかける。「救護騎士団に治療を受けたようですね。」リンの視線はお辞儀をしているセリナに移り、リンもお辞儀をするが、控えめだった。「怪我もすっかりと良くなっておりますね。」
“すぐに治るからな。”
肩をすくめて答える。
“流石に多少時間は掛かるが。”
そう付け加えて周囲を見渡す。
“それで、これは一体なんだ?サイドアームは持たずに来いって言われた時は正直言って、ちょっと不安になったぞ。”
「申し訳ございませんが…」とリンがため息交じりに言う。「これがしきたりですので。既にお気付きだとはお思いですが──」そしてリンは周囲を一通り見渡し、俺は後を付いていき、後ろにいたセリナもついていった。「学園にはそれぞれ、単純な改造には留まらない、武器に関しての様式というものがあります。」
確かに、便利屋や美食研究会、チナツのピストル──全てドイツの銃だ。同様にトリニティはイギリスの銃だが、ミレニアムのものはそこまで多くは見れていない。
“ああ、そうだな。”
「はい。連邦生徒会にも、そういった様式があります。」そう言うとリンは自身の銃を見せる。デザートイーグル、これは驚いた。そしてホルスターにしまう。「連邦生徒会は様々な学園の生徒で構成されているため、元から所持していた銃の携帯は認められています。ですがしきたりとして、生徒会長が武器の授与を執り行うことが決まっています。残念ながら生徒会長は現在不在であるため、代わりとして私が執り行います。」
ほどなくして、武器庫前に着く。「では、ここから先は機密事項に関わることなので──」
「ここで待ちますね。」とセリナが一歩下がる。「先生、どうがお怪我はしないでください。」
“武器庫だからな。セーフティを外した馬鹿がいない限り、平気だ。”
まあ、連邦生徒会に全幅の信頼を寄せていないとはいえ、リンのことは信頼している。だからリンに続いて武器庫に入っていく。背後にいた警備員がドアを閉めて、静寂の中を歩いて行く。音一つ立てない俺の靴音が、リンのハイヒールの音をより際立たせる。
“待て、俺も連邦生徒会の一員なのか?”
「いえ、ですが先生も、私達連邦生徒会と同じく各々で治めている自治区の、ひいてはキヴォトス全土のために、ご活躍なさっています。」
“成程。”
そう言って周囲にあるありとあらゆる武器を眺めていく。
“で、連邦生徒会はハンドガンメインか?”
「はい。議会組織ですので、自衛用であれば重火器は不要です。」そう言って歩みを止めれば、前を見つめる「こちらです。」
目の前にはゆっくりと、壁に掛かったピストル、リボルバー等の武器の姿が現れる。あまりにも多かったので、俺は驚いて瞬きをする。「この中からお好きな物をお一つ、お選びください。」そう言ってリンが一歩引けば、俺は困惑したまま視線をそこに向けるが、意に介されなかった。
“…分かった。お好きな物…とな?”
そう問いかけても、リンは俺を見据えたままで、何も答えなかった。
“酷いぞ
「リニーではありません。リンです。」とご機嫌斜めで言い返してきて、俺は小さく笑いながら武器の吟味に戻る。これじゃあまるで性格診断みたいだ。
それにしても、どれもピンとこない。確かに良い物ではあるが。
何も分からない。俺は"良い物"が欲しい。生き残る為の道具ではなく、いずれ別の物へと換わるような物でもなく、死体から入手したものでもなく、ある種の自分自身の物と言えるものを。
そう考えていた時、テーブルの下に小さな箱を見つけ、屈んで手を伸ばす。黒無地のシンプルな箱だった。蓋を開けると、中にはM45A1が入っていた。白のフレームには銀色の三角形の装飾が青く輝き、拡張マガジンが装填されていた。そしてスライドを引いて、その中を見る。
すぐにISACがこのピストルの詳細を表示してくれる。アタッチメントはフラッシュライト、アイアンサイト、拡張マガジン。そして奇妙な一文が表示される。
M45A1は未だ信頼に置ける古き良きM1911のバリエーションモデル。ドルインフルが流行中の時は退役真っ最中で、海兵隊はこれに代わるものを探していた。
そして名は…
────アダムの鍵
版によって内容は異なるが、エデンでは、イヴはアダムを欺いてリンゴを食べさせて、その結果二人は楽園を追放されることになった。そして地上に降りた二人は、本来いるべき場所から迷ってしまった存在になった。
ハッ。皮肉なものだ。退役途中なのに持ち出された武器に、突如楽園から追放された最初の男の名前が付けられているとは。
立ち上がり、一瞬だけリンにそれを見せつける。
”これだ。気に入った。”
「それでしょうか?」リンの顔には意味深な表情が浮かび上がるが、すぐに振り払われる。「では──」
リンが言い切る前に、セーフティが掛かっていることを確認してジーンズに挟み、シャツを出して唸る。
“よし、いけるな。”
またもや意味深な視線を向けてくるリン、だが今度は、その意味をはっきりと読めた。
────どうしてこのような行為を?
[訳者あとがき]