「理事、全員配置に着きました。移動準備完了しました。」カイザーPMCのオートマタが報告する。
「よろしい。」豪華な外套と手入れが隅々まで行き届いたパーツを身に纏い、恰幅の良いオートマタが深みのある声で答える。「これが最後のチャンスだ。アビドスのガキ共やシャーレの悪徳教師が来る前に中に入らせろ。」
「かしこまりました。」部下のオートマタは部隊に足を向ける。「全員移動だ!」
カイザーPMCの主要拠点となる司令部のオフィスにて、理事は不安げな面持ちで作戦の進捗を見守っていた。あの先生が来て以来、何もかもが上手くいっていないのである。アビドスの追い出しも、土地の強奪も、彼がいる限りは常に問題が絶えない。
その野営地を囲む壁上では、オートマタ二体が警備を担っている。バイクの運転音を聞きつけた彼らは、「動くな!」と命令すれば運転手がおもむろに停止する。「ここはカイザーの私有地だ!すぐに出ていけ!でなければ撃つぞ!」
“お前たちの上司とのアポイントメントは取ってあるぞ。”
聞き覚えがある声と共に、彼は腰に手を伸ばして武器を取り出す。見覚えのあるロゴが入ったピストルだ。白のコートや武器が取り付けられているバックパックにも同様のロゴが入っている。
“名前はヴェルネス マテオ、シャーレの顧問だ。今回は対策委員会の顧問として話をしにきた。”
二体のオートマタは監視し、その男が踏み出すとマテオの姿が露わになる。だが肩にはTAC-50Cではなくミサイルランチャーが掛けられていた。
一方、カイザーにかける罠とそのための餌を全て設置された後、ホシノとヒナはカイザーPMCを待ち構えていた。「こういうのってなんか珍しいよねー風紀委員長さん。」
「偶然、というのはどういうことかしら、アビドス副生徒会長?」ヒナは尋ね、虎視眈々と待っていた。
「んも~お堅いなぁ~」ホシノは顔をくしゃっとさせた後、微笑む。「ホシノちゃんでいいでしょ?」
「じゃあなんで風紀委員長さんって言ったのよ…」セリカのツッコミが入る。
「えっと…その…」と言葉に詰まるヒナに、ホシノは軽く笑う。
「まさか肩を並べて戦うことになるなんて思ってなかったんだよね。」どこか不思議そうな表情で空を見上げるホシノ。「ほんと、変な時代になったね。」
「そうね。」腕を組むヒナ。「情報部曰く、かつては頭一つ抜き出た強さと獰猛さで注目の的になっていたそうね。」
その言葉にセリカは驚き、ヒナに向く。「ホシノ先輩が?…先輩が?」
「ん。」とシロコがうなずけば、再びセリカは驚いた。「とても強い。」
「うん、うん~。つまりホシノ先輩は副生徒会長なんです♧」
「うぇ~」と顔を赤く染めるホシノ。「そんな風にヒナちゃん言われても~…もう昔のことだし…」そうしてため息をつき、ヒナにだけ聞こえるように小声で話す。「でも時には、未来のために昔話も伝えていかないとね。」そして彼女は眉をひそめながら軽く伸びをする。「それじゃ、今回は頼りになるおじさんたちの番だね。いっつも介護されっぱなしだとちょっと…ね?」
「…おじさんたち?」とヒナは自分に指差す。「私も?」
「気にしないで。」と呆れるセリカ。「いつものことだから。」
一方、時間通りに移動を開始するカイザーPMCをヒフミは監視し、団員から報告が入る「ファウストさん、移動し始めましたよ。」
「分かりました。あれが発見されるまでは待機してください。」ヒフミは先生の計画について説明した後、火砲──といってもトリニティの牽引式L118榴弾砲ではない固定砲──それらを横目にヘルメット団に改造の指示を出し始める。これで凌ぐしかない。
「分かった。」ラブが返事をすれば、ヒフミは引き続き双眼鏡で周囲を監視する。バッグは上手く隠している。カイザーに発見される前に調整作業が終わり、全員が準備を整えるまでの時間は十分にある。
複合施設内にあるカイザーPMCオフィス、ゴーバッグがないマテオは表情を固くして身体を極力動かさないようにして座っていた。長時間にわたる徹底的な身体検査と、些細なことまで厳しく追及される状況では無理もないことだ。検査は常識の域を超え、ある種の嫌がらせにまで達していた。この時、マテオの元に集合しつつある部隊及び便利屋68の作戦が開始されたことをISACから知らされていた。
「シャーレの顧問である先生が来るとは、実に光栄だ。プレジデントにも訪問されたようで、上手く話が纏まったことを願う。」マテオに余裕があれば、会話が弾むことになるかもしれないが、今はその気にはなれなかった。
“もう知ってるだろ。”
その言葉に彼は驚いた。
“耳が聞こえないならそれでいいが。”
目の前のロボットに対する意見は気にも留めていない。
“今朝、正式にアビドス生徒会となった対策委員会での用件として、もしくはアビドスに関連することでここに来た。”
マテオは書類を机に叩きつける。
“こいつだ。”
理事は書類を見れば、困惑する。「…これがシャーレのやり方か?土足で押し入って我が物顔で我儘を押し付けてくるのか?」
“鏡でその醜い面を見ても割らずに済んで感謝してくれると思ってな。ロボットなら不要なパーツを簡単に交換できるだろうが、時には──”
彼はテーブルの上に両手を置き、身を乗り出して理事を一心に見つめる。理事も思わず身を反らす程だった。
“不完全さ、過ち──いくら金を積んでも、奇跡を起こしたとしても根本は直せない。アビドスのように、だろ?”
マテオは問いかけ、椅子にもたれかかる。姿勢を戻した理事は冷静さを取り戻そうとしていた。
「そうか…」と再び主導権を握り返さんとする理事。「何だ?」
マテオはファイルを軽く指で叩く。
“これか?立ち退き通知だ。正確には企業向けの正式な立ち退き命令書だが。”
曖昧な手振りと共に説明していく。
“カイザーPMCには三日間の猶予が与えられている。必要に応じて追加の──”
「どんな容疑でだ?いや、言いがかりをつけるのがシャーレのお家芸というのか?虚偽であるのならば貴様の部下も責任を負わなければなら──」
マテオは拳を振り下ろし、机を半分に叩き割った。理事は椅子から飛び上がり、よろめきながら後ずさりした。顔に浮かんでいた笑みは消え、彼の考えはたった一つのあることに集中していた。
“以前伝えた通り、シャーレによる調査の結果、アビドスにてカイザーは違法行為を働いていたことが判明した。それに加えて、無許可の活動及びブラックマーケットとの繋がりも確認された。これら容疑については、裁判で異議を申し立てることも可能だ。”
マテオは立ち上がり、窓辺へ向き直ってゆっくりと歩み寄り、理事が必死の様相で机の下にあるボタンを連打している音は気にせずに景色を眺める。
“あれは煙か?”
彼がそう尋ねると、理事の動きは止まる。
“妙だな。街の方角ではない。むしろ砂漠──違法な補給拠点が設置されている方だ。”
理事は何も答えず、マテオは振り向いて安堵の息をつく。衝撃で震えた理事の指が彼を指せば、ドアは破られ盾を構えたオートマタと戦闘用オートマタが押し寄せる。そんな様を意に介さず、たった一つの質問を理事は出した。「どこでそれを?」
“衛星画像からだ。”
マテオは答え、テレビを指差せば駅といった画像が映し出される。
“カイザーがアビドスでの携帯電話サービスで使っている衛星と同じようなものだ。そのサービスは受信アンテナが適切な方向を向いていないにもかかわらず、使用者に法外な料金を課している。”
「そんなもの気付かれるものか!!」理事は胸を張り上げ、虚勢とほんのちょっとの自信を誇示する。「貴様は完全に包囲されている!!数でも火力でも圧倒的に下だ!現実を見ろ。負けているのだぞ!アビドスも負けているのだぞ!」ただし、マテオは意に介さずにただガラスを指でこする。「あの子供は!功績を!偉業を立てられる!なのに絵空事に目を輝かせて現を抜かしているだけだ!用無しだ!前生徒会長未満だ!」
“ホシノは昼寝しがちだ。なぜなら街は昔みたいに安全ではないせいで夜間のパトロールをしているからだ。セリカの成績はよろしくない。なぜなら日々アルバイトに励んでいるからだ。アヤネは売れるものは何でも売ろうとする。なぜなら学校の役に立つからだ。シロコは運動が大好きだ。ホシノ以外ついていける人は誰一人いない。ノノミは文句を何一つ言わずに皆の精神的支えとなっている。”
マテオは窓に映ったぼんやりとした自分の姿を見る。たとえそれが白く写していたとしても、人殺し、嘘、ありとあらゆる罪を常に背負い続けることになる。
それでもいい。彼なら。
“教えてくれ。お前は何者だ?”
マテオは理事に向き、問いかける。
“借金を返済しながら成績を維持できるのか?評判と休みを犠牲にしてまでたった一人で一つの地区を守れるのか?故郷の復興という希望のために、休みを全て投げ捨てられるか?たとえ成果が目に見えなくても、小さな地区を支える数字を見て「自分なら出来る」と思えるのか?苦しむ生徒たちに対してこれほどまでに忍耐強く、優しく接することが出来るのか?”
アダムの鍵を握り、マテオは窓に叩きつけて粉砕する。優しい反響音と共にガラスが砕け散る音が響き渡る。
“お前には無理だ。だからこそ、俺のちょっとした秘密を明かそう。”
「それがどうした!たとえ生き残ったとしても貴様はカイザーコーポレーションという敵を作っただけになるぞ!」
“俺は敵を作らない。”
マテオは口を挟む。その目は虚ろになっていた。
“犠牲者を作る。”
“────今がその時だ。まずは、お前だ。”