「ごきげんよう、先生。」ハルナが挨拶すれば俺は側に近づく。「またお会いできて嬉しいです。」
“ハルナ、相変わらず綺麗だな。”
そう言うとハルナの笑顔が明るくなり、頬が赤く染まる。尻尾の動きも早くなっていた。
“あまり待たせてないといいが。”
「いえ、お待ちしておりませんわ。」と笑顔で手を振るハルナ。「未知の美食への探求も美食研究会の活動の内の一つ。ですが暗闇しか知り得ない者が暗闇の奥深くへ分け入るのは不可能です。」
“つまり普通のを食べに行くのか?”
一歩退いて、そう尋ねる。
“ああいう人みたいに。”
向こうを歩くウサギを指差す。
“あれが普通だ。だがイズミやアカリは普通か?"フウカを誘拐する人"が普通か?”
「疑問を抱くのは仕方のないことですが、そのような言葉選びだと少し釈然としませんわね。」と少し不機嫌な表情になった。
“それってフウカを誘拐したことか?それともイズミとアカリのことか?”
そのことをハルナは気にせず、俺は冷たい視線を送る。
「本日向かうお店を一言で表すのなら──"昔馴染み"、です。」と俺の前でヒールの音を響かせて歩き回りながら、ハルナは説明をする。
「ソースには創意工夫が凝らされており、全て手作りで調理されている一品です。有名店ではありますが、今は人が多くありませんわ。またゲヘナの郊外にありますので、風紀委員から逃げる際や満足できなかったお店に立ち寄った後に足を運ぶにはうってつけのお店です。独創性が欠けていたり、そこよりも良いお店や新しいお店が郊外にありますが、それを補うほどの雰囲気と料理が最高の一店ですわ。」
“ほう。”
俺は壁に寄りかかりながらうなずく。
“良さそうだな。どうして今日に行くんだ?”
「現在割引中です。きっと先生もお気に召しますわ。」誇らしげにハルナが答えると、俺は微笑みながらうなずく。
“ありがとう。ハルナ。”
そう言いながらハルナの帽子を取って髪を優しく撫でると、元の位置に戻す。困惑した様子を見せていて、俺は自分の帽子を整える。
“では美食家さん、ご案内をお願いします。”
うなずき、ハルナは微笑む。「もちろんですわ、先生。」楽しそうな目には光が宿り、俺は後を続く。
ほどなくして、ゲヘナ行きの電車に乗る。
「ようやくですよ…」とある部屋、少女がうんざりした様子で呟き、パソコンの画面を見る。「アビドスから離れた時にはチャンスを逃したと思いましたが、しかしまあ、ハルナと一緒にまたここに来るとは…」
その女性は短いセルリアンブルーの髪をリボンで束ね、非常に楽しげな笑顔を浮かべていた。青い瞳は画面を反射して輝き、三日月型の淡いブルーのヘイローが浮かんでいる。首にはカウベルを下げ、胸元の脇が切り取られたシャツにショートドレス、太ももまで届くソックスとブーツを着用していて、左手首には壊れた手枷がはめられていた。
画面には電車に乗っているマテオとハルナが映し出されており、同時に彼らが向かう目的地の位置情報も表示されている。「イオリ、作戦を開始してください。ターゲットにバックアップはなし…更に"監視対象"も確認しました。」
『了解。』向こうにいる声が響く。『どこの地区?』
イオリに詳細を伝えた後、彼女はこう付け加える。「万魔殿のタヌキたちに気づかれないよう慎重に動いてください。いいですか?」
『チナツも一緒に行くの?』
「はい。大なり小なりこの作戦で負傷者が発生します。ですがチナツには
『分かった。』彼女は無線を切り、天雨アコは背もたれに背を預ける。
「いくら腕前、科学技術、戦術が上だとしても、これで先生はこちらの手中に収まります。そうすれば、エデン条約の不確定要素は無くなりますから。」彼女は自分に言い聞かせて、書類仕事に戻るとゲヘナのパトロール部隊を次々に確認していった。
廃墟の中、ヘルメット団の団員たちが不機嫌そうに佇んでいる。ヘルメットが壊れている者がいれば、ため息をつく者もいる。「よし!」と一人が立ち上がる。彼女はアルティンヘルメットを被った赤髪の少女で、口元からは鋭利な歯が見え、二層のクロスヘア状のヘイローが動きに追従していく。「アビドスではコテンパンにやられたけど、そこはいいの。結局は──」
「たいちょーお腹減ったんすけどお金貸せれますー?」団員の一人が手を挙げて言う。
「私ら全員お腹ペコペコなんだよ!それにお金なんて一円たりともないんだよ!」他の一人が言えば、ラブの眉がピクリと動く。
「うるさい!いい場所を見つけたって言おうとしてたの!いいから食べに行くわよ!」
「いぇーい!」
「やったー!」
「そうしたらお金を手に入れてアビドスにぎゃふんと言わせてやるんだから!」
…静かだ。あまりにも静かすぎる。。
“ハルナ、普段からこんなに静かなのか?”
「そうですね。」と少し驚いて、興味深く周囲を見渡すハルナ。「他と比べて平和とはいえ、もう少し"賑やか"なはずです。」
“そうなのか?”
そう尋ねて頭を振る。
“店まであとどのくらいだ?”
「こちらです。」店に向くと、俺に見せてくれる。「では、入りましょうか。」
“ああ。”
ハルナについていって小さなダイナーに入る。
「いらっしゃいませ!」と明るい声が迎える。ヘアバンドをしたスズメ、キヴォトスに暮らす住人だ。「二名様でしょうか?」
“ああ。”
俺が言えばハルナもうなずき、スズメに席を案内されて座る。そして座れば、メニュー表が二つ渡される。「ご注文はお決まりですか?」
“そうだな…”
メニューを見ると、あるものを見つけて目が輝く。
“ハンバーガーとコーラを。”
「私も同じメニューでお願いします。」ハルナが言えば店員がメニューを持って向こうに行くと、俺たち二人だけになる。「先生、アビドスで素晴らしいご活躍をなされたと耳にしましたが、本当でしょうか?」
“ああ。まあ色々と…大変だった。”
ここ数日間のことが脳裏をよぎり、苦笑いしながら答える。
ハルナは興味深そうに身体を前にする。「詳しくお聞かせくださいませんか?報告だと情報が少なすぎます。」若干鋭い視線を向けられて、つい恥ずかしくなってしまって目を逸らす。「あそこから大量の情報が舞い込むので、ユウカさんが心配なさっていましてよ。」
“ユウカと話すことがあるのか?”
思わず驚いてそう呟くと、ハルナの顔は明るくする。
「もちろんです。同じシャーレで活動する生徒同士、一押しするお店から組織の内情まで…情報共有は非常に大切です。情報共有といえば…」ハルナはスマホを取り出すと、自分に向けてカメラを向けて笑顔になって片手を上げる。シャッター音が鳴る中で俺もマスクの下で微笑みながら同じように手を振る。「はい。これで十分ですわね。」
“何をしているんだ?”
ハルナはスマホに文字を打ち込んでいた。
「投稿をしている所です。」微笑みながら言う。「あくまでシャーレ所属とはいえ、元々の部にも所属してるためこうして部活動の記録を残さないといけません。」
俺のスマホの方で俺のタグが付けられた写真を確認する。思わずうなずいてしまう。とても素晴らしかった。
「して、アビドスについての状況をお聞かせください。何か興味を惹かれるようなお店でも見つけましたか?」そう聞かれ、俺はうなずく。
“まあ、あったぞ。”
そして身体を前にして柴関ラーメンのことを話し始める。基準に満たしているから爆破はしないと確信している。
その時に視界の隅で俺のスマホが鳴る。アロナがホログラムの画面をスクロールしていて、ISACが肩からそれを見守っている姿が見えた。久しぶりに、ISACが不安げな顔をしていた。ハルナの投稿を見ているのにそんな顔をしていてとても困惑した。何を見たらそんな反応になる?
そうして、料理が運ばれると、プシュッと音を立てて俺のコーラ缶を開ける。ハルナはというとコーラをカップに注いでいた。そして俺はここだと初めて食べることになるハンバーガーを一口かじりつく。
とても美味しい。
“うん…”
噛みしめる。
“とても…美味い。”
飲み込んでそう呟く。
柴関みたいに気絶しかけるような美味しさではなかったが、とてもとても美味しく、時間がある時に手軽に食べられる魅力的な一品だった。
そして静かに食べ続けて、ISACがここに現れたスナイパーと他の敵の輪郭を表示すると、俺はコーラを一口飲む。
“なあハルナ。”
「はい?」ハルナは机にスナイパーライフルを立てかける。店員も何か起きると察したのか身を屈め、俺は椅子に座ったまま姿勢を変える。前に動いて端に座って片足を前に伸ばし、もう片方は椅子の中に入れ込んで、敵の行動に備える。バーガーを食べ終えてコーラを一気に飲み干して、ウェットティッシュの後にハンカチで両手を拭く。油がついてないことを確認して、アダムの鍵のグリップに手を置く。
“お手洗いに行ってくる。”
「あら、偶然ですわね。」そして俺たち二人は立ち上がり、俺はゴーバッグを肩に掛ける。
その時にドアが破られ、制服を着た少女たちが次々と押し寄せる。その目は規律に満ちて光っていた。
当然のように、俺は一人目を撃ち、続いて二人目の頭を撃って閃光弾のピンを抜いて投げる。片目を閉じてそれを撃てば閃光と爆音が発生し、アダムの鍵をホルスターにしまってハルナを掴む。
“行くぞ!”
ハルナは目を開けてうなずき、俺たちはカウンターを走って飛び越えて隠れるとハルナが起爆装置を取り出す。「先生、準備を!」
俺の耳を覆って、ハルナが側部のボタンを押すと世界が揺れる。イヤーピースが音を和らげて、俺はISACブリックのパーツをバンシーPulseに替えてスマートウォッチをタップする。ISACがパルス波を弧状に放つと、入口にいた生徒たちは混乱し、俺はケミランチャーに持ち替えてライオットフォームキャニスターを発射する。泡が急激に膨らんでその生徒たちを覆うと、俺は叫んで命令を出す。
“行け!”
レストランを飛び出して路地に向かうと、途中で止まるしかなかった。目の前には風紀委員たちの銃が向けられていた。
「先生?」チナツが呟く声が聞こえ、視界にその姿が入ると俺は驚いて瞬きをする。挨拶しようとすると、チナツとは違う声が響く。
「黒舘ハルナ!お前を──」
「あら!ごきげんよう、イオリさん!」ハルナが褐色の銀髪の子に手を振る。銀鏡イオリ、ISACがその名前を表示した。片目の赤い目がピクリと動いていて、もう片方は銀の前髪で隠れていた。ツインテールに白のシャツと黒のスカートを着ていて、ドイツ系の服装だった。手に持ったスナイパーライフルはボルトアクションのKarabiner 98Kだった。「奇遇ですね。まるで先生と私をお待ちしていたかのようですわ。」
「黙れ規則違反者!」とイオリが叫び、俺は両手を挙げる。俺が言うのもなんだが、ここは彼女たちの自治区だ、規則に従うしかない。だが…
何かおかしい。
どうしてISACはチナツ以外の風紀委員を敵と判定した?
「ですが私は何一つ規則に違反していませんわ。」と銃口がほぼ全て自分に向けられているにも関わらず、まるで世間話をするかのようにハルナが指摘する。「ただあなたの後輩たちがこのレストランに無理矢理入ってきたせいで嫌々ながら爆破をしただけですわ。」
「そもそも爆破しなかったらこんな話はしなくて済んだだろ!」イオリが反論すれば、俺は顔をしかめる。
どこかきな臭い…ここから抜け出すべきか。
“まあ…”
そう言い出して、一歩後ろに下がる。
“俺はお呼びじゃ──”
「動くな!」
“…銃の使い方を教わったことはないのか?怪我をさせてしまう前にそいつを下げろ。”
「事情聴取の為にお前を連行する!」
「事情聴取?」とハルナは首をかしげる。「こちらの事情は一切耳を傾けずにただ牢屋へ放り込むだけの間違いではございませんこと?」
“そうなのか?”
そう呟き、ISACが輪郭を表示したスナイパーがいるエリアの周囲を見やる。
“しっかし風紀委員会の牢屋か、前々から中が気になっていたんだ。”
一歩前へ出ながら視線をハルナからチナツに向ける。俺の意図を察したのか、チナツが横に動くとは両手を広げる。
“良ければ一緒に行っても?”
イオリは警戒しながら、前に一歩進む。「なんか妙に協力的だな…」
“まっ、これでも昔はかなりの優等生だったからな。”
そして彼女が手錠をかけ始める。
“落ちぶれたくはない。”
手錠をかけられる寸前に、俺は手錠の鎖と彼女の腕を握りしめて、腹に蹴りを入れ込む。イオリは不意を突かれ、逆に片方の手首に手錠をかけられる。そして体勢を入れ替えて、かけてない方の手錠を引っ張ってイオリを転倒させて、片足を地面につかせさせて、持ち上げながらもう片方の手首にもかける。アダムの鍵の銃口を片手で頭に押し当て、もう片方で首元を押さえつけ、素早くスマートウォッチをタップする。バンシーPulseが弧状に放たれて風紀委員たちが混乱すれば、俺は一瞬だけ味方の方に向く。
“ハルナ!”
「かしこまりました!」
そう言ってイオリを肩に担ぎ上げ、ハルナが集団に爆薬を投げ込むと俺はブースターハイヴを起動して、ナノドローンが俺とハルナに興奮剤を注入する。ハルナが起爆して道を開けば、俺たち二人はそこに走る。
全力で走っていたせいか、悲しいことに途中で手がやや下へ滑ってしまった。「きゃーっ!」とイオリは叫んで振り返れば顔を赤くして睨んでいた。「どこ触ってんだこの──」
そんなことは気にも留めずにいると、見覚えのある集団が目に入る。ヘルメット団だ。その中のアルティンヘルメットを被った隊長に俺は指差す。
“君!ラブ!”
「うち?」とラブが呟き、俺は指をさしながらラブの前で足を止める。
“手を貸してくれたら食べ物を奢る。”
そう言うとラブの目が輝き、鋭い歯が見えるほどの歯切れの良い笑顔になる。
「まあー…」と唸り、角の向こうにいる敵を見る。「いきなり知らない人から──」
ラブは凍り付き、俺たちを追ってくる連中をじっと見つめたままになる。
“厄介事もなんとかしてやるぞ。”
追ってくる風紀委員に指差すと、ラブはうなずいて他の団員も同様にうなずく。
「…乗った。」とラブが言えば、俺はうなずく。
“よし!走るぞ!”
ハルナとたった今徴収された生徒たちと俺は放棄されたばかりの地区を全力で駆け抜ける。
「どこに行くんすか?」と一人が尋ねると、他全員は俺に向く。
“弾が必要だ!”
そう言って走り続けると、ふと見慣れた光景が目に留まってそこに向かう。
“ついてこい!”
「この!放せ!」
“さあどうかな!”
イオリに言って、コンビニのドアを無理矢理こじ開ける。
“弾を取れるだけ取っておけ!”
「おい!」と叫ぶイオリを俺は降ろすと、ゴーバッグを手に取って中身を確認する。「それは万引きだぞ!早く商品をも──むぎゅうっ!?」口元に布を巻きつける。
「つまり気が済むまで取っていいことよねボス?」そう尋ねられ俺はうなずく。
“いいぞ。誰にも邪魔されないからな。”
そう言ってイオリのライフルを手に取って点検する。思わず感嘆の声が漏れる──幾度もなく使われてきたにも関わらず非常に状態が良かったからだ。
“いい銃だ。ちゃんと整備しているんだな。”
苛立つイオリにそう呟いて、俺は皆の方に向く。
“目標は足か車かで自治区から脱出することだ!風紀委員会は甘くない。だから建物や裏路地を縫うように動き、数が少ないことを活かして接近戦に持ち込むぞ!”
「はい!」とヘルメット団の団員たちが返事をする。俺はうなずき、イオリに憐れみの目を送ると、それが気に食わなかったのか、腕を激しく動かして抵抗している。
クラックショットをイオリの側に置けば更にプレゼントを置く──ガスを多く噴射するように改造して罠用にしたファイアスターターキャニスターとデコイトラップだ。団員たちが感心するとトラップが俺の姿を大雑把に映し出して、俺はうなずく。
“よし、行くぞ!”
そう言って裏路地へと走り、デコイトラップを破壊するために鳴った銃声とファイアスターターキャニスターの爆発音が聞こえた。さて…
仕掛けた地雷は数秒後に起爆する。罠の設置技術は確かに衰えていた。数年前の俺なら建物を倒壊させる程の爆発を起こして敵を孤立させていた。もっとも、その時の俺はハルナやヘルメット団に助けを求めないが。
若い頃の俺は怪物だったとこれまで伝え続けてきた。でも、あの時の俺は18か19で今は21だ。だから"若い頃"という表現はちょっと合わない。
「あそこ──」と敵数人が言い終わる前には既に俺はM4で狙いをつけていた。頭に撃ち込み続け、ヘイローが消える。
“ハルナは
俺の指示でラブは動き出し、団員たちは指示を聞くとすぐにフォーメーションが組めた。
“よし、行くぞ!”
リモートPulseを敵の後ろに投げる。スキャンテックには敵の姿が表示されているが…
リモートPulseが撃たれて俺はうなずく。状況はもう把握している。だからスキャナーPulseを起動する。
敵はこの路地で包囲しようとしている。両方の行き当たりには分隊規模の人数とスナイパーが待機している。だから両方とも突破するかそれとも…
“ハルナ、爆薬はまだあるか?”
そう聞くとハルナは笑顔でうなずいて、後ろに手を伸ばせばC4の塊を取り出す。おい待て…
どこに隠していた?
まあいい。
“俺に仕掛けさせてくれ。”
結局のところ、今は派手に爆破できて戦えるチャンスだ。自尊心のあるエージェントなら喜んでそれに飛びつく。